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桃香の過去(下)

 沙紀ちゃんと離れて都会に引っ越してから大手の芸能プロダクションと連絡を取り、アイドル活動を行う。

 彼女と話すと会って顔を見たくなるので、心が挫けそうな時にメールで励ましてもらうのみに留める。

 そうしなければ沙紀ちゃんの家に押しかけてしまうので、こちらの受け入れ準備が整うまでは仕方がない。


 転校先は私が前に通っていた小学校を選んだ。沙紀ちゃんと引き裂かれた私の、ストレス解消が目的だ。

 強い言葉を使われるだけでオドオドしていた頃とは違い、自信に満ち溢れている。それに暴食に逃げなくなって母に似た美少女に変貌した私は、将来のトップアイドル候補だ。

 胸とお尻に過去の脂肪と皮のたるみが寄ったので、年齢の割にはかなりの大きさを誇っている。




 転校した初日から、予想通りに全校生徒の間で噂になった。鼻の下を伸ばした男子生徒からの人気は圧倒的だが、女子生徒には煙たがられている。

 それでも私が大手芸能プロダクションに所属しているとわかると、砂糖菓子を見つけたアリのように、女子も同様に私の元に群がってきた。


 そして私は芸能活動で溜まったストレスを解消するため、昔自分を苛めていた者たちだけを露骨に避けるように行動する。

 具体的には特定の人物が近寄って来ると、体を震わせたり悲鳴をあげたりと、それもう色々と過剰に動くのだ。

 対人恐怖症は治っているし今の私はイジメっ子など怖くないので、これは完全に演技だ。


 そうするとどうなるかと言うと、露骨に避けている人物が過去に相葉桃香を苛めて、転校させるまで心身共に追い詰めたことが他の生徒に知れ渡る、

 すると私を守ろうとする正義の味方が次から次へと現れるのだ。


 彼らと彼女らは悪者認定した生徒を攻撃し、格好いい所を見せて自分のご機嫌を取ろうとする。

 だが自分を守る行動を取れば、恋人や友達になると約束したわけではない。あくまでも自主的に動いているだけだ。

 しかし過去に私を苛めていたのは事実なので、有象無象の末路がどうなろうと知ったことはない。







 小学校は大体このように適度にストレス解消をしながら過ごし、自分の周囲は何の問題も起きなかったので、無事に進学することが出来た。

 芸能界でドラマや映画やCMに子役で出演し、私の人気もますます高まってきている。さらには演技だけでなく歌も踊りも頑張っているので、シングル曲でミリオンセラーを達成した。

 自分の年齢では二位以下と圧倒的な差をつけて一番だが、まだ大人には勝てない。やはり最低でも国内で一位を取ってこその、トップアイドルだろう。


 だが学業との両立は難しく、専属マネージャーに毎日送り迎えをさせても時間が足りなかった。

 車の中でも出来ることはあるが、やはり現場とは違ってやれることは少ない。


 そして父親だが、最近の私はますます母に似てきたらしく、自分を見る目がいよいよ怪しくなってきた。一般家庭よりもかなり早いが、そろそろ独り立ちする時期だろう。

 専属マネージャーに、このままでは父によって私の身が危険になると涙ながらに訴えて、上から圧力をかけてもらった。

 彼は娘を手放すのを渋っていたが、大人の手を借りて説得したので最後には承諾してくれた。

 今まで育ててくれた感謝の気持ちを大金に変えて手渡し、短いお別れの言葉を告げる。


 それでも引越し先も連絡先も教えない。電話番号も芸能関係と沙紀ちゃん以外は、全部消してしまった。引っ越しにしては少ない荷物を持って、父が一人だけ残った家をあとにする。

 過去を振り返ればこの家で過ごした思い出には、ろくなものがなかった。唯一の肉親は娘を通じて別れた母の面影を追っていたし、友達を家に招いたこともない。

 対人恐怖症で部屋に引き篭もったり、芸能界に飛び込んでからは寝起きする場としか使わなかった。




 専属マネージャーが用意した車に旅行用鞄を持って乗り込み、沙紀ちゃんから貰った小さなヤギのぬいぐるみを取り出して優しく撫でる。

 これを触っていると、友人がすぐ側で励ましてくれている気がする。困難に遭って挫けかけたときには、いつも精神安定剤にさせてもらっている。

 私が肌身離さず持ち歩いているせいか、人気アイドルの相葉桃香はヤギのぬいぐるみが大好きだと、そんな噂が広まった。


 なのでファンや関係者からも、たくさんのヤギのぬいぐるみが贈られてくる。手乗りサイズから両手でも抱えるのに苦労する物。

 そして私が沙紀ちゃんから渡された宝物と、全く同じぬいぐるみまで。それはもう色々だ。

 それにある番組で人気アイドル相葉桃香のお気に入りとして紹介され、ヤギのぬいぐるみの売上が激増したこともあった。


 ぬいぐるみを紹介するのは構わないが、沙紀ちゃんの名前を出すと迷惑がかかるので友達からの贈り物だと誤魔化しておいた。

 マスコミのことだから、私の過去を知れば喜んで記事にするだろう。


 自分に関しては既にある程度の情報は明らかにしている。雌豚のように肥え太っていたことと、二年間田舎で療養してダイエットに成功したこと、そして都会に帰って来て芸能活動を開始したこと。

 今の所は森久保家の近くを取材しても、相葉桃香の友達や親友と名乗る者が次から次へと現れては、事実無根の証言をしてくれるので彼女の存在は表に出ていない。

 と言うか、好き好んでインタビューを受けたがる性格でもない。




 それでもいつ私と沙紀ちゃんが大親友だとバレて、望まぬ表舞台に引っ張り出されるかわからない。

 早めにトップアイドルになって、彼女を直接迎えに行くべきだ。最初の夢のようにピーチ姫として沙紀ちゃんに助けられるのではなく、立場が逆になってしまった。

 だがこれはこれで楽しそうだ。


 正反対の立場としても沙紀ちゃんは私の親友だ。そんな彼女にずっと自分の側に居てもらうという目的は、最初から何一つ変わっていない。

 今まで通りに芸能活動を続けていれば高校一年生には日本一になれるかな…と、専属マネージャーの運転する車に揺られる。

 そして瞳を閉じて疲れた体を休めながら、これから先に訪れるはずの幸せな未来を夢想して、微笑みをこぼすのだった。

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