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6話:西辺の魔女

 切り株を利用して拵えた木台の上に、小振りの丸太を立てて置く。

 丸太の中心点を狙い、一息で斧を振り下ろす。

 砥がれた刃が重さと腕力で木芯を打ち、そのまま真っ直ぐに断ち切った。

 一撃で丸太は二つに割れ、手頃な薪となって木台から落ちていく。

 終われば次の丸太を台に乗せ、同じ動作で両断する。

 単純な作業。しかし丸太一本一本で中心は微妙に異なり、見極めを誤ると綺麗に寸断できない。

 斧を振る際の呼吸、力の加減にも毎回変化が必要で、同じ動きだけでは望む成果が得られない。

 これは戦いにも通じることだ。

 同じ種族でも個体差はあり、装備も違う。仮に同じ装備でも、完全な複製でない限り差異はある。これらを的確且つ迅速に看破して、最も有効的な打ち込み方、対処行動を導き出せるかどうか。一瞬の判断が生死を分かつ。

 要点を見抜けた後は、そこを突く技術も必要だ。

 恐れは体を硬直させ、出足を鈍らせる。慎重になることは大切だけど、慎重になり過ぎず時には果断に踏み込むことも忘れてはならない。なによりイメージする動きに体がついていくことが前提となる。

 動きが及ばない限り、どんな働きかけも実を結ぶことはない。

 初心を忘れず、一つずつの作業を意識して、反射反応にまで落とし込む。そのために不可欠なのはひたすらの鍛錬、繰り返しによる積み重ね。

 日々の薪割りは、基本こそ奥義という武の真髄を教えてくれている。ような気がする。


「これで300」


 本日の目標数に達し、最後の薪を割り終えた。

 出来た薪を拾い集めて、木の蔓を使った紐で結び、担ぐ。

 薪の束を持って向かうのは、外竈に鍋を掛け、木棒でゆっくりと掻き混ぜている女性の元。

 灰色のローブを着て、同色のフードを目深に被り、素顔は知れない。


「ジナイさん、今日の薪割りは終わりました」


 鍋に向かう背中へ声をかけ、薪の束を近場に下ろす。

 すると彼女は振り返らぬまま、声だけを寄越してきた。


「ああ、昨日よりも早かったねぇ。だいぶ調子が戻ってきたかい?」

「右手の違和感もなくなって、普通に動かせます。ジナイさんが作ってくれる薬のおかげで」

「普通なら三週間もあれば修復されるんだけどねぇ。聖剣で付けられた傷は、やはり違うようだよ。ここまで回復するのに三か月も掛かっちまうとは」

「いえ、十分に助かっています。ジナイさんが診てくれなければ、右手は治らなかったでしょうから」

「そりゃアタシの薬は良く効くさ。これでも『西辺の魔女』なんて呼ばれてる身だからねぇ」


 彼女の声は少し低く、独特の抑揚を持っている。

 明朗な張りはなく、年齢相応のしわがれを含むが、耳によく通る不思議な響きだ。

 ジナイさん自身がつまらなそうに呟いた異名、正確には『西方辺境に隠れ住む薬効の大魔女』という意味合いらしい。

 事実、ジナイさんは薬師として素晴らしい知識と腕前を持っていた。黒騎士に斬り落とされた僕の右手は、ジナイさんが処方する特別な治療薬の効能で再び腕と結び付き、以前と変わらず使えるまでに回復している。魔王城を逃げ出す際、ミナトが僕の手をしっかり回収してくれていたことも幸いした。

 右手だけでなく、胸と背中の斬傷、腹部の刺し傷も、ジナイさん特製の薬が効いて、今では殆ど痛みもない。

 治癒魔法だけでは癒しきれない深い傷も、ジナイさんの作る薬は根源的な生命力へ働き掛けて、じっくりと確実に塞いでくれる。これ程に腕のいい薬師は魔王城にも居らず、才に反して僕達は彼女の名前すら知らなかった。

 唯一の例外がルーインだ。彼だけはジナイさんのことを知っており、魔王城脱出後に瀕死の僕を、魔族領西方辺境帯に位置付くこの集落まで運んでくれた。ジナイさんの元へ駆け込み、事情を説明して、僕の治療を依頼した後、集落の中に僕達が暮らす家まで用意してくれている。

 ルーインが様々な準備を整えてくれたおかげで、あの戦いから三か月が経つ今も、僕はジナイさんの治療を受けられている。何から何まで随分と世話になってしまった。


「本当は外から来た奴に構いやしないがねぇ。フィルゼの弟子に頼まれたら、流石に突っ撥ね難いもんさ。アンタ、運が良かったよ」


 ジナイさんは低く笑い、鍋の中身を混ぜ続けている。

 彼女もルーインのことは知っていた。それというのも、ルーインの師である魔導卿フィルゼとジナイさんは、数十年前同じ大賢者に師事していた兄弟弟子らしい。師に認められて独立した後、魔導卿フィルゼは魔王様の下で働き、ジナイさんは放浪の薬師になったのだとか。

 そのためルーインは魔導卿からジナイさんを紹介されており、二人には面識があったということだ。


「ただしアタシのことを外で吹聴するんじゃないよ。絶対に黙ってな。下手に存在が知れると、くだらん連中がくだらん薬を求めて群がってくるからねぇ。バカ共の相手はウンザリなんだ」


 僕に背を向けたまま、ジナイさんはドスの利いた声で告げてきた。

 自分のことを外に漏らさぬように。この言葉は彼女のお世話になってから、再三に渡って言われ続けている。

 薬師として超絶級の腕前を持ちながら、魔王城でも一切知られていなかったのは、ジナイさん自身が存在を隠しているからなのだろう。その願いを酌んで、魔導卿も直弟子のルーイン以外にはジナイさんの情報を出さなかった。

 西の辺境でひっそり暮らしているのも全て、見知らぬ第三者と関わるのを忌避してのこと。詳しいことをジナイさんは語らないけれど、きっと色々なことがあったんだろう。

 本人が望まないのだから、僕も彼女のことを外で口にするつもりはない。


「分かっています。外部との関わりを断っているのに、僕を治療してくださって有り難う御座います」

「ああ、だからしっかり働いてもらうよ。頼みたい雑用はいくらでもあるからねぇ」

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