知りたがりは煙たいもの
野生に生きる獣は全て魔物なのだ、とアルは教えてくれた。魔法を使う獣を魔物と呼ぶのだと。
ツバサはウサギ……のような魔物、を解放して、重たい樽を持ち上げようと悪戦苦闘しながら首を傾げた。これ絶対水が入ってる、と思いながら。
「じゃああの馬も魔物なんですか?」
「いや。家畜だけは魔物じゃない。魔力を持たない獣は家畜だけさ。ほら貸せ」
樽を奪われてしまった。軽々とそれを荷台に乗せる青年を嫉妬を込めて見つめながらツバサは復唱する。
「オド」
「魔物が持つ体内魔力のことだ。大気に満ちている方は魔気と言うな。昔は皆ただの獣だったが、魔気を吸収して魔物になったとか。大昔の獣を飼い慣らしたのが家畜なんだとさ」
「進化論だ……!」
「何だって?」
「な、なんでもないです」
誤魔化しつつ、彼女はこっそり感動に打ち震えた。てっきりキリスト教のように全ては神が作りたもうたみたいな世界観かと思ったが、違うらしい。思ったより文明的だ。
ツバサは興奮のままに質問を重ねた。気になる。色々とても気になる。
「え……じゃあ家畜はどうして魔物にならないんですか? っていうか人間はもしかしてその……魔力? を持たないんですか? 魔法が使えるんじゃないんですか?」
「あー……長くなるからまた後でな」
「……えぇ」
明らかに適当にあしらわれてしまった。ツバサは鼻白む。それくらい教えてくれたっていいのに。
アルは意に介した風もなくひらひらと手を振った。
「荷物は大体回収した。先に乗ってな、すぐ出発する」
まだいくつか木箱が残っているが、彼がいいと言うならいいのだろう。右も左も分からぬ身、ツバサは口を挟まないことにする。
「あんた御者はできるか?」
「できません」
「妙な話だな、家畜にも懐かれるタイプの〈従魔師〉だろ」
「……」
ツバサは繋がれている馬と顔を見合わせた。いや神の言を信じるならお姫様括弧笑い括弧閉じみたいな感じなのだが、それはともかく。
「……保証できないですよ。やったことないし、あと道がわかりません」
「……わかった。とりあえず俺がやる」
アルが諦めてくれたので、これ幸いとツバサは荷台によじ登った。柔らかそう、かつ踏んでも問題なさそうな荷物の上に腰を落ち着けてから、なぜかついてきた狼――魔狼とやらの鼻面を押しのけてお引き取り願う。
段々扱いに慣れてきたツバサであった。
外からアルが顔だけを覗かせた。
「あんた……あー、ツバサ」
「はいツバサです」
「これ、持ってな」
「うわ」
ツバサは慌てて放り投げられた何かを受け取った。見るとやたらと無骨な、鳥籠のようなデザインのトップがついたネックレスだ。……かわいくない。
「あの男の……俺の雇い主の形見だ。葬ってはやれないが、哀れに思うなら持っててやってくれ」
「あっ……はい……」
死体がつけてたネックレスなんて正直いらないが、こちらを気遣ってくれたものを無下にもしづらい。ツバサは曖昧に笑ってそれを首に掛けた。
首を引っ込めたアルは、言葉通りすぐに前の御者台に移動した。馬車の前面は開いていて、背中がよく見える。
ツバサはちょっと身を乗り出して声をかけた。
「これからどこへ?」
「そうだな、上手く行けば二週間くらいで一番近い街に着くだろう。冒険者の力が強い所だ、そこに行きさくえすれば賓人のあんたでもなんとかなる。……後で説明するから」
先回りして封じられてしまった。彼女はアルの背中に向けて小さく舌を出す。
「問題は食料が保つかどうかだが……」
そこで青年はちらっとツバサを見た。彼女は少し首を傾げて、舌を鳴らして例のウサギっぽい魔物を呼び寄せた。両腕で抱っこしてアルの眼前に突き出す。
「これは食べられないんですか?」
「……あんたには人の心がないのか?」
「ひどくないですか流石に」
こいつの手懐けた魔物食えないかな、みたいな顔をしていたくせに。ツバサはアルを睨んだ。
ちなみに家畜より数段美味いらしい。
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