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10分間の悪役令嬢

 レイラは目の前で暗い顔をしている幼なじみに、ほとほと困惑していた。

 彼は何故こんなにも落ち込んでいるのだろう……。


 今日は天気も良い。

 

 レイラは窓から外を見る。

 窓から見える景色はそれはそれは美しく、光り輝いて見える。

 それなのに、幼なじみはどんよりと暗い顔をしている。

 

 それが不思議でたまらない。


 「ねえ? テテ? なんで貴方はそんなに暗い顔をしているのかしら? みて、世界はこんなにも光り輝いて美しいのよ」


 うっとりと、外を眺めるレイラは今年17歳となり、先程無事に愛しい人と婚約を結ぶことが出来たと報告を受けた侯爵家の一人娘だ。


 たいして、どんよりと机に突っ伏し暗い顔をしていたテテと呼ばれるのは、レイラの幼なじみ兼屋敷に住み込みで働く貧乏男爵貴族の三男だ。


 本来テテが未婚の、しかも爵位が格段上のレイラの部屋でくすぶっているのは許されない事だ。


 しかし、2人が幼なじみだと言うことと、レイラが侯爵令嬢らしからずお転婆だった事が幸いしてそれを許されていた。


 レイラのじゃじゃ馬ぶりには誰も使用人がついて行けなかったのだが、唯一テテのみが普通に付き合えていた。

 そのため、何時の間にか自然に周りがテテに、レイラの御世話係も押し付けるようになったのだ。 

 

 「テテ! テテってば! 私の話を聞いてるの?」


 レイラがテテをツンツンとつつきながら問いかける。


 「…………。レイラ御嬢様、少しほっといて頂けませんか?」

 

 テテは本当に恨めしそうにレイラを見上げた。

 

 「あら、テテ? なぜかしら? 私、貴方にとても恨めしそうに睨まれている気がするわ」

 レイラが眉を顰めれば、テテは盛大に溜息をついた。

 「……珍しく感が鋭いですね御嬢様。僕結構今、貴女を恨んでます」


 テテは既にレイラから顔を背けて、また机に突っ伏していた。


 「はぁ? テテ、その発言は使用人ならクビよ。クビ案件」

 レイラはクビを連呼してテテを煽れば、テテはご自由にと呟くだけで反応は薄かった。


 テテの落ち込みにレイラは段々イライラしてきた。


 「テテ! いい加減にしなさいよ! 私の気分はこんなにも良いのに、貴方はなんでそんなにも鬱陶しいのよ!」

 

 テテの胸ぐらを掴んでガクガクと揺すれば、テテはレイラの手をはね除けて叫んだ。


 「いい加減にしてくれレイラ! 君は婚約出来たから喜びで舞い上がってるんだろうけど、僕は今失恋しているんだ!」

 「失……恋?」


 テテの理由にレイラは目をこれでもかと見開いた。


 「どうせ貧乏男爵の三男だ、見向きもされないよ! だけど、本当に愛してたんだ。気持ちだけは誰にも負けなかったはずなのに……」 

 伝わらなかった。


 最後は消え入りそうな声でテテは呟くと再び机に突っ伏した。 

 「……こんなの女々しいって、わかってる」

  

 今にも泣き出しそうなテテの声。


 普段レイラが何をしようがのんびり、どっしり構えている彼らしくない。


 レイラは使用人に見放される位じゃじゃ馬だと、自分でも自覚していた。

 本来ならば、型にはまり侯爵令嬢として振る舞わなければいけないのだろうけど、そんなつまらない生き方で一度きりの人生を台無しにはしたくなかった。

 

 レイラの座右の銘は『やらずに後悔するなら、やって後悔する』だ。

 

 そんな彼女でも唯一受け入れてくれるテテはレイラだけでなく、屋敷の人々にも愛されていた。

 

 (そんなテテが失恋……)


 あり得ない。

 そう思うも、テテの落ち込みぶりからしてきっと本当の事なのだろう。


 「……テテ、私今結構、気分急下降よ」


 そう言うとレイラはテテが座っている椅子の背に、テテに背を向ける形で寄りかかった。


 「テテ……10分だけ、10分だけよ。私を貴方の恋路を邪魔する女……。そうね、悪役令嬢だと思って私を断罪しても良いわよ」


 そっとレイラはテテに呟く。

 「……レイラに八つ当たりして、愚痴って気が晴れるとでも?」

 

 突っ伏したままテテは嘆く。


 「そんなの知らないわよ。けど、いつまでも愚痴愚痴、うじうじされるのは嫌だわ。それに……やらずに後悔するならやって後悔しなさいよ。少なくとも私はそれで幸せになるつもりよ」


 「……10分ねぇ。それ、そもそも人の話を聞く態度じゃないよね。本当、酷い女だ」


 レイラは、背後でテテがむくりと顔をあげた気がした。

 「……行くわよ10分」


 チラリと壁の時計をレイラは確認し、静かに開始を告げた。


 (それ以上はテテの泣き言なんて聞かない)


 レイラの気分は本当に急下降していた。

 先程まで光り輝いて見える景色は、不思議と色を失いくすんで見える。 


 「……僕は、ずっと愛してたんだ。身分も、お金もないけれど気持ちが通じればって。若しくは僕の傍に居てくれたらって……」

 「……初っぱなから女々しいわ、テテ」

 

 この男はそれ程まで女々しかっただろうか?

 レイラが口を挟めば、テテはムッとしたようだ。顔を見なくても、背中越しに何となく雰囲気は伝わる。

 

 なんと言っても幼なじみだ。


 「……煩いな。誰のせいでこうなってると思ってるんだよ。散々僕を振り回してたくせに、君は自分ばかり幸せになって……」

 

 テテの若干の苛立ちを含んだ口調。

 (何よ……本気で私を恨みに来てるわね)


 それならばこちらも本気で悪役令嬢役を受けて立とう。

 というか、自分から言い出したのだ。本気でやらねば。


 「嫌なら嫌って言えば良かったのよ。今更ぐちぐち、本当に女々しい男ね。挙げ句に人の気分まで下げて、どうかしてるんじゃない?」

 「君の気分なんて、知ったこっちゃないよ。下がるだけ下がればいいさ。いい気味だ」


 (コイツ……)

 

 テテの言いようにレイラもイライラしてくる。


 なぜに婚約を結ぶことが出来たこのめでたい日に、自分はこんなにもイライラする羽目になったのだろうとレイラはすこし後悔した。

 (やって後悔するパターンだわ。これ)


 しかし、自分から10分と言った手前、後には引きたくもない。


 時計を見ればまだ3分しか針は進んでいない。

 内心、盛大に舌打ちしたい気分だ。


 「……そんな事思ってるから、フラれるんじゃない? 第1女々しいのよ。そんな気持ちに気付かない女なんて忘れて、サッサと次に行けばいいじゃない。別にそんなにいい女じゃないでしょ」 

 「いい女だよ!」

  

 ガタっとテテが急に立ち上がった為、思わずレイラはよろけてしまった。咄嗟にテーブルに摑まった為、床にダイブせずにはすんだのだが。

 

 「僕にとっては女神だ! 他の女なんてくそ食らえだ!」


 ぎっしりと歯を食いしばりレイラを睨みつけるテテ。

 こんな風に声を荒げて怒るテテは初めてみた。


 彼をこんな風にするまでの思い人がいるなんて、レイラは知らなかった。


 「な、なによ! なんで私が貴方にそんなにも睨まれなきゃいけないのよ!」

 

 だめだ、10分なんて持ちそうもない。 

 ただ、テテに振り向かない女なんてサッサと忘れて、次の恋に前向きになって欲しかっただけなのに。

 

 レイラの茶色の瞳から大粒の涙が零れた。

 

 「あ……レイラ……御嬢様。ゴメン。……ゴメンなさい」

 

 レイラの涙にハッとしたのだろう、テテは咄嗟に手を伸ばす。

 しかし、レイラに近づくとその手は急にためらいの色を見せた。


 「……テテ?」


 レイラの呟きと、それは同時だった。

 「ゴメン、レイラ。ゴメン」


 気付いた時には既にレイラはテテの腕の中にすっぽりと収められていた。

 「テテ!?」

 驚き、テテの顔を見上げようとレイラがもがけば、より一層逃がすまいと腕の力は強くなる。


 「ゴメン、レイラ。ゴメン。……だけど、僕には君以外考えられない。君が誰かの隣を歩んでいくなんて耐えられない。僕の女神は君だけだ。君以外の人を愛する事なんて出来ない」

 

 (……ん?)

 

 「え? あの……テっ」

 

 テテと名前を呼ぼうとした瞬間、再びレイラは目が飛び出るのではないかと言うくらい目を見開いた。

 

 テテの顔は今、レイラの目の前にある。

 

 それだけではない、レイラの唇には柔らかく暖かいものが触れている。


 「…………。レイラ、あの……そこは少し、目をつぶって欲しかった」


 固まるレイラから少しだけ離れたテテは、渋い顔をして呟いた。


 「はっ! えっ……あ、あぁ!」

 

 テテの呟きで、レイラは我に返る。

 「え? あ、えっと……テテ」

 

 よろめき、軽くテテを押しのけレイラはフラフラと離れると、テテは何も言わず悲しい顔で俯いた。

 

 「……ゴメン、レイラ、御嬢様。君の幸せを見たくはない。僕……今日限りで実家に戻ります」


 そう言うと、テテは軽くお辞儀をしてレイラの部屋から出ようと一歩踏み出す。


 「え? は? テテ!」


 そんなテテに気づき、レイラは慌ててテテにしがみついた。

 「レイラ!?」

 テテが驚きつつも、レイラを受け止めるとレイラはまだ混乱しているようで目を白黒させていた。

 

 「えっと……テテ。あの、えっと……テテ? テテ!」

 

 兎に角テテの名前を連呼して、レイラはしがみつく。

 それをテテは何も言わずに抱きしめ続けた。


 それからしばらくして、やっと落ち着きかけたレイラが口を開く。

 「テテ……」

 「……なに?」

 「貴方……私が誰と婚約したと思ってるの?」

 

 テテの腕の中でレイラが聞けば、テテの黒い瞳は更に深く闇に染まる。

 抱きしめる腕にも力が入ったのがわかった。


 「レイラは酷い女だね。僕にトドメをさしたいの?」

 それとも悪役令嬢の続き? と盛大に溜息を吐き出すテテに、レイラは良いから言え! と続きを促す。

 「……ロースターだろ?」

 

 吐き捨てるように、憎憎しげにテテがその名を口にすれば、はぁぁ? と呆れた声をあげてレイラがテテを見上げた。


 ロースター。ブルン伯爵の一人息子。


 女にだらしなく、向上思考も半端ないナルシストで嫌なヤツ。

 けれど、顔はかっこよかった。

 それはレイラも認めていた。

 ただし、顔だけ。

 

 そして以前からヤツはなぜか、レイラに再三の求婚をしていたのだ。

 勿論求婚の度にテテ以外はあり得ないとぶった切ってはいたのだが……。 


 現に今日も彼は求婚の為にこの屋敷に来ていたが、テテと婚約したと伝えお引き取り願った。

 確かに、今思えば彼はやけにすんなり引き下がったと思ってはいたけれど、どうやらテテに余計な意地悪をして帰っていったようだ。


 テテ曰く、帰り際テテをわざと呼び出し『レイラは遂に結婚を決めてくれた』と柔やかに耳打ちしていったそうだ。


 そのあと、レイラが婚約が決まったと喜んでテテの前に現れたものだから、テテはすっかり勘違いしてしまっていた。

 

 テテからそれを聞いて、心底嫌そうな顔をしたレイラが声を荒げる。

 

 「はぁぁぁ!? なんで私があんなヤツと結婚を決めなきゃいけないのよ? 吐き気がするわ。テテの妄想にしては酷いわ! 貴方鬼なの? 鬼よね? 鬼だわ!」


 今度はテテが驚きに目を見開く。

 「はぁ? レイラ……それなら誰と婚約したんだ?」  

 テテが聞けば、呆れたようにレイラはテテを指さす。


 「貴方よ、貴方」

 クスクスとレイラは笑い出した。


 「私が何のために長年、じゃじゃ馬してたと思うのよ? こんなじゃじゃ馬じゃあ、誰ももらい手がいないからいっその事テテを婿にとるかってなって。そうすれば私が落ち着くだろうって遂に今日、お父様も貴方のお父様も婚約に印をおしてくれたのよ」

 

 ここを使わなきゃ。人生後悔したくないものと、レイラは自分の頭を指でさし、眩しい笑顔でわらった。


 「テテだって、あんなに女々しくなるくらい私が好きでしょ?」

 

 レイラは今度はイタズラッ子のようにベロをペロリとだし、ドヤ顔になる。そんなレイラを見てテテは、急に肩の力が抜けてしまった。



 「レイラ……これは過去最高に酷いイタズラだね。」

 

 いつになくドス黒いオーラを背後にまとい、胡散臭い笑顔でテテは呟く。

 「え? いや……私、別にイタズラした訳じゃなくて……」


 初めてみるテテの雰囲気に、レイラは若干逃げ腰になるが、それよりも早くテテはレイラの腰と手を捕まえた。

 「レイラ……まだ悪役令嬢役の時間残ってたよね? 僕の心を掴んで離さない悪役令嬢レイラ様を断罪していいんだったよね?」


 テテはひょいっとレイラを横抱きし、そのままソファーに腰掛ける。

 「悪役令嬢レイラ、君はこれから僕を散々振り回した罪で溺愛の刑に処す」

 そう言ってテテはレイラの唇にキスをした。

 勿論レイラは今度はキチンと目をつむる。


 そっと甘い刺激がはなれレイラが目を開ける頃には、先程迄の憂鬱さは全く影を潜め、恐ろしいほど満面の笑みのテテがいた。


 「レイラ……確かに今日は世界が光り輝いて見えるね」

 「……だから言ったじゃ無い」

 

 そっとレイラを抱きしめるテテの力が強くなる。


 「レイラ……、それから僕。君の酷いイタズラに今ちょっと怒ってるから……覚悟してね」

 満面の笑みから再び黒いオーラが解き放たれ、レイラは小さくひぃっと悲鳴を上げた。


 (私がイタズラしたわけじゃないのに!)

 レイラの心の叫びは誰にも届かない。


 結局、断罪は10分どころか屋敷中に砂糖がばらまかれ埋め尽くされるまで永遠と続き、レイラは悪役令嬢になったことを後悔する羽目になってしまった。



 

 そして、ロースターがテテから直々に、この後バッチリ本格的な断罪を受けたのはまた別のお話である。

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