一緒に畑仕事がしたいから結婚してくれって、冗談でしょう?
※悪役令嬢では有りません
子孫繁栄のために王子様との婚約者を募集する。
そんなお触れが出てから、貴族達のパーティーでは未だに婚約者が出ない王子が揶揄されるようになってきたのはそれから半年たった頃だった。
「王子はそもそも婚約者を求めてないらしい」
「王子は女性がお嫌いだそうよ」
「実は王子は二人いて第1王子と違って、第2王子はとても見れないお顔らしい。今回は第2王子のお嫁探しなんだ」
等、揶揄を通り越して、不敬のような発言迄出てきていた。中でも酷いものは王子は既に亡くなっているというものまであった。
王子が2人いると言う噂は前からあったが、誰も第2王子の姿を見た事がない。いるかどうかは謎で有る。
実際にいらっしゃるジル・フォールド王子は青色の髪に、水のように透き通った瞳のまるで絵本に出てくるような麗しい王子であった。
しかし、彼のその美貌と時期国王という権力を求め貴族間で争いが起こり、それを避けるために噂の第2王子が世継ぎを担う事になったらしいとそんな噂までも並行して出回っていた。
(……噂だけで、よくここまでここでそんな話が盛り上がるものね)
辺境子爵の娘であるセラティは、王家主催の夜会で壁の花になりながら、いやおうなしに聞こえてくる会話にため息をついていた。
今宵は婚約者が定まらない王子の、婚約者候補を絞る為に開かれた夜会である。勿論噂の第2王子のためかどうかはわからないが。
その為、国中の爵位を賜っている未婚の令嬢と言う令嬢が集められていた。
本当は来たくもなかったのだが、令嬢がいるのに来ない家には、税を多めに入れる羽目になるぞと言う脅し文句つきの断るにも断れない招待だったので諦めてセラティはここに出されていた。
(しかし、王子も王子よね。自分の嫁探しなんだからちゃんと出てくれば良いのに)
そうすれば少なくとも生存と容姿についての噂は立ち消えるだろうにとセラティは人ごとながらに思ってしまった。
(しかし……つまらないわ)
パーティー会場をぐるりと見渡すも、知り合いなどいない。
それどころか、下手に誰かと目を合わせれば田舎の子爵如きがと嫌みを言われる始末。
まるでライバルの蹴落とし合いだ。
(別に王子なんて狙ってないわよ)
セラティに向けられる嫌みに対して思わず溜息をついてしまう。
さて、ソロソロ帰ろうかしら。ここまでいたのだから退場を流石にもう許されるだろう。
会場入りして1時間。
壁の花は飽きてしまった。
慣れない会場、慣れない人ごみ。
何より田舎の子爵では滅多なことで着ないパーティードレスに高いヒールの靴。
田舎からの馬車の5時間の旅。
疲れた。
今晩は城周辺に泊まるとしても、帰りもまた5時間の馬車の旅が待っていると思うと気が滅入ってしまう。
そもそも、脅しで人を集める魂胆が気にくわない。
会場を後にして、中庭を通りセラティは馬車停所まで歩いている途中、駄々広い中庭の隅に焚き火が見えたような気がしてしまった。
(焚き火? こんな所で?)
セラティが目を凝らして見ても先程の焚き火はもはや見えない。
(これって……もしかして不審者?)
いや、まさか……
ここは国の主要人物がおわす城。
そんな簡単に不審者など入れるわけがない。
けれど、万が一王や貴族達を狙った賊だったとしたら……。
(い、いちおう報告しておくだけ、しておきましょう)
セラティは歩みを早め馬車留場に着くと、近くで馬を見張っていた兵士に声をかけようとした時急に手を誰かに後から掴まれ馬影に引っ張られてしまった。
「なっ!」
「しー! 静かに!」
突如口を思いっきり塞がれてしまい、思わず驚きと恐怖で真っ青になってしまった。それでも、なんとか口を塞いできた人物を見れば、そこには厚底瓶眼鏡のボサボサで黒い髪の何とも場違いな格好の男が立っていた。
「声出しちゃダメですよ。僕今王子様の命令でちょっと秘密の実験してただけだったから、誰かに見つかるとこまるんです。だから本当に、本当に声ださないでくださいよ。その……手を離すから。声だしたら王子に言いつけますからね」
男に黙るように念押しされ、セラティは思わず首をコクコクと縦にふるしかなかった。
それならと、セラティから男はゆっくり手を離してくれた。
「あ、貴、方は……」
誰?
突然の出来事でセラティは何とか声を絞り出すので精一杯だった。
突然手を引かれ、口を塞がれ、野暮ったい男が目の前にいて、これで恐怖じゃない令嬢がいたら見てみたい。
「僕? 僕は……えっと、えっ……と。あ、アーモンド! 小間使いのアーモンドです。王子の側近をさせて貰ってます」
野暮ったい男はアーモンドと名乗り頭をポリポリ掻いた。
セラティは、男を凝視した。
(本当にこの人を信じて大丈夫かしら?)
けれど、一目につかない馬影に引き込まれた今、何かされてもこまるのでとりあえず大人しくしたがった方が無難だろうとセラティは男を見つめた。
「そ、そう。アーモンド様、私はただ帰ろうと思ってただけなのです。帰ってもよろしいですか?」
余計なことには巻き込まれない。
こうなった以上、何かに巻き込まれそうな予感しかしないセラティは先程の出来事を早急に誰かに告げるのを諦め、逃げることを選択した。
辺境を担う伯爵は父だ。セラティは所詮しがなく力ない田舎の令嬢でしかない。
この場は逃げるが勝ちだろう。
「え? もう、帰るんですか? だってまだ王子とお会いしてないんでしょ? 今日は……王子の婚約者を選ぶ為の会ですよ?」
それなのに、驚きの声をあげられてしまった。
「いや……あの、王子様は会場に沢山いらっしゃる美しい方をえらばれますわ。私はとてもとてもお眼鏡にかなう容姿でも、爵位でもないのでご辞退させて頂きましたの」
と言うか、見たことも無い王子に急に婚約者に選ばれても普通に困る。
高位爵位の令嬢ならそれこそマナーやら令嬢教育は有るだろうが、セラティは田舎貴族だ。
必要なのはマナーでも令嬢教育でもない。
いかに領地の人の心を掌握し辺境を守り、領地運営を健やかに保つかの経営技術だ。勿論辺境を守る力はないセラティは特に領地運営や人の心の掌握をがんばらねばならない。
「辞退って……。王子のお嫁様ですよ? 王子に逢いたくないんですか? 将来は国のお世継ぎを産めるかも知れないんですよ? しかも王子はかなりの美丈夫ですよ?」
アーモンドは信じられない顔をしつつ厚底瓶眼鏡を押し上げた。
そこから見える異様に大きくなった黒い瞳にじっと見つめられ、セラティは今度は首を横に振った。
「その……不敬になるかもしれないんですけども……王子様には興味ないんです。噂では2人いらっしゃるらしいけど。それが本当かどうかは少し興味があるけれど。と言うか、見たこともない人にいきなり選ばれても困りますし」
言葉を濁しつつ、セラティは思わず本音を零してしまう。
「興味ない、困るって……貴女は……。失礼ですが、貴族の、方、ですよ、ね?」
かなり引かれたらしい。
アーモンドは信じられないと言う顔を崩さない。
そんな様子に思わずセラティは首を傾げてしまう。別に貴族なら全員王家を取り込みたいなどという欲を持っているわけではないのに。
「いや、あり得ませんね。興味がないのなら、困るのなら、何故貴女はここにきたのですか?」
至極真っ当な質問がアーモンドから発せられると、セラティは思わず溜息をついてしまう。
「来なくて良いなら来ませんでしたよ。でも、招待状に令嬢を差し出さないと税金巻き上げるぞって書かれてたら来るしかないと思いません?」
既にアーモンドへの恐怖心は消えるつつあり、代わりに今度は卑怯な手を使った王家に密かにいかりがわいてきた。
余計なお金と時間を使わせられ、こちらと良い迷惑だった。
それなのに、パーティーでは嫌な目に合い、今は面倒そうな人物に絡まれている。
なんて日だ。
「兎に角、そう言う事なんで帰らせて下さい」
若干、苛立ってきたのを隠しセラティは男から少し離れ馬影から出ようとして、また男に引っ張られてしまった。
「え?」
なにするの? そうセラティが言葉を発するまえに男はセラティの手を掴んだ。
「そんな事になってたなんて、申し訳ない。知らなかったんだ……と王子は思ってると思う」
たどたどしく、アーモンドはセラティに謝る。
「アーモンド様が謝ることではないですわ。汚い遣り方をしてきた王家の方々が本来謝るべき事ですもの。それに、こんな風に人を集めておきながらちゃんと皆の前に現れて労いもしないどちらかわからないけれど、王子も常識がないだけです。そんな方のお嫁様なんて、候補になるだけでも私は嫌です。あ、本当にこれは不敬になるのでぜひ秘密でお願い致します」
思わず零し続けてしまった本音に慌ててセラティはアーモンドに秘密を依頼する。
「……。そうだね。確かにそれは君の……貴女の言うとおりだ。でも、王子にだって言い分があるんだよ? やたらと美丈夫なせいで勝手なイメージ押し付けられて、好きでもない女性がありとあらゆる色仕掛けを毎日使って、王子が自分の趣味を見せると手のひら返したように逃げ出して。王子には個性をもてないのかって辟易してる所で無理矢理婚約者を決めるパーティーなんて組まれてさ」
王子だって鬱憤たまってるんだよ。逃げ出したくなるよ。とアーモンドは小さく呟いた。
「まぁ、それは王子も気の毒ですね。でも、それならそうと王子は、この趣味があう女性と結婚するって言っちゃえば良かったんですよ。そうすればこの無駄なパーティー予算も削れたし、王子も趣味に理解ある人と一緒に趣味を没頭できるでウインウインでしょう? 王子はおばかさんですね。今後はぜひそうしてもらっていいですか? 私、明日にはまた馬車に乗って帰らないと仕事がたまってしまうので」
早く帰りたい一心でセラティは再びアーモンドから離れようとするも、なかなかそれを許しては貰えなかった。寧ろ興味を持たれてしまったようだ。瓶底眼鏡の瞳が光った気がする。
「仕事? 仕事場ってなんですか?」
「え? あ、私は辺境を守ることなど出来ないし、田舎なので畑を管理してまして……。それに、もう直ぐ収穫祭なので夜は害虫やら野生動物を追い払わないと行けなくて」
「それ! そこ! 詳しく!」
「は?」
がしりとアーモンドに肩を掴まれ思わずセラティは固まる。
星明かりで見る彼の手はよくよく見ると土がついている気がした。
それよりも、着ている衣装はどう見ても作業着。
「……もしかして、アーモンド様。畑の外敵駆除されていました?」
というか、城にも畑の外敵はいるのかとセラティは遠い目をしてしまった。
「そう! そうなんだよ! 気にして見回りしてたのに瓜の食い逃げされた後だったんだよ! コッソリ城に畑作ってたからバレたくなかったし。バレるとイメージと違うって怒られて煩いから」
アーモンドがそう言って肩をしぼめる。
「イメージ?」
セラティがアーモンドを見ればアーモンドは、あぁと声をあげ眼鏡と髪の毛をはずした。
「え? あ、髪……外れて……髪、外れて……」
髪の毛が突如外れたことにセラティが大いに驚いていると、アーモンドは驚くところそこじゃないでしょと苦笑いしていた。
セラティの前に立つのは野暮ったい頭ではあるが、暗くてもわかるほど輝くエフェクトを纏わせた青色の髪に、水のように透き通った瞳のまるで絵本に出てくるような麗しい王子であった。
「あ……髪がある。カツラだったんですね。良かった」
「いや……だから、気になるところそこじゃないでしょ? 髪が無かったらどうだっていうの?」
「私、お父様のせいでハゲは生理的にちょっと……」
俯くセラティにジル王子は、いやいや、そうじゃなくてと思わずツッコミをいれてきた。
「そうじゃなくて、僕はアーモンドじゃなくて本当はジル・フォードだよ。この国の王子」
相変わらず輝くエフェクトを纏わせた王子がセラティへ眩しい笑顔を向ける。
「眩しいですので、そのエフェクト消して下さい。と言うより、王子様でしたのね。では、会場にお戻り下さい。私はこれで失礼します」
ぺこりと頭を下げて、今度こそ全力で逃げだそうとするセラティをジルは三度捕まえた。
「ゴメンね。僕もエフェクト消したいんだけど消えないんだよ。だからいつも変装してて、お陰で第2王子とか言われる様になっちゃってさ。ところで、さっき趣味が合う人と結婚するって言えっていってたよね?」
(嫌な……嫌な予感)
セラティはたらりと額に汗をかく。
「しかも、僕の姿を見ても気にするところは髪だけのようだし。ねえ……君、僕と結婚しよう? と言うか結婚するから」
だから、一緒に畑仕事しよう。
耳元で甘く囁かれたら、普通はクラリと恋に落ちるのだろう。けれど、セラティはしっかり現実を見て、損得を即座にたたき出す。
「一緒に畑仕事したいから結婚する? ご冗談でしょう? 嫌ですよ。オプションで王妃教育やら、国の管理やらお世継ぎうんぬん、派閥争いうんぬんの、貴方の美丈夫でいらぬ気苦労がついてきますよね? あと、貴方カツラばっかり被ってたら将来ハゲますよ? 私、自分の旦那がハゲってのはお断りです。私は帰ります、サヨウナラ」
手を、手を離してくれ。
セラティは心からそう思って、不敬も何もかも忘れジルから離れようともがくも、悲しいかな男と女。
力の差は歴然で。
挙げ句に着慣れないドレスと高いヒールで力が余計に入らない。
「うん。やっぱり君に決めた。大丈夫僕、きっとハゲないから」
よし、結婚宣言しにいこう!
ひょいっとジルにお姫様のように抱かれてセラティは再び城に入る羽目になってしまい、そこから一騒動あったのはまた別のはなし。
明日でいったん完結です。