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小妖精たちの輪舞曲

 アタシは自分の体力のなさを忘れていた。中央の広場に辿り着くまでの道中は、適度に踏み固められており、移動距離も短かったのが幸いした。

 だが妖精郷に入る前に疲労困憊になってしまった。途中で何度もカーミラが抱えて運ぼうと言ってくれたが、それはきっぱりと断った。


 理由は各国の使節団が後ろにゾロゾロと付いて来たからだ。彼らは何も言わないが、フリーパスのおこぼれを預かる気なのがバレバレだ。

 そんな大勢の人たちの前でカーミラにお姫様抱っこをされたら、アタシの羞恥心がまたもやマッハになってしまう。




 なので根性で最後まで歩き通した。森の中央は草地が開けているが、他には何もなかった。

 てっきり各国の調査団が勢揃いしており徹底的に踏み荒らされていると思ったが、未だに人の手が入っていない自然の森を維持している。

 アタシは一息ついて、すぐ隣を歩いているカーミラに声をかける。


「森の中央に来たけどこれから、…あっ…あれ? …カーミラは?」


 吸血鬼の真祖が隣に居たのは間違いない。慌てて周囲を見回すが、彼女の姿は何処にも見当たらない。

 それどころか大勢付いて来たはずの各国の使節団も居なくなっており、踏み固められて大勢が通れるほどの道になっていたはずの森も、ヤブや茂みが覆われて、無数の木々が視界を塞いでいて、とてもではないが後戻り出来そうにない。

 つまり今のアタシは、森の中央に一人だけ取り残されている状況なのだ。


「あー…うん、これはー…アレだね」


 混乱する思考を意味のない言葉でも口に出すことで、気持ちを落ち着かせようと頑張るが、そう簡単に現実を受け入れられるものではない。


 アタシは妖精郷に入ることが出来た。これは正しいだろう。何しろ草地の広場で立ち竦んでいる自分の前に、ぼんやりとした光を放つ羽の生えた小さな少女たちが続々と集まってきたのだ。

 彼女たちは嬉しそうに自分の周囲を飛び回り、明るく元気に話しかけてくる。


「ねえねえ、お姉さんって人間だよね?」

「えっと…うん、人間だよ」

「うわぁ! 人間が妖精郷に来るなんていつぶりかなぁ!

 十年? 百年? それとも、もっとだっけ?」


 そんな長い年月、誰も妖精郷を訪れていなかったとは、地元の人たちにさえ忘れ去られるわけだ。

 そして持ち込んだ魔道具に翻訳機能が付いていて助かった。アタシはいい機会なので色々聞いてみることにする。


「ちょっと聞きたいんだけど、ここに来る条件とかわかる?」

「うん、わかるよ! 入るための条件は、妖精とお友達になりたい人!」


 蝶やトンボのような綺麗な羽と、人間の女性の体を持つ妖精たちの数は増え続け、皆楽しそうにアタシの周囲を飛び回る。


「だけど人間の子供は私たちのことは信じていても、利用する気満々だよ!」

「人間に捕まって妖精標本になんてされたくないしね!」


 数が増えるたび賑やかになり、アタシでは聞き取れなってくる。これでは収拾がつかない。しかしここに入る条件は理解できた。


「アタシは妖精に惚れ薬貰いに来ただけなんだけど」

「でもお姉さんは、私たちに酷いことしないよね?」

「まあね。薬を分けてもらう以外に用はないし、終わったら迷惑をかける前に出て行くよ」


 妖精郷に入るには、この子たちのことを心から信じていること。打算がなく友好的であること。しかし彼女たちを利用したり危害を加えようとする者は弾かれる。

 アタシは薬を貰うために来たのだが、何故か入れてしまった。


「えー! 入れたってことはお姉さん良い人だし! 一緒に遊ぼうよー!」

「外の世界のこととか、いっぱいお話聞きたい! 聞きたいー!」

「そっ…そう言われても、困ったなぁ」


 この小妖精たちは心も体もお子様なのだ。なので悪い人間に騙されやすく、そういった輩は入り口で弾くようにしている。

 ちなみにアタシもある意味では子供っぽくてお人好しなので、彼女たちとは似た者同士かも知れない。一人だけ通れたのもその辺りが考慮されたのかも知れない。


 自分は長居するつもりはないが、外からの客人を心待ちにしていた小妖精たちの頼み事を無視するのも気が引ける。

 どうしたものかと頭を軽くかいていると、そのうちの一人が目の前に飛んできて、明るく話しかけてきた。


「ねえお姉さん! その耳にかけてるのは何ー?」

「えっ? これはメガネで、物が良く見えるようになる道具だよ。

 アタシ目が悪いから、これがないと歩くことさえ苦労するの」


 小妖精が興味津々な顔で見せて見せてー! …とせがむ。仕方なくメガネを外して、彼女に良く見えるように近づける。


「ふーん、これがないとお姉さんは目が良く見えないんだー。 ……えい!」


 突然目の前の小妖精にメガネを取りあげられてしまう。彼女はそのままアタシが手を伸ばしても届かない高さまで素早く上昇し、イタズラが成功したのか嬉しそうな表情で見下ろしてくる。


「ちょっと…返してったら! ……にょわっ!?」


 アタシは慌てて取り返そうとしたが足元がよく見えないため、柔らかい草地に足を取られてうつ伏せに転んでしまった。

 茂った草がクッションの役割を果たしたので、怪我をしなかったのは幸いだった。


「ぐぬぬ…! メガネを返してったら!」

「これを返したら、お姉さんは私たちと遊んでくれる?」


 最初から小妖精たちとは遊んであげるつもりだった。切りの良いところでいつでも帰れるように、先に薬を手に入れてからが良かった。

 しかしまあ仕方ないかと、倒れたままの姿で小さく溜息を吐いて諦める。


「はぁ…わかったよ。遊ぶから返してよ」


 目の前の小妖精と遊んで彼女たちが満足してから、ティターニアに会いに行けばいいのだ。これは順序が逆になっただけだ。

 そう軽い気持ちで了承したのだが、彼女たちは予想以上の食いつきを見せた。


「遊んでくれるんだね! やったー!」

「えっ…ちょっ! メガネは! にょっ……にょわっ!?」


 遊ぶことを約束したアタシに向かって、周囲の妖精たちが一斉に群がってくる。彼女たちを強引に振り払ったら、小さな体なので怪我をさせてしまうのは間違いない。

 結果的にアタシは一切手を出すことが出来ずに、されるがままになってしまう。


「やめっ…やめええっ! そんなに…くっ…くすぐらないでえぇ!!!」


 妖精たちはコートの中どころか上着の隙間から小さな体をモゾモゾと潜り込ませて、アタシの素肌を直接撫で回す。

 最初は貝のように縮こまって我慢しようとしたが、とてもそんなことは出来ずにたちまちのうちに笑い転げ、うつ伏せどころか仰向けに四肢を広げさせられてしまう。


「こっ…これ駄目だって! あひゃっ…にゃはっ…! にゃ…にゃはははっ!!!」


 お腹、脇、手、靴もいつの間にか脱がされて足の裏までくすぐられ、小妖精たちの楽し気な輪舞曲が始まってしまう。ちなみにボーカルはアタシの笑い声である。


「これをされると、人間は皆大喜びなんだよね!」

「お姉さんは反応がいいね!」

「もっと全身をコチョコチョしてあげるー!」


 アタシの体は最初はエビのようにビクンビクンと跳ねていたが、ただでさえ森の奥に来るまでに体力を使ってしまったのだ。

 だがすぐに芋虫のようにモゾモゾと身動ぎするのが精一杯になる。それでもくすぐりで悶える声は絶え間なく響き渡り、小妖精たちは無邪気に喜ぶ。


「お姉さんの悶える姿、とっても可愛いよ! もっと喜んで欲しいなー!」

「でも元気がなくなってきてるよ? 疲れちゃったのかなー?」

「きっと遊び疲れて眠くなったんだよ! そろそろ寝床で休ませてあげないとねー!」


 一歩間違えれば呼吸困難になって笑い死にするのだが、小妖精たちは慣れているのかアタシの限界を見極め、苦しむことなくくすぐりで気持ちよく悶えさせ続ける。

 それでも全身の到るところを絶え間なく可愛がられては、とうとう芋虫のような微かな身動ぎどころか、喘ぎ声も枯れて出せなくなってしまう。


「そうだね! お姉さん起きたら、また皆でくすぐって遊ぼうよ!」

「人間の世界に帰ろうとする子供も、集まった小妖精がコチョコチョーってするとね。

 すぐに笑顔に変わって、帰りたくなくなっちゃうんだよねー!」


 ようやく小妖精たちのくすぐりの輪舞曲が止まり、アタシは疲労で指一本満足に動かせず、肩で息をしながら草地にぐったりと仰向けに横たわる。

 微かにビクッ…ビクッ…と小さく体を震わせながら、段々と意識が遠のいていく。時刻が夜なのもあるが、彼女たちの遊びに付き合わされて疲労困憊だ。


「もっとくすぐってーって、お強請りするから、人間って本当に可愛いよねー!」

「お姉さん何日目でフニャフニャに蕩けるのかなー? 楽しみー!」

「人間のお友達から教わったくすぐり責めで、明日も遊んであげるね! 可愛いお姉さん!」


 深い眠りに沈んでいくアタシは小妖精が何を話しているのか聞き取れなかった。ただ彼女たちがアタシの体を掴んで、何処かに運んでいるのはわかった。

 しかし今はとにかく泥のように眠りたかったので、疲れきった四肢をダラリと垂らして全身を脱力させ、小妖精たちの為すがままになるしかなかったのだった。

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