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満月の夜

 アタシは目が悪いので仕事に慣れても時々は失敗するが、手の空いている同僚がすぐにフォローに入ってくれるのでとても助かっている。

 しかしいつまで経っても視力的なうっかりミスがなくならないので、これでは信頼を得るのは当分先になりそうだ。

 いつの間にか二年が過ぎていた今現在も、そんなことを考えている。


「沙紀、何か考え事か?」

「うん、思えばこの二年間は色々あったなって」


 真祖の王族のような高級感が溢れる自室で、背もたれつきの柔らかな椅子に腰かけるカーミラはワイングラスを片手に持ち、メイド服を着たアタシに注ぐようにと命じる。


 自分以外の召使いの先輩は詰め所に待機しているので、この部屋に居るのはアタシと彼女だけだ。

 カーミラの側に他の人が居るとアタシが自重してしまい、普段と同じ砕けた態度で話せないことを考慮し、わざわざ下がらせているのだ。


「とっ…この角度かな?」

「ふむ、今日はこぼさなかったな。偉いぞ」

「はぁ…もう子供じゃないんだからね」


 血のような赤いワインをグラスからこぼさずに注ぎ終わったので、召使いらしく一礼して下がろうとする。

 だがそれより先にカーミラが穏やかに微笑みながら、アタシの頭に手を伸ばして優しく撫でてくる。

 ここで慌てて動くと彼女の手に持ったグラスが揺れて、中身が溢れてしまうかも知れない。

 目の前の真祖は寛大なので笑って許してくれるが、メイド長からのお小言は覚悟しなければいいけない。


 ここは彼女が解放してくれるまでされるがままになる。だが一分、二分と時間が過ぎてもまだ続けていた。

 なのでアタシはとうとう痺れを切らし、名残惜しそうな顔をしているカーミラを無視して、強引に距離を取らせてもらう。

 しかし悪いことをしたかなと良心がとがめたので、わざとらしくその場凌ぎの話題を振る。


「そっ…そう言えば最近、隠れ里の外には行ったの?」

「沙紀を拾ってから一度も出ていないな。だが別に外に行く必要はないだろう?」

「でも、前までは頻繁に出歩いてたんだよね?」

「ふむ、確かに満月の日は必ず外に出ていたか」


 隠れ里に住む吸血鬼は、人の血を吸いたくなる衝動は抑えられる。なので今の所はアタシが襲われることもない。

 だが人間の世界に伝えられる物語には、柔らかそうな首に牙を突き立てられる美女が毎回登場するのだ。

 自分が美しい女性だと思わないが、カーミラの小腹が空いてお菓子感覚で吸血される可能性は十分にある。

 なので月一間隔でいいので、ちゃんとお腹いっぱいにして欲しいのだ。


「カーミラは、お腹が空いたりとかはないの?」

「ないな。地脈や動物や植物から、僅かばかりの生気を吸い取れば十分だ。

 …沙紀は不安なのか?」

「まあ理屈ではわかっているつもりだよ。でもそう簡単に割り切れるものじゃないからね」


 一応最初の段階で真祖だけでなく、隠れ里の吸血鬼も人間から血を吸わなくても生きていけることは聞いている。だがそれでも不安は消えなかった。

 何度も同じ質問をしている自覚はあるが、それも段々と間隔が空いてきている。次に言いようのない不安にかられるのは、一年以上先かも知れない。

 そんな自分を寂しそうな表情で真っ直ぐに見つめるカーミラから視線をそらし、アタシは窓の外の青白く輝く満月を眺める。


「まだ吸血鬼になる決心はつかないのか?」

「んー…アタシは故郷に帰るからね。それに、まだ…二年だよ」

「ふふっ、沙紀の前向きなところは好ましく感じる。だがそろそろ覚悟を決めてもいいのではないか?」


 ワインの瓶をテーブルに置いて、アタシは部屋の窓に向かって歩き出す。カーミラからは眷属になって隠れ里で暮らさないかと何度もお誘いを受けている。だがそのたびにはっきりと断っている。

 しかし最近ではその決心も鈍り始めている。人の記憶はいつまでも保たれるわけではなく、やはり年月が過ぎれば過去の思い出は薄まっていく。


 さらには薄まった記憶を埋めるように新しい出来事や経験に上書きされるのだ。当然アタシも例外ではなく、日本で暮らしていた思い出が過ぎ去った過去になりかけている。

 そんな言いようのない寂しさを、窓から綺麗な満月でも見て紛らわせようかと考えていると、アタシの背中と膝に突然後ろから手が回された。


「……にょわっ!? …何っ!」

「沙紀が珍しく寂しそうにしているからな。気晴らしに月夜の散歩はいかがかな?」


 カーミラにお姫様抱っこされたアタシは、落ちないように彼女の首に手を回す。そうやっていつも自分に気を遣ってくれる優しい真祖のことは好きだ。

 あと一年か二年もすれば眷属になる決心もつくだろうが、それまでは人間でいさせて欲しい。


「うん、お願いしようかな」


 アタシが頷いたことでカーミラは嬉しそうに窓を開けて、月明かりに照らされる夜空に飛び立つ。そのまま白亜の城から少しずつ離れていく。

 下を見ると城下町が広がっていて、大勢の吸血鬼が空中散歩を行う二人を見上げているのがわかる。

 人間のアタシとは違って夜行性で、彼らは夜目も効くのだ。


「初めて出会ったときも、こうして抱えたまま夜空を飛んだのだったな」

「そうだったね」

「沙紀は暴漢に襲われる寸前で、おまけに全裸だった」

「そっちは忘れてよ!」


 思い出したくないことまで言葉にしたせいで、アタシの顔は完熟トマトのように真っ赤になる。

 満月の青い光に照らされるなか、カーミラはクスクスと笑いながら楽しそうに会話を続ける。


 それと同時に二年も前の疑問が浮上してきた。自分を襲った男たちは、何故あんな未開の森の奥に居たのか。

 地元の漁師がたまたま迷い込んだだけか。それにしては動物ではなく、明らかに人を殺すための武器を持っていた。何らかの目的があったのは間違いない。

 何故今頃そんなことを考えてしまうのかはわからないが、どうにも嫌な予感がした。


 そのまましばらくの間、カーミラと二人っきりで月夜の散歩を楽しんでいると、彼女は突然厳しい表情をして、ある一点を凝視する。


「ん…? あれは人間たちか」

「えっ? 何? よく見えないんだけど」


 アタシも彼女の視線の先に顔を向けるが、夜目が効かずに視力も悪いのでよくわからない。

 だがカーミラの言葉を聞く限り、吸血鬼の隠れ里に人間たちが入って来たらしい。


「沙紀、悪いが急いで城に戻るぞ」

「えっ? あっ…うん」


 彼女が踵を返す前にたくさんの光が見えた気がする。あれは松明の揺らめきによく似ていた。

 あまりに多すぎて正確な数はわからないが、百や二百ではなく千を越えるかも知れない。


 そんな多くの人間が吸血鬼の隠れ里に何の用があるのか。普通に考えれば殲滅だが、正直想像したくなかった。

 行きの何倍もの速度で夜空を飛び去り、カーミラの自室に送り返される。そのまま窓から入ってカーペットの敷かれた床に、静かにおろされる。


「私は人間たちの元に行ってくる。

 すぐに帰って来るが、沙紀は部屋の外には決して出るな。わかったな?」

「うん、カーミラ…気をつけてね」

「ああ、私は必ず沙紀の元に帰って来る。約束する」


 そう言ってカーミラは両手を開いてアタシを抱き締めると、ほんの数秒程度で解放する。そのまま名残惜しそうな表情で窓に向かって歩いて行く。もう一度アタシのほうを真剣に見つめたあと、勢い良く飛び立った。

 アタシはこの二年である程度の力は付いたものの、それでも吸血鬼のような戦闘能力は持ってない。一般人の自分に出来ることは何もないのだ。


 今は彼女の邪魔をせずに、言われた通りに大人しくしていることが最善だ。そう考えてアタシはカーミラが去った自室を、落ち着かずにウロウロと歩き回る。

 確かにそれが一番正しいことだとわかっているし、自分の立場はわきまえている。邪魔をするつもりもないのだが、妙な胸騒ぎは一向に静まってくれない。




 どのぐらいそうしていたのか。部屋の窓に何かが当たったような小さな音が響いた。もしかしてカーミラが帰ってきたのかと外に顔を向ける。

 だがそこには鉤縄をよじ登ってきた全身黒装束の者たちが、月明かりに照らされてもなお感情の読めない視線を、真っ直ぐにアタシを向けていた。


「…どうする?」

「騒がれると面倒だ。始末するぞ」

「目的の宝石はこの部屋に?」

「真祖の自室だ。その可能性も捨てきれない」


 足が竦んで突然の事態に混乱しながらも、外に助けを求めるためにとにかく大声をあげようと息を吸い込む。


「助け…!」


 だが残念なことに、黒装束の者たちのほうが一歩早かった。アタシが喋れたのはそこまでで、素早く距離を詰めてきた侵入者に強引に口を手で押さえられる。

 すぐにお腹の辺りが耐えきれないほどに熱くなり、痛みのせいでまともに立っていられなくなり、為す術がなく崩れ落ちる。

 部屋のカーペットが自分の血で赤く染まっていくのがわかる。それでも即死でなかったのは、黒装束の男から逃れるために無意識に身をよじって、狙いが僅かに狂ったせいだろう。


 倒れ伏した自分の手先が微かに透けて見えて、まるで幽霊みたいだと朦朧とする意識の中で思った。だがこのまま死ねば、本当にそうなってしまうだろう。

 無慈悲な襲撃者が止めを刺そうと、銀の剣先をアタシの喉元に向ける。


 助けを呼ぼうにも痛くて喋れないので、このまま死ぬんだと心が絶望に染まっていく。そんなとき、部屋の扉が突然勢い良く開かれた。

 正確には廊下側から強い力を受けて吹き飛んだのだ。破片が当たった黒装束の男の一人が壁に叩きつけられて大怪我を負う。


「沙紀! 無事で…!?」


 この声から察するにメイド長だろうか。まだ生きてるし大丈夫だと伝えたいのだが、今のアタシには蚊の鳴くような声しか出ない。


「このっ! 下等な人間がぁ! 楽に死ねると思うなよぉ!」

「ちぃっ! 吸血鬼共が! こっちには聖水で清めた銀の装備がある!

 恐れることはない! 一斉にかかるぞ!」


 ここまで激怒したのは初めてだが、アタシを助けに来てくれたのはとても嬉しかった。そして複数人の声で他のメイドや召使いも駆けつけてくれたことに気がついた。

 しかし激しい痛みのせいで体を動かすことが出来ずに、転がったまま視界に入る壮絶な光景を眺め、周りの音を聞き取るぐらいしか出来ない。




 人間と吸血鬼の戦いはすぐに勝敗がついた。聖水や銀の装備はメイド長や他の吸血鬼に全く効果がなく、役に立たなかった。

 どんな優れた武器を使おうと、相手に当たらなければ意味はないのだ。


 襲撃者たちは四肢を切断されてダルマになったり、壁に縫いつけられたり、命乞いをしても酷らしく殺したりと、怒りを買った代償として、皆無残な末路を辿った。

 ともかく戦いは終わったので、倒れたアタシにメイド長が急いで駆け寄って来る。


「沙紀! 急いで手当を!」


 彼女の気遣いをアタシは首を弱々しく振って拒否する。この時代の医療では自分はもう助からないだろう。

 まともに喋るどころか意識を保つのも辛いので、お腹からは血を、全身からは脂汗を滲ませながら、必死にか細い声を絞り出す。


「ブラック…ダイヤモンド…を、見せ…て」

「こんなときに何を言っているのですか!

 眷属になれば命が助かるのですよ! さあ沙紀! 私に血を吸わせなさい!」


 アタシの自主性を尊重してくれるメイド長の優しさに涙が出そうだが、この機会を逃せば自分は元の時間に戻れない。

 死に際の走馬灯か、今この瞬間に千年前に来る前の出来事をはっきりと思い出せた。


「今じゃなきゃ…駄目…だから! おね…がい…!」


 メイド長がアタシを背中におんぶして運んでくれる。てっきり他の城務めが止めるかと思っていたが、皆は黙って道を開けてくれる。


「くっ…わかりました! これより、沙紀を宝物庫に運びます!

 全ての責任はメイド長である私が取ります!」


 誰もが口を開かずにメイド長の後に付いて歩く。部屋から出て廊下を歩いて、自分が二年過ごした中で一度も近づけなかった宝物庫を目指す。


「ご…めん…ね」

「謝らなくていいのです。本当はもっと早くに宝物庫に入る資格を。

 ええ、吸血鬼たちからの信頼を、貴女は得ていたのですから」


 アタシたちが前に進むたびに付添人が増えていき、一階の宝物庫に到着する頃には大勢の列になっていた。

 二年間も頑張って仕事を覚えても失敗が絶えない自分に、暖かな手を差し伸べてくれたメイド長に感謝しながら、気を失いそうな程の激痛に耐える。

 何らかの霊力的な認証コードがあるのか、メイド長が手をかざすと宝物庫の重い扉が微かな光を放ち、重い音を立ててゆっくりと開いていく。


「中央の台座に置かれているのがブラックダイヤモンドです。もっと近寄りますか?」


 背中におぶさっているので、メイド長の服にアタシのお腹から流れる血がベッタリと付着してしまい、本当に申し訳なく思う。

 そして彼女の問いかけに対して、朦朧とする意識の中で弱々しく首を縦に振る。




 宝物庫の中央に置かれた台座に近寄ると、上には黒い布が被せられていることに気づく。メイド長ではなく他の者が埃よけの布を手早く取り払うと、二年前に見た物と全く同じ黒い宝石が姿を現す。


「手…を」

「ええ、わかりました」


 呼吸も苦しくてゴホゴホと何度も血を吐き、今にも頭が割れそうなぐらい痛い。腕にも殆ど力が入らないが、おぶさっていたアタシに今度は肩を貸ししてくれた。

 そんな気を失いそうな状況で、鈍い光を放つブラックダイヤモンドに最後の力を振り絞って必死に手を伸ばす。

 少しずつだが自分の体が透き通っていくことがわかる。


 周囲の吸血鬼たちもアタシの体が透過しているのを見て息を呑む。だが誰も止めようとはしなかった。

 やがて黒色の原石に手が近づいてそっと触れると、自分の体が目の前のブラックダイヤモンドに吸い込まれるように、薄ぼんやりと消え去っていくことがわかった。


「カーミラ…に、お別れ…言え…なかっ…」


 それと同時に肉体から痛みが消えて楽になるが、傷ついているのは変わらないのか喋るのに苦労する。


「でも、未来できっと……会える…か…ら」


 その言葉を最後にアタシは意識も肉体も失ってしまった。一瞬遅れて宝物庫の入り口から。顔面蒼白なカーミラが慌てて駆け込んで来た。

 メイド長は床に崩れ落ちて、自分が着ていた血塗れのメイド服を抱きかかえて涙している。

 集まった吸血鬼の皆が沈痛な表情で顔を俯かせている。そんな光景をブラックダイヤモンドの中から眺めていたがすぐに意識を保つのも難しくなり、アタシはとても長い眠りに入るのだった。







 黒い宝石に手をかざしたアタシは千年前の吸血鬼の隠れ里で召使いとして働き、多くの人たちと出会って皆と仲良くなった。だが二年後の満月の夜に襲撃者に刺されて殺された。そんな長い夢を見ていた気がする。


 まだ寝ぼけているのか意識がぼんやりするが、エルザがアタシを心配して声をかけてくれた。今の体を操っているのは彼女なので、突然の立ちくらみで倒れることはない。


 確か現代のアタシは、正体不明の人物から宝石に宿った残留思念の調査を依頼された。そして森久保除霊事務所のメンバーは鑑定を終えた。次はアタシの番になって手をかざしたところで、宝石から何かが流れ込んできた。

 今になって思えば、飲み込まれたと言うべきだろうか。


「沙紀、大丈夫ですの? 一瞬気を失ったように見えましたけど」

(大丈夫だよ。今は意識がはっきりしてるしね)


 エルザは内心では余程慌てているのか、アタシの記憶を読まずに直接質問している。答えてもいいが自分でも何が何やらなので、非常に説明し辛い。

 それに自分よりも状況説明に適した人物がこの場に居るので、あとは彼女に任せたほうがいい。


(エルザ、もう大丈夫だから交代してよ)

「それは構いませんが、…どうぞ」


 今のアタシは頭の中がこんがらがっているので、まずは自分の体のコリを簡単にほぐす。こちらの身体に異常がないことを確認して大きく深呼吸をする。

 目覚めたときにはとても長い夢を見ていた気がするが、これは夢だけど夢じゃなかった感じだ。


「あーあー…コホン! あのさ、カーミラなんだよね?」

「ああ、大当たりだ」


 そう言いながら正体不明の依頼人はマスクがサングラス、フードや変装を全て外して、過去と変わらない美しい姿を皆の前に現す。


「千年ぶりだな。

 もっとも沙紀にとっては、ほんの一瞬の別れだっただろうが」


 目の前の彼女にとっては千年の月日が流れたようだ。確かにアタシにとっては数時間前に別れてから、何ら変わることのないカーミラが目の前に居るのだ。

 自分的には感動の再会の気分にはならないが、依頼人の吸血鬼が立ち上がってこちらに歩いて来る。

 それを止めようとする他のメンバーをアタシは手で制して、彼女の好きなようにさせる。


「ずっと…沙紀に会いたかった。この日をどれだけ待ちわびていたことか」

「あのときは何も言わずに居なくなって、ごめんね」


 カーミラはアタシに両手を回して抱き締める。そして静かに泣いた。自分も少し貰い泣きしながら彼女の背中を優しく撫でる。

 安全なはずの自室に残したアタシが、賊を蹴散らして帰ってきたときには殺されていたのだ。

 彼女の精神的動揺は計り知れないものがある。


「あのときは守ってやれなくて、本当にすまなかった!」

「気にしてないから別にいいよ。アタシはこうしてピンピンしてるからね」


 アタシは今生きているという温もりを実感し、泣きながら謝罪するカーミラを見つめる。この千年の間、彼女をずっと苦しませてしまったことに申し訳なくなる。


「襲撃者の魔の手から守れず! 私は沙紀を殺してしまった!」

「確かに死ぬほど苦しかったと言うか、アレは実際に死んだのかな?」


 何の因果かわからないが、アタシは精神体となって千年前に飛んだ。そしてブラックダイヤモンドの前で死亡し、その後は残留思念として眠り続けて現代に帰ってきたのだ。

 これが石の中にいるというやつだろうか。時間軸的に卵が先が鶏が先か、怪奇現象に謎は尽きない摩訶不思議な話である。


「貴女、沙紀を殺したのですか?」

「ん…なら、ワタシたちの敵!」

「どうやら、神の力を見せるときが来たようじゃな!」


 エアコンが効いているはずの居間の温度が、急激に低下するのがわかる。これはわざわざ考えるまでもなく不味い状況だと実感する。

 カーミラは相変わらずアタシに抱きついたまま静かに泣いているので、騒ぎを収める戦力として期待できない。この場は自分が何とかするしかない。


 しかし彼女がこれ程までに涙もろかったとは意外だ。いつも堂々として威厳と自信に満ち溢れていた。立派な真祖だった。

 たった二年だがアタシはカーミラの心の拠り所になるぐらい、大きな存在になっていたということだろうか。


「カーミラがアタシを殺したんじゃないからね!

 全部襲撃者がやったの! こう、アタシのお腹をグサーっと刺して!」


 取りあえず怒りの対象を目の前のカーミラからそらすが、今度は襲撃者が標的になってしまう。

 その人たちはダルマや磔になったり、皆に残虐な死を与えたと説明したところで、近所の和菓子屋で購入したアタシの好物のどら焼きを持って、かつての上司であるメイド長が直接訪問してきた。

 どう考えても短時間では収拾がつかないと諦めて、開き直って大声で宣言する。


「ああもうっ! このままじゃ埒が明かないよ! それにいちいち同じことを説明するのも面倒!

 連合の代表揃えて一から教えるから! 悪いけど徹夜を覚悟してもらうよ!」

「「「やったー!!!」」」


 各自への説明では時間がいくらあっても足りないので、居間の外で待機している各種族の代表を引っ張り込んで、まとめて片付けてしまう。

 だがそれでも二年という歳月を語るのだ。今からでは全てが終わる頃には、夜中になってしまう。


「ねえ沙紀、ピザを頼んでもいいかしら?」

「このシュワシュワする黒い水が飲みたい!」

「私はフィッシュフライが、…好き」

「もっ…桃のゼリーとドリンクは、はっ外せない」


 もはや誰が何を喋っているのかわからないが、別に堅苦しい場ではないので飲食は自由だ。楽しくパーティーをしながら話半分に聞いてくれればいい。

 アタシは居間に駆け込んできた皆ではなく、真祖に顔を向けて明るく話しかける。


「カーミラもそれでいいよね? あと、何か注文したい物はある?」

「私は構わないが、いつもこんな感じなのか?」

「流石にこんなに酷くないよ。今日はたまたまだからね」

「そっ…そうか。だがこの和やかな空気も久しぶりだな」


 自分の周りの空気は基本的に和気あいあいとしているので、久しぶりとは言わずにいつもだと答えた。

 カーミラが嬉しそうに顔をほころばせているので、彼女にとっては千年ぶりだろうし、口に出すこともないか…と、ポーチからスマートフォンを取り出す。

 そして何処の出前を取ろうかと、あれこれ考える。


「あー…でも、どうやって使うんだっけ?」

(使い方を忘れましたの?)

「どうやらそうみたい。何しろ二年も使えなかったからね」


 千年前の時代で二年間過ごしたので、現代社会の文明の利器の使い方を完全に忘れてしまっていたのだ。

 関係者への説明会を始める前に、エルザにスマートフォンの取り扱いを教えてもらわないといけない。

 急きょ決まったお泊まり会で大はしゃぎする皆とは違い、アタシは気が重くなって大きな溜息を吐く。


 ちなみにアタシが消えたあとの吸血鬼の隠れ里は、侵入者を全滅させたあとに次元の裂け目を封印し、人間界からの侵入を不可能にした。

 それでも常に閉じているわけではなく、たまに人間の町に行っては色々なことを学んだ。そしてアタシが生まれる前の日本にも行き、未来への目星をつけておいた。


 しかし自分たちの存在を気づかれないように細心の注意を払い、千年も待ち続けるとは不死者は気が長い性格らしい。

 悠久の時を生きる中の二年間で、それだけ思われて嬉しいのは確かだ。でもやっぱり少しばかり愛が重いなぁ…と、現代に蘇ったカーミラたち吸血鬼の処遇を考えると頭が痛くなるのだった。

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