妖精郷を目指して
年が明けて一月になり、六種族連合に吸血鬼が加わり七種族連合となった。カーミラたちには人を害する伝承が多く残っていたため、日本政府も最初は腰が重かった。
しかし意思の疎通が可能で人の姿形をしており、吸血鬼たちは危害を加えるどころが、自分たちの命を犠牲にしても今度こそ守り抜こうとしてくれている。
さらに隠れ里で暮らしているのは吸血衝動を抑えられる上位種なので、人間界で悪さを働く下位の吸血鬼を狩る者として大活躍だ。
実際人外専門の霊能力者では返り討ちに遭う可能性が高い。
除霊ができても人間を遥かに超える怪物が相手となれば、軍隊でなければ対処は不可能だ。ちなみに森久保除霊事務所のメンバーは例外なので、下位吸血鬼程度なら無傷で殲滅できる。
同族を殺すことに嫌悪感はないのかと聞くと、あれは正規の手順で吸血鬼になったのではなく、無理やり吸血鬼化させられた半端者は一族の恥だ…と言い切り、殺すのは平気らしい。むしろ生かしておくことに憎しみすら感じる。
それが隠れ里に住む誇り高き吸血鬼の総意だと、カーミラは人間の代表たちの前で堂々と告げた。
アタシにとってはカーミラたちよりも人間のほうが怖い。噂では吸血鬼の血を使って良からぬことを企んでいる者たちが、星の数ほど居ると聞いた。
幸い自分と再会するよりも前から、そういった危険な組織が暴走する前に潰して回っている。下位吸血鬼もカーミラたちを恐れるがあまり、人間が作り出したものの制御出来ずに暴走した結果だとか。
ようは水面下での彼女たちの活躍によって、人間界の平和は保たれているのだ。
そうは言っても人間たちから見た吸血鬼への信頼度は、シロアリ駆除業者並に低い。彼女たちの影の活躍を公表すれば世界中が大混乱になり、平和が崩れるかも知れないので黙っておくように…と、説明を終えたカーミラがアタシの唇も人差し指をそっと当てて、可愛らしくウインクしたので、思わずドキリとしてしまった。
だが既に全世界規模で、ダークヒーローとして人間の味方をしてくれる吸血鬼が噂になっている。今さらかも知れないが、本音と建前とは難しいものだ。
アタシも出来るだけ協力するので、今後も水面下で平和維持活動を頑張って欲しい。
ちなみに吸血鬼たちにも一応アタシの地元を歩き回る許可は出た。だがカーミラたちが何か問題を起こした場合は、取り消しになる可能性は高い。
正直そんなことにはなって欲しくないし、日本政府が梯子を外したら色んな意味で大惨事になるのは間違いない。
「自分で自分の首を締めることになるって、わかってるのかな?」
(私たちほど人外の存在には理解がありませんし、恐れて遠ざけたい気持ちもわかりますわ)
森久保家の居間で八人対戦のテレビゲームを遊びながら、何ともやりきれない話をする。将来に何が起こっても自分が責任を取るつもりは一切ない。
現状では上手くいっているし彼女たちと今後どのような関係を築くかは、後の世の人たちが決めることだ。
アタシの役目は最初の歩み寄りまでだ。
「一般人のアタシに無茶振りされても困るからね。大体アタシは中卒の十六歳で、GBの仕事とは関係ないじゃないの」
(ですが日本政府からは、人外専門の特殊外交官の職に就くようにと、再三の要求が来ていますわよ)
もしアタシが外交官なんてなったら自分の行動に責任を取らなければいけない。GB日本支部と政府に丸投げという形が使えなくなり、人間社会を円滑に回すための歯車にされてしまう。
今までやりたい放題したツケが回ってきたとも取れるが、一度として自分から厄介事を起こしたことはない。
いつも向こうからやってくるのだ。
「大体アタシが特殊外交官になっても、自分が死んだあとはどうするつもりなの?」
(それまでに地盤固めを完了させるのではありませんの?)
「きっとアタシの屍を踏み台にするんだろうなぁ」
(死人に口なしですものね)
自分にやれることと言えば友達と楽しく遊ぶことぐらいだ。政治的な駆け引きを期待されても困る。
またアタシの操作キャラが一番最初に戦場から離脱させられたので、テレビゲームでさえダメダメである。
そんな自分の死後を想像すると、これが森久保沙紀の意思だ! …とか広報して日本政府に都合の良い存在にするのだろう。
「政府の外交官が人外に好かれればいいのに」
(急にどうしましたの?)
「今居る人材で間に合えば、特殊外交官になるようにって言われなくなるよね」
自分としては人外の者たちを相手に、飾らず普段通りに対応としているだけだ。それなのに自分に対する好感度だけが高いのは異常に思える。十中八九生まれ持った体質だろうが。
しかし今さら嫌われようとしたところで、七連合との関係が拗れてよろしくない。と言うか嘘や誤魔化しが下手なのですぐに演技だとバレてしまう。
態度が急変したのは何か嫌なことがあったのではないか…と、変に優しくなる人がたくさん出そうで変に気恥ずかしくなって困る。
「中卒で一般人のアタシでも仲良く出来るんだよ。
人外の存在に第一印象で好かれるようになれば、志のある人なら余裕でしょう?」
(そう上手くいくとは思えませんが、面白い試みですわね)
普段のGBの仕事の除霊は守護霊の力を借りているが、種族間の対話はアタシが直接行ってきた。
なので志のあるその道のプロが表面的でも好かれるようになれば、日本政府と隠れ里の関係が今よりもずっと円滑になる。
「案ずるより産むが易しだよ」
「沙紀に出産はまだ早いです!」
「嘘! 初めてはワタシのはず!」
「一体何処の馬鹿が種を仕込んだのじゃ!」
確かに十六歳で身籠るのは早いと言うか、現在では女性の結婚年齢は十八歳からになっている。だがそれはことわざで、アタシが男性と付き合っているわけではない。
対戦を中断してまで自分に詰め寄る巫女の真理子、魔女のポーラ、川の神のミズチをなだめながら、まだ異性と付き合ったことはないと弁明する。
何故自分の純潔をここまで強調をしなければいけないのか。しかし皆を落ち着かせることには成功したので、このまま質問タイムに移ることにする。
「誰か人間以外に好かれやすくなる薬を知ってる人は居る?」
「さっ…沙紀ちゃんは、もっと女の子の友達を増やしたいの?」
「違うよ! アタシじゃない特殊外交官に使ってもらうの!
大体女の子とはいつの間にか仲良くなってるだけだからね!」
人間にはあまり好かれないが、人外には好かれるのがアタシだ。別に天然たらしではない。だが自分が今説明した薬を使っていると言っても信じられる程、人外ホイホイどころかブラックホールのように吸い寄せているのも事実だ。
アタシが訳のわからない焦燥感に駆られていると、吸血鬼のカーミラが手をあげた。
「吸血鬼の隠れ里の近い位置に妖精郷がある。…らしい」
「…らしい? それってエルフとアルラウネとドリアードの三種族のような?」
「情報が不確定なのは隠れ里同士の交流は、基本的には行わないからだ。
相性が悪い種族が居る以上、何が切っ掛けになって争いが始まるかわからないからな」
川の神のミズチは人魚の女王と交流があったが、あれは同じ水属性で種族間ではなく個人的な付き合いだからだ。海の者と山の者が円滑な関係を築くのは、至難の業だろう。
隠れ里は自給自足で完結するのが一般的で、現在七連合と人間が上手くやっているのは実は奇跡的なバランスなのかも知れない。
アタシが考えを整理している間にも、吸血鬼の真祖は説明を続ける。
「隠れ里に居るのは小さな妖精たちと女王ティターニアだ。
数百年前の情報だが、おそらく変わっていないはずだ」
その名前には聞き覚えがある。劇中では妖精の王のオベロンと夫婦喧嘩をした際に、即効性の惚れ薬が出てきた。
しかしカーミラの説明に、本来居るはずのもう一人が出てこないのが気になる。
「あのさ、隠れ里にオベロンは居ないの? 彼は妖精たちの王のはずだよね?」
「ティターニアに封印されたぞ。何をするにも浮気を疑われるのでほとほと愛想が尽きたらしい」
アタシは思わずチベットスナギツネのような顔になり口をつぐんだ。どうやら夫婦仲は相当冷え切っているようだ。
この辺の男女関係は人間も妖精も変わらないんだなと思った。しかし惚れ薬を手に入れる分には問題はない。
「妖精の隠れ里…ええと、その妖精郷の場所はわかる?」
「昔と変わっていなければな。だが本当に行くのか?」
好き好んで行きたいとは思わないが、このままでは近い将来GBだけでなく特別外交官もやるハメになる。今でさえ七種族連合と森久保除霊事務所のメンバーの代表であり、監視と保証人といった面倒な立場なのだ。
一般人離れした大層な肩書と負担ばかり増える現状を、多少なりとも改善したかった。
「まあね。特殊外交官にされて社会の歯車として使い潰されるのは嫌だし」
「命の危険があるかも知れないぞ」
「でもカーミラの知り合いなんでしょう?」
「確かに知り合いではあるがな」
妖精はイタズラ好きだが、人間に対して酷いことはしないはずだ。無邪気な子供のすることだと思えば多少は我慢できる。
それに知り合いに同行してもらえば、自分一人よりもスムーズに交渉が進む。惚れ薬を手に入れられる可能性も高くなるというものだ。
「アタシとカーミラは友達だし、その知り合いなら命の危険はないでしょう? …多分」
「後先考えないところが何とも沙紀らしいな。だがまあ、喜んで付き合おう。
万が一が起こった場合、今度こそ守り抜くためにもな」
カーミラは真面目な顔で頷くが、千年も過ぎればとっくに時効だと思う。皆との説明会で親睦を深めても、まだ過去の行いを悔いているのだろうか。
アタシは頭をかきながら吸血鬼の真祖に声をかける。
「あー…だから、千年前は突発的な事故のようなもので…」
「己を責めると心配する、心優しい人間が居るのだ。とうに過去は乗り越えた。
ただ今は純粋に沙紀を守りたいんだ。……駄目か?」
真剣な表情でアタシを真っ直ぐに見つめるカーミラは、何というか格好いい大人の女性に見えた。しかも自然な動きで手まで握ってきている。
美少女や美女に慣れていなければ、一目でハートを射抜かれることは間違いない。今のアタシの心臓は早鐘のように脈打ち、顔はタコのように赤くなっている。
「いっ…いいよ」
「…ありがとう」
言葉に詰まりながらも何とか承諾すると、爽やかな微笑みでカーミラがお礼を口にする。これは男女関係なく無差別に惚れさせる、魔性の美女だ。
「あんまりジロジロ見ないでよ。恥ずかしくなるから」
「他の人間ではない沙紀だから、見ているんだ」
「やめ…やめてーっ! だから見るなって言ってるの! 日本語わかるよね!」
目の前の吸血鬼に正面からガン見され、アタシの羞恥心がマッハになる。とうとう耳まで赤くなり、握られた両手を強引に振り払う。
一度や二度ならどうせお世辞だと流せるが、何度も褒め殺しをされては堪らない。カーミラは冗談を言う性格ではなく、根は真面目なのできっと本心だ。
だからこそなおさら恥ずかしくなるのだ。自分は真祖に惚れられるような立派な人間ではない。
「ああもう! これだから嫌なんだよ!
早くアタシの代わりの人材を見つけなきゃ!
そのためにも惚れ薬を絶対に手に入れるよ!」
好意を持ってくれるのは嬉しいが、自堕落な生活をして行き当たりばったりに行動する自分の友達になっても、得られるメリットは殆どない。
仲良く遊んだり、頼りにならない相談役として一緒に悩んだり、茶飲み友達になるぐらいだ。
今は良いかも知れないがこれからのことを考えれば、やはり頼りになる大人の外交官が必要になる。
自分と彼女たちとの付き合いが続けば、いずれ歪みが広がって関係が壊れる。むしろ七種族連合が現状上手く噛み合っているのが奇跡なのだ。
普通ならとっくに空中分解していてもおかしくないし、たとえ今は保っていても明日明後日に突然崩壊してもおかしくない。
やはり早急に特別外交官を育てるために惚れ薬の確保は必須だと、アタシは決意を固めるのだった。




