JK、着弾す
ぽん、と。
背中から、ぶん投げられたにしては柔らかく何かに着地した感覚を受けて、翼は瞑っていた目を開けた。
茂る樹冠と、その隙間から青い空と、何羽か小鳥が見えた。
「……んもー……」
彼女は呻きながらとりあえず身体を起こした。
自分の頭がおかしいのか、夢なのか、はたまた本当にネット小説みたいなことが起こったのかはともかく、全く知らない場所にいるのは確かである。
というか、森。
下草と樹木の揃った立派な森である。原生林というほど鬱蒼としてはいないが、いつまでもいたい場所ではない。
夢とか妄想とかならいいのだが、悲しいことに翼には暴走車ちゃんに3秒クッキングで挽肉にされてしまった記憶がある。痛いので詳しくは思い出さない。
その記憶が正しいとすると、芋づる式にふざけた神とか会話とかそういうものも正しいことになり、汐原翼は無事異世界に転移しました――と、そういうことになる。
彼女はとりあえず呆然とした。わけがわからないよセバスチャン。
五分ほど呆然として満足してから、ひとまず自分の服装をあらためた。
制服ではない。ごわごわした粗末な衣服だ。麻で出来ているように見える。白色で、形としては頭から被るロングTシャツと、膝下までのスカート。ローファーの五倍くらい靴擦れしそうな革靴。所持品は他に一切なし。
「……化粧ポーチが……」
翼は顔を覆って脱力した。顔面工事とかスキンケアとか顔面工事とか顔面工事とかが。化粧でがらりと顔が変わるわけではないが、化粧はJKの命である。
とはいえ翼はそこまでオシャレに全力を尽くす系女子ではないので、すぐに復活した。
「どうせ知り合いいないんだからいっか」
この程度だ。
ちゅんちゅん、と近くで小鳥が鳴いた。
となると、あと確認すべきことは一つ。
「あのふざけたスキルが本気かどうか……」
翼はそーっと、小声で、それっぽいことを呟いてみた。
「……〈ステータス〉」
ビンゴ。
ぴろっ、と視界の左側に半透明のウィンドウが現れる。
「……」
読めなかった。
半眼で見つめたって読めないものは読めない。あの神様、言語チートをつけておくとは言ったが文字は読めるようにしてくれなかったようだ。ずらずらと並ぶ大小の文字、自分の名前すらわからないのでは救いがない。多分一番上の列だけど。
見たこともない文字列に見切りをつけて、もう一度〈ステータス〉と呟いてお帰りいただく。
〈ディ〇ニープリンセス〉とかいうあまりにも舐め腐ったスキルを授けたとか何とか言っていたのが、本当だったのかどうか。……本当な気がするのが嫌なところ。だって転移しちゃったみたいだもん。
翼は深く溜息をついた。
ぴぃ、とすぐそばで小鳥が鳴いた。
指先5センチだったので彼女はそのまま固まった。
……近すぎないか?
明らかに野鳥のその鳥――翼は種類を判別する知識を持たない――は怯えるでもなくちょんちょん、と跳ねて、首を傾げてもう一度鳴いた。
翼は恐る恐る指先をほんの少しだけ持ち上げる。小鳥は自分からその人差し指に飛び乗った。
「……ええと」
混乱しきって彼女は呟く。動物は好きだけれど、警戒心がなさすぎて恐ろしい。
ぴりり、と今度は頭の上で何かが鳴いた。
翼は目だけで上向くが、当然何も見えない。ただ僅かな重みと、時折跳ねるような感覚。
「……えーっと?」
頼むからそこで糞だけはしてくれるなよ、と彼女は少し現実逃避をした。
その間に小鳥が肩に止まったり、周りにわらわらと降りたりする。その他にもリスやらネズミやらイタチやらが輪を作る。
あ、馬。
「馬!?」
突然声をひっくり返しても逃げる様子がない。馬はかっぽかっぽと近付いてきて、頭を下げて翼に温かい鼻息を吹きかけた。くりくりのお目目がなんとまあ図体のわりに可愛らしい。
「……」
何となく悟った翼はゆっくり立ち上がって、大人しい馬の顔を撫でた。その頬に手を添えて、仮想のカメラへ向けて渾身の微笑み。
次の瞬間表情筋が死んだ。
「〈ディ〇ニープリンセス〉って……そういう……」
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