街へお出かけです!
中世ヨーロッパ風の建物と、綺麗に整備された赤や茶のレンガで埋められた道路。
そのあちこちではお祭りの屋台のように出店がひしめき合い賑やかな声が飛び交う。
タオルを頭に巻き服の袖を肩まで捲りあげた店主やその傍で遊ぶ質素な麻のワンピースを着た子供たちとは対照的に、行き交う人はどこか上品でシルクハットを被ったロマンスグレーが良く似合うおじ様や、豪華な羽付きの扇子を顔を隠すように広げるフリルたっぷりのドレスを着た女性など、日本では決して見られることの無い光景に私は興奮気味にその中を進んだ。
この身体に慣れていないためか、はたまた画面越しに見ていた世界が実際に広がっていることへの興奮のためか。
私は気付かぬうちに早足になっていた。
「お、お嬢様!こんなことバレたら、私クビどころではすみません!直ぐに御屋敷へ帰りましょう!」
私の後ろを追いかけてくる彼女の名はマキナ。
ペトラの部下の1人で、ゲームにも名前が出てこないようなモブのモブだ。
どうして私が今、そんな彼女と一緒にいるかと言うと、それは1時間前に遡るー...
「はぁ...どうして外出するにも親の許可が居るのよ...過保護なの?モンスターペアレントなの?」
私はブツブツ文句を言いながら木製のレトロな机に頬杖を付き窓の外見上げていた。
相変わらず、空には大きな魔法陣が光り輝いており、よく見ると小さな魚のようなものも飛んでいた。
「申請だけでも2時間待たされ...ペトラが帰ってくる気配も一向に無し...いったい何時まで待てばいいのよ!!」
「くすくす...あ、も、申し訳ありません、お嬢様!」
近くに控えていた侍女さんが肩で小さく笑っているかと思えば突然あわあわと頭を下げる。
「え?いや、全然大丈夫ですよ。むしろ私の言動ってそんなに面白かったですか?」
私がそう言うも尚も彼女は頭を下げ続けた。
「いいえ!!とんでもございません!!ただ、...」
「ただ?」
言葉を飲み込む彼女に私は後を促すように聞いた。
「いえ...私はつい先日こちらに来たばかりなのですが...お嬢様はどこか、普通の公爵令嬢とは違う気がして...決して悪い意味ではないのですが、すごく親しみやすいと言いますか、一介の使用人がこのような事を大変申し訳ありません!!!」
彼女はそう言うと深く下げていた頭をさらに深く下げるようにグッと前へ出た。
「え、あ、いや...事実その通りだし、...そんなに謝ることないですよ?私だってなりたてだし...」
最後の方は半ば呟くように言うも彼女が頭を上げることはなく涙なのか汗なのか、分からない液体が地面へと吸い寄せられる。
いくら待っても頭を上げる気配がなく、どうしたものかと天を仰いだ時、ふといい考えに思い至った。
「街へ行ったことはありますか?」
私の問に思わず彼女は「え...?」と顔を上げる。
不思議そうにこちらを見つめてくる彼女に私はイタズラっぽい笑みを向け
「行ったことはありますか?」
とまた同じ問いを口にした。
「あ、は、はい。この街の出身ですので、街の中には詳しいかと...」
その彼女の言葉に私は顔を輝かせると1度「こほん」と咳払いをして
「じゃあ、お詫びに街の中を案内してくれませんか?あまり行ったことがないので」
と今度は屈託のない笑顔を向けた。
「あまり行ったことがない」と言ったのは主人公もこの街の人間だったからだ。
本当はゲームの中でしか行ったことなんてないのだが公爵令嬢である主人公は今までに数度程は街へ行ったことがある、はず...。
ゲームのシナリオでも何度か街へ下りていくシーンがあったし。
私のそんな思惑とは裏腹に彼女は小首を傾げながらも
「も、もちろん、そんなことでお許し頂けるのであれば、いくらでも...」
とつられて笑みをこぼしていた。
主人公にとっては何度か会ったことがある程度の人かもしれないが私にとっては全くの初対面。
そんな彼女が私の言葉で笑顔になってくれたのは素直に嬉しい。
そんな事を思いつつ私は
「そう言えば、...まだ名前を聞いてませんでしたね。私は.....アンジェリール・イナリス・ユーフォビア。あなたは?」
「は、はい!マキナ・アルリーナと申します。」
自分のことを“アンジェ”と名乗るのはどこか、いや、かなり気恥しい。
なんだか自分のオリジナルキャラクターを作って遊んでいた黒歴史の中のような感覚がする。
私は照れ隠しからか突然「マキナ!!」と勢いよく彼女の名を呼ぶ。
一瞬彼女は驚いたような顔をするも日頃鍛えられて居るのか、すぐに「はい!!!」と勢いよく返事をしてきた。
「今すぐ街へ行きましょう!!」
「はい!!」
私の勢いにそのまま彼女は答えるも、言葉の意味が分からなかったのか眉を訝しげにひそめ、首を傾げる。
「今から、2人で、街へ行こう。私とマキナで。」
その言葉でようやく全てを理解したのかマキナはプルプルと震える手を口に当て
「えぇ?!?!」
と声を上げたのだった。