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一角獣はアセクシュアル  作者: Locoxxxx
5/23

初体験はいつでも最高

紙で折ったパケットを十数個つめ込んだウェストポーチを身体に縛りつけられたムネチカは、モイラと二人でフラットを出た。

バズは今夜のDJ出演の準備があるのでフラットに残った。


モイラは上機嫌でカムデンロードを闊歩していた。

となりを歩くムネチカも気分が高揚している。

渡英前からカムデンタウンは訪れたい場所の一つだったからだ。様々な洋服や、アクセサリーや、調度品が売られている大きなマーケットがあるのだ。


しかし、どうも様子がおかしい。

マーケットの方角とは逆に歩き出すモイラ。

くすんだ建物たちが後ろへ遠ざかっていき、真っ白い豪邸が立ち並ぶ地区、いわゆるポッシュ(金持ち)が住む区域に二人は入り込んだ。


「なにここ?マーケットには行かないの?」


ムネチカの問いをスルーして、モイラは大きな邸宅を指差した。


「あれケイト・モスの家」他人の家なのに、なぜか自慢げだ。


「誰それ」


「ジョニーデップの元カノ」


「へーそうなんだ」十七歳の日本人のムネチカには見当もつかない。


二人は肩を並べて歩いている。

唐突にモイラが言った。


「今からあんたあたしの弟ね」


「は?」


そのままモイラは黙り込み、とある家の前で立ち止まった。

チャイムを押すモイラ。

すると、少しの間を置いてモイラのスマホが鳴った。会話しながら扉の斜め上にある防犯カメラにモイラが手を振る。

すると扉が開き、中からモヒカンあたまの男が現れた。


 

今夜、ムネチカとモイラは、兄弟のふりをしてウィルアックスの住処を訪れていた。

ウィルアックスはフルタイムのドラッグディーラーだ。

いわゆるパンクスの生き残りで、ゆうに五十歳は超えているだろう。

顔馴染み以外は寄せ付けないし、住処以外ではブツを売らない。

この徹底した用心深さがなければ、十数年のキャリアは続かなかっただろう。


「今日は純度の高いMDMAが入ってるよ。あと、ハワイ産のマリファナも」


そういって差し出されたメニュー表には、コカイン、アシッド、ヘロイン、アヘン、スピード、マジックマッシュルーム、ケタミン、バリアム、エクスタシー等々さまざまなドラッグの値段が書かれている。

モイラは十数錠のエクスタシーと、アシッド(紙に染み込ませたLSD)と、マリファナを買った。


「あ、そうそう今日、あたし誕生日なんだ」金を払い終えたモイラがそういうと、


「それじゃお祝いをやらなきゃな」と、ウィルアックスは笑顔で上物のMDMAの試食をさせてくれた。

まずモイラが、琥珀色の結晶を摘んで舐めた。


「甘いね。混じり物入ってる?これ」モイラがふざけると、


「バカいってっと追い出すぞ」しわがれた声でウィルアックスが笑った。

そして、その視線が部屋を半周し、ギロリとムネチカに向けられた。


(え、ぼくの番ですか?)


リングのコーナーにいっきに追い詰められたような気分だった。

ウィルアックスの両眼は冷淡で、殺気を帯びた光を放っている。さっさとやれ、やらないならぶちのめすぞ、と念を送っているようだ。

ドラッグ!ドラッグ!ドラッグ!悪のパンチの猛攻がムネチカを襲う。まるでこちらの常識や理性をノックダウンしようとするかのように。


負けちゃだめだ!負けちゃだめだ!


たまらず、助けを求めようとモイラを見た。

ふっくらとした唇が微笑し、モイラがウィンクした。

美しい瞳が華麗な鳥の羽のように瞬いた瞬間、強烈なブロウをアゴへ喰らったかのような激震が走り、同時に思考も停止した。

初めて舐めたドラッグは、モイラの言う通り、甘く、ほろ苦い味だった。

それを見届けたモイラが、嬉しそうにハグをしてくれた。


耳元で、ようこそロンドンへ、とささやく声がきこえた。


ようやく警戒を解いたのか、ウィルアックスは煙草に火をつけて、椅子の背もたれに体を預けた。


「お前たち、兄弟にしては似てないな」


「父親が違うから」


「なるほどな」意外にもウィルアックスはそれ以上の詮索はしなかった。


「欲しいモノがあったらいつでも来るがいい」

そのかわり、といってウィルアックスは机の引き出しを開けた。

「おまえがパクられようが、どうしようが、俺の名前は死んでも出すな」そういって重々しく銀色に光るリボルバーをムネチカに見せつけた。


モイラの話によると、ウィルアックスはゲイなのだそうだ。

パンクス仲間には隠し通してきたが、モイラにだけは打ち明けていた。

ひと月に一度、モイラはウィルアックスの巣に泊まりに行った。

ウィルアックスは年齢のためか、ドラッグのやりすぎかでインポテンツになっていたが、そんなことはどうでもよかった。二人で抱き合って朝まで眠る。

ウィルにはそれで十分だった。


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