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4話:記憶

 母親は場末の娼婦。父親は金で母を買った何処かの男。

 最底辺の下級魔族として生まれ、苛立つ母に虐待される日々を送った。

 母は我が子を忌み嫌い、平時は無関心。

 食べるものを求めては路地裏を這い回り、ゴミ置き場を漁りながら飢えをしのぐ。

 時には商店から盗みを働き、捕まって厳しい制裁を受けた。

 同じような境遇の子供達とは僅かな食糧を奪い合い、生傷が絶えたためしはない。

 母が病を患い衰弱したため、薬を欲して商家に忍び込んだ。

 家主に見付かり責め苛まれ、母のことを話したら、翌日には住まいのあばら家へ火がかけられる。

 寝込んで動けない母が、業火に巻かれて上げる断末魔を聞かされ、初めて死に触れた。

 商家の主は奴隷商、卑しい孤児は奴隷となって売り払われる。

 買われた相手は末端とはいえ貴族の内で、歪んだ趣味の持ち主だった。

 数年間を玩具として扱われ、その間、常に母の死に様が脳裏をよぎる。

 恐ろしく逆らい難かった母も、死に抱かれては脆く小さい。

 死の御手は全てに勝り、いかなる脅威もその前では等しく無力。

 気付けば飼い主を刺し殺し、喚きも殴りもしてこない骸を見下ろしていた。

 館に火を放ち、混乱の最中で逃げ出すと、以後は死に掴まらず生きると決める。

 盗み襲い奪い、あらゆる方法で命を繋ぎ、当てなく彷徨っていた折、傭兵の一団に遭遇し拾われた。

 無骨で獰猛な男達だったが、生き方、戦い方を教えてくれる。

 傭兵の中で育ち、いつしか共に戦場を駆け、数々の別れを越える。

 ある大きな戦で傭兵団は壊滅し、ただ一人生き残った。

 それからは一人で戦場を渡り、戦いを続け、数えきれない死線を潜る。

 魔王へ抗する反乱軍に雇われ戦った時、敵将であった魔王四天王、剣の長と刃を交えた。

 全てを注いで尚届かず、敗北を喫したが、何故か気に入られ誘われる。

 逆らえば待っているのは死。

 生きるため剣の長の軍門に降り、弟子の一人として迎えられた。

 師の元で修練に励み、戦場を駆け、人族と争いながら日々は過ぎる。

 魔族領に潜伏する小部隊の殲滅を命じられ、一人で旅立った日。

 小村を略奪している標的と会敵し、すぐさま戦闘へ突入した。

 抵抗は激しかったが師に迫る程ではなく、一掃は思ったよりも容易に終わる。

 ただ戦いの後、部隊に捕まっていた少女を見付けた。

 魔族の一派だが人族に似て、また美しい容姿だったため囚われた様子。

 いつから連れ回されていたかは分からないが、相当に好き勝手嬲られていたらしい。

 もはや怯えも拒絶もなく、死んだ魚のような目をしていた。

 諦めと絶望に沈み、世の無常を嘆く気力さえ失せ、心閉ざして流れに横たう。

 その有様を見て、不意に昔の自分と少女が重なる。

 望みもせず、意思とは無関係に押し付けられた、奪われるばかりが続く苦汁の日々。

 気付いてしまえば、どうしても放っておけなくなった。

 少女を連れて師の元へ戻ると、拾った責任として面倒を見るように命じられる。

 そこから始まった二人での生活。

 いくら話しかけても答えることなく、何に興味を示すこともない。

 そんな少女を世話しながら、鍛錬と任務に勤しむ毎日が続く。

 少女を交え、大きく変わった生活は、大変さに反して苦ではなかった。

 かつて誰にも救われず、自分の手で状況を引き裂くよりなかった過去。

 あの日の自分が求めていたことを、同じように何も持たない少女へ今渡す。

 自己満足でしかなかったが、そこには奇妙な安らぎと、不思議な充足がある。

 思いがけず長い遠征となった任務から、傷付いて戻った日。

 少女が初めて自主的に動き、傷の手当をしてくれた。

 夕食の支度も一人で手掛け、予想以上に美味しかったことへ驚かされる。

 これを契機に、二人の生活は少しずつ変わっていった。

 話しかければ一言二言返すようになり、物事にささやかな関心を向ける。

 ゆっくりと立ち直っていく少女の姿は、自分の生き方にも張りを与えた。

 自分が死なないために求めた力は、いつしか失い難い存在を護るための求めへ変わる。

 半身のよう感じるまでとなった少女がため、更に鍛錬へ打ち込んだ。

 ある時、師に推挙され、魔王軍でも9人しか選ばれない魔王親衛隊へ任ぜられた。

 魔王四天王に次ぐ実力者の証明。

 認められた喜びよりも、戸惑いの方が勝る。

 親衛隊参入祝いの席で、堅物の師が珍しく浴びるほど酒を飲んでいた。

 気付いてみれば、自分より先に師の弟子となっていた同門は、挫折するか戦死するかして既にいない。

 自分の後から弟子入りした者もいなくなり、自分だけが師の下に残っている。

 力、地位、名誉、財、ずっと知らぬままきたものは今、それぞれが手元にあった。

 部屋に戻ると、祝いの品があると、少女は言う。

 見ている前で自らを剣に変え、使って欲しいのだと訴えられた。

 武器に変身できる精霊族。心許し認めた者にしか力を貸さぬ、魔族で最も高潔な民。

 蒼く透き通るその刃は、この時から自分を表す象徴となる。

 護られるだけを望まなかった少女と、命を預け合い戦う新たな日々が始まった。

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