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ああ愛しの悪役令嬢様

 ふわりふわりと春の陽気な風が窓から室内へと流れ込む。

 日差しも暖かく、目を閉じればつい転寝をしてしまいそうになる。

 

 そんな春の誘惑に、伯爵令嬢のセレーネはばっちり乗っていた。

 ソファに腰かけ、長い金色の髪をたらし、若干釣り目がちな桃色の瞳をうつらうつらとさせながら今まさに夢の世界へ船をこぎ出していたのが悪かった。

 

 「セレーネ様、セレーネ様」

 優しくも低くて色気の含んだその声は、子守歌のようにしか聞こえない。

 (ん…‥)

 

 その声に早急に返答しなければならないのは分かってはいたが、まどろみは中々セレーネを開放してくれはしない。


 「セレーネ様……。起きて頂けないなら……しますよ」


 若干、不穏な発言をしたように聞こえたが、セレーネにはもうその声にこたえる事ができない。

 セレーネの瞼はもう完全に閉じ切っていた。


 「……言いましたからね、セレーネ様。俺の前で寝るなんて、全くいい度胸だ」

 瞼を閉じてすやすやと春の陽気に誘われていったセレーネを見下ろすような形で美しいグリーンアイは細められた。

 

 そっとセレーネの名を呼んだ唇の口角は持ち上げられる。

 

 セレーネを呼ぶのは彼女に幼いころから使えていた執事のショーンだ。

 彼は幼い頃顔がきれいだという理由でセレーネに拾われ、伯爵家にやってきた。

 そして伯爵家で一人娘のセレーネのお気に入りになったという事だけで、セレーネを甘やかして育てていた両親から教育をしてもらえた。

 

 だからショーンはセレーネにただならぬ忠誠を誓ってきた。

 それはこの先何が起ころうと変わらない事実。


 ただ、そんな忠誠心の熱いショーンには一つだけ許せない事があった。

 それは、今年16になった彼女が侯爵家の一人息子と婚約を結んだことだ。


 侯爵家の嫡男であるセレーネの婚約者は、位を盾にし、醜いくせに女癖も悪く、性格もかなり悪い。そして浪費家で将来は確実に侯爵家に悪影響を及ぼすような人物だ。

 それなのに、伯爵家は侯爵家からの求婚をはねのける事ができず、セレーネと婚約を結ばせてしまったのだ。

 しかも、奴がセレーネを選んだ理由は、若さとセレーネの美しさだけと言う単純なりゆうだけである。そこには愛などない。


 それがショーンにはどうしても許せなかった。

 (あんな奴にセレーネ様を渡すくらいなら……)


 グリーンアイはその色に影をはらむ。


 転寝から深い眠りに入ってしまったのだろう。いまだに目覚めないセレーネの唇にショーンは軽く触れるだけのキスをする。

 「セレーネ様。今すぐ起きないと本当に服をはぎ取っていたずらしますよ」


 そっとセレーネのドレスのリボンに手をかける。


 このドレスは胸元のリボンをほどいてしまえば脱げる仕組みになっている。

 なんとも男にやさしい作りのドレスだ。


 シュルリとリボンをほどきかけたその時、セレーネの目はカッと見開かれた。

 

 「な、な、な、ななななな」

 「お嬢様、こんなことで動揺してどうするんですか。はしたない」

 

 しれっとリボンから手を離しショーンはため息をついた。

 「むしろ、そこは逆に誘惑するくらいじゃないと全然下品には見えません。そんな純情ぶってたらただ男を煽るだけです」

 「いやいやいやいや。だからねショーン、そんなに私に婚約破棄させたいなら私をわざわざ悪役のように意地悪で下品な令嬢にするよりも前にあなたが私をさらってくれればいいんじゃないの?」


 少し落ち着きを取り戻し、セレーネは頬を膨らます。


 なんてお嬢様は可愛いんだろうか。

 ショーンはセレーネに対しての愛おしさで溢れ思わずため息が出る。

 「それでは駄目なんですお嬢様。貴方はアイツ以外にも他の人からも嫌われないといけないんです。世界最高の嫌われ者になっていただきます」


 そうじゃないと、また次の阿呆がお嬢様を狙いに来るかもしれない。

 それでは駄目なのだとショーンは心から思う。


 自分だけのお嬢様でいてもらわなければ。


 「……でも、ショーン。私多分全ての人からは嫌われるって言うのは嫌だわ」

 だって、とセレーネはショーンを見つめる。


 「ショーンだけには嫌われたくないもの」

 俯き呟くセレーネは尊い。


 ショーンは思わずセレーネを抱きしめる。

 「それなら訂正します。俺以外の全ての人から嫌われて下さい」


 そういえばセレーネはニッコリと満面の笑みを見せる。

 「うん。分かった。頑張る」

 そんなセレーネの頭をポンポンとなでるとショーンはそれではとセレーネから離れ水の入ったグラスを手渡す。


 「それではセレーネ様、今日はあくどい顔をして、相手の気持ちをえぐり取りつつ水を頭からかける練習をいたしますよ。持ち方はこうです」

 

 ショーンは自分用のからのグラスを傾けてセレーネに見せる。

 「分かったわ! これは頑張って覚えて今度のパーティであの胸糞悪い侯爵にお見舞いしてくるわね!」

 うきうきとセレーネはグラスを傾ける練習をし始めた。


 それを見てショーンは微笑む。


 ああ、世界中の悪役令嬢様、どうかうちのかわいらしく愛らしい愛しの悪役令嬢を立派にお導き下さいとショーンは心で世の中にはびこる悪役令嬢に今日も祈りをささげていた。

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