2話:決闘決着
「造作ないな」
「極点の重みを此の身に掛けん!」
ミナトは確かに流された。だが僕はその場で魔力を束ね、重化の魔法を両脚に施す。
不可視の重みが足裏を床面へ食い込ませ、全躯のバランスが崩れることを強引に防ぐ。
体の基軸を維持したまま、聖剣からの圧力を堪え、腕の力でミナトを振り戻した。
外へ流れる軌道を逆しまに駆け直し、先の反対側から聖剣を全力で打ち叩く。
痛烈な手応えが衝撃と振動を生み、躍る火花の向こうで僅かに聖剣が揺れた。
「火熱よ、双腕に宿り燃えろ!」
続けざまに魔力を編み、左右の腕へ炎の爆進力を吹き込む。
斬り上げが抜けた先で右の手首を返し、即座に袈裟懸けで斬撃を放った。
魔法で増した腕力を動員し、蒼い刃へ最短で最高速度を乗せる。
三撃目となる剣閃が光輝を重々しく捉え、前攻よりも強く激しく猛追した。
凄まじく荒れたエネルギーが腕へ伝わる。刃同士が擦れ合う甲高い音が、波動のように周囲を震わす。
「思ったよりはやる」
呼気も挟まず黒騎士は前へと踏み出し、聖剣を真っ直ぐに突き出してきた。
こちらの攻勢を物ともせず、光り輝く刃が轟然と繰り出される。
素早く且つ鋭い剣先が正面から来るのへ、僕は咄嗟に半歩を後ろへ飛び退いた。
直近の間合いから逃げてすぐ、うなじがかつてないほどにヒリつく。体の奥底で本能が危険を告げた気がした。
反射的に体ごと横へ転がると、半瞬の後に聖剣の刺突方向へ光槍が奔出する。
まさに直前まで僕が立っていた場所を、眩い閃光が切り裂いてゆく。回避が間に合わなければ、あれに肉体を貫かれていた。
「よく躱したものだ」
「ハァッ!」
驚いている暇も、飲まれている暇もない。
体勢を立て直しつ、黒騎士へと突進する。
ミナトを眼前に構え、速力と体重を合わせて走り、聖剣へぶつかった。
蒼と光の刃がまたも衝撃を放ち、轟音と圧力を軋ませ鬩ぎ合う。
「腕は悪くない。苛烈さも反応も見事。だが足りんな」
「なにを!」
黒騎士が具足を摺り足で押す中、聖剣が烈しく振り払われた。
密着同然の状態から弾かれ、僕は一歩分後方へ滑らされる。
怯めば負ける。その一念が思考に瞬き、すぐにミナトを下段から斬り上げた。
同じタイミングで黒騎士の聖剣が振り下ろされ、僕達の中間点で二刃が激突する。
二つの色の接点で反発力が唸り、生まれた風迅が波形に広がった。
その一瞬、剣身を挟んで黒騎士の兜の奥と目が合う。
氷のように冷淡で空虚、闘志も何も燃えるもののない瞳だった。
「決意、覚悟、信念、熱狂、魔族を支えるものはなんだ」
起伏のない声に続き、聖剣が引き戻される。
僕も合わせてミナトを引き、すぐさま横薙ぎに払った。
応じて黒騎士は聖剣を下方へ突き立て、僕の剣戟を途中で阻む。
押し切ろうとするが振り上げられた聖剣の圧に負け、腕ごと後ろへ返された。
「それがなんであれ、俺の背負うものには及ばん」
「勇者の使命は、魔族の想いより優れていると言う気か!」
気力を絞り、魔力を奔らせ、ミナトを振り被って一気に落とす。
対する黒騎士も聖剣をかち上げ、両者の剣が至近距離で交差する。
殊更に大きな火花が散って、耳を聾する衝音が響き渡った。
力と力が双方の刃を介して鍔迫り合い、容赦を排し攻め立てる。
どちらも譲らず、正面からの対立がギリギリの均衡を形作っていた。
「使命か、違うな。聖剣に選ばれてしまった者が科せられる、これは呪いだ」
「がはっ!?」
不意を突いた膝蹴りが、僕の鳩尾に減り込む。
黒騎士を包む硬質な全身鎧の脚部、折り曲げられた膝の重撃が内臓を抉った。
一時呼吸が途切れ、ミナトへ掛けていた力が緩む。
ここを狙って聖剣が振り抜かれ、僕は抵抗出来ないまま仰け反らされた。
「どれだけ傷付き、何度心折れようと、けして立ち止まることがない。肉体は強制的に息吹を噴き、四肢は戦いに逸る。魔王を殺すまで死ぬことの許されん、恩寵という名の呪いだ」
黒騎士の握る聖剣が、一際明からかに光を孕んだ。
壮烈な輝きが剣体を膨張させ、僕の見ている前で二倍ほどにも長さが増す。
目を瞠る最中、黒い腕が聖剣を一閃させる。
合わせて光の破刃が舞い飛び、防御も回避も許さぬ速度で右隣を擦り抜けていった。
次の瞬間、右腕に激痛が爆ぜ、内外から身を蝕まれる焼け付きの感触が沸き立つ。
見れば右手首の断面が赤々と煮え、肉の焦げる臭いが立ち昇る。
痛みの正体を知り、視線を移すと、離れた場所にミナトを握ったままの右手が落ちていた。
手首を聖剣の光斬で焼き切られたんだ。
「ぐっ、うぅ」
「先に屠った剣の長に、勝るとも劣らぬ気概だった。その点は認めよう」
相変わらず抑揚のない、くぐもった声が投げられる。
口から低い呻きを洩らしながら、僕は黒騎士を睨み付けた。
だとても意に介することはなく、眩いばかりの聖剣を返す刃で逆袈裟に走らせる。
打ち合い時の意趣返しとばかりに放たれた斬閃は、ミナトを失った僕の体を正確に捉え、右脇腹から左肩までを遠慮会釈なく切り裂いた。
手首をやられた時以上の猛烈な痛みが駆け抜け、断たれた傷口から大量の出血が起こる。
口からも吐血が続き、苦い鉄の味が舌を侵す。
抗う力は奪い取られ、僕は両膝を床に着いた。立ち上がろうにも、体はいうことをきかない。