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8話:辺境集落

「仕方ないねぇ。フユ、アンタちょっと畑の様子を見てきな。ジューローから詳しい話も聞いて、どんな状態なのか調べてから報告するんだ。分かったかい」

「今日の雑用ですか」

「文句はないだろうねぇ。アタシは今、アンタの薬を作るのに忙しいんだよ」

「勿論、働きますよ」

「兄さま、ボクがジューローさんの所までご案内します。お師匠さま、いいですよね?」

「あまり遅くなるんじゃないよ。それと荷物は置いていきな」

「はい!」


 ジナイさんの許可を取り付けると、アキリは薬草籠も拾い上げ、慌ただしく家の中に入っていった。

 開け放たれた扉の奥から、バタバタと走り回る音が漏れ聞こえてくる。


「アンタが来てからこっち、あの子は落ち着きがなくっていけないよ」

「なんというか、すみません。と僕が謝るのも変な話でしょうけど」

「そりゃそうだねぇ。まぁ大人しすぎるよりは、多少騒がしい方が子供らしいかねぇ」

「アキリはいい子ですよ。素直で頑張り屋ですし、目端が利いて仕事も早い。僕なんて小さい頃は手癖が悪いばっかりで」

「ヒッヒッヒッヒ、そりゃぁアタシの弟子だからねぇ。精々、怪我させないよう適当に面倒見てやっとくれ」

「分かりました。でもいいんですか?」

「久しく同族には会ってなかったんだ。なんだかんだ言って寂しかったのかもしれないねぇ。だからアンタに会えて、子供心に嬉しいんだろうさ。役に立ちたいんだよ」


 傍からするとジナイさんは、アキリを小間使いにしているよう見える。

 けれど彼女なりに愛着を持っていて、弟子側の敬愛も強い。

 この師弟関係は部外者が口を挟めるほど薄くはなく、しっかり互い同士を思い合っている。

 実際はかなり良好な繋がりということも、話を聞いているだけで伝わってきた。


「兄さま、お待たせしました」


 程なくしてアキリが家の中より出てきた。

 ジナイさんに言われた通り手荷物はなく、見慣れた女中服だけの軽装だ。

 集落自体が特別広いというわけでもないため、件の魔領大根畑まで遠くない。

 ちょっとした散歩程度の気軽さで、労せず行き来できる距離でもある。


「じゃあ向かおうか。ジナイさん、話を聞いてきますね」

「それではお師匠さま、行ってきます」

「夕飯前には戻るんだよ。アンタが作るんだからねぇ」


 ジナイさんに挨拶を済ませ、僕達は歩き始めた。

 木枠の小門を潜って、石壁の囲いを抜けると、集落の中を貫く通りへ出る。

 道は日々住民に踏み均されて出来たもので、技術的に舗装されているわけじゃない。

 それでも足裏へ違和感を覚えない程度には平らかだ。何年、何十年の歳月を掛けて魔族達が生きてきた証でもある。


「この道を南に進んで、村の中程を西側に折れた先がジューローさんの大根畑です」

「そういえば、あちら方面にはあまり行ったことがないね」

「道案内は任せてください」

「ああ、頼むよアキリ」

「はい!」


 北の端に位置するジナイさん宅から南下して、村の中心路を僕達は並んで歩いた。

 周囲には何の変哲もない家屋が、疎らな間隔を開けて建っている。

 庭先で洗濯物を干している御婦人や、鶏体とトカゲ脚を併せ持つ家畜コカトリスの世話をしている男性、玄関を箒で掃いている娘さん、近場の畑に取り組む親子、よく肥えた雄山羊に荷車を引かせている老人など、普段と変わらない村民の姿が見受けられた。

 魔王城のように凝った装飾はなく、諸々の設えは質素で、巨大な魔力のうねりもない。人族との関わりや争いとは無縁。

 全体の空気が穏やかで、のんびりとした時間の流れている、長閑な田舎の集落だ。


「今日も平和だね」

「はい。暮らしてる皆が顔見知りですし、優しくて良い人ばかりですから」

「僕のような余所者にも親切にしてくれる。ありがたいよ」

「兄さまが大怪我で運び込まれたことを、皆さん知っているんです。だから心配してるんですよ」

「住み始めた最初の頃は、日替わりで違う人が色々なお見舞い品を持ってきてくれたからなぁ」


 実際のところを言えば、村に居着いての一週間ほどは殆ど昏睡状態だった。

 時折、傷の後遺症による痛みで目覚めていたけど朦朧とし、頭は回っていない。しばらくすると意識を失いまた眠る。そんな状態をずっと繰り返していた。

 なので村民が訪ねてくれていたことを、僕自身は覚えていない。ようやくまともに寝起き出来るようなった頃、付きっきりで看病し続けてくれたミナトから教えられた。

 辺境の村は変化を嫌い、部外者を邪険にする排他的な思想が根付いている。そんな偏見を抱いていたけれど、この集落はまったく違う。余所者であろうと迎え入れる懐の深さを持ち、新参者の素性を嗅ぎ回るような真似もしない。適度な距離感を保ち、各々を尊重し合い、必要な時は率先して手を取り、貶めず蔑まず仲良く暮らしている。

 そうした村民の精神性を好むからこそ、ジナイさんも腰を落ち着けたのかもしれない。


「ミナトは恩返しと村への貢献を兼ねて、南の食堂で働いているし。僕も体が整ってきたから、そろそろ皆の役に立つことを始めないとね」

「ミナト姉さまのご飯、とっても美味しくて大評判です。動きもテキパキしてて、いつも凛々しいから憧れちゃいます」


 アキリは胸の前で両手を握り合わせ、尊敬の念に瞳を輝かせている。

 ジナイさんの元でメイド同然に働いているからか、仕事が出来る年上への憧れが強いようだ。

 それにつけても思うのは、ミナトに苦労を掛け通しということ。魔王城での敗北以後、何から何まで世話になりっぱなしで、流石に申し訳なくなってくる。

 彼女自身は『気にする必要はない』と言ってくれるけど、そうもいかない。ジナイさんの雑用だけでなく、集落全体のためにも働いて、ミナトの手伝いを何かできれば。

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