プッシャー
モイラは頼りない足取りで人混みをかき分けて、フロア後方へ移動した。ムネチカもあとを追う。
アルバイトの経験すらないムネチカにとって、ドラッグをさばくことなど、想像もつかない。
二人が壁際で佇んでいると、すぐに女がやってきた。
メッシュのブロンドに、ボディラインがくっきりと映えるキャミソールとパンツを履いている。
「アシッドある?」女が訊いた。
「十ポンド」けだるそうだが、明るい口調でモイラは答えた。
女は札をモイラに手渡し、代わりに切手サイズの小さな紙をうけとると、人混みへと消えていった。
その後も数分おきに、エクスタシーは?ケタミンは?と、さまざまな連中がやって来ては、欲しいブツを得て去っていく。
ムネチカはウェストポーチを。モイラが値段の交渉を担った。
どうやらモイラは相手を見て値段を上げ下げしているようだった。
手慣れている。
モイラから渡された金をウェストポーチに突っ込みながらムネチカは、ふと尋ねてみたくなった。
「これが本業?」
モイラは壁に投影されているVJ映像に見入ったまま黙り込んでいる。まるでこちらの問いなど聞こえていないかのように。
しばらくして、ムネチカのほうへ視線を移すと、しぐさで近くに来てと言った。
ムネチカは聞き逃すまいと、モイラの肩に寄りそった。
「あたしの本業は売り。男娼」
(ダンショウ……)
ムネチカはその言葉を頭の中で繰り返した。
なぜか急にモイラがとても遠くにいるような気がして、たしかめるように横顔を見た。
しかし、先ほどのキスの感触がよみがえり、また視線を逸らした。
二人の間に空白の時間が流れた。
ムネチカは思い切って切り出した。
「身体を売ってまで、お金が必要なの?」言った瞬間、失言だったと後悔した。
「あたしには必要なの」モイラは平然と、フロアで踊る人たちを見ている。
「モイラはさ、男として接してもらいたいの?女として接してもらいたいの?」
モイラはうんざりしたように首を横にふった。
「その質問、マジで聞き飽きてんの。ていうか、キミ、おとなしそうな顔してけっこうズケズケ訊くんだね」
「ごめん」
モイラは大きく息を吐くと、その場にしゃがみ込んだ。
「あたし、生まれてこのかた、ずっと迷ってるんだ。見た目がこんなだっていうのもあるけど。自分のアタマの中がわからないの。おちんちんもいらないし、おっぱいもいらないの。ほんとうに何にもいらないの。ごめんね、わけわかんないよね」
(それってなんていうんだっけ)
中性?
無性?
恋愛対象は?
質問が次から次へと湧いてきたが、ムネチカは口を閉ざした。
こんなに綺麗なのに。
なんて悩み深い人なのだろう。
ムネチカは、モイラを哀れに思ってしまった。
そして、そんな自分が嫌だった。




