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悪役令嬢で何が悪いのですか?

 黒髪を振り乱し、朱色の目をキッと吊り上げてカトリーナは濡れたタオルを勢いよく目の前のいけ好かない人物に投げつけた。


 「悪役令嬢で何が悪いのですか?」


 とりあえず言いたいことは言った、やりたい事はやりきった。

 あとは目の前のいけ好かない人物の反応だ。

 今更悪役令嬢をやるな、似合わないと言われてもこまる。

 カトリーナが悪役になるほど追い込んだのは目の前の人物だ。


 フンっと鼻をならしストンとカトリーナは椅子にすわった。

 カトリーナが座ると同時に、目の前の人物の顔から濡れたタオルがズルリと落ちる。

 その顔は特段何の表情の変化もない。


 タオルを投げつけたのだから、怒るか何か反応すればいいのにとカトリーナは小さく舌打ちをした。

 本当に目の前の、この男はいけ好かない。


 「…………カトリーナ。君の気持ちはよくわかった」

 タオルが落ちて現れたのは麗しいこの国の第1王子であるトレシャスの顔。トレシャスはサラサラの金髪をかき揚げ、ため息をついた。


 後に控えていた使用人達はその王子の顔をみて恐れおののいているが、そんなことはカトリーナには関係ない。

 大事なのは今、これから王子がカトリーナに繋ぐ言葉だ。


 (さあ……なんていうかしら?)

 期待を胸にカトリーナは口角を上げる。


 「……カトリーナ。君の気持ちは充分わかったよ。だから僕は君と……婚約破棄を」

 「よっしゃぁぁぁ!」


 王子の言葉を最後まで聞かずカトリーナは拳を突き上げ喜ぶが、王子は先ほどの表情と打って変わって、ニコニコと笑っているだけだ。


 「やっと貴方は私と婚約破棄してくれるのね!」

 

 そんなトレシャスの笑顔は見ない事にして、カトリーナは満面の笑みを浮かべて微笑む。

 その笑顔をみて、トレシャスも更にニッコリと微笑む。

 

 ただ、カトリーナは気づけなかった。トレシャスの目が笑っていないことに。


 「いや? まさか? カトリーナ……僕は君と婚約破棄、しないといおうとしたんだよ?」

 いやぁ……そこまで君が喜んでくれると嬉しいよとトレシャスは柔やかに微笑み続ける。


 「なっ!! そ、そんなフェイント卑怯だわ!」

 「ん? フェイントなんてしてないよ? 勝手に君が僕の話を途中でぶった切っただけでしょ? そんなに僕と婚約破棄出来ないことが嬉しいと雄叫びをあげるなんて、実は君は天邪鬼だったんだね」


 さあ、婚約破棄なんて馬鹿げた話はお終いだよと、トレシャスは椅子から立ちあがりカトリーナに近づく。


 近づくとわかるが、トレシャスの顔はまだうっすら湿っている。

 顔くらい拭きなさいよねとカトリーナは心で毒づくが、濡れると分かってて先ほどタオルを投げつけた手前そんなことは口には出さなかった。


 「ああ、そうだ。カトリーナ、言い忘れてた」

 既にカトリーナが逃げ出せないように近づきつつ、腰をさっと抱きしめたトレシャスの顔が近い。


 「カトリーナ……教えてあげる。マリーナはね、君に嫉妬してもらいたくて僕が雇ったプロの護衛だよ。だから君の子供じみた嫌がらせに、彼女笑ってたよ。あ、そうそう。マリーナは雇用期間が終わったからこの間故郷にもどっていったよ? 僕らの結婚式にはぜひ呼んで欲しいって。悪役令嬢カトリーナに婚約破棄できなくて残念だったわねって伝えてくれだってさ」


 クスクスとカトリーナの耳元でトレシャスは笑いながら囁く。

 その囁きの内容に、カトリーナはさっと顔を青くした。 

 「え?」 


 (いま……なんて? コイツ、なんていった?)


 思い出す。

 数々の嫌がらせをしてきた日々が、カトリーナの頭の中を走馬灯のように駆け巡った。


 いけ好かないコイツ(トレシャス)と、このままでは本当に結婚させられそうになっていたとき現れた美しいマリーナ。


 マリーナを見た瞬間のトレシャスの微笑みを見てこれだとひらめいたのは三ヶ月前。


 三ヶ月トレシャスに見せつけるようにひたすらにマリーナをいびり、虐め倒した。水をかけたり、ドレスを破いたり、悪口を言ったり、蹴ったり、叩いたり。


 兎に角頑張ったのだ。


 だって……。


 カトリーナ以外に笑顔を見せることのない氷の貴公子と呼ばれるトレシャスが、マリーナにとびきりの笑顔を見せてわらったじゃないか?

 あれは、マリーナに惚れたからじゃないのか?

 マリーナに惚れたと思ったから、中々婚約破棄してくれない、いけ好かない婚約者がやっとカトリーナを嫌ってくれるチャンスがきたと思って頑張って虐めたのに……。


 カトリーナだって、本当は美しいマリーナと友達になりたかった。しかし、なかなかカトリーナと婚約破棄してくれないトレシャスのせいで、その心すらも掻き消すように全力で鬼になり、マリーナをトレシャスの前でだけ虐め、悪役令嬢に徹しきりカトリーナは幻滅して貰おうと思っていたのに……。

 あわよくば皆の前でお前とは結婚しない! 僕の前から消え失せろと言われるつもりだったのに。


 それなのに……。 


 「だけど、カトリーナが嫉妬して虐めてたんじゃないってわかって僕はガッカリだよ。バカだなカトリーナ。僕が君に幻滅する事なんてないよ。あるわけない。無理。やだ。拒否」


 そう言ってカトリーナの額にトレシャスはキスを落とす。


 あまりにもトレシャスの言葉がショックで、しばらく呆然としていたカトリーナはハッと現状に気付き慌ててトレシャスを押しのけようともがいた。

 昔は、カトリーナもそれなりにトレシャスと婚約者として歩める事に喜びはしていた。しかし、トレシャスの異常なまでのカトリーナへの溺愛っぷりにカトリーナはげんなりしてしまっていた。

 彼はあまりにもカトリーナに甘いのだ。

 そして過干渉なのだ。


 想いが重い。


 ほかの男とカトリーナがしゃべったと言ってはカトリーナに対して拗ねてみたり。

 カトリーナが他の男を見たと言っては、僕だけを見てと贈り物を毎日届けてきたり。

 連日公務の合間を縫ってカトリーナ、カトリーナと名前だけを呼びにきたり。


 何なら、カトリーナが使用人に八つ当たりして、金切り声をあげていてもそれを止めずにうっとりと見つめてくる始末だ。


 彼は重症だ。


 仕事こそまじめにしているのに、カトリーナに対しては頭の中がお花畑すぎる。


 正直、それが既に3年も続くとお腹いっぱいでうっとおしくなる。


 しかも、相手はキラキラとエフェクトがかかるほど美しい美丈夫、カトリーナは毎日がまぶしすぎて更にげっそりしてしまう。

 だから婚約破棄して頂き、エフェクトのかからない方の所に嫁ごうと思案していたのに。


 「おや、カトリーナ。暴れないでよ」


 腕の中で暴れるカトリーナをにやにやとしながら見下ろし、緑の瞳を輝かせるトレシャスの余裕ぶりが、ますますカトリーナをイラつかせる。


 「ちょっと! 第一王子・殿下! 離せ! 離せええええ!」


 (もう! ほんとにこいついけ好かない!)

 なおも離れようとするカトリーナをひょいっとトレシャスは持ち上げた。

 「にゃっ!」

 思わず猫のような悲鳴を上げてしまった為に、それが余計にトレシャスの顔をほころばせた。


 「ねえカトリーナ。僕の可愛い婚約者さん。いい加減僕に落ちなよ? どうせ僕らは運命の赤い糸で結ばれてるんだし、きっと現世だけじゃなく前世も来世も僕らは出会って結ばれるんだから」


 ね? とカトリーナをもはや高い高いするような形でトレシャスは持ち上げている。


 トレシャスとカトリーナは年は同じであっても、身長にはだいぶ差がある。

 トレシャスは高身長、カトリーナは俗にいうチビである。


 「ちょっ! 何その壮大な嫌がらせの発言! 私はぜっっっつたい! 前世も、現世も、来世もあなたとはすれ違いもかすりもしたくないの!」

 カトリーナは地面から離れた足を無駄だと分かっていてもじたばたさせてしまう。


 「うーん。カトリーナはどうすればいい加減あきらめて僕のものになるのかな? あと、無理して悪役令嬢しても無駄だよ。僕、カトリーナ好きすぎるから。」 

 「いや。それほんとにやめて。と言うか、無理してしてるってわかってるなら止めなさいよ! あなた王子でしょ! いじめ駄目絶対!」

 「カトリーナだってそれが分かってるならもうしちゃだめだよ。マリーナだったら多少のカトリーナからの無茶でもたえられると思ったからお願いしただけなんだからね。他の人にしちゃだめだよ」


 メッと軽くトレシャスはカトリーナに言う。

 その顔を他の令嬢が見たらきっと頬を赤く染め黄色の声が飛び散るだろう。しかし、3年も耐えてきたカトリーヌにしてみれば、どんよりと腹の底からの残念感をこめたため息ものでしかない。

 

 「……いや、と言うかね、殿下。普通は、ここで悪い事した人には裁きが下り、婚約破棄になるものなのよ。婚約破棄しようよお……」

 カトリーナが潤んだ瞳でトレシャスを見つめれば、トレシャスは仕方ないと呟いた。


 「わかったよカトリーナ。来来来来来来来来世あたりで万万が一僕が君と出会えなかったら考えてあげるよ」

 まあ、そんなことないけどねとトレシャスは心でつぶやく。


 「そんな未来じゃなくて! 今!」

 いまだ宙に掲げられてままのカトリーナは嘆く。

 「うーん。じゃあさ、これから既成事実をつくってとりあえず結婚してから考えてみるね?」

 

 ああ、僕はなんていいことを思いついたんだとトレシャスはカトリーナを掲げたまま自室に向かって足を進める。

 「あ、そうそう。ついでにカトリーナに僕の名前をちゃんと呼ぶことも調教してみようか」


 その発言と行動にカトリーナは更にげっそりしながらやめてえーと城に響き渡るほど力いっぱい叫んでいた。

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