おとこ を つかまえた!
翼は男を遠慮がちに観察した。男、男、と言っているが、青年と表現して差し支えない若さだ。20代前半に見える。彫りの深い、絵に書いたような外国人顔である。
同じく翼を観察していたと思しき青年が口を開いた。
「あんたは……まさか、賓人か?」
「ビジター?」
「あんたのように、着の身着のまま妙なところにまろび出てくる人間のことだ。記憶がなかったり、常識がなかったり。一説には異世界から来ているとか」
翼は驚いてぱちぱちと瞬いた。何とも都合のいいことに、そういう概念があるらしい。色々と無理に取り繕うより断然いい。
「ああ、ええ……そうだと思います。違う世界から来ました。こっちのことは全然わかりません」
だから、彼女は地球なら精神を疑われるような荒唐無稽な話を、隠すことなく暴露した。
そうか、と青年は呟いて、少し考えるような仕草をした。やはり馬鹿にしたりあしらったりといった雰囲気はない。
「色々……わからないこともあるだろう。助けてもらったこともあるし、礼がしたい。ついてきてくれないか?」
「それは……はい、もちろん。こちらこそお願いします」
願ってもないことだ。もしかしたら悪辣な詐欺師という可能性もないではないが、どうせ翼には他に頼るものがない。なるようになれ、と彼女は覚悟を決める。
青年は頷いて、右手を差し出した。
「俺はアルという。あんたは?」
「汐……じゃなくて、ええと」
日本人の感覚で名字を名乗りかけて思い直す。相手はおそらく名前を言ったのだ。
「ツバサ。ツバサといいます」
ほら、こっちのほうが、いくらか異世界人も発音しやすいだろうし。
握り返した手は固くざらついていたが、とても温かかった。
「では、ツバサ。あんたはその馬を馬車に繋いでくれ。今倒れているのを起こすから」
「え、はい。……はい?」
あまりに素早く仕事を頼まれてしまったのでツバサは思わず生返事をした。
のんびり草を食んでいる馬を見る。馬は視線に気付いたのか顔を上げて、鼻面を彼女に押し付けた。ツバサはそれを撫でてやりながら思う。
対面五分でこき使われるとは、わたしって一体。というか、本当にこの人大丈夫なんだろうか。そういえばさっきから言葉遣いがぞんざいというかフランクというか……異世界人ってこんなもの?
だが、言われた通りする以外に選択肢がないのは確かである。
「……おいで」
声をかけると、馬はそれだけでついてくる。ついでに兎やリスや狼もついてくる。もはや何も気にしない。悟りの境地。
ちらっと見るとアル青年がドン引いた顔をしながら無造作に差し渡し三メートルほどもある馬車を起こしている。ツバサも遠慮なくドン引いた。なんだあれ人間か?
馬車の傍の人間だったらしい悪趣味なアート作品をできるだけ見ないようにしつつ、彼女は不器用な手つきで馬を馬車に繋いだ。
……いや、でも、悪臭がする。彼女はアルに見えないように思いきり鼻面に皺を寄せた。ちょっと今人には見せられない顔をしている。
「……あのう、このお亡くなりになってる人は、埋葬とかするんですか?」
「いや、いい。置いていこう」
いいんかい。
あまりに淡白な物言いにツバサは思わずアルの顔を見た。青年は荷物を馬車に積み込みながら苦笑する。
ツバサは慌ててその手伝いに入った。
「……そんな顔をするな。道中魔物に襲われて、埋葬なんて悠長なことはしてられない。そういう習慣なんだ、わかってくれ賓人」
「……そうですか。……いや、え?」
そういう習いなら異世界人が口を挟む余地はない。ないが、なんか変な単語が聞こえた。
「魔物?」
ツバサは未だにそのへんで寝転がってただの大型犬と化している狼たちを指し示した。
「魔物」
青年は深く頷いて、隠すことなく呆れてみせた。
「頭の高さが胸まである狼がいてたまるか。そいつらは魔狼って立派な魔物だよ」
「なんか大きいなあ……とは……」
なにせ、ツバサは狼を見たことも、犬を飼ったこともなかったので。
お姫様というやつは、どうやら魔物まで手懐けてしまうらしい。
わふわふ、と巨大な――子牛ほどもある狼が鳴いた。
ツバサははたと気がついてきょろきょろと辺りを見回した。
「……どうした?」
「いえあの……」
よいしょ、と何やら芋類が入っていると思われる袋を馬車に積んでから、彼女は傍にいたウサギを抱き上げた。ウサギは抵抗するでもなくぴこぴこと鼻を動かす。
彼女はその可愛い生き物をアルに向かって掲げた。
「もしかしてこれもウサギじゃなくて魔物なんですか?」
「うん、その耳の先に付いてる物騒な棘を見ろ?」
「なんかそういう種類なのかと……」
ツバサは動物に全く詳しくなかった。
調べたらディズニーの王子様って金髪ほとんどいなくて、黒髪か茶髪なんですね。びっくりしました。
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