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謎の来訪者

 天女の隠れ里も水神の社に繋がり、連合に新しい仲魔が加わった。桃香ちゃんは実の母親と復縁してアタシの町に引っ越すことになった。

 場所も森久保家の近くなのでその気になれば毎日でも遊びに来れる。と言うか既に来ている。しかも親子同伴でだ。


 桃香ちゃんの父親は居ないものとして扱っているので、純粋な人間はアタシだけだ。森久保除霊事務所のメンバーや、各種族の族長や王族ともすぐに打ち解けている。

 容姿が優れていて性格も奥ゆかしいので、友達を作ろうと思えばその日のうちにダース単位で群がって来るのは間違いない。


 異種族と人間には多くの壁があるので、すぐに友達になろうとしても難しい。アタシや森久保除霊事務所のメンバーは仕事で関わっているので、ある程度理解がある。

 だがわかっているだけで、親密になるほど歩み寄っているわけではない。


 そんな森久保家は人外の者たちにとって憩いの場となっており、人間様はお断り状態だ。しかし日に日に来客の数が多くなり、足の踏み場もない寿司詰め状態になってしまった。

 なので長時間留まって良いのは基本的にはアタシの知り合いのみで、それ以外の者も遊びに来ても良いが、これといった要件がなければ留まるのは短時間で…と、そのような暗黙の決まりごとが作られたのだった。




 そして時は流れて木枯らしが吹く年末の十二月になった。光を通さない黒いフードを深く被り、サングラスとマスクで顔を隠した怪し気な人物が森久保家を尋ねてきた。

 入り口の結界が反応しなかったということは、こちらに対して害意は持っていない。そしてGBの公式サイトで打ち合わせをしたので、最低限信用は出来る。


 だがまさか正体不明な怪し気な姿でやって来るとは思わなかったが、何事も疑ってかかるのは良くないと考えて、取りあえず立ち話も何なので居間に招いて話を聞くことにする。


 居間のちゃぶ台の前で座布団を敷いて座ってもらっても、厚手のコートで体格が隠れて性別はよくわからない。聞こえてくる声も中性的でどの角度から見ても胡散臭い。

 そんな奇妙なお客さんに、森久保除霊事務所のメンバーは全員厳戒態勢だ。川の神が居るので大丈夫だとは思うが、もし戦いになって家が壊れた嫌だなと思った。


 おまけに各種族の族長や王族も居間の外で聞き耳を立てており、アタシに何かあればすぐに飛び出せるように待機している。

 そこまでする必要はないと説得しても頑として聞かないので、気にかけてくれて嬉しくはあるものの、皆心配性だなと思った。




 そんな彼からの依頼はブラックダイヤモンドの調査だ。宝石には残留思念が宿っており、その詳細を知りたいとのことだ。

 ちゃぶ台の上に鍵のついたジュラルミン製の深底ケースが静かに置かれる。依頼人がそれを開けると、闇を閉じ込めたような黒い宝石が静かに鎮座して暗い光を放っていた。


 これはアタシが両手の握り拳を合わせるよ一回り以上大きいので、表に出したらとんでもない価値が付きそうだ。

 職人に削られていない原石だが素人の自分でも綺麗だと感じられるぐらい、吸い込まれそうな程の澄んだ闇色をしている。




 肝心の調査だが、アタシはいつも通りエルザに協力を頼むつもりだった。しかしそこで待ったがかかり、まずは森久保除霊事務所の他のメンバーが調べることになった。

 何でもこのブラックダイヤモンドは桁違いな霊力を秘めているらしく、邪悪な思念は感じないが不用意に干渉すると何が起こるかわからない。

 安全が確認されるまでは万が一を考慮して、代表のアタシを一番最後に回すことに決まった。


 自分としては残留思念の詳細がわかれば依頼は達成になるので、誰が調べても問題はない。そしてエルザの力を借りているにしてもアタシは一般人だ。霊的な分析能力という点は素人なので、実力不足なことも理解している。

 なのでこの場は仕事のできる人に回すことを、快く承諾する。




 まずは川の神のミズチが、ジュラルミン製のケース内に鎮座したブラックダイヤモンドにそっと手をかざす。そのまま宝石の放つ霊気に自分の神気をゆっくりと重ね合わせる。


「長い年月の間、夜空の星や月から霊力を蓄えたようじゃな。

 それとは異なるモノも混じっておるが、かなり微弱じゃのう。

 じゃが、邪悪ではなく優しく暖かな思念を感じるぞ」


 最初のミズチでかなり詳細な情報が明らかになったが、達成条件である残留思念についてはよくわからなかった。

 それでも邪悪ではないとわかっただけでも大きな一歩だ。魔女のポーラがビシッと手をあげて、次は調査に立候補した。


「んー…残留思念を残したのは、…人間?

 死に際の後悔…ううん、願い? これ以上は駄目、わからない」


 ウンウン唸りながらあれこれ考えているようだが、それ以上の情報はわからずに時間だけが過ぎていく。

 巫女の真理子が交代を進言して、ポーラは残念そうな表情でこれを受け入れる。


「かなりの昔の思念ので、少なく見積もっても千年以上前です。

 残念ながらこれ以上の痕跡は追えそうにありませんね」


 真理子の調査が終わり、アタシは依頼人に顔を向ける。彼は沈黙を保っており、フードを深く被っているので表情はわからない。

 それでも自分がブラックダイヤモンドを分析するのを待っているのだと、何となくだが感じることが出来た。


「ええと…じゃあ、お願い」

(任されましたわ)


 アタシの体がエルザの意思で動き、ジュラルミン製のケースに鎮座しているブラックダイヤモンドにそっと手をかざす。

 もちろんこれだけでは何もわからないので、守護霊と一体化した状態でいつも通りに霊気を放出する。

 可視化された霊気が黒く光る原石に向かってゆっくりと伸びて行き、向こうの放つ謎の力に微かに触れる。


(……にょわ!?)


 ブラックダイヤモンドに干渉した瞬間、待ってましたとばかりに今まで静かだった宝石から力が流れ込んできた。

 桁違いな霊気の大洪水に一般人が耐えられるわけもなく、エルザが対応策を練る時間も与えずに、あっという間に意識を失うことになったのだった。







 霊気の濁流に押し流されて気を失ったが、朦朧としながらも目が覚めたアタシは、キョロキョロと周囲を見回す。そこは薄暗い森の中だった。

 さっきまで森久保家の居間だったなのに一体何が起こったのか。


 そして森久保除霊事務所のメンバーと依頼人が何処にも居らず、。アタシに宿っているはずのエルザさえ感じられない。

 たちまち大混乱に陥ったが、悲鳴をあげるのだけは必死に我慢して、とにかく冷静になろうと深呼吸する。


「すぅー…はぁー…どっ、どどどっ…どうしよう!」


 今頃気づいたが、やけに視界がぼやけている。もしかしたらと耳元に手を当てると、メガネをかけていない。

 駄目押しとばかりに服を着てないどころか、下着も付けていない。完全に全裸で不審者の格好をしている。


「不味い! これは本気で不味いよ!」


 幸いなのは現在位置は人気のない森の中で、時刻は夜らしく満月の明かりで照らされている。

 周囲は薄暗いが暖かな気温なので風邪をひくことはなさそうだ。しかしただでさえ視界がぼんやりとしているので移動は困難だ。

 何より全裸なのだ。この状態で森の中を歩けば、足の裏どころか全身傷だらけになるのは間違いない。

 となると今の自分に取れる手段は一つだけだった。


「誰かぁー! 助けてーっ!」


 まずは大声で助けを呼ぶ。全裸の十六歳の女性が森の中で救援を求めるのは、とても恥ずかしかった。明日の朝刊に載るかも知れないが、背に腹は代えられない。

 とにかく力の限り叫んで、誰でもいいのでアタシを見つけてもらう。もし助けが来なければ、仕方ないので覚悟を決めて歩き出す。


 だがアタシの心配は杞憂だったようで、茂みをかき分けながら複数の足音がこちらに近づいていることに気づいた。


「ここだよ! こっち! お願い! 助けてっ! ついでに服と電話も貸して!」


 しかし前方の茂みをかき分けてアタシの前に姿を現したのは、何日も体を洗っていなさそうな薄汚い服を着た五人組の大人だ。

 彼らは大切な部分だけは必死に隠しているアタシを見て、日本の言葉ではない言語で仲間内で話している。


「えっと…あの、誰か日本語を喋れる…人は?」


 誰か母国語を喋れる人は居ないのかとあれこれ尋ねてみるが、こっちを見て嘲笑うばかりでまともに会話が通じているかさえ疑わしい。

 アタシも言葉が伝わっていないので、意思の疎通は出来てないのだろう。たまに聞き覚えのある単語も含まれるのだが、相手の喋りが早すぎてちんぷんかんぷんだ。


 彼らはそれぞれが腰にナイフや剣のような物をぶら下げており、下品に笑いながらアタシが手で隠している部位に視線を集中させながら、こちらに向かってゾロゾロと歩いて来る。

 確かに彼らを呼んだのは自分だが、そちらを期待したわけではない。今さら慌てて逃げようとしても、きっとすぐに捕まってしまう。

 いつもはエルザが守ってくれていたので怖くはなかったが、未だかつてない程の命の危機を感じたアタシは、恐怖のあまり地面にへたり込んで足がすくんで動けなくなっていた。


「やっ…止め…て」


 恐怖と緊張でアタシの心臓は早鐘のように脈打ち、か細すぎて聞こえなくても、震える体でそれだけを必死に口にする。

 たとえ彼らの足が止まらなくても、行動せずにはいられなかったのだ。


 暴漢らしい男たちとの距離が近くなり、もう目を開けているのも辛くなり、彼らの蛮行から身を守ろうと瞳を閉じて体を丸くし、両手をギュッと握る。


 瞬間、突風が吹く音が聞こえた。そして男たちが何かを叫び、争うような怒号と金属音、すぐに大きな悲鳴が響く。

 何が起こっているのかまるで理解できず、アタシは貝のように身を縮こまらせてガタガタと震えながら、嵐が過ぎ去るのをただ待つことしか出来なかった。




 やがて周囲は静かになり、草地を踏みしめる足音がこちらに近づいてきた。それはアタシの前で止まると話しかけてきた。相変わらず言葉が通じないので、内容はさっぱりわからない。

 怖くて目も口も閉じているアタシは、どんな言葉を投げかけられてもわからないという意味を込めて、縮こまったまま首を左右に振る。


「ふむ…これでどうだ? 言葉は通じるか?」

「えっ…あっ! 日本語!」


 聞き慣れた言葉が聞こえてようやく日本人に会えたと思ったアタシは、目を開けて声をかけてくれた人に顔を向ける。

 丸まっているので見上げる形になったが、その人は金色の髪と色白の肌をした、二十代半ばの女性だった。

 暗色のマントを羽織っており礼服で男装をしていたが、ボディーラインが素晴らしいので視界が悪くても性別は女だと判断できる。


「日本語? 翻訳魔法を使用したのだが…まあいい。

 お前は何者だ。どうして領域の森に居る。しかも全裸でだ」


 急に色々と質問されたが自分でもわからないことだらけなので、頭の中で整理しながら一つずつ彼女に答えていく。


「えっと…アタシは森久保沙紀。日本人で、何でここに居るのかは自分でもわからないの。

 気づいたら素っ裸で放り出されてて、途方に暮れてたら…さっきの男たちに」


 そう言えば先ほどの男たちは何処に行ったのかと周囲をキョロキョロと見回すと、血だらけになって転がっている暴漢たちの姿があった。

 生きているのか死んでいるのかは不明だが、アタシを襲おうとしたので自業自得だと言いたいが、全裸で立ち竦んでいたのはこっちなので何とも複雑な気持ちになる。

 そして除霊の経験でグロ耐性を上げてなければ、間違いなくここで嘔吐していたとも感じた。


「半殺しにして少し血をいただいただけだ。気を失っているが全員生きている」

「…血? じゃあ貴女は吸血鬼? 彼らは眷属になるの?」

「眷属化は自由に行えるが、奴らは私のパートナーには相応しくない。なので人間のままだ」


 どうやら彼女は吸血鬼だったらしい。そう言えば目の色も赤…に見えなくもない。視界が悪いため牙があるかも判断できない。

 マジマジと目の前の美女を観察していたアタシは、あることを思い出して慌てて立ちあがる。


「…っと! そうだった! 危ないところを助けてくれてありがとう!

 それと悪いんだけど何か着る物と電話を貸して!

 あとでちゃんとお礼はするから! この通り! お願い!」


 手を合わせて誠心誠意頼み込む。ここで彼女に拒否されたら、アタシはもうどうしようもない。だが服と電話さえ貸してくれれば、日本の森久保除霊事務所と連絡が取れる。

 誰でもいいので迎えを寄越してもらい、その後あらためてお礼をすればいい。


「服は構わんが電話とは何だ?」

「えっ? 知らないの? 人間が使う遠くの人と話をする道具だよ」

「ふむ、知らないな。私はたまに人間の町に行くが、そのような道具は見たことも聞いたこともない」


 わかりやすく身振り手振りで表現してみるが、彼女は首を傾げるばかりで本当に知らないようだ。

 この吸血鬼も他の隠れ里の住人と同じように極度の引き篭もりかも知れないので、念のために詳しく聞いてみる。


「ちなみに前に人間の町に行ったのはいつ?」

「今さっきだ。目的を果たして帰る途中でお前が襲われているのを見かけた」

「はぁ…天女のように数百年単位で引き篭もってるわけじゃないんだね」


 彼女は人間の町と言っているが、とんでもないど田舎かも知れない。この森も人の手が入っていないのか荒れ放題で、何日も風呂に入っていないような暴漢と遭遇するぐらいだ。

 これからどうしたものかと足りない頭を捻っていると、吸血鬼から声がかかった。


「天女とは何だ?」

「中国の霊山に住んでいる仙人の一種とでも言うのかな? 空を飛んだり歌や踊りが得意なの」


 興味深そうな表情でアタシに尋ねてくるので、少し前にネットで得た知識を頭の奥から引っ張り出す。


「お前はその者と知り合いなのか?」

「隠れ里に招かれて持ち歌を披露したよ。アタシの幼馴染が天女の娘さんだったからね。

 そこに人魚、エルフ、アルラウネ、ドリアード、河童を加えた六連合の盟主が、このアタシだよ」


 あとは我が家に頻繁に遊びに来てお茶を飲んで世間話をする親しい間柄だとも伝えておく。だがこれだけ聞いても、大ホラ吹きとしか思われないだろう。

 アタシでさえもどうしてここまで大層な肩書になったのか、まるで理解が追いついていない。

 案の定彼女は胡散臭い者を見るような視線を向けて、こちらをじっと観察している。


「とにかく服を貸してくれない? あとは人間の町まで連れて行ってくれると助かるんだけど」

「ならば私のマントを貸そう。これで少しはマシになるはずだ。…それと」


 暗色のマント貸してくれたのはありがたい。春先に現れる変質者に間違えられそうだが、全裸よりは断然マシだ。


「どうもありがとう。えっ? にょっ……にょわっ!?」


 だが彼女はアタシが服を着てお礼を口に出したあとに、突然両手を自分の膝と腰に回してきて、強引に抱えあげられた。


「人間の町まで送ろう。お前はこの国の言葉が喋れず、その足では移動も困難なようだしな」


 人間の町に連れて行ってくれるのは助かるし、靴を履いていないので自分は歩くことが出来ない。

 しかしお姫様抱っこではなく、普通におんぶでも良かったのではないか。今は人目を気にする必要がないのが幸いだった。


「どっ…どうも」


 どもりながらお礼を返すと吸血鬼はフワリと月夜に舞い上がる。そのまま人間の町を目指して飛んで行く。アタシは落ちないように彼女の首に両手を回してしがみつき、地上を観察する。

 かなり広くて自然豊かな森らしく、人の手は殆ど入っていない。


「空を飛ぶのに慣れているのだな」

「今は居ないけど守護霊を宿して飛んでたからね」


 人間は慣れる生き物なのだ。初期の飛行訓練はチビリそうなぐらい怖かったが、今は平気になった。

 彼女もアタシをビビらせるつもりはないようなので、月夜の空中散歩をのんびりと楽しむ余裕があった。


「見えたぞ。あれが人間の町だ」

「んー……家がいっぱいだね」

「当然だ。あそこだけで万を越える人間が住んでいるからな」


 万を越えると言うことは田舎ではない。視力が低いためぼんやりとしか見えないが、それでもたくさんの家々が集まっていることはわかる。

 だがそれにしては灯りが少なすぎる。皆が寝静まっているにしても、道路に街路灯が点灯していないのは不自然だ。


「…って言うか、あれは全部松明の灯りなんじゃ?」

「何を当たり前のことを」

「あっ…アタシにとっては! 当たり前じゃないんだよ!」


 人気のない裏路地にゆっくりと降下する吸血鬼だが、アタシは心穏やかではなかった。万が一の可能性も考えていたが、それを認めるわけにはいかなかった。


「あっあのさ。ちょっと聞きたいんだけど」

「何だ?」


 今から尋ねる内容は常識外れにも程がある。それでも一番可能性が高いのが過去の世界へのタイムスリップなので、彼女に正直に質問する。


「今って西暦何年かわかる? ええと、イエスキリストが生誕の年数だったかな」

「教会の年数か…ふむ。それなら千年になったばかりだ」


 吸血鬼の返答にアタシは完全に硬直する。そのまま自分をお姫様抱っこしたまま、裏路地から出て行こうとする美女の首元を必死に引っ張って、危ないところで押し留める。

 ここまで親切にしてくれた吸血鬼が嘘をついているとは考え辛く、真実の可能性が非常に高い。


 だが本当に西暦千年に来てしまったのなら、森久保除霊事務所は当然存在しない。メンバーの一人であるミズチは日本に居るだろうが、まだアタシとは面識がない。

 と言うかたとえ本国に辿り着いたところで、元の時間に戻る手段に皆目見当がつかないのだ。


「ごめん! やっぱり電話を探すのはなしでお願い!」

「何だ。せっかく人間の町に来たのに。では次はどうするのだ?」


 こちらの反応を楽しんでいるのか、彼女は愉快そうに微笑む。そのまま裏路地に引っ込んで、アタシの次の言葉を待つ。きっと今の自分は相当取り乱しているので、酷い顔をしている。

 流石に西暦千年の時代で生きて行く気はないので、思い出せる範囲で帰還の手がかりはないかと順番に振り返っていくと、一つだけ引っかかりを覚えた。


「そうだ! ブラックダイヤモンドだよ!」

「お前、それを何処で聞いた」

「アタシの家に怪しい人が持ってきたんだよ! 宝石の残留思念を詳しく調べて欲しいって!

 そのあと気がついたら森の中に自分一人で…!」


 この際守秘義務など気にしていられない。生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。エルザの力を借りられないので霊気を見たり操ったりは不可能だ。

 しかしそれでも、元の時間に戻る重要な手がかりには変わりない。だがこの広い世界の何処にあるのか、今のアタシに知る術はない。

 それでも目の前の吸血鬼は心当たりがあるようだ。


「もしかして、何処にあるか知ってるの?」

「ああ、知っているも何も私の所有物だ。吸血鬼の隠れ里に保管してある。

 だが残留思念などは欠片も混じっていないぞ」


 同じブラックダイヤモンド同士で引かれ合っているのか、どうやらアタシがあの森に立っていたのは偶然ではないらしい。

 彼女に出会えた幸運に感謝して、お姫様抱っこされているのを忘れてぐっと身を乗り出してお願いする。


「お願い! アタシにそれを見せて!」

「駄目だ。吸血鬼一族の至宝を人間に見せられるものか」


 あっさり断られてしまったがここで引き下がるわけにはいかない。元の時代に帰るための手がかりになるかも知れないのだ。


「じゃあ、どうすれば見せてくれるの?」

「そうだな。沙紀が吸血鬼たちの信頼を勝ち取れば、…あるいは」


 少し思案して彼女はそう答える。何処の誰が森の中で全裸で迷子になっていた異国の女を信頼するのか。目の前の吸血鬼は人が良いが、それでも一族の至宝を見せてくれる程ではない。

 どうにもならない状況に気落ちしたアタシは、溜息を吐きながらガックリと俯いてしまう。


「そんなに気落ちするな。私が召使いとして雇ってやろう。

 お前は人間だがそれなりに役に立つところを見せれば、いつの日か信頼を得られるだろう」

「だといいけど。自信ないなぁ」


 アタシはGB以外で働いたことはない。昔から両親が不在がちだったので少しは家事が出来るが、それだけだ。

 千年前の労働環境がどうなっているかは知らないが、ブラックだったら嫌だなと思った。


「では吸血鬼の隠れ里に向かうが。本当にいいのだな?」

「うん、お願い。……ええと」


 今さらながら目の前の吸血鬼の名前を知らないことに気づく。彼女もアタシの疑問を察したか、クックックッ…とおかしそうに笑う。

 そのまま美女の両足が地面から離れて、月夜にフワリと舞い上がる。


「カーミラだ。呼び捨てでいいが、私も沙紀と呼ぶからな」

「うん、ありがとう。カーミラ」


 これから上司になる彼女を呼び捨てとは、カーミラは本当に良い人だ。アタシはこれからお世話になる吸血鬼に感謝しながら、再び空を飛ぶ際に落ちないようにギュッとしがみつく。

 出来れば早く元の時代に帰りたいな…と、心の中で不安気に溜息を吐くのだった。

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