GB試験終了
今日は二次試験ということでGB試験会場内の試合場に集合することになった。ドーム球場を小さく、そして四角くした感じで、客席もしっかり設置されている。
アタシはこの場所で一体何をするのか。洗濯したTシャツとGパンという女性らしさの欠片もない服を着用し、三百二十番のバッジを控え目な胸に付けて、集合場所に立って黙って待つ。
早朝の時間帯にも関わらず、既に百名を越える見習い霊能力者が集まっており、皆がやる気充分だ。
「あのさ、真理子。これからどんな試験をするの?」
「それはわかりません。私も教えてもらえませんでしたし。
ですが、俺たちの娘なら必ず合格するので、心配はいらないと言われました」
アタシのすぐ後ろに立ち、ギュッと抱きすくめている巫女服姿の真理子の両親だが、娘の実力を高く評価して、合格は確実だと信じているらしい。
しかし初めて出来た同性の友人が動けなくなる程、強く抱き締めるとは考えていなかっただろう。苦しくはないものの密着状態なので、体温が伝わって少し熱く感じる。
さらに周囲の視線が痛い。同じ黒髪なので仲の良い姉妹だと思われているかも知れないが、容姿がモブと美女で大差がついている。
豊かな膨らみにすっぽりと埋もれるアタシを見て、自分と位置を変わって欲しそうな男性の視線を多く感じる。
いい加減そんな視線に耐えられなくなり、離してもらおうと口を開く前に数名の試験官が二次試験会場に姿を見せる。
「それでは、ただ今から二次試験を開始する!」
代表として一人の試験官が前に進み出て大声で宣言すると、真理子が後ろからこっそり耳打ちして教えてくれた。
「試験官の中にはGBの資格を持った現役の霊能力者が混ざっているのですよ。
実戦を行う試験では何が起こるかわかりませんので」
襲ってくる幽霊や妖怪など詳しいことは不明だ。人が持つ霊力に関しても、現代になった今でも解明されていない。そんなアタシと真理子とは別に、試験官は説明を続ける。
「試験の内容は式神や使い魔と、霊能力者の戦闘を行う!
危険だと判断したら試験官が介入する。または参ったと降参を宣言しても不合格となる!
霊力を使い、敵を退けれることが目的だ!」
何とも単純明快だ。人外と関わる仕事をしていれば危険に巻き込まれることもある。そのときに依頼主どころか自分の身さえ守れない者は、GBの資格はない。
そして霊力を使って敵を倒すということは、それ以外の攻撃は全て無効だろう。
「あのさ、オートモードで倒すのは?」
(私が表に出ると、どう見ても不自然ですわよ)
「そっかー。うん、まあ頑張るよ」
今の自分の評価は霊力がやたらと高い十五歳の女性。五分間並以上の霊力を放出し続けても全く呼吸が乱れない。
かと言って、厳しい修行をしたのかと言うとそうではなく、霊力など欠片も感じたこともない、ズブの素人だ。
試験官だけでなく見習い霊能力者たちも、何かのタネがあるのではと見破る気満々だ。代々の秘伝の技もあるので直接聞くのは躊躇われる。
だが試合を観察すれば、アタシの膨大な霊力の謎を解明するチャンスだ。上手くすれば自分の力になる。
説明が終わったので、真理子と一緒に自分の番号が割り振られた試合場に歩いて向かう。現在二次試験会場には白いテープで大きな長方形が四つ作られており、結界を張った内部で戦うとのことだ。
アタシは喧嘩したことはないし、インドア派で運動は苦手だ。いくらエルザの協力で疲労や怪我をしないとはいえ、人外の存在と戦って簡単に勝てるとは思えない。
しかしここまで来たので、やるだけはやってみようと覚悟を決める。
「では、三百二十番! 白線の中に!」
「えっ…はい? いっ…いきなり!?」
まだ他の試合が始まっていないのに、初回でアタシが戦うのだ。実際にやる前に二次試験の流れを掴もうと考えたが、いきなり出鼻を挫かれた。
隣の真理子も今の急展開は予想外だったらしく、唖然としている。
「ええと、沙紀。がっ…頑張ってください」
「ああ…うん、やれるだけやってみるよ」
会場中から注目されているのが嫌でもわかる。だが怖気づくよりも一歩を踏み出して、白線の中に進んでいく。アタシはウジウジ悩んだりするぐらいなら、ヤケになって突っ込んで自爆するタイプだ。
今回は両親が夜逃げしたときや宿泊先をどうするかと比べれば、やるかやられるかで考えるまでもなく答えが出ている。
なので今は、やってやる! やってやるぞ! …というやぶれかぶれな心境だ。
「三百二十番、準備はよろしいですか?」
「うん、大丈夫。…多分」
白線の外に待機している試験官が、何かの文字の書かれた一枚の紙切れを放り込むと、それは霊気を放ちながら真っ黒い巨大な犬へと姿を変える。
高さがアタシの身長を越えているので凄く怖いが、気持ちだけは負けまいと奮い立たせる。
だが自分の両足は子鹿のように震えて、その場から一歩も動けないのがわかる。
「それでは、…試合開始!」
そして試験官の宣言と同時に、黒い犬は一直線にアタシめがけて飛びかかってくる。
「やっぱり駄目! 怖いよーっ!!!」
あまりの恐怖に左腕で顔を守り両目を閉じ、突っ込んでくる巨大な犬のいそうな方向に、悲鳴と同時に当てずっぽうで全力の右ストレートを叩き込む。
何の感触もなかった。拳はただ空を切ったのだとアタシはそう考えたが、その割りにはいつまで待ってもガブリと噛まれない。
もしかして試験官が止めてくれたのかと恐る恐る目を開けると、予想通り巨大な犬は跡形もなく消え去っていた。
「そっ…そこまで! 三百二十番! 二次試験合格!」
「えっ? はっ? ごっ…合格? 一体何が?」
わけもわからずに周囲をキョロキョロを見回すと、消し炭になって散々にちぎれた紙切れが、白線の中に落ちていた。
そう言えば試験官が紙を投げて、それが巨大な犬になったのがはっきり見えたが、もしかしてこれが成れの果てだろうか。
首を傾げながらもこの場に留まっていても次の試合の邪魔になるので、アタシは真理子の元に歩いて行くと、彼女は笑顔で出迎えてくれた。
「凄かったですよ! 沙紀の右手が突然青く輝いて! 次の瞬間…!」
「そっ…そうなの? とにかく無我夢中だったから、まるで覚えてないんだけど」
両目を閉じて右手を振り抜いたことしか覚えていないし、アタシは実際にそれだけしかしていない。となると、あとはエルザが上手にやったのだろう。
とにかく二次試験が合格したのは彼女のおかげだ。
(霊力を高濃度に圧縮して拳にまとわせましたのよ!
あの程度の式神でしたら、薄紙のように容易く貫けますわ!)
他にも身体強化で万が一に式神の攻撃を受けても無傷だとか、右の拳にまとわせた霊力が、黒い犬に触れた瞬間に爆発四散したとか言われた。
だががアタシは何も見ていなかったし、とにかく無我夢中だったので、おっ…おう…凄いね…としか言えない。
「そうなんだ。あっ…次の試合。……あれ?」
紙を投げ入れて実体化しても、アタシが戦った犬の半分以下の大きさだ。それが他の試合場で戦っている。その瞬間に自分の試合だけ明らかな不公平だと察する。
そして内に溜めて我慢するより、外に向かって発散するがアタシだ。今度は自分に式神を投げた試験官を目指して、脇目も振らずに歩いて行く。
「試験官。自分の試合のことで質問があるんだけど、今いい?」
「駄目だ。…と言っても無駄だろうな。構わん。
しかしここでは人目につく。場所を変えよう」
試験官は審査の代理を立てて交代の手続きを済ませると、付いて来るようにと言われたので、アタシは黙って後ろを歩く。
二次試験会場から離れてしばらく歩き、建物内のとある応接室の前で止まり、扉を開けて中に入るようにと勧めてくる。
そのまま内部の豪華なソファーに座らせて、試験官がコーヒーかお茶のどちらが良いか? …と聞いたので、アタシは迷わずお茶を選択する。
「待たせて悪かった。では、質問を始めてくれ」
二人分の湯呑みを中央の机の上に置いて温かな緑茶を注ぎ、試験官は向かいのソファーに腰をおろす。そしてアタシに言葉をかけてきたので、遠慮なく質問する。
「では遠慮なく。…アタシだけ式神がやけに強くないですか! 苛めですか!」
「それに関しては悪かった。この通りだ」
「謝れば許してもらえると、本気で思っているんですか!」
いい年の大人が十五歳の女性に対して深々と頭を下げているが、この程度ではアタシの腹の虫は収まらない。
躊躇いもせずに謝罪するということは計画的な不正であり、自分が呼び出すことも織り込み済みだったのだろう。
「理由を教えて、あと賠償も。これは被害者であるアタシの当然の権利だからね」
「わかった。キミの要求を飲もう」
おまけに要求もあっさりと飲むので、アタシのほうが引き気味になるほどだ。まさかの国家公務員であるGBの試験会場で不正発覚。これは一大スキャンダルのはずだ。しかしなお、試験官は狼狽えずに堂々としている。
この程度なら簡単に揉み消せると考えていそうだ。霊能力の予想外の暴走は日常茶飯事なので、二次試験会場でのトラブルも珍しくないのかも知れない。
「まず理由だが、キミの実力を詳しく調べたかった。
通常の二次試験では相手が弱すぎて、まともな計測が出来そうになかったからな」
「ふーん、それで何かわかったの?」
「あの程度の式神では、キミの真の実力を引き出せないということがわかったぐらいだ」
実際にはアタシではなくエルザの力なのだが、これ以上情報を与えるわけにはいかない。試験官は目的のために堂々と不正を行う輩らだ。
GBも国のために動いてはいるのだろうが、信用し過ぎるのは危険な気がする。
「そしてたとえ試合に負けても、こちらの失態を認めて合格にする予定だった」
「そう…っで、理由の次は賠償なんだけど」
試験官の言葉を無視してアタシは話題を次の賠償に移す。強い式神をけしかけた理由はわかった。これ以上向こうの謝罪を聞いても不快になるだけだ。
さっさと要求を通したあとに免許を受け取って、さよならするに限る。
「ああ、GBとしての相応の地位と賠償金は、当然用意させてもらう」
「いや、そんなんじゃなくて宿泊先を手配してよ。まあお金は少しは欲しいけど」
賠償金は確かに欲しいがアタシはまだ十五歳だ。そんな若い女性が大金を持てば、身を破滅させてしまいそうで怖い。
「わかった。ではさらにGB幹部専用の、高級宿泊施設を紹介しよう」
しかしこの試験官は、どうしてもアタシを幹部として採用したいようだ。正直なところ、堂々と不正するようなGBが優遇すると言っても、あまりお近づきになりたくない。
「古い借家と少しの支度金だけでいいよ。
あとはこっちで適当にやるから。GB日本支部とは距離を取りたいし」
「そっ…そうか。了解した。確かに嫌われて当然の行いをした」
また謝罪しそうだったので、もうお腹いっぱいだから…と、丁寧にお断りする。しかし、このまま事あるごとに他の霊能力者たちに力を探られるのも面倒だ。
これからどうしたものかと心の中でエルザに相談すると、私と変わるようにと言われたので、素直にバトンタッチする。
「始めまして、試験官さん。私は森久保沙紀の守護霊ですわ」
「守護霊だと? ふむ、確かに霊気の質は先ほどと同じだな」
アタシの体からは青白い光がうっすらと放出されているので、試験官はそれを見て一次試験と二次試験のときと同じだと判断した。
しかし不審者だと勘違いされたり、悪霊だと襲いかかって来られなくて良かった。その辺りをきちんと見分ける目を持っていなければ、試験官など出来ないのだろう。
聞く姿勢に入ったことで。さらにエルザは言葉を続ける。
「沙紀に霊力を貸しているのは私ですの。
しかし諸事情により、名前は伏せさせていただきますわ。探るような真似もよしてくださいね」
少しだけ情報を漏らして口止めをを行う作戦らしい。確かにこれでアタシの力の秘密は明らかになった。守護霊を宿して霊力を借りているのだ。
名前を教えないのは、正体を知られることで優位性が失われることを恐れてだと理解し、これ以上の追求はされないだろう。
「説明感謝する。これで納得した。
霊力の保有量から見て並の守護霊ではなく、精霊か…場合によっては神に近い存在もありえるか」
「ご想像にお任せしますわ。ですがこれ以上の詮索は…」
エルザが今度は口調を強めてもう一度釘を刺すと、試験官は気圧されたのか、体を強張らせて息を呑む。
しかしエルザが精霊や神とか言われても、全然ピンと来ない。彼女は子供の頃に一緒に遊んでいた友人で、ただの幽霊のはずだ。
だが秘めた力を隠している可能性もある。何しろエルザはまだ一度も全力を出していないのだ。
「わっ…わかった。これ以上の詮索はしない。GBや関係各所にも徹底させる」
「ええ、そうやって今後共良い関係を築いていければいいですわね」
冷や汗をかく試験官を一べつして、エルザはアタシの体を操ってソファーから優雅に立ちあがる。自分と違って一挙手一投足が優雅というか、洗練されている。
応接室の扉に向かって歩いて行く後ろ姿を、試験官がほぅ…と見惚れているのがわかる。そして思った。肉体は貧相な体型のアタシなんだけどな…と。
「必要書類は帰るまでにまとめておいてくださいね。…それではご機嫌よう」
そう言い終わると応接室の扉を開けて、振り返ることなく退室する。廊下に出て緊張が解けたアタシは体を返してもらい、はぁ…と大きく溜息を吐いた。
「ああ、疲れた。高校受験の面接もあんな感じなのかな」
(今回は私たちのほうが立場が上でしたので、楽なほうですわよ)
向こうが加害者で、こちらが被害者だ。年齢的な不利はあるが、立場はアタシのほうが上なのもわかる。しかしそれとは別に、知らない人と一対一で話すのはやはり緊張するのだ。
そしてまだ合格後の指示は受けていないので、取りあえず二次試験会場に戻ろうと周囲を見回す。
「ええと、二次試験はどっちだっけ」
(左ですわ。そして突き当たりを右)
「ありがとう」
GB公認で守護霊になったエルザにお礼を言い、アタシは広い建物内を二次試験会場まで迷うことなく歩いて戻る。
ちなみに真理子は難なく合格したようで、アタシは最後の講習を受けている教室に途中参加し、こっそり後ろの扉から入って最後尾の席に座り、無事にGB免許証を受け取ることが出来たのだった。




