僕の手から逃げたくせに
悪役令嬢とざまぁ
君は笑って僕の手をすり抜け、彼が良いと僕の思いから逃げたくせに。
私は幸せになるわ、当たり前でしょうと高笑いしていたくせに。
幸せになると言うから僕の手から逃げる君を追い掛けなかったのに。
僕の手から逃げたくせに。
何で君は泣いていて。
何で彼の隣に君はいないんだろう?
ねえ?
その女はだれ?
何故アイツは彼女を泣かせた?
僕は彼女が幸せになると言うから、手を伸ばしたけど彼女を逃がしたのに。
「ヘレン、貴様とは婚約破棄する」
「そんな! アンダーソン様! アンダーソン!」
「煩い! 貴様に呼ばれる名前などない」
僕の目の前で、愛しい彼女は突き飛ばされ婚約破棄され、悲しみと涙で顔を歪めていた。
しかも、彼女を突き飛ばした男は、あろう事か他の女を大事そうに抱いていた。
(ふざけるなよ)
あんな女の何がいい?
なぜお前は彼女を選ばない?
僕の愛してやまないヘレンは彼、アンダーソンを愛し過ぎて、彼と彼女の間に入ったその女に嫉妬しただけじゃないか?
僕がどれだけヘレンから嫉妬されるような愛を望んでいるのかお前は知らないのだろう。
ヘレンの少しだけつり上がった黄金色の瞳にどれ程見つめられたいのかお前は知らないだろう。
ヘレンの柔らかそうな、熟れた果実のような唇から小鳥のさえずりのような声でどれ程僕の名前を呼ばせたいかなんてお前にはわからないだろう。
「サッサとこの会場から出て行け! この忌まわしい悪女め!」
アンダーソン侯爵が金色の短い髪を書き上げつつ、茶色の細く切れ長の目をつり上げてヘレンを糾弾した。
周りも、その女もアンダーソン侯爵のその勇ましく美しい姿に周囲は惚けているのだろうな。
だけど、僕は違う。
ブチっ
(は? ふざけんなよ)
「おい。そこら辺でやめておけ。これ以上、僕の愛しいヘレンを陥れるならお前を潰すぞ」
未だにアンダーソンを思い涙を頬に伝わせて泣くヘレンの元にそっと手を差し出した。
あんなヤツを思って泣かせ続ける気はない。
「……私は、この手はとれません」
ほら、まただ。
僕が差し出した手を彼女は受け入れない。
また逃げて行こうとするけれど、僕にも限界はある。
「ダメだよヘレン。僕はもう君を逃がしてあげない」
もう泣かせてられない。
泣くなら僕を思ってにしてくれ。
今度は君をこの手から逃がしてはやらない。
ヘレンの意志とは関係なく、僕はヘレンの細くて折れそうな腰に手を当て無理矢理横抱きにした。
「っ! ダメです! 行けません、殿下!」
「ブー。殿下なんて呼ばないでヘレン? 僕の名前は?」
君に、その小鳥のような声で僕の名前を呼んでほしい。
二度とアンダーソンなんてゲスな腐った名前を口にして欲しくない。
「……ロビン、殿下」
「うーん、半分正解。半分ブー。殿下はダメ」
はい、もう一度やり直し。
僕がそう言えば、ヘレンは可愛い黄金色の瞳を揺らしながら僕を瞳に映す。
もはやアイツの為の涙はとまっている。
そうそう、それでいい。
僕だけを見て、ヘレン。
涙の一滴ですら僕に頂戴。
自然と僕の口角が上がる。
「ロビン殿下……どうして、そんな悪女を……」
イラッ
「……誰が君に名前を呼べといった? 気安く僕に話しかけるな侯爵」
せっかくヘレンと良い感じだったのに、なんてことしてくれる。
侯爵へ冷たく、凍えきった瞳を向けて僕はヤツを射殺すつもりで睨みつける。
「あぁ、そうそう。ヘレンが君如きを瞳に映すわけないから。二度と僕のヘレンの視界に入らないでくれるかな? あ、君とそのつまらなそうな彼女に僕からお祝いをあげよう。確か……君のような権力と地位をひけらかしてものの善し悪しも分からず、可憐な乙女を悪女呼ばわりする若い男児を隣国境界地が欲しがってたから、そこを今後は領地にすると良いよ。僕が直々に手続きしておく」
隣国境界地はこの間戦に押され、領主が死んでしまったんだよね。戦は終戦したけど荒らされに荒らされちゃったから何もないんだよねーと僕は柔やかに呟くのも忘れない。
君を会場から立ち去る所か、この王都から立ち去らせてあげるよ。
勿論、ヘレンにヤツの顔を見せないように僕の胸に顔を埋めさせている。
コイツきっと自分が助かりたくて僕のヘレンの気持ちを再利用したかったんだろうけど、そんな事させないよ?
もうヘレンは僕以外見せない。
「じゃあ、元気でねアンダーソン侯爵」
ツカツカとヤツを背にしてヘレンと僕は会場に残りつつ、王家のプライベートシートへと向かう。
会場を一望出来つつも、彼らからはこちらを見ることが出来ない王家の為のプライベートシート。
勿論僕とヘレン以外は人払い。
会場からは既にアンダーソン侯爵はつまみ出したから、二度とヘレンの目には映らない。
「……殿下!」
「ブー、不正解」
僕が困ったような顔で笑えば、ヘレンも困ったような顔で僕を見つめてくる。
「……ロ、ビン」
弱々しくも、照れを含みながらようやく名前を呼んでくれるヘレンの愛しいこと。
「ん、なに? ヘレン」
チュッとわざとヘレンの絹のような柔らかい栗色の髪へリップ音をたてキスをすれば、ヘレンの頬は薄く色好く。
「……どうして、どうして私を……。私は殿下の手を拒んだのに……」
ヘレンの白く小さな手は僕のシャツをギュッと握り小刻みに震えていた。
(これ、もう抱いて良い奴だよね?)
僕のヘレンはなんてか弱くて可愛らしいんだろう。
ヘレンを未だに横抱きにしたままの手にギュッと更に力を込めて引き寄せる。
あぁ、ヘレンは羽毛のように軽い。
抱きしめて握りしめていないとどこかに飛んでいきそうだ。
「うん。そうだね。でもね、ヘレン。今度こそ僕ももう拒ませないし、君を逃がしてあげないから良いんだよそんなの気にしなくて」
もう一度髪へわざと音をたてキスをする。
ヘレンの甘く誘うような香りが鼻をくすぐる。
「ねえ、ヘレン。僕の手から二度と君がすり抜けて行かないように、君を僕で溶かしてあげるよ」
そっと名残惜しくもヘレンをソファーにおろしつつ、僕はヘレンの前に傅きその柔らかく白い手にキスをした。
「っ! 殿下!」
「……ヘレン。殿下って次にいったらその口をこうやってふさぐよ?」
ヘレンの手を握りつつ、僕は腰を屈めて立ちあがるとヘレンの熟れた果実のような唇を僕の欲まみれの唇で塞ぐ。
あぁ、ヘレンの唇のなんて甘いこと!
もっと、もっと。
最初は触れるだけのつもりだったのに、ヘレンが余りにも甘いから。
ギリギリの所で僕の理性に頑張ってもらった。
「ヘレン……僕を次から名前を呼ばないと、君を食べちゃうかも」
息も絶え絶えのヘレンは黄金色の瞳で僕を誘惑しているようだ。
本当……耐えられるかな?
「……ロビン。また、捕まえてくれてありがとう」
(あ、これ無理)
ヘレンの呟くように囁かれた、僕への言葉はいとも簡単に僕の理性を吹き飛ばす。
いや、だってさ
我慢してたんだ。
君の瞳が他の男を映していることも
唇から他の男の名前を呼ぶことも
本当は嫉妬で怒り狂い、めちゃめちゃにしたくなる衝動を
ずっと我慢してたんだ。
だから僕の手をすり抜けて違うヤツに目を向けた君を、どうやって僕は捕まえようかずっと考えてきた。
もう2度と逃がしてやるなんて事はしない。
それから、しばらくして女にも逃げられ、一人極貧生活を送るアンダーソン侯爵の元には王子の隣で幸せそうに微笑むヘレン嬢がいると一報が届いたのは少し先の話。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
気に入った令嬢達がいらっしゃれば幸いです。
またもし気が向いたら更新するかもですが、とりあえずいったん完結です。
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