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エルザの過去

 私の名前はエルザ=ベルトラン。世界有数の大企業の令嬢だ。しかし今の地位を得たのは数年前で、子供の自分が会社の経営に関して口を出すようになってからだ。

 まだ十と少しの子供だが、既に大人顔負けの知識や技術だけでなく、容姿も含めて全てを兼ね備えている。

 たとえ自分が経営に関わらなくても、容姿だけで世界中に名前が知れ渡るほどの美少女。それが私だ。

 ちなみに現在は芸能関係に手を出してはいないが、ベルトラン家の見目麗しい令嬢として、政財界に広く知られている。


 最初は会社の方針に口を挟む私を煩わしく思っていた親族も、今では私の判断に全面的に従い、会社を任せている。

 表向きは父が取り仕切っているが、それは暗黙の了解というものだ。


 そんな私が今もっとも欲しいものは心を許せる友人と、精神的抑圧からの解放だ。私のおかげでベルトラン家は今もっとも栄えているが、経営判断の全てを自分に押し付けてくる。

 昼夜を問わずに馬車馬のように働かざるを得ない。肉体的には全然平気だが、心がすり減るのだ。




 そのための息抜きに、事業拡大と称して外国旅行を計画した。両親やお目付け役の者たちが大勢付いて来ているが、休暇中は居ないものとして扱っている。

 昔は家族や親族から私に向けた愛情もあったのだが、今では自分のことを金のなる木としか見ていない。

 倒産の危機に瀕した会社を救わなければよかったとは思わないが、普通はもう少し娘に気にかけるものではないのか。


 親族は一人の例外もなく金に目が眩み、自分が汗水垂らして稼いだ金を湯水のように使い、贅沢三昧の生活を送っている。

 私が何度無駄遣いは控えるようにと口を挟んでも、これは全て上流階級には必要なことだと言い切る始末だ

 数年前まではみすぼらしい庶民だったのに、変われば変わるものだ。こんな金の亡者たちと一緒に居ると、私の心まで腐ってしまいそうで吐き気がする。







 季節は夏になり、日本の片田舎に骨休めに来た私は、すぐに単独行動を取る。今回の事業計画は全て部下に指示してあるので、自分が居なくなっても問題はない。

 村起こしに手を貸すと申し出れば目の色を変えて飛びついてきたので、日本に飛ぶのは楽だった。

 しかし金の亡者たちの近くに居るだけで気が滅入り、自分の品位まで下がるように感じてしまうので、早いところ親族の元から自立したい。


「そのためには、やはり時間が必要…ですわね」


 つばの広い麦わら帽子を深くかぶり、両肩が見える純白のワンピースを着て、人気がなく虫やカエルの声が響く田んぼのあぜ道を、特に目的もなくのんびりと歩く。

 煩わしい親族や取り巻きから離れるのが目的なので、既に果たされている。あとは適当な木陰で一休みして、日頃の疲れを癒やすのだ。


「しかしテレビにはあまり顔出しはしていませんけど、政財界には広く知られてますから、油断はできませんわ」


 村起こしのために世界有数のベルトラン社が訪れているのは、既に知られている。それに自分で言うのも何だが、金髪碧眼の見目麗しい美少女が片田舎に居るのは明らかにおかしい。

 私がベルトラン家の令嬢だと、すぐに見破られるのは間違いない。考えながら歩いていた私は、気づけばあぜ道を抜けて古びた民家のすぐ近くまで来ていた。


「人に見つかると、騒がれて面倒ですわね」


 関係者には少し散歩してくると伝えてあり、ゴミ掃除は念入りに行い、優秀な警護員たちも村を定期的に巡回しているが、有名人だと大勢に騒がれるのは面倒だ。

 他の民家は離れているようで気をつけるのは目の前の一軒だけだが、とにかく見つかる前に離れようと向きを変えた途端、大声が辺りに響いた。


「うわーっ! またやられたーっ!」


 私は思わず小さく飛び上がって周囲をキョロキョロと見回す。声の感じから騒いでいる相手は、自分よりも若い少女だと推測する。

 何をしているのか興味を惹かれた私は生け垣の隙間を探して、そこからこっそり様子を伺うと、癖っ毛の黒髪の女の子が無地のTシャツと短パン姿で、座布団の上であぐらをかき、夢中になってテレビゲームで遊んでいた。

 居間と縁側を仕切る引き戸は全開きになっており、今どき珍しく扇風機の風だけで火照った体を冷やしている。


「ぐぬぬ! やっぱり隊長は強いなぁ」


 ぬるくなった麦茶に口をつけながら再チャレンジを行う女の子は、態度では悔しがっていながらも、何処か楽しそうだ。

 私は田舎の村で珍獣でも見つけたように目を見開いて、彼女をマジマジと観察する。


 思えば物心がついてから出会った子供は上流階級の御曹司や御令嬢ばかりで、親に躾けられているのか無駄にお行儀が良く、表情も一律で他と同じで変化に乏しく、まるでロボットや人形のようだった。


「あっ…あっ! 来るなああぁー! うぅ…まただよ」


 あんなに自由奔放で明るくて、小動物のように表情がコロコロ変わる女の子を見たのは初めてだった。

 田舎らしく門は常に開け放たれていたので、いつでも敷地内に入ることが出来る。私は前の彼女にどうしようもなく惹かれ、もっと近くで観察したくなり、我慢できずにコソコソと近寄って静かに声をかける。


「ハロー…ではなくて、…こんにちは?」

「にょわっ! だっ…誰!? あっ…しまっ! やーらーれーたー!」


 突然背後から声をかけられて驚いたのか操作が止まり、テレビ画面の青色のキャラクターが爆散してしまい、少女が天を仰いで大げさに溜息を吐く。

 私はその反応におかしくて、ついクスリと笑ってしまった。


「あー…ええと、ところでお姉さん誰? 外国の人?」

「私はエルザ、貴女の想像通り、外国人ですわ」

「ふーん、日本語上手だね」


 私は門の前から縁側に向かって歩きながら、コントローラーから手を離した少女と話をする。目の前の彼女は自分よりも年下のようで、多分だが五、六歳ほど私が上だろう。

 そして私が世界的に有名な令嬢、エルザ=ベルトランだと言うことを知らない。


「本国と日本は親しい間柄ですので」

「ほへー…そーなのかー」

「ええ、そうですわ」


 こんなに親し気に話したのも初めてではなかろうか。この少女からは悪いものは感じない。何処までも純粋で裏表がなく善良だと、少し会話しただけではっきりとわかった。

 日本の会社とも関わりがあるため、言語と文字は修得済みだ。私にとっては容易いことだが、当時は面倒に思っていた。

 しかし今は感謝している。おかげで目の前の彼女とこうして話すことが出来るのだから。


「こちらが名乗りましたし、貴女の名前は何ですの?」

「アタシ? アタシは森久保沙紀だよ」

「そうですのね。ねえ、沙紀と呼んでもよろしいかしら?」


 彼女が一歩引くのがわかった。子供とはいえ、初対面でグイグイ距離を詰めてくるのだ。警戒しないほうがおかしい。

 しかしそれでも沙紀は居間から座布団を一枚持ってくると、縁側に置いてポンポンと軽く叩き、ここに座るようにと声をかける。


「うん、まあ呼び捨てでいいよ。それで、エルザさんは…」

「こちらもエルザで構いませんわ」

「ああうん、…で、エルザはどうして家に?

 両親は村の集まりで留守だから、用があるなら出直したほうがいいよ」


 見知らぬ外国人が訪ねてきたら、両親の知り合いだと思うのが普通だ。私は沙紀にお礼を言って座布団の上にお尻を置く。質はあまり良くない煎餅型だが、下に何も敷かないよりはマシだ。

 何より彼女が私に向けてくれた客へのもてなしだとしても、純粋な好意が嬉しかった。


「いえ、特に用事はありませんわ。ただ大きな声が聞こえたので」

「あー…ごめん。うるさかったよね」

「そんな事ありませんわ。とても楽しそうでしたわよ」


 微笑を浮かべながらの私の言葉をどう受け取っていいのかわからず、沙紀は明らかに困惑している。しかし若干の恥ずかしさを感じているのか、頬が微かに朱に染まって可愛らしく感じる。


 顔立ちは凡庸ながらも、裏表がなく表情が目まぐるしく変わる姿は、ただ見ているだけで楽しいし、何処となく愛らしい小動物のようにも見える。

 もし友人になるのなら、沙紀のような女の子がいいな…と、強くそう思った。


「沙紀」

「何?」

「私と、友人になってくれませんか?」

「いいよ」


 私のことを何も知らないのに迷うことなく了承する沙紀に内心驚く。確かに望んだのはこちらだが、本当にそれでいいのかと、そんな疑問が湧いてくる。


「随分簡単に決めますのね」

「アタシは悩むのは苦手だから、すぐに決めちゃうの。

 それでエルザとこうして話してるのは、もう友人のようなものだし」


 彼女の性格もあるが、言われて見れば今も友人のように互いに気を許して言葉を交わしている。つまり私と沙紀は、出会った瞬間から友達だったことになる。

 これでは悩むのが馬鹿らしくなる。私は今、生まれて初めて心の底から笑顔を浮かべることが出来たのだった。







 それから村起こしの事業が終わるまで、毎日のように沙紀と二人で遊んだ。彼女はインドア派なので、テレビゲームやボードゲーム、漫画やアニメ等が好きらしいが、私はそんな沙紀を多少強引にでも外に連れ出した。


 夏の日差しを正面から受けて汗びっしょりになりながら、平野へ、山へ。川へと引きずり回して、結局最後にはグッタリと疲れ果てた沙紀を私が背負い、森久保家に帰宅する。

 自分の正体のことは口止めしているが、森久保家の親族が近くに居るといつ漏らすかわからないので、基本的には沙紀と私の二人っきりで遊んでいた。

 それでもとても楽しかった。他の人や物は一切不要だと感じるほどに、私は沙紀と二人だけの世界に溺れて、たちまち夢中になった。


 毎年夏が来るたびに村起こし事業と称しては、大切な友人を連れ回した。沙紀は頼れるお姉さんとして扱ってくれるし、私はとても鼻が高い。

 可愛い妹が信頼して身を任せてくれるので、庇護欲を満たせるのだ。ただ、その欲望は日に日に増大していき、もっと私に甘える沙紀が見たいと、心の底からそう思うようになってきた。


 ある日沙紀がお昼寝している間にちょっとしたイタズラをしたこともあった。幸い彼女は気づかずに深い眠りに落ちていたので良かった。

 私は行為が終わったあとに、桜色をしたみずみずしい自分の唇をそっと指で撫で、妖艶に微笑んだ。そちらの調査は完了しているので、これが沙紀の初めてのはずだ。

 それを友人である私が奪った。何とも背徳的な快感に酔いしれて、小さく身震いする。


 なお、そのあと我慢できなくなり、続けて二度、三度と行っていると沙紀が目を覚まして、何してるの? …と聞いてきたので、寝顔を見ていましたの…と、非常に苦しい言い訳で誤魔化すことになった。

 一応信じてくれたが、次からはもっと慎重に行動しようと肝に銘じる。ちなみにその日の夜はとても激しく、色々な意味で捗った。




 だがそんな幸せな日々は突然終りを迎えた。私は神に愛された令嬢と、世間ではそう評価されていた。

 あらゆる分野で突出した才能を持ち、人類の発展に貢献して未知を解明することを期待されていた。

 非常に優れた容姿をしており、有名な御曹司や天上人との婚約も噂されていた。


 だが神が唯一授けてくれなかったものもある。それは寿命だった。医者にはテロメアが短いと言われたが、それがわかったのは十五歳の誕生日を迎えてからで、病状がかなり進行したあとだった。

 私も家族もとても悲しんだ。しかし心の内は異なり、親族は金のなる木である自分が居なくなるのを惜しみ、私は早すぎる死に悲観した。


 死ぬ前に沙紀に会いたい。遅かれ早かれ亡くなる運命ならば、せめて最後は彼女に看取られて幸せなまま逝きたい。私はそう願って日本に向かおうとしたが、それは不可能だった。

 親族や知り合いを語る連中が、私の死後の椅子取りゲームを始めてしまい、誰もが自分の利権を欲しがったのだ。

 正直今の私はベルトラン家なんてどうでもいい。相続は勝手に決めてくれ…と、声を大にして言い放った。だが皆は自分の取り分を増やすために、私に不利な発言をさせないため、病室という名の牢獄に監禁する。




 そんな親族同士の醜い争いを見せられて絶望しながら、私は十五歳で亡くなった。過去に例のないほどの壮大な葬儀が行われる。

 私は空からベルトラン家や金の亡者たちを一瞥し、すぐに興味を失う。


 気づけば自分は幽霊になっていた。この世に留まる未練があったのは間違いない。だがそれは彼らではない。正直面倒事に巻き込まなければどうでもいい。

 神に愛された令嬢は伊達ではなく、霊能力方面にも突出した才能を持っていた。そして今の私の心を占めるのは、沙紀に会いたい。ただそれだけだ。


 もっと具体的に言えば、会って思う存分にゃんにゃんしたい。だがそのためには、相応の技を身につけなければいけない。

 愛しい沙紀に気づかれることもなく、影から見守りながら自分自身を慰める日々など、いくら何でも虚しすぎる。


 それに頼れるお姉さんとして、沙紀を危険から守ってあげることも重要だ。憑依と実体化、あとは霊力の操作等、学ぶべきことは山ほどある。

 幽霊になった自分には、もはや寿命など関係ない。それでも早く会いたいが、可愛い妹分に情けない姿は見せられない。

 両手をグッと握って気合を入れつつ日本の方角に当たりをつけ、ゆっくりと空を飛びながら、私はこれからの計画をあれこれ考えるのだった。

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