旅の始まり
「あたしモイラ。よろしくね」長い睫毛の下から鳶色の瞳が微笑んだ。
メガネの青年は「おれ、バズ」と、ズボンを履き直しながら、トロンとした目で答えた。
二人ともなんとなくろれつが回っていない。
ムネチカは正座のまま、少し間を置いてから「お二人はそういう関係なんですか」と訊きづらそうに尋ねた。
「そういう関係って?」モイラが小首を傾げる。
「その、つまり、恋人同士なんですか」
「いやぁ、あれはノリっていうか、ね?」少しバツが悪そうに、モイラはダハハと笑いながらバズのほうへ顔を向けた。
「簡潔にいうとだな。ズボンをおろしてきたのはこいつの習性で、ケツが出ていたのはおれが下着を履かない主義だからだ」バズは迷惑そうに応えた。
「はあ」ムネチカはいまいち腑に落ちない表情をしている。
「だいいち、おれはチンチンついてる奴とは恋に落ちない」
「へ?」
「ちょっと、それしつれーすぎだから。あたしもアンタなんかお断りだし」モイラがバズの頬をグイとつねった。
戸惑うムネチカを前に、
「あたしね、よくわかんないんだわ。性別とかそういうの」と、モイラがへラリと言った。
「昨今、流行りのジェンダーレス男子ってやつだよ」バズがいうなり、モイラが再び頬をつねる。
「あたしは流行りでやってんじゃないの。頭ん中が生まれつきそうなってたの」
ムネチカは、モイラの足元から顔までをじっと観察した。
オリーブ色の袖なしトップスから、すらりとした脚が伸びている。クリームブラウンの髪は耳にかけられていて、女の子のように長い。
メイクはしていないようだけれど、
「どう見ても女の子に見える」思わず心の声が口をついて出てしまった。
ふふっと笑うと「ま、どっちでもいいからあたしは」そういって、モイラは床に敷いたマットレスにゴロンと転がった。
「お前の部屋は廊下の突き当たりだから。家賃は毎週末に現金払いな」というなりバズもモイラのとなりに横たわった。
「あの、ぼくの部屋の鍵は」
ムネチカの問いに、バズはそんなものはないといった仕草で手を振った。
(大丈夫かなこのフラット)
ムネチカはそっと扉を閉め、自分の部屋へと向かった。




