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易しい街への入りかた

やる気と区切りの関係で今までのよりちょっと長めです。たかが知れてますが。

 十日後。


「街だー!」


 永遠に続くかと思えた森を抜けて、地平に城壁らしき影を発見したツバサは歓声をあげた。


「ああ、あれだな。間違いない。迷わずに済んだようで何よりだ」


 アルが荷台から顔を突き出して頷く。旅する間にツバサが御者を覚えたからだ。


「街だよ! 文明だよ! 文化的で健康な最低限の生活がそこにある!」


 食事にだけは困らなかったが、着替えはないし、道は獣道以上未舗装道路以下という有様で最悪の乗り心地だったし、ずっとすっぴんだった。最後大事。


「わかったわかった、あんたに旅が耐え難かったのはわかったから落ち着け」

「耐え難くはなかったよ? 一応お肉が美味しかったしね。でもそこに文明はなかった」

「わかったって。その未開の暮らしに対する異様な敵意はなんなんだ」

「それは二十一世紀の日本人だからー」

「わかる言葉で話せ」


 十日も寝食を共にすれば、こんなやり取りができるくらいには打ち解けられた。敬語は早い段階でアルの方から『やめていい』と申し出があったし、何より道中喋るくらいしか暇潰しがなかったからだ。

 話したのは大半がこの世界のことだ。ツバサは好奇心のままにアルを質問責めにし、彼は時折明らかにうんざりしながらも詳しく答えてくれた。彼の話は明快でわかりやすく、何を聞いてもきちんとした答えが返ってくる。すごく頭がいいんだな、というのが十日を経てのツバサの認識である。

 その知識量をアルペディアと呼んでいることは内緒だ。


「言っておくが、魔物に襲われない、食料に困らないだけでかなり楽な道だったんだからな。二週間かからなかったのもそのおかげだ」

「つまり私のおかげってことだね」

「はいはい、ツバサ様ツバサ様」


 ツバサの主張は驕りではない。

 アルとの出会いの場で魔狼がほだされたのとそっくり同じように、森の中の魔物はツバサたちを襲うどころかよく懐いた。どこまでもついてこようとする魔物たちを引き剥がすのもなかなか大変だったのだが――結果としてツバサは自分のスキルをある程度気合いで調節できるようになった――いくらお肉にしても逃げなかったのは、やはり楽だったと言うべきだろう。暇だったのは襲われることがなかったおかげである。


 『〈従魔師(テイマー)〉というか悪質な洗脳スキルだな』とアルに引いた目で呟かれたことを、彼女はちょっと根に持っている。私のせいじゃないもん。


「ねえ、これこのまま真っ直ぐ向かっていいの?」

「あー……いや、1回止めてくれ。休憩がてら相談がある」


 ツバサは大人しく手綱を引いて馬を停止させる。動いちゃ駄目だよ、と言いつけて御者台から降りた。

 本来はどこかに繋いでおくなり、人が手綱を持っているなりしなければならないらしいのだが、声に出して言い聞かせるだけでその問題がクリアになるのだからスキルというやつは恐ろしい。名前はふざけているが。


「相談って?」

「できるだけ悪目立ちせずに街に入りたいんだが、どうしようかと思ってな……」

「なんでそれこの段になって考え始めるの?」


 突っ込みながらツバサは幌馬車の脇に腰を下ろした。アルも同様だ。二人とも既に尻が汚れるだの何を踏むかわからないだのということは気にしなくなっている。


「ていうか、悪目立ちって気にしなきゃいけないの? どっちかって言うと 他人(ひと)の事情を気にしない街って言ってなかった?」

「そうなんだが……しないに越したことはないだろ」


 アルの歯切れが悪い。ツバサは少し眉を寄せて首を傾げた。


 今二人が目指している街はヘイルスという。このあたりではかなり大きな街で、二つ名は〈冒険者(ハンター)の巣〉。その名の通り魔物を倒して素材を得ることを生業とする冒険者(ハンター)の力が強い場所であり、徹底した実力主義のため他人のことは詮索しないのが不文律。

 以上全て、ここまでの道中にアルが語ったことである。


「まあ、とりあえず、ひとまず、一応、立ってみろ」

「……なんでそんな予防線張ってあるのかなあ」


 嫌な予感を抱きつつ立ち上がると、彼は何やら荷台から引っ張り出した布を広げてツバサにあてがった。

 服だ。随分と豪華である。色は鮮やかな赤、生地は滑らかで光沢があり、見たこともない装飾がじゃらじゃらとついている。

 彼女は憤慨して抗議した。


「ちゃんとした服があるなら早く出してくれればよかったのに! 十日間着たきり雀なんだけど」


 ツバサが今着ているのは、こちらの世界にぶん投げられたときと同じものだ。つまり、ごく粗末な麻の上下。アルも同様。隙を見て洗ってはいるからそこまで不潔ではないが、それにしたって限度はある。


「いや……よく見ろよ。でかいだろ」

「何がしたいのさー!?」


 呼んでおいてあんまりな言い草にツバサは悲鳴をあげた。彼女が日本人の平均より小柄なのは本当だけども。


「まあ落ち着けよ。あんたが来るまで男しかいなかったんだ。そりゃ女物どころかあんたに合う大きさの服なんざないよな。だから一応って言っただろ」

「な、に、が、し、た、い、の、さ! からかってんなら受けて立つけど!」


 わりと本気で睨んでみたが、アルに堪えた様子はない。

 彼は意外にも器用な手つきで服を畳みながら肩をすくめた。


「森を抜けるのはこの服じゃとても無理だ。汚すしな。だが街に入るときくらいあんたに着せて、『冒険者ハンター』になりたくて家を飛び出してきたバレないと思って男装してるお嬢様とその従者ごっこ』が万が一できないかと思ったんだが……」

「なにその複雑な設定」


 構造がではなく演じる側の心情が。


賓人(ビジター)だとバレない方がいい。言っただろ」

「……えーと、『別に賓人(ビジター)だからと言って優遇する制度はないから、世間知らずにつけ込まれる可能性が高い』……だっけ?」


 出典、アルペディア。

 そうだ、とアルは頷いて、顎を擦った。


「ものを知らないのもそれを俺がフォローするのもこの設定なら行けるだろうと思ったが……」


 青い目が立ったままのツバサを上から下まで眺めて、呆れたように細まった。


「……やっぱりちっさいなあ、あんた」

「……別にわたしが悪いわけじゃないし!」


 チビじゃないと否定するには、流石に百五十センチちょっとは無理がある。アルと頭ひとつ違うのである。自覚済だ。

 しばらく考えていたアルが頭を掻いた。


「……仕方ない。馬車を捨てて最低限の荷物だけ持って、『着の身着のまま冒険者(ハンター)に一縷の望みをかけてやってきた極貧二人組ごっこ』に変えるか」

「馬捨てるとかありえない万死」


 ツバサはコンマ二秒で切って捨てた。彼が鼻白んだのがわかる。


「仕方ないだろ、頭使えよ。こんな身なりの二人組が幌付き馬車を持ってるなんてありえないんだから。盗んだと思われるのがオチだ」

「持ち主が死んじゃったなら仕方ないんじゃない? アルは被雇用者なんだから合法でしょ。詮索されないんだし、悪いことしてないんだから堂々とすればいいじゃん」

「っ……とに……あんたは、甘ちゃんだな……! 今まで散々寄ってきた無抵抗の魔物を狩っておいて」


 さすがに、ちょっと、イラッとした。

 ツバサは立ったまま爪先で地面を強く突いた。


「今まで散々その恩恵にあずかっておいてほの言い草なに? 甘ちゃん結構、ここまで旅してきた仲間なんだからそのへんの行きずりの獣とはわけが違うに決まってるでしょ!」


 言い返す隙を与えずにまくし立てる。何か反論でも? という顔を作って睨み下ろすと、アルは形容し難い奇妙な顔をしていた。

 睨み合うこと三拍。


「い、行きずり……」


 そんな呟きと共に、ぶは、と青年は吹き出した。


「は?」


 唖然として少し苛々を募らせるツバサをよそに、アルはもう我慢しないとばかりに大笑する。大草原が形成されそうな勢いだ。


「咄嗟に出てくる、表現が、はは、行きずりって……いや言われてみれば確かにそうだが、ははははっ!」


 げらげらと笑い転げるアルを見ているうちに段々馬鹿らしくなり、ツバサは表情を緩めてその場に座り込んだ。


「……そんなに面白かったかなー?」

「か、なり……」


 息も絶え絶えといった風情で答えた彼は、やっと笑いを収めると――表情筋は笑ったままだが――額に手を当てて息を吐いた。


「……あんたの言う通りかもしれないな。大人げなくむきになって悪かったよ」

「わたしこそごめんね。採用してくれてありがとう」

「いや」


 アルは肩をすくめて、なるようになるだろ、と呟きながら立ち上がった。

 二人のはじめてのけんか、あっさり終了。



 そうと決まればヘイルスの街までは幾ばくもない。

 ツバサが渇望する、清潔でふかふかなベッドとジビエでない料理といつでも身体を洗える文明は、すぐそこだ。

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