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エナジードレイン

 今回は厄介ごとの規模が桁違いなので、アタシや森久保除霊事務所のメンバーだけでなく、八連合の者の協力も仰ぎたい。特例として手伝ってくれる者にも交通手段を用意するとのことらしい。

 なお米国の指揮下に入ることが条件だが、それでは誰一人として協力しないと言い切った。なのでアタシからの命令という条件に変更してもらった。

 唯一の人間の一般人枠なので、緊急事態ゆえの特例として許可がおりたようだ。


 そして飛行機で移動している間にも状況は刻一刻と動いていた。世界中のあらゆる言語で交渉を試みたが無反応で眠り続けていたため、気の早い国防軍がニューヨークの町中にも関わらず攻撃を開始したのだ。


 遠距離から高火力の大砲やミサイルが、まるで怪獣映画のように雨あられと巨大な女悪魔に襲いかかった。

 しかしその結果は、半透明の繭を破るどころか傷一つつけられなかった。さらには轟音と閃光で眠りを妨げたため、彼女は目覚めて蹂躙を開始した。




 避難の完了した町中なので人的被害が皆無なのは幸いだが、女悪魔に戦車砲やミサイルを何発と当ててもまるで効果がない。

 むしろ得意気になり巨大な歩幅でゆっくりと前進して、それに合わせて後退する軍隊に興味津々なようだ。


 ニューヨークの霊能者たちの分析によると、彼女は超高密度な霊気の鎧に包まれており、それを破らない限り本体には傷一つつけられない。

 なお、物理攻撃が効果なくとも目くらましになっているらしく、視界に塞ぐ爆煙を鬱陶しそうに手で扇いで突風を起こして、一瞬で吹き飛ばしていた。


 そんな絶望的な状況をヘリの上から眺めながら、アタシは同行した森久保除霊事務所のメンバーに恐る恐る声をかける。


「本当にやらないと駄目なの?」

「現状では、もっとも有効な作戦です」

「ワタシたちがバッチリサポートする」

「安心せよ。沙紀は安全じゃ。奴の攻撃では傷一つつけられんわ」


 そう言う問題ではないのだ。飛行機の中で作戦は決まっており、あとは距離を詰めて実行に移すだけだ。

 理論上はあの巨大な女悪魔とも互角以上に戦えるので、GB本部も許可を出した。国防軍が先行しなければこの手段を使わずに済んだかも知れないのにと、アタシは溜息を吐きながら仕方なく覚悟を決める。


「ああもう、わかったよ! やればいいんでしょう!」


 エルザに肉体の操作を任せてメガネを外し、他のメンバーに預けて代わりにイヤホンマイクを受け取る。それが激しく動いても外れないようしっかりと固定する。

 そのまま段取り通りにヘリのハッチの開閉レバーに手をかけて、何もない空中に身を躍らせる。

 守護霊の力を借りれば普通に飛べるので何も問題なく、比較的道幅の広い場所を探してゆっくりと着地する。


(エルザの準備は?)

「こちらは大丈夫ですわ。ですが、すぐに霊力の制御で手一杯になりますわ」


 既にアタシの体に膨大な霊力が流れ込んできている。戦う前に肉体の操作に慣れるために再びエルザと交代する。

 今回の作戦を簡潔に説明すると、巨人には巨人をぶつけるんだよ! …の一言で済む。


 仕組みとしては、供給源は八連合が自らの霊力を森久保除霊事務所のメンバーに貸して、それをエルザ向けて術式を組み込んで放出するのだ。すると霊力が膨らみ風船のようになる。

 守護霊はアタシと同調するので、最終的には森久保沙紀の巨人が出来上がるのだ。外側が巨大ロボットで、内側のアタシがそのパイロットになる感じだ。


 魔王も同じ術を使って巨大化していると川の神のミズチは分析している。だが相手は地脈を利用しているので、常に霊力が供給されているわけではなく、維持するだけで目減りするため時間制限のある変身だ。

 逆にアタシはその気になれば無制限に活動が可能だが、テレビゲームで遊ぶにしても二十四時間ぶっ続けは辛い。いくら巨大化し続けて肉体的には疲れなくても、そんなに長時間戦いたくはない。




 この術は霊力の管理をしっかりやらなければ、膨らんでもすぐ風船から空気が抜けて萎むか、限界以上に詰め込まれて破裂する。

 アタシという人外の霊力に相性抜群な核が必須なのもそうだが、皆の協力も必要不可欠なのだ。

 ともかく自分の体を大きくなっていき、あと少しで女悪魔と並びそうになった頃に彼女がこちらに気づいた。それだけならまだいいが、とんでもない発言を口にした。


「あっ! ママだ! ママー! 会いたかったよー!」


 この爆弾発言にはアタシだけでなく、テレビ中継を見ている全ての人たちが驚きで固まってしまったことだろう。そもそも自分は十六歳の生娘で、出産の経験はない。

 つまり満面の笑みで両手を広げ、勢い良くこちらに走ってくる女悪魔にはまるで心当たりがないのだ。

 しかし思わず硬直した致命的な隙を突かれ、真正面からあっという間に距離を詰めた彼女に、まだ巨大化が不十分なアタシは容易く仰向けに押し倒されてしまう。


「日本語…って! にょっ……にょわっ!?」


 アスファルト舗装が巨体と衝撃に耐えきれずに、ヒビ割れて吹き飛ぶ。幸いと言って良いのか、まだ女悪魔より少し小さ目だが互角以上に戦えるのは本当らしく、勢い良く倒されても怪我一つなく痛くも痒くもない。

 しかし理由はわからないが言葉が通じるなら好都合だ。もしかしたら戦闘を回避できるかも知れない。そう考えて説得しようと口を開いたのが災いした。


「あの…」

「今とってもお腹空いてるの! だからママの霊力をチューチューしてもいいよね!」


 またとんでもない発言をぶちかましたあと、こちらの返事を待たずに強引にアタシと唇を重ねる女悪魔に、口内に舌を入れられ徹底的に蹂躙される。

 彼女はキスが滅茶苦茶上手いらしく、やっぱりサキュバスじゃないか…と、苦痛は感じなくても、休みなく押し寄せる多幸感の大波に翻弄されて、アタシはそう確信する。


(このままでは不味いですわよ! 霊力を吸い取られて巨大化が解けてしまいますわ!)

「えへへっ! このままチューチューして人間サイズにしてあげるね!

 霊力を空っぽにしちゃえば、ママはもう抵抗できないよね!」


 エルザが必死に警告するがアタシの頭の中はすっかり蕩けており、考えていることと言えば、目の前のサキュバスのキスは気持ちよかった。霊力が尽きたら一体何をされるんだろう…と、そんな期待感しか抱けない。

 しかもたった一度でもごっそり霊力を吸い取られたらしく、目の前の女悪魔は元気いっぱいだが自分の体は明らかに縮んでしまっていた。


「ママにもっと喜んで欲しいな! ほらっ…ほらっ…! …どう?」


 今度は唇同士の接触ではなく軽めのキッスの雨を降らせてくるが、これにもドレイン効果があるようだ。

 頬やおでこにチュッチュとついばむように吸われるたびに、アタシの体に正体不明の痺れが走り、それと同時に少しずつ体が縮小していくのがわかる。

 そんな蕩けきった表情で為すがままに翻弄される様子を、自分の上に馬乗りになっている魔王が、心底嬉しそうな笑顔を浮かべて見下ろす。


「ママ、もう堕ちちゃったのかな? ああもう! 可愛いよ~!

 人間に戻ったら、もっと凄いことしようね!」

(沙紀! しっかりするのですわ! この戦いは世界中に生放送されていますのよ!)


 その瞬間にアタシは正気に戻る。さっきまでふわふわとした甘く幸せな夢の中だったが、一気に現実に引き戻されたのだ。

 馬乗りになっていた女悪魔を反射的に突き飛ばすと、彼女は驚いた表情で離れた位置にドスンと尻餅をついて、地面を大きくへこませる。


「あっ! あっぶなあああっ!!!」

(沙紀、戻ってきましたのね)

「まっまあね。全世界に女同士の濡れ場を生放送するわけにはいかないし…!

 それよりも、流れてくる霊力が増えてない?」


 ニューヨークの大地に降り立ったときとは比べ物にならない供給量を感じる。その理由はわからないが、おかげで女悪魔に吸い取られる前よりも遥かに霊力が増している。

 身長も彼女に並んだので、これでようやく正面から戦える。


(実は八連合以外の魔に属する者たちも、先ほどの沙紀の乱れた姿を見て、それで感銘を受けたと言うか…その)


 エルザがアタシの質問に答えてくれたが、正直聞かなければよかったという思いでいっぱいになった。


「つまり、良いもの見せてもらったと世界中の隠れ里から投げ銭状態なのね」


 いいねやリツイートボタンを連打するようなものだろうか。しかし霊力が増したのはいいが、当人としては汚れ芸人になった気分だ。巨大化して世界中に生放送されるのはこれっきりにしたい。

 やがて立ち直った女悪魔がお尻についた汚れを払って、ゆっくりと大地に立つ。アタシも急いで後ろに飛び退いて距離を取る。


「ママ、どうしちゃったの? さっきまでチューチューされて喜んでたよね?」

「よよよっ! 喜んでないよ! 全部貴女の勘違いだからね!」


 顔を真っ赤にして否定するがアタシがフニャフニャに蕩けきっていたのはバレバレだ。だがそれでも本音と建前がある。今は正直に口に出せないときなのだ。

 霊気の防壁で遠距離攻撃を無効化する今のアタシと女悪魔は、どこぞの汎用人型決戦兵器のようなものだ。一番有効な手段はゼロ距離からの直接攻撃である。

 それを想定して苦痛は遮断されるし、肉体も霊力で構成されているので万一破壊されても、すぐに再生するようになっている。

 だがまさかキス攻撃で来るとは思わなかった。


 あれをされると戦いにもならずに一方的にアタシが負ける。まるで勝ち目が見えない。常識で考えて一般人で十六歳の生娘が、その道のプロであるサキュバスと直接体を重ねるとどうなるか。

 しかも商業誌のなんちゃって女悪魔ではなく、彼女はガチだった。直接キスをされて舌まで入れられた自分は、はっきりと確信出来た。


「とにかく! そっちはなしで! あと、場所も変えさせてもらうよ!」

「ママは恥ずかしがり屋だね! うん、いいよ! でも終わったら、いっぱい搾り取ってあげるね!」


 肉体的接触がなければこのまま戦わなくても済みそうだが、残念ながら彼女はやる気満々だ。主にサキュバス的な方面でだが。


「おっ…おぅ…もう、それでいいや」


 そしてニューヨークの町では狭すぎるので場所を変える。彼女はコウモリの羽で飛べるが、現在エルザは巨大化の制御に手一杯なので徒歩での移動だ。

 それでも無人の戦場に誘い込むのも作戦に含まれているので、進路上の避難は完了している。


「飛べないなら運んであげるよ! ママは何処に行きたいの?」

「何だか戦わなくていい気がしてきた」

「じゃあママの霊力を、またチューチュー吸わせてくれるの? やったー!」

「やっ…やっぱり戦おうか!」


 アタシを押し倒してニャンニャンしたい女悪魔に戦場を変えることを伝えると、飛べない自分をそこまで運んでくれるらしい。

 GB本部からも巨人状態での移動はニューヨークに被害が出るので、彼女の協力をお願いするように…と、そう指示されている。




 アタシも何となくだが悪い魔王ではないと感じている。ちょっとばかしサキュバスの本能が強く出ているが、そこに気をつけさえすれば大丈夫。

 そう思って彼女と一緒に空を飛んでいるのだが、どうやら見通しが甘かったらしい。


「あっ、あのさ! 変なところ触るのは止めてよ!」

「えへへっ、ママ! 大好きー!」


 今のアタシは女悪魔の両手に掴まってぶら下がっている状態だ。この姿勢で飛んでいる限り、そう変なことはされないだろうと考えていたのだ。


「だっ…だから! くすぐられると変な気分になるから! 尻尾を絡めないでったら!」


 魔王はちゃんと指示通りに空を飛び、ニューヨークへの被害を出さなかった。そこまではいい。

 しかし両手を封じたのはいいが、彼女にはまだ先端がハート型の尻尾があった。それを器用に動かして、ぶら下がっているアタシに執拗にじゃれついて来るのだ。


「にゃはっ…! にゃははっ! そっ、そこはっ…弱いから! やめ…やめれええぇ!」

「ふーん、ココが弱いんだね? 良いこと聞いたよ!」


 お互いに今の姿勢を維持するので精一杯のはずなのだが、彼女の尻尾だけは自由に動かせる。

 なので服の隙間から侵入して、お腹や脇の下から足の裏まで弱いトコロを容赦なく、そして一方的にコチョコチョとくすぐってくるのだ。


「でもママ、そんなに暴れると落っこちちゃうよ?」

「だっ…誰のせいだと…あははっ! ちょっ、くっ…苦し…にゃはははっ!!!」


 これには堪らずに身をよじるが、両手を離すと地上に真っ逆さまなのでどれだけ笑わせられても我慢するしかない。

 実は自分の両手からはとっくに力が抜けており、今は魔王が逃すまいと両方の腕をガッチリと掴んだまま、尻尾を操って一方的にくすぐられている状態だった。

 だが芋虫のようにモゾモゾと身悶えさせられて我慢することに、思考の全てを奪われてしまったアタシは、もはや冷静に状況を判断するのは不可能だった。

 そんな上空で無邪気に笑う女悪魔の玩具にされたり、楽しいお遊びに夢中な魔王がわざと低速で飛んでいる二つの事実は、目的地に到着するまで気づくことはなかったのだった。

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