幼馴染からの護衛依頼
観光ツアーから半月後に、アタシの住んでいる町限定で観光の許可がおりた。その際には四種族は当然として、河童もいつの間にか加入して五種族連合になっていた。
そして彼女たちには日本国が発行する特殊なパスポートを与えられた。GPSや霊的な技術が使われた高性能なものだ。トラブル防止用に常に持ち歩くことは必須らしい。
ちなみに観光許可の件には自分は関与していない。五種族連合が日本政府と交渉し、自分たちの手で勝ち取ったのだ。
十一月に入って肌寒くなってきたが、妖精や妖怪と友好的な町として有名になったので、世界中から集まって来た人々の熱気で暑苦しいぐらいだ。
森久保家も日本政府公認で聖地として祭り上げられそうになったので、観光案内が終わってすぐに、次元の裂け目をミズチの仮宿だった水神の社に移してもらった。
そちらは現在神が不在らしいので、彼女たちの誰かが取り仕切ってくれれば丁度いい。
水神の社の境内には入国管理局が建てられ、町を歩く前に人外の者たちは皆審査を行い、無事に通ればパスポート渡す流れになっている。
直通ルートでなくなっても、五種族連合と森久保除霊事務所は密接に関わっているので、家の周りに人集りが出来ることは珍しくない。
入り口の門しか外界とは繋がっていないので喧騒と無縁なのは幸いだが、それでも早く落ち着いて欲しいと思っている。
当然のように限定商品も次々と発売されている。菓子や料理に始まり、ぬいぐるみや木彫り人形、ペナントやTシャツ、キーホルダーやポスター等、それらの売上や広告収入で五種族連合は金銭を得る仕組みになっている。
中には人間に混じって働き、自らの能力で金銭を得ている者も居る。その辺りは個人の自由だが、正直近所のコンビニで美少女エルフがレジ係をしているときは驚いた。
何処もかしこも混雑しているので最初は気づかなかったが、コンビニの自動ドアを潜って、店内に入った瞬間に雰囲気が一変する。美少女エルフのレジの前には、長蛇の列が出来ていたのだ。
彼女はアタシに視線を向けて笑顔で手を振ってくれたので、恥ずかしかったが知らない仲ではないので小さく振り返す。
エルフの少女は接客しながら、アタシの買い物カゴの中身を興味深そうにチラチラと観察していた。
そして並んでいる大勢の客たちは、自分が森久保沙紀であると気づいているので、好奇の視線でじっと見つめられる。
アタシは妖精や妖怪や芸能人ではない。中身は一般人なので観察しても何も出てこない。ただ自分が恥ずかしくなるだけだ。
それでも場数を踏んでいるので萎縮することはない。アタシも大分毒されたというか、慣れてきたものだ。しかし、見知らぬ人たちに注目されたくないのは変わりない。
その後は空いている別のレジのお兄さんに菓子パンとお茶の代金を払って、そそくさと自動ドアを潜って外に出る。
駐車場から真っ直ぐに歩いて、比較的近場にある公園に向かう。
公園はしっかり清掃されて落ち葉もほとんどなかった。手入れが行き届いて広々とした公園内の空いていたベンチを見つけたので、腰をおろして一息つく。
そのままコンビニで買ってきたペットボトルをビニール袋から取り出して、栓をひねる。
今は十一月で少し肌寒いが時刻は昼を過ぎたばかりなので、今は風が穏やかで日が当たっていればそれなりに暖かい。
地域住民の顔はあまり覚えていないため、公園に居る人たちが何処の誰かはわからない。しかし髪色や姿形を見れば人間かそれ以外かは、一目で判別がつく。
人間の世界には、利権、検疫、移民、差別、等の様々な問題を抱えているが、エルザから聞く限りはこの国の総理は珍しく優秀らしい。
自分は先月に十六歳になったが中卒で頭はそこまで良くないどころか悪いほうだ。ならば仕事は出来る人に任せるべきだろう。
先ほどコンビニで見かけた美少女エルフも、日本国の厳重な審査を通過して労働する権利を勝ち取ったのだ。
少なくとも彼女はアタシ以上には仕事が出来ることになる。
その辺りのことになると、もう自分の考えの及ばない領域だと、何かを諦めたように小さな溜息が出る。
そろそろ物思いに耽るのは止めにする。喉が潤ったので菓子パンの包装をガサガサと開けて、うっすらとゴマがふりかけられているアンパンを取り出す。
(美味しいですわね)
「うん、時々無性に食べたくなるんだよ」
今日はたまたまアンパンを食べたい気分だった。口が乾いたらお茶を飲んで甘みも一緒に中和する。
公園を見渡すと五種族の皆が所々で人間たちに囲まれ、質問を受けたり、能力を披露したり、写真や動画の許可をお願いされたりと、和気あいあいといった雰囲気で交流している。
「これからどうなるんだろう?」
(なるようになる…と言いたいところですが、沙紀次第ですわね)
「アタシ次第?」
アンパンを齧りながら守護霊のエルザの言葉に耳を傾ける。深呼吸を行い心を落ち着かせ、余計なことは考えないようにする。
すると彼女の声が普段よりもよく聞こえるのだ。
(今回のどれをとっても、世界中が大混乱に陥ってもおかしくありませんでしたわ。
しかし幸いにして、被害は殆ど出ませんでしたの)
河童や人魚、エルフやアルラウネやドリアードも、皆が抱えていた不満を一時的に発散することに成功している。
現在は長年の溜まりに溜まった鬱憤を少しずつ吐き出してもらっている段階だ。これが上手くいけば、今後爆発の危険性はかなり低くなるはずだ。
(それも全て沙紀の活躍のおかげですわ)
「アタシは別に何も…」
(たとえ沙紀が何もしていないと言い張っても、これが純然たる事実ですのよ)
エルザの言葉にアタシは押し黙る。自分としては普段通りに振る舞っていたが結果として上手くいったので、運も実力の内といった感じだろう。
相手に敵意がなかったことも助けられた。でなければ一般人のアタシなど、出会った瞬間にあの世行きだ。
(五種族連合は沙紀のお願いを二つ返事で聞いてくれますわ。
そして命を落とした場合は空中分解なら良いほうで、最悪人間と敵対する可能性がありますわ)
守護霊の意見を聞いてアタシは頭を抱えてしまう。今の五種族連合は人間たちと仲良くやっているように見える。
それなのに自分の死後には隠れ里に閉じ籠もるか人を害する行動を取るとは、とても信じられなかった。
「はははっ…まさか、そんなこと」
(沙紀の死後ですし推測しか出来ませんものね。
あと、そう簡単に死ねると思わないほうがいいですわよ)
今エルザが語ったことは全て推測である。しかしダイスの目次第でどう転ぶかわからない危険があることだけは、アタシにも理解できた。
初遭遇は穏便に済ませられたが、また人間関係でトラブルが起きるかも知れないし、今後別の人外の存在が地上に現れて大暴れする可能性も十分にありえる。
「アタシは老衰で死にたかったんだけど」
(永遠に生きる種族が見逃してくれるよう、願うしかありませんわね)
河童は永遠とは聞かないが多分長生きだろう。人魚は血や肉を少し食べるだけでも何百年と寿命が伸びた話があるし、エルフは少なくとも千年以上でアルラウネとドリアードは植物なので、こちらも永遠に生きる。
肉体が滅びた死後に友達と一緒に暮らすのは確定していたが、人間として普通に死ぬことさえ苦労するとは思わなかった。
「はぁ…人生って長いね」
(私は短かったですわよ)
溜息を吐きながらエルザに同意を求めるが、確か彼女は十五歳で亡くなったのだ。守護霊になったので人生ではなく霊生が始まるが、いつまで地上に留まるかわからない。きっと飽きたら成仏するのだろう。
アンパンを食べ終えたのでお茶をチビチビと飲みながら、公園内で楽しそうにはしゃぐ人たちを外からぼんやりと眺めていると、スマートフォンがに小さく振動した。
すぐに静まったので電話ではなくメールのようだ。念のためにポーチから取り出して確認する。
「うーん、桃香ちゃんからとは珍しいかも」
(桃香ちゃん? 沙紀のお友達ですの?)
相葉桃香ちゃんは忙しいらしく、ここ最近はずっと連絡が来なかった。アタシから送ることはないので、たまに向こうから来たメールに返事をする。
そんな遠くに居る友達関係だと自分は考えている。
「うん、小学生のときに家の隣に転校してきて、毎日一緒に遊んでたんだ。
アタシとは真逆のポッチャリ系だったけど、今はトップアイドルを目指して頑張ってるんだよ」
テレビやニュースでも連日桃香ちゃんが出ない日はない。とは言えアタシは二次元以外の流行には敏感ではない。なので現実の彼女がどれだけ凄い存在かは詳しくは知らない。
それでもたまに来るメール連絡では元気でやっているようなので、それだけわかれば十分だ。
しかし今回送られてきた内容を読み進めていくと、近況報告とは明らかに違うこと気がつく。
「んー…森久保除霊事務所じゃなくて、アタシ個人の指名依頼だね」
(受けますの?)
メールにはアタシに個人に依頼したいと書かれており、仕事内容はライブ会場での桃香ちゃんのボディーガードで、GBは関係ないらしい。
エルザがアタシの判断を仰ぐということは、この依頼を受けても問題はないということだ。駄目なら最初から断りを入れてくる。
「友達の頼みだしね。それに守護霊の力を借りれば万が一ファンが暴走しても、止められるだろうし」
(身体強化すれば軍隊ともやり合えますし、問題ありませんわ)
「それは頼もしいね。ぜひお願いするよ」
流石に軍隊とやり合うことはないだろうが、頼もしいことこの上ない。しかしわからないのが何故アタシ個人に依頼したかだ。
こう言うのは芸能関係で繋がっており、信頼と実績のある警備や護衛の会社が受けるのが普通だ。
「そこはまあ、直接行って尋ねるしかないかな」
GBの公式サイトにはアタシの能力ではなく、エルザ込みで表記されている。要人を守る依頼は初めてだが、多分やれなくもないだろう。
簡潔な内容にまとめられている事務的なメールなので、文章で指名の理由まで詳しく教える気はないように思える。
きっと昔馴染みの顔を見たくなったので気まぐれで呼びつけただけだろうと考え、アタシは森久保家に帰るために、ゆっくりベンチから立ちあがるのだった。




