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1話:魔王城玉座前室の決闘

「ついに此処まで来たか、聖剣の黒騎士」


 全身を漆黒の鎧で覆い固め、身の丈に迫る光輝の大剣を手に、その戦士は現れた。

 幾百幾千という魔軍の猛者を単身で討ち破り、魔王城の深部まで乗り込んできた人族。

 魔族と人族の戦争を、50年に渡る拮抗を、僅か数か月で覆してしまった存在。

 人族からは崇敬と希望を込めて、魔族からは畏怖と絶望を込めて、勇者と名指される者。

 ただの一つも肌の露出がなく、頭頂から足先まで隈なく強鎧に包まれている様は、いっそ魔的でさえある。

 眩くもおぞましい聖光を帯びた大剣が握られていなければ、魔軍の猛将と呼んで誰も疑わないほどだ。


「ここより先は魔王様の御座。何人も通すわけにはいかないね」

「退け。俺の狙いは魔王の首ただ一つ。他の魔族に用はない」


 頭部の全てを守る兜の下から、くぐもった声が零れた。

 巨敵に迫った高揚も、人族の代表たる誇らしさも、魔族へ対する憎悪の類も、何も宿っていない平板な声だ。

 感情の窺えない抑揚のなさ。人族らしい揺れ幅が、まるで感じられない。

 それが不気味にすぎる。


「そう言われて退がると思うかい? 魔王様を御守りするのが魔王親衛隊の務め。最後の一人になろうとも、自らの役目は果たす。敵がどれほど強大でも逃げはしないさ」

「いい加減、魔族は殺し飽きた。俺の邪魔さえしなければ、戦うつもりなど無いというのに。その忠誠心は認めるが、勝てぬと分かっている戦いに挑むのは蛮勇だな」

「確かに、夥しい魔軍の勇士を単独で切り払い突き進んできた相手だ。僕では勝てないかもしれない。それでも、幾許かだろうと手傷を負わせ、消耗させられれば、それだけ魔王様が有利となる。無駄にはならないよ」

「どいつもこいつも、嬉々として命を懸ける。魔族の矜持か、くだらんな。退く気がないなら屠るのみ」

「魔王四天王が一角、剣の長オーダンが直弟子、魔王親衛隊第三核フユ。参る」


 黒騎士を前に僕が構えるのは、数々の戦いを共に潜り抜けてきた精霊剣ミナト。

 透き通った蒼い刀身を持つ、長く厚い幅広の刃は、普段と変わらぬ美しさと清烈さを湛えている。

 両手で柄を握り、肩の高さで体横に止めると、相対する黒騎士は構えも何もなく無造作に一歩を踏んだ。

 甲冑が床面を踏み締める硬い音。それが響くと同時に、僕は飛び出す。

 生半可な攻撃では通用しない。最初から全力で攻める。


「いくぞ!」


 気合一拍と共にミナトを振り下ろす。余力な考慮せず、一太刀に渾身を込めて。

 ヒリついた空気を掻き裂き、蒼い刀身が黒騎士へ迫った。


「望み通り殺してやる」


 ただ持っているだけ、構えもない。その状態から黒騎士が聖剣を払う。

 単純な腕の振りだったが、握られる刃の破光が恐るべき速度で閃いた。

 繰り出したミナトの蒼刃に、輝きの剣が勢いよく激突し、衝撃が弾ける。

 予想以上に重い一撃が腕から全身へ伝わり、危うく押し退けられそうになった。

 けれど歯を食い縛り、即座に体重を脚と腕へ乗せて耐える。更に押し込む。


「ほぉ、聖剣の一閃を受けて折れんとはな。いい剣だ」


 くぐもった声が、言葉とは裏腹に感慨を含まず紡がれる。

 僕は全重を込めてミナトを振り抜こうとするが、黒騎士は微動だにしない。

 澄んだ肉厚の刃は、光輝の刃とぶつかり合い、鈍く擦れた迫り音を漏らしていた。


「もっとも、俺の相手には役不足だが」


 一言の後、黒騎士の腕が聖剣ごとに圧力を増し、力任せに振り払われた。

 瞬時に押し戻される中、僕達の刃間で荒々しい火花が散る。

 衝圧に負けて僕は吹き飛ばされ、数メートルを後方へ跳んだ。

 足が床に着いた一点で踏ん張り、流されそうになる勢いを殺す。

 僅かに前傾姿勢となりながら、握り続けているミナトを体前へと運ぶ。半弧を描く形で腕を回し、蒼の切っ先を床面スレスレに走らせた。

 改めて正眼に構え直すと、黒騎士は先ほどの位置から動いていない。

 追撃を仕掛けるでもなく茫洋と立ち、ただ僕を見ている。

 あれは余裕なのか、それとも作戦なのか。まったく判然としないが、後の先を取る実力は本物だ。一合で底知れなさが分かるほどの戦士。

 だからといって戦いを止めるつもりはない。もう一度踏み込み、二歩目から一気に加速して黒騎士へ駆けた。


「雷よ、集い暴れ舞え!」


 敵体目掛けて正面から走りつつ、僕は魔力を練り上げる。

 左手に雷気を呼び込み高め、前に伸ばして解き放った。生み出された稲光の複線が唸りながら黒騎士を襲う。

 瞬く間に届いた魔法攻撃を、彼の戦士は聖剣を面前に掲げて受け止めた。

 うねくる雷撃は剣状の光輝へ引き寄せられるように衝突し、一点に集約された後、爆発して四方へ飛んでいく。

 起点となった聖剣は一切の傷もなく健在。噂通り、魔法を断つ強力な加護を有しているようだ。

 しかし僕はこの間に間合いを詰めきり、黒騎士の対魔法姿勢へ剣戟を叩き込む。


「まだまだァ!」


 再び持てる力を注ぎ、両手で握り締めたミナトを振り下した。

 黒騎士が面前に置いた聖剣へ蒼の刃がぶつかり、撃音と火花が迸る。

 強い痺れが反動のように腕へ返るが、黒騎士は依然として一歩も退かない。

 それどころかミナトを徐々に押し戻し、光剣を払って左側へ弾いてしまった。

 単純な膂力では相手が勝っていることを認めざるおえない。

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