GB本部からの要請
アタシとカーミラが妖精郷から全力で逃亡したあと、ティターニアもそれに続こうとしたが、突然現れた各国の使節団に驚いて動きを止めた。
彼らは突然目の前の現れた絶世の美女に一人の例外もなく鼻の下を伸ばし、善意や好条件を提示して、周りを囲んで熱烈に口説き始めたのだ。
最初は戸惑っていた妖精女王だったが、数分で結論を出して日本政府が選ばれた。
もっと好条件の国は多数あるし、身なりや性格の良いお相手は大勢居た。だが妖精女王の一番の決め手になったのが、日本政府と契約すればいつでもアタシと会えるから…らしい。
自分がティターニアと話したのは一時間にも満たない。しかも交渉でも口説き文句でもない。和気あいあいと談笑をしただけだ。
しかし最初に門戸が開かれたのが日本政府であって、他の国々にも機会は残されている。今後の交渉次第で八連合の力を借りることは十分に可能なのだ。
だがようやく暖かくなってきた四月になっても、どの隠れ里も一向に他国に手を差し伸べる気配はない。
それでも諸外国の使節団とは毎月のように話し合いの場を設けている。
「はぁ…こんなんじゃ、先が思いやられるよ」
そんな思うように進まない現状の不満を隠そうともせず、アタシは気怠げに森久保家の居間で横になり、今週発売したばかりの少年漫画誌を読みながら不満を口に出す。
体に宿ったエルザが、すぐに相槌を打ってくれた。
(ここからは各国の努力次第ですわ)
十月に観光ツアーを行い、全世界に人外の存在はお友達であると発表した。そこからお互いの意見のすり合わせを、各国の外交官と何度も行ってきた。
それでも未だに自由を保証されているのは、アタシの住む町だけだ。別に彼らが問題が起こしたわけではなく、地元では大好評で日本国中で認められている。
だがやはりプロ市民を送り込んで連日連夜反対運動を起こされているので、人ならざる者には世間の風当たりが強いらしい。
(各国も利権を独占されたくないでしょうし、当然足を引っ張りますわね)
「諍いが起きないだけでも、奇跡みたいなものなのに。
アタシの苦労も、ちょっとは理解して欲しいよ」
人間たちからの理不尽な要求を一方的に突きつけられる彼女たちの間に入るため、毎度アタシに呼び出しがかかるのだ。GBの免許を持った国家公務員な以上、日本支部からの緊急出動要請は断れない。
散々文句を言うくせに利益だけは吸いあげるので、人間とは本音と建前に分かれた生き物だと思う。
「今期の総理はやり手じゃなかったの?」
(八連合になりましたし、規模的に一国の政府だけではそろそろ限界のようですわ)
「はぁ…特殊外交官なんてやりたくないよ」
最初は政府と個別に交渉していたのでアタシの出番はなかった。しかし連合が大きくなり手が回らなくなったため、緩衝材として自分が引っ張り出されたのだ。
そして出動要請は月日が流れるごとに、段々と増えてきている。
「大体こんな状態で、アタシが居なくなったらどうするのさ」
(間違いなく空中分解して、運が良ければお互い不干渉に戻り。悪ければ争いが起きますわね)
今まで人間界には不干渉を通してきたのだが、それでは限界が来たので彼女たちは表舞台に出てきたのだ。
諍いを回避するために隠れ里に引き篭もっても、溜め込まれた不満はまたすぐに溢れてしまう。
もはやお互いに関わり合いを持たないのは不可能に近い。ならば少しでも良好な関係を築くしかない。
「はぁ…早くアタシの代わりの特殊外交官が出てくれないかな。日本以外でもいいから」
(みっ…未来に期待ですわね)
どれだけ不満を口にしたところで、アタシは今自分に出来ることをやるだけだ。エルザの意見と同じで未来に期待することしか出来ない。
十六歳の中卒の一般人が世界の命運を背負うには、荷が重すぎる。誰か他の人が受け持ってくれないと、すぐに潰れてしまうのだ。
個人的に明るくない未来を想像しているとスマートフォンが着信を知らせたので、少年漫画を読むのを中断して内容を調べる。
「うえぇ…また緊急出動要請だよ」
(大変ですわね。それでは内容も見てみましょうか)
「うわっ! GB本部だよ!」
(本部と言うと、確か北米でしたわね)
守護霊の意見にアタシは心の中で器用に頷く。アメリカにGB本部があって先進国を中心にして世界各地に支部が出来ている。
最近は日本支部からの交渉の仲介要請が多かったので、今回もそれだと思っていたが予想が外れた。
さらに内容を見て驚き、続きを読み進めていく。次に八人で遊べる対戦ゲームをしている皆に声をかけて、リモコンを操作して滅多に見ない薄型テレビのニュース番組を映すと、レポーターが興奮気味に渡された記事を読み上げているのがわかる。
「ただいま入った情報です! 米国ニューヨーク市内で正体不明の怪物が出現し、国防軍が出動したもようです!」
森久保家の居間にはいつものように人外の存在が大勢集まっているが、皆薄型テレビから流れるニュースに釘付けになっている。
そこにはニューヨークの町並みと一緒に、ビルほどもある巨大な女悪魔が映し出されていたのだ。
紫色の髪の左右から覗く黒いヤギの角、背中に生えたコウモリの羽、先端がハート型をしている黒い尻尾、そして美しい人の体を持つ女悪魔だ。
彼女は何やら透き通った繭のようなものに包まれ、豊かな胸を呼吸で上下に動かし眠っていて、今の所はその場から動く気配はない。
「あれをどうにかするように…とか! 無茶振りにも程があるんだけど!」
住民の避難は終わっているので、もし暴れても現場のGBや軍隊が対処する予定らしい。それでも出来れば穏便に済ませたいのはわかる。
ニューヨークで巨人を相手にドンパチするにはビル群が邪魔になるし、戦闘を行うためには多額の国家予算がかかるのだ。
依頼内容としては、とある秘密結社が召喚した魔王を駆逐することだ。今テレビ画面に映る女悪魔は現在過去未来で人間界に存在する最強の存在らしい。
それを長い月日と膨大な人材と金を費やし、結社はとうとう召喚に成功した。
だが何重もの契約の術式で縛ったつもりが、そのことごとくを吸収及び無効化し、今の彼女は地上で活動するために地脈から霊力を吸い取っている最中らしい。
いわゆるスリープモードというやつで、力が完全に戻ったら活動開始だ。
アタシがそれを見てどう対処したものかと考えていると、巫女の真理子がたった今思いついたかのように口を開いた。
「何だかあの女悪魔、沙紀に似ていませんか?」
「えっ? 全然そうは見えないけど? アタシ、あんなに美人じゃないし」
「ん…ワタシも沙紀の面影があると思う」
「うーん、そうかなぁ?」
森久保除霊事務所のメンバーはアタシに似ていると言うが、他に集まっている者はよくわからないと首を傾げている。
アタシは迷うことなく似ていない派に一票を入れる。何しろ自分は控え目な体型であり、間違ってもニューヨークでお休み中のムチムチボインの女悪魔ではない。
最強の魔王はまるでサキュバスかと思うぐらい、容姿が整っているのだ。
「それでどうするのじゃ?」
「そりゃ緊急出動要請がかかった以上は、直接出向かなきゃいけないけど。
行って何とかなるレベルなのかなーって」
アタシがお手上げ状態だと愚痴をこぼした次の瞬間、森久保家の呼び鈴が鳴らされる。さらに、GB本部の者です! …と大声が響き渡ったので、仕方なく玄関に向かって歩きながら溜息を吐く。
しかしいざ巨大な女悪魔を駆逐しろと命令されても、頭の悪い自分には適切な対処法など、何一つ思いつかないのだった。




