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妖精女王ティターニア

 目が覚めたアタシは何処かの天井マニアのように、心の中で知らない天井だと声を出す。そこはエルフの住処のように大樹を部屋の形にくり抜いて作られた場所だった。

 ガラス窓が取りつけられており、そこから朝日が入り込んでいるのでそれなりに明るい。


 殆どが自然素材で揃えられていて、高級感を感じさせる家具の中で、今のアタシは数人が寝られるキングサイズのベッドに、力なく横たわっていることに気づく。

 汗と土で汚れた服や体は洗って着替えさせてくれたのか、ゆったりとした清潔感のある寝間着に変わっていた。

 もっとよく周囲を見回すために体を起こそうとすると筋肉に痛みが走り、再びクタリと布団に伸びてしまう。


(あー、これは全身筋肉痛かな)


 おまけに痛みで軽い悲鳴をあげたはずなのに声も出せない。喉も枯れているようだ。何故こんなことになったかを思い出すと、前日の夜に隠れ里に入れたのはいいが、自分一人だけだった。

 そこで小妖精たちに囲まれて、遊び相手として全身をくすぐられてしまう。


 そのせいで一方的に笑い転げるハメになり、そんなアタシの様子を彼女たちは大層面白がり、くすぐりはますます激しくなる。

 最後にはまるで気持ちよく酔っ払ったように意識が朦朧となり、積み重なった疲労で眠りに落ちた。

 その後目覚めて今に至る。


(正直、何がどうなってるのかさっぱりわからない。

 小妖精に悪気はなくて怪我をしたわけでもない)


 今の自分は丸腰で寝間着も妖精郷の物だ。メガネも返してもらっておらず、持ち込んだ魔道具や手荷物は目に見える範囲には置かれていない。

 ティターニアや小妖精がアタシをどうしたいのかは知らないが、これで一般人の自分は本当に何も出来なくなったことになる。

 もう一度天井を見上げて、はぁ…と現状のやりきれなさを溜息を吐いて外に漏らしていると、部屋の扉がコンコンとノックされる。


「入らせてもらうわね」


 顔だけ動かして扉のほうを見ようとしても筋肉痛で無理なので、声の主が視界に入ってくるのを黙って待つ。

 彼女は金色の艷やかで波打つ髪を肩までゆったりと伸ばし、茶の瞳と緑の高貴なドレスで華麗に着飾り、半透明の羽が太陽の光を通して虹色にキラキラと輝いていた。

 そんな見惚れるほどに美しい貴婦人がトレイを手に持ち、その上に水差しとコップを乗せて、アタシが横になっているベッドに向かって優雅に歩いて来る。


「私はティターニア。妖精郷の女王よ。それで体調はいかがかしら?」

「…ぁ…ぅ」

「無理に答えなくても構わないわ。喋れないことはわかったから。

 小妖精たちには悪気はないのだけど加減を知らないのよ。ごめんなさいね」


 ティターニアがトレイをベッドの近くの机の上に置き、水差しからコップへと透き通った冷たい水を注ぐ。

 正直全身を動かそうとすると激しく痛むし声を出すのも不可能なので、彼女の気遣いは嬉しい。ついでに翻訳魔法を使ってくれたようだ。声が出ないので意味はないが。


「これを飲めば多少は楽になるわよ」


 お礼を言おうとしたが声は出ないし全身筋肉痛で動けないので、亀のようにゆっくりと首を縦に振る。

 するとティターニアがコップを持って、アタシの口元に近づけて静かに傾ける。少し溢れてしまったがそれを綺麗なハンカチで拭き取ってもらい、そのまま何度か喉を動かして出された冷たい水を飲む。


「ぁ…あー。…凄い! もう普通に喋れるよ!」

「ふふっ、体調を整えるために少し手を加えたのよ」


 また体は動かないが普通に喋れるまでは回復した。ティターニアが飲ませてくれた水は本当に凄い。

 こんなに美人で優しい妖精女王に直接介護してもらえるなんて、アタシは三国一の幸せ者だと喜びに打ち震える。


「ちなみに、その水はどんな薬なの?」

「妖精郷の植物と女王の霊力を混ぜ合わせたのよ。

 人間が知っている有名な薬草も含まれているわ。確か浮気草の汁かしら?」


 今浮気草の汁と聞こえた。、それが本当ならアタシはティターニアに恋慕してしまう。確かに彼女のことは好きだし、もし可能なら同性としてお付き合いしたい。


「え? うっ…浮気草の汁?」


 今の自分は異常な精神状態のはずだが、心身共にそれが普通なのだと受け入れてしまっている。それでもアタシは声を震わせながら、妖精女王に再度質問する。


「なっ…何で、そんな物を…アタシに飲ませたの?」


 浮気草の汁は惚れ薬として優秀だが疲労回復の効果はないはずだ。つまり飲水に混入させる必要はない。

 ならばティターニアには、何らかの目的があるはずだ。


「妖精は気まぐれなの。嫉妬に狂ったオベロンを封印したのも、貴女を私に惚れさせたのもね」


 妖精がその場の感情に支配されて行動を決めることは昔からよくある。自分を惚れさせたのも、彼女の言う通りだろう。

 普通ならあまりにも理不尽な仕打ちに怒るのだろうが、愛するティターニアのすることなので、仕方ないなぁ…とアタシは苦笑する。


「怒るわけでもなく熱烈に口説いたり、盛りのついた猿のように欲望むき出しで襲いかかってきたりもしない。

 今まで妖精郷にやって来た、どの人間とも違う反応ね」

「これでも自分を抑えるのに精一杯なんだけどね。あと、ティターニアのことは好きだよ」


 全身筋肉痛なのでまともに動けないのが幸いした。言葉を口に出すことは出来るのだが、気の利いた口説き文句など思い浮かばない。なので馬鹿正直に思いを告げるのが精一杯だ。

 本当は今すぐ彼女に抱きついて耳元で愛を囁きたい。たとえ妖精女王の怒りを買って命を落とすことになっても、きっと後悔はしないだろう。


「恥ずかしい口説き文句を言いたくないし、あんまり近づかないでね。

 本当はティターニアを抱き締めて、耳元で愛していると言いたいんだけどさ」


 元々思っていることは正直に口に出るのだが愛しいティターニアを前にすると、どうにも抑えが効かなくなってしまう。

 彼女はそんなアタシの様子を微笑ましそうに眺めながら、少しずつ距離を詰める。


「そう、私を抱き締めたいのね。それじゃ、こちらからしてあげる」

「へっ? ……にょわっ!?」


 ベッドで横になっているアタシにティターニアが優しく覆いかぶさり、そのまま顔を近づけてそっと抱き締める。

 何かの甘い花の香りが鼻孔をくすぐり、たちまち顔が真っ赤になって飛びあがりたくなるが、全身が筋肉痛ではそれも出来ない。


「貴女はこうされたかったのでしょう?」

「たっ…確かにそうだけど! 駄目だって! これは駄目えぇ!」


 ただでさえ惚れ薬の効果に全く抗えていないのに、そんなことをされればティターニアの魅力にメロメロになって、身も心も彼女の虜になってしまう。

 心臓が早鐘のように脈打ち、愛する者の温もりを感じられる喜びで多幸感が広がり、心地良い小さな震えが絶え間なく体中を走る。


「あら、恋人の抱擁が嬉しくないの?」

「凄く嬉しいよ! ティターニアは柔らかくていい匂いがするし、とっても幸せだよ!」

「うふふっ、それはよかったわ。

 回りくどい口説き文句よりも、私は貴女のような直接的な言葉と感情表現のほうが好きよ」


 妖精女王が喜んでくれて良かった。何だかアタシが一人で慌てているのが馬鹿らしくなってきた。

 せっかく両思いになったのだし、このままもっと仲を深めたくなる。しかしその前に聞いておかなければいけないことがある。


「オベロンのほうはいいの?」

「今さらあんな嫉妬馬鹿はいらないわ。別れて当然よ」

「いや…だって、夫婦だったんでしょう?」


 封印したとはいえ夫婦関係が続いているのだとしたら、ティターニアは同性で恋人のアタシに浮気をしていることになる。

 あくまでも個人的な考えだが、それでも本当にこのままでいいのかと気が引けてしまう。


「今は貴女が私のパートナーよ。…ええと名前は」

「森久保沙紀だよ」

「沙紀は私のパートナーになるのよ。もしかして不満なのかしら?」


 本当にこの妖精女王は情熱的であり、一時の感情に逆らうことなく生きているようだ。夫のオベロンが気に入らなければ封印するし、アタシが欲しくなったら是が非でも手に入れようとする。

 自分も飽きたら捨てられるだろうがそんな未来は嫌なので、せめて寿命で死ぬまではティターニアと添い遂げたいな…と、心の底からそう思った。


「不満は全くないしむしろ嬉しいんだけど。本当にアタシなんかでいいのかな」

「いいのよ。私は沙紀が気に入ったわ。それにオベロンも影では複数人と関係を持っていたわ」

「そっ…そうなんだ。妖精の世界は色々あるんだね」


 将来のパートナーが複数居ても問題なければ、アタシからはこれ以上言うことは何もない。

 相変わらず彼女の抱擁を受けながら癖っ毛を優しく撫でられていても、まだ体が自由に動かせないことを残念に思う。


「とてもいい顔になってきたわよ」

「あっ…あのさ。恥ずかしいからあんまり見ないでよ」

「うふふっ、そのお願いは聞けないわね」


 ティターニアの肢体の柔らかさだけでなく甘い香りを堪能しながら、さらには髪を撫でられるのだ。同性の恋人でこれ以上の幸せがあるはずがなく、自分の表情はフニャフニャに蕩けきっていた。

 もうしばらくの間はこのままでいたいな…と、そうアタシは考えていたのだが、妖精女王は違ったようだ。


「沙紀、そろそろしましょうか」

「へっ? するって何を? えっ…もしかして、きっ…キス!?」

「それもそうだけど、コッチもね。

 実は私、早く沙紀を鳴かせたくてウズウズしてるのよ」


 彼女の指先が寝間着の上からアタシの下腹部をそっと撫でる。別に直接触られたわけではないが自分の体に心地良い痺れが走る。

 つくづく妖精というのはイタズラ好きらしく、それは大人の女王でも変わらない。アタシにエルザの一人遊び以外で二人プレイの経験はないが、長い年月を生きているティターニアに任せれば安心だろう。


「えっと、アタシ…まだ動けないんだけど。大丈夫なの?」

「私が保ちそうにないのよ。だから沙紀、少しだけ味見させてもらうわね。

 でもなるべく優しくするから、安心して身を任せていいわよ」


 なるべくと言うことは、これは絶対自重しないやつだ。小妖精に気絶するまでくすぐられたアタシは、目の前で嬉しそうな顔でこちらを見ているティターニアの性格も、根っこは子供と同じだと察する。


 まさか出会って一時間もしないうちに合体するような関係になるとは思わなかったが、このまま妖精郷に骨を埋めるのもいいだろう。

 ティターニアの柔らかそうな桜色の唇が近づてきたのでそっと目を閉じて、アタシはそんなことを考えていた。


「そこまでにしてもらおうか。ティターニア」


 だが良いところで待ったがかかった。目の前まで迫ったティターニアは唇を遠ざけ、扉のほうに顔を向ける。

 そこにはいつも通りの真面目顔でカーミラが立っており、妖精女王は妖艶な笑みで挑発する。


「あらカーミラ。一足遅かったわね。もう沙紀は私のモノよ」


 確かにアタシは妖精女王に夢中になっている。吸血鬼の真祖には悪いと思うが、愛する気持ちは変えられそうにない。


「では沙紀、カーミラに私たちの愛を見せつけてあげましょうか」


 ティターニアは突然の乱入者に見られながら行為に及ぼうとする。衝動に逆らわずに生きる妖精は格が違うが、一般人のアタシにはそんな度胸はない。


「待って! 待ってったら! せめて初めては二人っきりにしてよ!」


 彼女を愛する気持ちは本物だが、羞恥心まで捨てたつもりはない。柔らかそうな唇が迫ってくるので、これはもう止められないかも…と、アタシが諦めかけたそのとき、カーミラが凄まじい力で妖精女王の肩を掴んで、強引に引き剥がした。


「沙紀、これを飲め」


 次にカーミラは間髪入れずに持ち込んだ水差しを、アタシの口に乱暴に突っ込んできた。


「えっ? 何…これ? ……にょわっ!?」


 たちまち口の中が水でいっぱいになるが動けないアタシには避ける術はない。とにかく注がれ続ける水に溺れないように、命懸けで飲み干していく。


「ぷはっ…溺れる! カーミラ! これ以上は溺れるから!」

「そうか。それで沙紀の調子はどうだ?」


 ケホケホと咳込みながら何とか呼吸を落ち着かせようとするが、それ以外は体に異常はなさそうだ。

 だがこれが何の意味があるのかわからないので、アタシは首を傾げる。


「ディアナの花を溶かし込んだ水だ。それで沙紀は、まだティターニアのことを愛しているのか?」

「えっと、……普通?」


 先ほどまでの燃えるような愛情がなくなって何となく物足りない。だが自分では止められないティターニアへの恋心に、始終振り回されるよりはマシだ。

 惚れ薬を中和してくれたカーミラに感謝しつつ、アタシは今すぐにでも妖精郷を出ることに決める。

 薬を貰うどころではなく、妖精女王と関わるとろくな目に遭わない。たった今身をもって知ったのだ。


「カーミラ! アタシを連れて逃げて!」

「了解した! 女王ティターニア! それでは失礼させてもらう!」


 動けないアタシはカーミラにお姫様抱っこをされて、入って来た扉に向かって駆け出す。そのまま大樹から陽のあたる外に出てすぐに大空へと飛びあがって、妖精郷からの脱出を図る。


「ちょっと、カーミラ! 貴女は帰っても良いけど、沙紀は置いていきなさい!」


 惚れ薬を貰う前に面倒事に巻き込まれる確率のほうが、圧倒的に高いと判断したのだ。そして今もティターニアはアタシを取り返そうと、物凄い速さで追ってきている。


「ひええっ、おっ…追い付いて来てるよ!」


 流石は妖精女王だけあり空を飛ぶのは得意らしい。真祖との距離をみるみる縮めているが、これは自分というお荷物を抱えているせいもある。


「うふふっ、沙紀! すぐに捕まえるわ!

 その後は逃げようとした罰よ! 私が満足するまで寝かせてあげないわよ!」


 妖精郷の空を駆けるティターニアの声を聞き、思わず背筋が寒くなる。万が一でも彼女に捕まった場合、アタシは二度と戻ってこれなくなる。それはもう色んな意味でだ。

 さらに妖精女王は追いかけっ子を続けながら、こうも口に出した。


 次は浮気草の汁を薄めるのではなく濃縮した液体を飲ませて、心身共にメロメロに蕩けさせて自分に惚れさせて離れられなくするのだと、堂々と言い放ったのだ。

 アタシは顔を青くして迫り来る追手に怯えていると、少し離れた地上の場所から大勢の声が聞こえて来た。


「絶好の機会だ! 沙紀、突っ込むぞ! 掴まれ!」

「何だかわからないけど! わかったよ!」


 もはや体が痛むとかは気にしていられない。アタシはカーミラにギュッとしがみついて落ちないようにと願いながら、騒ぎの元と入れ違いになるように地上に急降下する。

 そのまま次元の裂け目を抜けたあとに再び空に舞い上がり、人間界へと脱出したのだった。




 念のために速度を落とさずにしばらく空を飛んで妖精郷から距離を取ったが、ティターニアが追って来る気配はなかった。


「いっ…痛たぁ。ところで今の人たちは?」

「各国が通行条件を調べて、親善大使や外交官を大勢送り込んだのだ。

 私は数百年で霊力が変化したので潜るのに手間取ってしまった」


 速度を落として進路を吸血鬼の隠れ里に変更し、緊張を解いたカーミラと空を飛びながら会話する。

 しかし浮気草の汁を飲まされたのはアタシなのに、ティターニアのほうがベタ惚れなのでは…と、勘違いされそうなほどの猛アタックだった。

 体を無理に動かしたのでかなり痛むが、何とか逃げ切れたので各国の利権の奪い合いも役に立つものだ…と、少しだけ感謝する。


「はぁ…そっかぁ。誰か良い人を見つけてくれればいいけど」

「ティターニアと親交を結びたい者は各国に大勢居る。もう沙紀が狙われることはないだろう」


 心の底からティターニアに良い出会いがあることを願っている。そしてどうかアタシとの関係を夫のオベロンと同じように、一時の気の迷いだったと過去のものにして欲しい。

 

 惚れ薬を手に入れる前に、アタシが堕とされるようなイタズラされたら危険なので、今回は諦めたほうが良さそうだ。

 このことを森久保除霊事務所のメンバーにどう説明したものかと、遠ざかっていく妖精郷に通じる森を見ながら、ウンウンと頭を悩ませるのだった。


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