主人公のパパ
乙女ゲームセイリオスの王子、主人公のアンジェリール・イナリス・ユーフォビアにフルダイブ中の私は今現在。窮地に立たされていた。
「…何が言いたかったか、分かるなアンジェ。」
目の前でアンジェと同じ宝石のような蒼い瞳が鋭く細められる。
30代後半頃と思われる男性は主人公の髪色を少し濃くしたようなプラチナブロンドの髪をきっちりとオールバックにし、シワひとつない濃い灰色の上質な絹の三つ揃いを着ていた。
整った顔立ちはさすが主人公の父親と言いたくなるほど美しく、毛穴が無いのではないかと思ってしまうほどキメ細やかだった。
(このゲーム、悪役やメイドに至るまで美形が多いのに…絶対にこの人その辺の人よりかっこいいよ…あぁ、どこかで見た事ある顔だと思ってたけど…若い頃のレオナルド・ディ○プリオに似てるんだ…)
それは一時期母と少し古い映画の鑑賞にハマっていた頃に見た、海外の俳優によく似ていた。
(すごく若く見えるけど…主人公の実の父親なんだし、きっともっと上だよね…)
呑気なことを考える私とは裏腹に、主人公アンジェを見つめる父の表情は険しい。
キリッと上がった眉は怒っている訳ではなくもともとの形なのだろう、眉間にはシワひとつなかった。
小動物だったらその眼差しだけで射殺されてしまうのではないかと思う中私は素直に「ごめんなさい」と謝った。
しかし、私の答えが不服だったのか、その男は更に目を細めると「はあ。」と溜息をついた。
「…アンジェ、何故今私に呼ばれたかわかっているか?」
その言葉に私は素直に「いいえ」と首を横に振った。
それと共に目の前の男性が「はあぁぁぁ…」と更に深く息を吐く。
「…お前はいつからそんなに物分りが悪くなった?」
その言葉には少し怒気が孕んでいるように聞こえた。しかし、全くなんのことか検討がつかない。
そしてふと昨日の外出のことを怒っているのかな…?と思いいたり、
「昨日の外出のことですか?」
と口にした。それを聞いた男性は一瞬目を大きく見開くもすぐに表情を戻し「ごほん。」と咳払いをした。
「ああ、確かにそのことだ。1人で外出したのは勿論、露店で買ったものを食べた挙句、王太子に無礼を働いたこと。その他にも言いたいことは山ほどある。」
待って欲しい。
1人で外出、というかマキナと2人で外出したことについては昨日身をもって実感したから分かるとしても。他、露店での買い食いを責められるのは些か納得がいかない。
ナレクに働いた無礼…というのは、昨日マキナからも注意された名前のことだろう。
が、他にも山ほどあるとはどういうことか。
私は思考を巡らせながら慌てて口を開く。
「ま、待ってよ!確かに勝手に外出したのは悪かったかもしれないけど、マキナも一緒で1人じゃなかったよ。危ないこともあったけど、結果今こうして生きてるわけだしそこまで怒られること?
ナレク…王子にしたって別に名前呼んでも怒らなかったし、主人公補正なのかもしれないけど、それにそれに露店で買い食いしたからって怒られるのは訳分からないよ!!今どき小学一年生の子でもしてるよ!!!」
あまりと慌てように今までなんとか敬語で作っていた口調も元に戻ってしまう。
すると一瞬唖然と驚愕の表情をした男はつり目の目を更に細く釣りあげ、まるで鬼のような、いや、鬼という表現も可愛らしく思えるほど恐ろしいものへと変貌していた。
心做しか背景に轟々と燃え盛る炎が見える。
「なんだ、…その喋り方はーーお前には、公爵家の人間であるという自覚がないのかー」
宝石のような蒼い瞳が揺らりと小さく揺れたかと思うとゆっくりとその色を蒼から紅へと変える。
その色がまるで夕焼けのように綺麗だなと思わず魅入っていると、男性の横でそれまで置物のように存在感を消し控えていた従者らしき人物が突如としてオロオロと自分の主人と私との間で視線を泳がし始めた。
(どうしたんだろう、)
私が疑問に思ったところで
ーコンコン
静かな室内に後方からノックの音が響いた。