お友達になりました(強制)
試験を行う広々としているが簡素な作りの部屋に入ったアタシは、正面の長机の向こうに並ぶ、大人の試験官たちを眺めていた。
普通に考えたらまずは面接だが、エルザは全員の霊力を調べると言っていた。緊張しながら待っていると、奥のパイプ椅子に座っている試験官の一人が説明を始める。
「今から五分間、君たちの霊気を測らせてもらう。椅子に座らず、立ち姿で構わん。
これが一定値以下の者や、見込みがないと判断した者は失格となるので注意してくれ。
…では、開始!」
いきなりそう言われても、アタシにはどうするのが正解なのか判断がつかない。なので、試験官の開始を告げる言葉のあと、あわてて立ち上がって周りを見回した。
すると同じく席を立った自分以外の十九人の全身から、それぞれ色の違う光の粒子が溢れ出ていた。
光の量に差があるのは、各々の素質や修行や流派が絡んでいる。短刀、水晶、木彫りのお守り、それらを強く握る者。
両手を合わせて一心不乱に祈りを捧げる者、深く静かに瞑想を行う者など…様々だ。
ふと自分の体を見ると、光が全く放出されていない。ふと奥の試験官と視線が合ったが、何とも複雑な表情で失笑されてしまった。
霊力測定の試験を受けている他の十九人にも、アタシは確実に落ちると思われているだろう。
(エルザ、アタシの霊力は?)
(そんなものはありませんわよ)
(まあ一般人だし、そりゃそうだよね。だけど具体的には、どうやって試験を突破するの?)
元々が何の取り柄もない一般人なのだ。今はエルザの力を借りて他人の霊力を見ることが出来ているが、自分自身には何の力も持っていない。
それでも道具を使って霊力を高める人も居るのだから、アタシは幽霊に頼って試験を通るまでだ。何も恥ずかしいことはない。
(霊力は私が出しますので。沙紀は何かそれっぽい構えを取ってください)
(え? こっ…こうかな?)
全部エルザがやったほうが早いのだが、普段はアタシが体を動かしているので、事務的な動きならまだしも、こういった日頃の癖が出る場所では、あとあと不審に思われることになる。
取りあえず龍の玉を集める漫画を参考にし、立ち姿で適当にそれらしい構えを取る。
(おおー! 何か出てきた!)
(あまりやり過ぎると悪目立ちしますので、程々で抑えておきますわね)
現在試験を受けている人たちの中から、中の上ぐらいの霊力量に調整する。合格点がどの程度かは知らないが、平均以上なら問題ないだろう。
試験官の人も何やら話し合っているので、すぐに不合格を言い渡されて、部屋から追い出されることはなさそうだ。
ちなみに霊力の色は隣の寺下さんが純白で、アタシは青白かった。さらに隣の紅白美人巫女の放出量は、二十人中で堂々の一位で二位以下に大差を付けている。
アタシはバトル漫画を参考にした構えを維持して、エルザは一切の乱れのない綺麗な霊気を放ち続ける。
体感的に五分がかなり長く感じたが、やがて約束の時間が経過して終了となった。
「そこまで! 各自霊力の放出を止めて、楽にしてよろしい!」
試験の楽にしてよろしいの一言で、アタシ以外の皆が全身から汗を流して肩で息をしながら、疲れた表情でパイプ椅子に座り込む。
寺下さんも荒い呼吸を繰り返して頬がほんのりと紅潮しており、他の人よりは少ないが、額に玉の汗を浮かべている。
そこでアタシは室内に居る人たちが、明らかにこちらを観察するように、マジマジと見ていることに気づいた。
(エルザ、これは一体何なの?)
(私にとっては大したことはなくても通常は、霊力の放出は大変でしたの。
五分間休憩なしで全力疾走し続けるようなものだったのですわ)
それを先に言って欲しかった。しかし彼女が口に出したところで対処法はない。アタシは飛んだり跳ねたりしているわけではなく、ただそれっぽいポーズを取っていた。疲れたフリは出来るが、嘘や誤魔化しが下手な自分では不正を疑われるだけだ。
そしてどの程度が合格ラインかわからない以上、放出量は最低値よりある程度余裕を持たなければいけない。
(今のアタシは不正と強キャラの板挟みかぁ)
(…ですわね)
エルザの心の声も申し訳なさそうに聞こえてくる。彼女を責めるつもりはないし、わかっていても回避できなかったことだ。心の中で、別に気に病むことじゃないよ…と、慰めておく。
やがて審査の結果が出たのか、長机の向こうで相談していた試験官から声がかかる。
「では、今から一次試験の通過者を読みあげる!」
結果は、アタシと寺下さんは合格、それ以外も八人が通過して、十人は落ちてしまった。それに今は一次試験と言っていたので半分しか通らずにまだ次があるとは、想像以上に狭き門だと感じる。
しかし合格すれば国家公務員で高給取りは確定なので、このぐらい厳しいのも仕方ないのかも知れない。
「合格した者は明日に同会場での二次試験を受けてもらう! こちらの書類を持って指定の窓口へ!
不合格の者は次回の健闘に期待する! 以上! 解散!」
共に試験を受けた半数がガックリとうなだれて、残りは隠しきれない笑顔を浮かべる。アタシは余裕で合格したが内心は複雑で、何とも微妙な表情になる。
試験官に書類を受け取り、ありがとうございました…とお礼を言い、頭を下げて一次試験の部屋をあとにする。
扉から外に出ると、次に一次試験を受けるために長椅子に腰かけた大勢の人たちが、こちらに視線を向ける。
自分のような十五歳の小娘が合格の書類を持っているので、皆驚いているのが伝わってくる。
「森久保さん、一緒に行きませんか?」
「あ……うん」
少し沈んだ足取りで指定された窓口を目指して歩いていると、寺下さんが嬉しそうに声をかけてきたので生返事を返す。
そのまましばらく、二人は横並びで試験会場を進んで行く。
「森久保さんは一次試験を通過したのに、嬉しくなさそうですね」
「そんなことないよ。嬉しいよ」
寺下さんに言われたように合格は嬉しい。だが一日で全てが終わらなかったことが悲しいのだ。
そんなアタシの様子が気になるのか彼女は急に手を握って来た。そのまま自分を強引に引っ張っていき、人気の少ない壁際に連れて行く。
「あの、森久保さんは何をそんなに悩んでいるんですか?」
「んー…今日の宿泊先をね。そう言う寺下さんは、何でそんなに世話を焼くの?」
見知らぬ他人にここまでベタベタと世話を焼くのは、やはり不自然だ。寺下さんは今日初めて出会ったはずだが、今も手を繋いだままだ。
さらに目と鼻の先の距離の近さで、アタシを壁際に追い込んでいる。同性なので恐怖は感じないが、やけにグイグイ来るため何となく鼓動が早くなる。
「私と同じ年ぐらいの女の子がGBの試験を受けてるのを見つけて、嬉しくなったからですよ」
「えっ? でも寺下さんって二十歳ぐらいじゃ。アタシは十五歳なんだけど」
「私も十五歳ですよ。成長が早いので少し大人びて見えるだけですから」
明らかに照れたような顔をして視線をそらす寺下さんを見て、アタシは何も言えなくなった。年上扱いしてすいませんと謝りたいが、自分以外でも普通に勘違いしそうだ。
そして上から下まで発育が豊かなので、アタシと違ってとても十五歳には見えない。
「ところで森久保さんは、今日の宿泊先に困ってるって言いましたよね」
「ああ、うん…まあね」
「良かったら私の部屋に来ませんか?
家族が今日のために予約したホテルですが、四人部屋でも泊まっているのは自分一人だけですし」
何とも心躍るお誘いだろうか。彼女の提案に乗ればお風呂に入れるし、服の洗濯も出来る。アタシは一にも二にもなく首を縦に振ろうとするが、体が動かなかった。おまけに言葉も喋れない。
これには覚えがある。エルザがアタシの体を操っているのだ。
「お断りしますわ! いっ…いえ、せっかくだけど断るよ」
「貴女…森久保さんではありませんね。一体誰です?」
寺下さんの気配がガラリと変わる。先ほどの慈愛の笑顔ではなく、冷たい視線を真正面から向けられる。
だがちょっと待って欲しい。万が一にもこの状態で争いになれば、攻撃を受けるのはアタシの体なのだ。
(待って! 止めてったら! エルザ!)
「大丈夫ですわ! 私はこの女には負けませんもの!」
(そう言う問題じゃないから!)
ここで喧嘩になる。つまりは試験会場中のGBを敵に回す可能性がある。下手をすればエルザが討伐されてしまう。
天国に逝くならそれでいいが、もし消滅したら。何よりエルザは友人だ。アタシが見る限り悪霊ではないので、倒される姿を見たくない。
(とにかく、ここはアタシに任せて。エルザの友人を信じてよ)
「むう…仕方ありませんわね。沙紀に任せますわ」
相変わらず至近距離から油断なくこちらを観察する寺下さんに、選手交代を告げる。
「…と言うことで。取りあえず窓口に行って手続きを済ませようよ。
今この場では、全部を説明出来ない事情があるんだよ」
「わかりました。私は森久保さんを信じます」
ありがとう…とお礼を言って、寺下さんは緊張を解いてくれた。しかし、万が一にもアタシが逃げ出すのを防止するためと、強引に手を繋いできた。こっちも疑われても仕方ないので、振り払わずに大人しく従う。
しかし指まで絡めるのは本当に必要なのかと聞いたが、こうすれば逃げにくくなるから…と、赤面しながら返された。
確かにその通りだと納得し、アタシは黙って繋がれるがままになったのだった。
試験会場から徒歩十分と近い、とあるホテルの四人部屋に宿泊し、お風呂に入ってさっぱりしたアタシは、バスローブを着たままベッドに腰かけて椅子に座っている寺下さんと向かい合っていた。
彼女があまりにもしつこく聞いてくるので、エルザとの出会いを話すだけではなく、両親の会社が倒産して途方に暮れて、公園で一夜を明かしたことまで、事細かに説明することになった。
別にアタシ自身が後ろめたいことをしたわけではないので、他言しなければそこまで隠したい過去でもない。
憑依したエルザはぶつくさ言っているが、寺下さんと敵対して討伐依頼を出されたら、困るのはこっちなのだ。
悪霊ではなく守護霊で通すのなら、なおさら疑われるような真似は出来ない。
「森久保さんが何故困っているのかがわかりました
これからは私が力になりますから、安心してくださいね」
「ありがとう。寺下さん」
寺下さんの説得に成功したので、アタシはホッと胸を撫でおろす。しかし彼女は柔和な微笑みでこちらを見つめながら、とんでもないことを口にした。
「それではさっそく、悪霊エルザの浄化を始めましょうか」
「待って! 全然わかってないじゃん!」
「いえ、わかっていますよ。そのエルザが森久保さんを苦しめていることは」
確かに昔馴染みの友人が幽霊になって再会したときは驚いたが、エルザは別にアタシを苦しめてはいない…とは言い切れない。
だが少なくとも悪霊ではないし、即浄化されるだけの罪を犯してもいない。
「だから、そうじゃないからね! エルザとは友人だから!」
「人外の存在を友とするのは、昔から稀にありました。
しかし森久保さんは、エルザを持て余しているように見えますが?」
「うぐっ…! それは…そうだけど!」
寺下さんの言うことは正論だ。アタシはエルザを完全に従えてはいない。ただ友人として側に置いているだけで、状況によってはお願いを聞いてくれてないこともある。
しかし双方ともに主従ではなく友達関係を望み、自由にしても守護霊として正しい判断を下せるのだと、アタシは信じている。
「制御しきれない守護霊は、悪霊も同然です。
いつの日か彼女は森久保さんに襲いかかるかも知れませんよ」
「それでも、エルザはアタシの守護霊だよ」
真剣な表情で見つめてくるので、アタシも真正面から答えを返す。エルザは生気は必要ないと言っていたが、ならば襲いかかってきたとして彼女はアタシの何を食べるのか。
そしてエルザは友人だ。たとえ幽霊になったとしても優しい性格は子供の頃と変わっておらず、今さら嫌いにはなれない。
「…そうですか。ではこうしましょう」
寺下さんはアタシが一歩も譲らないと悟ったのか諦めたように溜息を吐き、次に柔らかく微笑んでこちらを見つめる。
「これからは私が森久保さんを監視します。
そしてエルザが悪事を働こうとしたら、全力で止めます」
「確かにそれなら万が一の危険にも対応出来るだろうけど、寺下さんが苦労することになるよ」
アタシにとっては願ったり叶ったりだが、寺下さんの苦労が半端ではない。エルザに太刀打ち出来るかどうかは不明だが、それでも説得する時間は稼げる。
いざとなれば自分が人身御供になって寺下さんを守らなければいけないが、気のいい友人が我を忘れる程に暴走するとは、とても思えなかった。
性衝動に関しては暴走しっぱなしだが一人遊びなので、そこまで危険性はない…はずだ。
「私のことは気にしないでください。道に迷う人々を救うのは、巫女として当然のことですので」
「…寺下さん」
今日初めて会ったアタシにここまで親身に寄り添ってくれるとは、寺下さんはいい人だ。後光がさしているようにも見え、両手を合わせて拝みたい衝動に駆られる。
「真理子、そう呼んでください」
「真理子…さん?」
「真理子です」
はっきりと、そう言葉を投げかけられた。刺すような視線を送られ、顔は笑っているのだが、絶対に下の名前で呼び捨てで言え…と、そんな妙な迫力を感じる。
「えっ? ええと、…真理子」
「はい、沙紀。これで私たちはお友達ですね」
「そっ…そうだね」
下の名前を呼び合うのが真理子との友達付き合いの条件らしい。アタシには何処から何処までが友人関係の線引きなのかはわからないが、彼女はとても嬉しそうにしている。
「ようやく生まれて初めてのお友達が出来ました! 仲良くしましょうね!
そうそう、エルザのことはちゃんと内緒にしますから、安心してくださいね!」
真理子の年齢は二十…ではなく十五歳だったはずだ。そんな彼女の初めての友達がアタシで、本当にいいのだろうか。
今もさり気なく両手を握っているが、妙に近い距離感を感じたのも友人の前例がないのが原因だろう。
「うっ、うん。ありがとう、真理子」
「ええ、沙紀。明日の試験も頑張りましょうね」
エルザの秘密を知る人がアタシ以外にも増えたが、真理子は全面的に協力してくれるので、お互いに良い関係を築いていけたらと、そう考えている。
「では沙紀、今夜は一緒の布団で寝ましょうか」
「いや、だから真理子の距離感はおかしいからね?」
少しずつ正しい友達付き合いを学んでいけばいい。そう考えながらも別のベッドで眠っても、結局同じ布団にいつの間にか潜り込まれてしまった。
次の日に目が覚めたら、黒髪の美女がアタシを抱き枕にして、気持ち良さそうに眠っているのを目撃し、危うく心臓が止まりかけた。
何故エルザが阻止してくれなかったのかと言うと、実体化して逆側からアタシを挟み込んでいたからだ。
実は二人は仲が良いのではと頭を抱えなながらも脱出を図るが、芋虫のようにモゾモゾと這いずるのが精一杯だ。
結局真理子とエルザの目が覚めるまで大人しく抱き枕役に徹するしかなかったのだった。




