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見える視えざるその世界  作者: こっとんうぉーたー
1/1

一つ目~非現実と怨み憑き~

学校に遅刻しそうな時、不意に見つけた神社。そこの巫女には耳が生えていた。ありそうでなかった一つ目の非現実。

 朝。

 いつもと変わらない朝。小鳥がさえずり、眠気がまだ残る感覚のもと、だるそうに起きる朝。

「おはよう母さん」

「おはよう護人もりと

 いつもと変わらない挨拶をする護人とその母茜あかね。茜が用意していた朝食を頬張り、何気ない話をして小学校へと向かう。火神ひのかみ家には父親はいないが、幸せな日常を送っていた。

「じゃあいってくるね、母さん」

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

 それだけ。それだけのいつもと変わらないやりとりだった。このやりとりを最後に火神茜は姿を消す。知人にも、我が子にさえ何も言わず、ただ忽然と姿を消した。

 何故。護人は悲しむより先にそう思った。幸せであった生活から急にこんな事態になるのか理解ができなかった。どんよりとした悲しみに包まれるより、突如母親が奪われることに対して怒りを覚えるより先に、子供故の透明な疑問が勝った。

 これより、火神護人は真実に固執することになる。




 ―――六年後―――

 泥水を啜るような思いをして手に入れた情報が必ずしも真実とは限らない。人伝に聞いた話が嘘とは限らない。真実とは一体何なのだろうか。

 火神護人はそんなことを考えつつ、通っている水原山みはらやま高校へと自転車を走らせていた。

 真実とは必ずしも納得のいくものではないことは六年たった今では理解しているつもりだ。だが学校から帰ったら母親がおらず、それから二度と帰ってくることはなかった、など受け入れろというのも無理な話だ。

 周りの人間は子供を見捨てた無責任な親だと言うが、当事者から愛情を受けて育ってきた護人には受け入れられない雑音だった。

「はあっ、はあっ……すみません、ちょっといいですか?」

 思考の沼と赤信号にはまっていた護人に声をかける少女が一人。

「どうしたんだ?」

「水原山高校に行きたいんですけど……迷ってしまって」

 ふと腕時計を見ると授業開始の時間がかなり迫っていた。

「転校生か?時間がないから近道を案内する、ついてきてくれ」

 護人は彼女にそう言って道路のすぐ横にある林へと案内した。


「ここを通ると校舎にまっすぐたどり着けるんだ」

「あの……ここって入って大丈夫なんですか?私有地だったりとか……」

「何故か何一つお咎めなしだ。水原山に通う生徒はこの道をよく使っているが、警告一つされない」

 とはいえ確かに妙な話だ。これだけ都市部の近くに存在している林が管理されていない地とは考えにくい。開拓すれば学校が一つ建てられるくらいの面積はある。

「まあどちらにせよ現状は俺たちの通学路だ、ほら見えてきたぞ。」

 木々の間から校舎の様子が見えてきた。

「あれが水原山高校だ。」

「ありがとうございます!」

 そういうと少女はぱたぱたと走って校舎へと向かっていった。

「さて、俺も向かうか……ん?」

 ふと横に目をやると神社があった。今までこんなところに神社があった記憶はない。

 誘惑に勝てず、護人は神社へと向かった。



 神社に近づくにつれ異様な気配が強まっていくのを感じた。境内に入った頃にはこの世から離れてしまった感覚さえした。

「ここは何なんだ……?」

 異様な雰囲気。だが、どこか心地よい。

「急ピッチで建てられたのか…?まさかな」

「ちょっと!あんた何でここにいるの⁉」

 突然話しかけられた。護人は少し驚いたが、これだけきれいな境内だ、人がいてもおかしくない。そう思い声のする方を向いたが、声の主を見てより驚いてしまった。

「な、何よじろじろ見て」

 巫女装束を着ていた。これだけなら普通の事なのだが、耳が、所謂狐の耳のようなものがその女性にはついていた。コスプレだろうか?

「……狐の耳?」

「ああこれ見て驚いてるのね。尻尾もあるわよ、触ってみる?」

 狐耳の女性は調子よくそういった。

「ってそうじゃなくて、あんた何でここにいるのよ!ここは普通の人間には入れないのよ?」

「言っている意味が分からないな」

「うーんまあわからないわよねぇ。ここは人には見えないようになっていて――」

 そういって彼女はわけのわからない話をしだした。

「――というわけで、ここは一般人には見えないのよ?」

「狐耳の巫女のコスプレした人間が言うにしてもリアリティがなさすぎるな。」

「コスプレちゃうわ! 今ここで装束脱いで見せてやろうか」

「やめてくれ俺が悪かった」

 うっかり事案が発生しそうだったので護人は彼女を制止した。

「話を戻すが、仮にここが一般人に入れないとして何で俺は入れるんだ?」

 改めて護人は狐巫女に聞く。

「それがわかりゃ苦労しないわよ。結界は正常に作動しているし……」

 乱れた巫女装束を直しながら狐巫女は不可解そうに呟いた。

「私もあんたに聞きたいことがあるんだけど」

 狐巫女は今までとは異なる素直な表情をして、質問を投げかけた。

「あんた、格好からして学生よね? 学校は?」

「……あ」

 高校の近くにある神社であるうえに自身が学生服を着ている。当然の質問であるが護人は思わず固まってしまった。遅刻である。



「おう護人!危うく本物の不良になったのかと思ったぞ!」

 放課後、源田げんだが笑いながら話しかけてきた。

「一度遅刻したぐらいで不良にされてたまるか」

「にしてもなんで遅刻なんかしたんだ?今まで一度もしたことなかったろ」

「源田、学校の近くに林あるだろ、あの中に神社があるの知ってるか?」

「護人、お前も知ってるだろ?源田正弥げんだまさやに物を聞いて」

「望んだ答えが返ってくるなら宝くじが当たる」

「その通り!残念ながら今回もくじは当たらねえぜ」

 そう言って源田は笑う。彼に物を聞いて望んだ答えが返ってこないのは校内で有名だ。特段勉強ができないわけでも、頭が悪いわけでもないのになぜか話がかみ合わない。もはや七不思議化している現象だ。

「しかしそりゃ妙だな。神社が建ったのか?にしても誰にも見られず建てられるわけねえよな」

「境内にいた狐の耳つけた巫女は、人には見えないようにしてるとか言ってたけどな」

「狐耳つけた巫女居たの?どう?可愛かった?」

「さあな」

「なあ今から行ってみね?狐巫女見てえ」

「ああ、元よりそのつもりだ。」

 再び神社へと向かおうと校舎から出る護人と正弥。そこに一人の少女が声をかける。

「護人さん!お待ちしてました!」

 顔は普通の少女、しかし服装がそうではない。車輪のような飾りのついている、どこか機械的な印象をしている。

「知り合いか?」

「いや、初対面のはずだが……」

 服装からして水原山の生徒でもない、どちらの知り合いでもない。しかし少女は護人を心待ちにしていた様子であった。

「君は誰だ?見たところ水原山の生徒ではないようだが」

「私は護人さんの自転車です。なぜか実体化してしまって……」

「今なんて言った?」

 乗っていた自転車が実体化などという非現実的な言葉が聞こえてきた気がした護人は思わず聞き返してしまった。朝の神社も十分非現実的であったが、自分の所有物まで非現実に巻き込まれたとなると驚きも大きくなる。

「なああんた、何言ってるがわからねえが、俺たちは今から向かわなきゃならないところがあるんだ。話なら手短にしてもらえねえか?」

「どこかいくんですか?ご一緒します!」

「そういうわけには……」

「いや、好都合だ。これであの狐巫女に会えれば色々わかるかもしれない。もっともあいつが本当に狐巫女ならの話だが」

 あの狐巫女ならもしやこの少女の説明もできるかもしれない。護人はこの少女を神社に連れていくことで両方の非現実の説明をつけようとしていた。

「じゃあご一緒してもらおう」

「はい!私、白銀(しろがね) まわりって言います。よろしくお願いしますね!」



 神社へと向かうために林を歩く護人と源田と廻。源田と廻は気が合うようで会話は弾んでいた。だが廻の正体はわからないままだ。自転車置き場を見ると確かに護人の自転車はなくなっていた。しかし流石にそれだけでは廻が自転車だという話を飲み込めはしない。

「ここだ、やっぱりあるな。」

「どこだ?俺には見えねえけど」

「源田さん見えないんですか?私にも見えますよ」

 神社に近づいた護人一行。しかし源田にはその姿が見えていなかった。

「とりあえず入ってみるか」

 神社の境内へと向かう三人。境内へと入るとやはり異様な雰囲気が漂っていた。

「やはりここの雰囲気は異様だな」

「おい!なんか神社が見えるようになったぞ⁉」

 源田はひどく驚いているようだった。どうやら境内に入った瞬間神社が見えるようになったらしい。

「今度は誰が入ってきたのよ……」

 これだけ騒げば当然というべきか、うんざりとした狐巫女が出てきた。

「ってまたあんたなの。観光スポットみたいにして友達連れてこないでもらえる?」

「おわっほんとに狐巫女だ可愛い!護人お前ここにいて遅刻とか羨ましいな!」

「あら、あんたは素直なのね」

 朝のことがあってなのか狐巫女は少し誇らしげであった。

「あなたが狐巫女さん……」

「そうよー。そこの人は信じずにコスプレだと思ってたみたいだけど――」

 そう言いかけて狐巫女は廻をまじまじと見る。

「な、なんですか?私の顔になんかついてます?」

 廻は困惑した様子だった。狐巫女は護人の方も向き直し、今までにない真剣な顔をした。

「あの子が言っていた護人ってのはあなたの事よね?」

「そうだが」

「護人、あの子は()()()に巻き込んでいい人間かしら?」

「何?」

 狐巫女は向こうではしゃいでいる源田を見てそう言った。突然聞かれた内容の意味が護人にはわからなかったが、狐巫女がふざけている様子ではないことは目や声色を見てわかった。見たところ廻も言っている意味が分からないようで困惑している。

「言っている意味がよくわからないが、源田に危害が及ぶなら巻き込むわけにはいかない」

「そう、だったら後日、あの子がいないときにまた二人で来なさい。」

 狐巫女はそう言うと源田のところへ向かい源田と会話を始めた。護人と廻はまだ混乱していたが、狐巫女の言う通りこれ以上の詮索は源田のいないときにすることにした。

「そういえば廻は帰る場所あるのか?」

 出来事が重なりすぎてすっかり聞くのを忘れていたことを護人は尋ねた。

「あるわけないじゃないですか、護人さんの家に泊めてください」

 廻は明るい笑顔でそう言った。夕焼けが美しく廻を照らして情緒あふれた画に出来上がっているが、やっていることはただの押しかけである。



 帰り道。神社を出て源田と別れた後、自転車がない以上仕方ないので護人と廻二人で夜の帳が落ちようとしている住宅街を歩いている。護人はこれから自転車通学ができないことを考えると少し気分が暗くなっていた。

「護人さん!あの神社すごかったですね!」

 それとは反対に廻は非常に明るかった。天真爛漫で夜なのに後光がさしているようだった。道中廻に色々話を聞いてみたが、どうやらほとんど自分のことに関する記憶はないらしく何一つ情報は得られなかった。このままでは廻は自転車の付喪神的な存在となってしまう。

「そういえば……」

 気になった。自分に関する記憶がほとんど存在していない廻が知っていた。自分の帰る場所もどうやって実体化したかもわからない廻がそれだけは“知って”いたのだ。

「廻、お前はどうして俺の名前を知っていたんだ?」

「ああ、それはですね――」

「グァ、ゴォ、ガァッ」

「――‼」

 猛獣でも、人でもないような呻きが背後から聞こえてきた。背筋が凍るとはこういうことを言うのだろう。廻が怯えていることで外はこんなにも暗いことを再認識した。

「も、護人さん……あれっなんですか……?」

 怯えている廻を守るために振り返る。何がいるかを確認する。

「ゴァ……ア」

 顔は人に比べて四角く、身長は2メートルあるかといったところ。手には爪のような長いものが生えていて凶暴さが伺える。反応は鈍く眼がないようにみえるが、妙に視線が合っている気がする。今日一日で様々な非現実を体験したからこそ本能で理解した、敵性の非現実。恐ろしい存在がそこには(そび)え立っていた。

「ギョアアアアアア!」

「廻、逃げろ!」

「は、はい!」

 異形が咆哮すると同時に廻を逃がす。正直殴って倒せる相手とは思ってなかったがやるしかない。そう決意し護人は人殴ったことのない拳を握り身構える。目標を護人へと決めた異形はにたりと笑い爪を振り上げた。

「――はあ!」

 爪をかわし殴りつける。殴ったことはないが、殴り方くらいは知っている。だが、これがクリーンヒットではないことは状況が物語っていた。

「ぐうっ⁉」

 殴った右腕が悲鳴を上げている。硬いものを殴ったような感触はなかったが流血している。

「やはり駄目か……」

 勝てない。だが、家まで逃げるとなるとこいつに場所を特定されてしまう。立ち向かうしかなかった。異形と距離をとりつつ廻の安否を案じていたその瞬間。

「ゴア!」

 怨念と呼ぶのがふさわしいような、どす黒い球が護人めがけて吐き出された。

「なに⁉」

 いきなり撃たれた飛び道具に護人は反応できず左足に喰らってしまった。この期に及んで飛び道具はないと高を括っていたのだ。左足は焼けるように熱く、身動きもままならない。

 ここまでかと護人が観念したその時――

「一の鈴‼」

 まばゆい光が異形を照らしたかと思えば異形は悲鳴を上げて消えていった。異形の背後には神社にいた狐巫女が立っていた。

「護人さん!大丈夫ですか!?」

 狐巫女の後ろから廻が顔を出す。どうやら廻はあの神社へと向かって走ったらしい。

「大丈夫?」

 狐巫女は何かを呟き、護人の傷口を光で照らした。その光は暖かく、まるで母親を思わせるようなぬくもりがあった。みるみるうちに傷は治り、体が動くようになった。

「巫女さん!なんだったんですかあれ!?」

 狐巫女は護人を立たせ、改めて語りだした。

「まずは私の名前からね、私は恋狐れんこ。正真正銘の妖狐ようこよ、コスプレじゃないから」

 まだ根に持ってたのかと思ったが、今度は信じられる。あれを見た後では信じざるを得ない。

「そんでもって、あいつは“憑者つきもの”、物に取り憑いて住む魔物。廻、あんたの仲間よ」

「え?」

「正確には仲間じゃないけどね。あれは忘れ去られた怨念から顕現した怨み憑き《うらみつき》、あんたはそうじゃないわ」

 すべてを知っているように恋狐は語っていく。

「あの魔物が廻を狙ったのは何故だ?」

「いいえ、狙われたのは廻じゃないわ。護人、あんたよ」

「何だと!?」

 正直、もう勘弁してくれという量の情報を今日一日で叩き込まれている。しかしその事実は今までの何より驚いた。狙われる理由がわからない。わからないが、六年前が頭をよぎる。

「何で俺が狙われるんだ!?」

「落ち着きなさい、順を追って説明するわ。だけど――」

 恋狐が一瞬、これまでの彼女が嘘かと思えるほど、悲しい表情をした気がした。

「これを知るということは、あなたに大きな試練を与えることになるわ。それでも、知りたいと思える?」

「当然だ、命を懸けても良い」

「そんなこと、言うもんじゃないわよ。あんたはね、一族の末裔なのよ」

 恋狐は護人の眼をじっと見つめてそう言った。

「末裔……?」

「これより先は、明日神社で教えるわ。今日はもう家に帰りなさい」

 そう言って恋狐は姿を消した。煮え切らない気持ちを抱えながらも、護人と廻は自宅へと向かった。

「護人さん、末裔って」

「俺にもわからない。だが……もしかしたら母さんのことを知れるかもしれない」

 あの魔物を見たとき恐怖してしまったが、母親の失踪の秘密を知れる。その希望が護人を勇気づけた。



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