族長との親交
エルフの族長が監視役に皆を森の外まで送るようにと命令を出す。アタシはしばしの別れで立ち上がって森久保除霊事務所のメンバーに挨拶をしようとすると、何故か交代でハグされる事態になってしまう。
皆がそれで満足してやる気を出してくれるなら別にいいかと割り切り、かなり重い愛情を黙って受け入れる。
やがてエルザが仮の体として真理子に宿り、大部屋の扉から仲間たちが外に出ていく。アタシは最後まで視線をそらさずに黙って見送る。
「皆のことを信頼しているのね」
「まあね。一緒にGBの仕事をしてる仲間、いや…仲魔のほうかな?」
皆が居なくなって寂しくなったアタシに族長が話しかけてくる。真理子は人間だが妖怪の先祖を持っている。
つまり一般人の自分以外は皆、魔の方面に属していることになる。それでも親しい間柄に変わりはない。
「私たちエルフのことも信頼してくれる?」
「当たり前のことを聞くんだね。そんなの、最初から信じてたよ」
「ふふっ…沙紀、ありがとう」
アタシはずっと扉の向こうを見ていたので接近に気づかなかった。いつの間にかすぐ後ろまで接近していた族長は、自分を背後からそっと抱きすくめる。
先の四人でハグは終わったと思っていたので油断していたアタシは、驚いてビクッと飛び上がってしまう。
「……にょわっ! なっ…何するの!?」
「ごめんなさい。少しの間、このままでいさせてちょうだい」
「べべべっ…別に! いっ…いいけど!」
ここは日本ではなくイギリスの異界だ。キスやハグも挨拶だしエルフの族長は寂しそうな顔をしていた。
と言うかエルザが宿っていない一般人の自分は非力なので、どれだけ暴れても脱出は不可能だ。それに暴力を振るわれたわけでもないので、しばらく彼女の好きにさせる。
「ねえ沙紀、昔は妖精と人間の仲が良かったと話したわよね」
「…そうだっけ?」
「そうなのよ。森と平野に分かれる前に互いの交流があったのよ。
あまり頻繁ではなかったけどね」
人間たちの世界には彼女たちの伝承がいくつも残っているので、交流があった証拠だろう。だがそれが今の状況にどう関係するのか、アタシにはわからなかった。
なので背後から族長に抱かれながら次の言葉をじっと待つ。
「でも人間は私たちを恐れるから言葉巧みに利用しようとしたの。
それも叶わなければ、力尽くで排除しようと戦争を起こしたのよ」
族長が淡々と語って聞かせるが、何故アタシなのかはわからない。だがそれで彼女の気が済むのならと、黙ってされるがままになる。
「でも一方的な虐殺にしかならなくて、すぐに人間たちは降伏したわ。
その後に私たちに屈服した証として、森の最奥部に宝玉が安置されたのよ」
仲良く領土を分け合う盟約の証ではなく、人間側の敗北を示す宝玉だったとは思わなかった。
「三種族は森、人間は平野に分かれて互いに不干渉の盟約を結んだわ。
でも彼らは、時代の流れと共に忘れてしまったの」
人間はエルフのように永遠に生きるわけではない。それに当時の権力者にとっては致命的な汚点だ。後世の歴史には残したくなかった。
そもそも異種族が仲良くやっていた時代と言われても、アタシにはまるで想像できなかった。
「そして現在になって、とうとう盟約は破られたのよ。
彼らから捧げた宝玉を自らの手で取り除いたことによってね」
それはまた何と言うか。必死に積み上げた積み木を自分で崩してしまった。喉元過ぎれば熱さを忘れるものだが、今回は世界を巻き込む規模なのでスケールが大きい。
しかしそのことをわざわざアタシに語って聞かせるのだから、何か意味があるのだろうか。
「沙紀、私たちとお友達になってくれないかしら」
「いいよ」
「えっ!? はっ…早いのね」
「いやだって守護霊に魔女に川の神、そして河童たち。
人魚の女王や王女とも友達だし、今さら一人二人増えたところでね?」
自分の友好関係は人外だらけだ。そしてアタシは監視役と保証人も兼ねている。皆気のいい友達なので、今の所人間たちとの間に問題は起こっていない。
彼女も多分いいエルフだ。人間を奴隷として扱うが、アタシにとっては優しくて物腰も柔らかいので、話せばわかってくれる。
「そっ…そう、話には聞いていたけど、とんでもない交友関係ね。
私たちもイギリスではなくて、日本に住みたかったわ」
溜息を吐く族長を見てみると本気でガッカリしている。生まれた場所は選べないので仕方ない。
しかしそこでアタシは、風呂場と人魚の隠れ里を繋げたことを思い出した。
「それなら確か、ミズチが次元の裂け目を弄れ…」
「その話を詳しく教えてくれるかしら!」
「ぐええっ! ギブっ! ギブっ!」
「あっ! ごっ、ごめんなさい!」
急に強く抱き寄せてきたので自分の控え目な胸が圧迫されて、まな板になってしまうかと思った。それぐらい強烈な抱擁だった。
すぐに食いつきから正気に戻った族長が慌てて力を緩めたが、それでも背後からしっかり拘束したままなので、まだアタシを自由にする気はないようだ。
そのまま先ほどの締めつけをなかったことにするように、コホンと咳払いをして話を続ける。
「沙紀、私たち三種族は人間が大好きなの。昔のように別け隔てなく仲良くすることは難しいでしょうけど。それでもお友達になりたいのよ」
「普通に話し合えばいいんじゃないの?」
「でも肌や髪、目の色、思想や宗教の違いで争う種族なのよ?
それに裏ではいかに利権を得ることしか考えてないわ」
それを言われると辛い。中卒のアタシに全世界の紛争をなくすようにと、そんな要求をされているようだ。
当然答えなんて出るわけもなく、アタシは重苦しい溜息を吐きながら族長に背中を預ける。
「そんなの、アタシに聞かれてもわかんないよ」
「そうよね。世の中って思い通りにならないわ」
「うん、わかる。理不尽だよね」
「ええ、わかってくれるのは沙紀だけよ」
優し気な笑みを浮かべる族長がアタシの髪を撫でるが、少しくすぐったいので体をモゾモゾと動かす。
逃がす気はないようでしっかり抱き締めたままで彼女はナデナデを続行する。別に甘やかされるのは構わない。
だがもうアタシは日本では高校生に通うぐらいの年齢だ。それなのに今だによしよしと頭を撫でられると、何だか恥ずかしくなるのだ。
「沙紀、今から他の族長にも会ってもらうけど、いいかしら?」
「それは構わないけ…にょっ! ……にょわ!?」
エルフの族長は自分が了承したことを確認したあとに、右手を膝に、左手を腰に回してアタシを抱えあげる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
アタシも彼女も同性であり、しかも自分は美形ではない地味な容姿だ。バランスを取るために族長の首元に手を回してとっさに抱きついてしまい、何とも恥ずかしい姿勢に顔が赤くなる。
「自分で歩けるんだけど」
「あら、うちの隠れ里は広いわよ。沙紀は体力に自信があるのかしら?」
「それは、ない…けど」
「うふふっ、正直でよろしい。それじゃあ、行くわよ」
監視役のエルフに扉を開けさせ大部屋の外に出る。待機していた人間の奴隷がギョッとした顔でアタシたち二人を見ているのがわかる。
自分でもまさかこんな展開になるとは思っていもいなかったのだ。それ以外のエルフや人間も皆が驚きに目を見開いて、こっちに注目している。
「もっと別な手段はないの?」
「ないわね。それが嫌なら守護霊に頼らずに、少しは体力をつけたらどうかしら?」
守護霊のエルザは電気自動車の補助動力のように体の傷の治りや疲労の回復を早めてくれる。長時間歩いても疲れないのは彼女のおかげだ。
普段から引き篭もっているアタシの動きを妨げない範囲で、いつも助けてくれている。
「はぁ…筋トレしようかな」
「冗談よ。沙紀はこのままでいいわ。
貴女は私たちの大切なお姫様なのだから」
それを言うならエルフの族長のほうがお姫様だろう。見栄えも良くて気品もある。おまけに腕も立ちそうだ。アタシどれだけ頑張っても地味なメガネ系女子で、非力な一般人のままだ。
溜息を吐いている間に外に出たようで、いつの間にか辺りは宵闇に包まれていた。所々に生えたねじ曲がった木の先に吊るされたカンテラが幻想的な光を放ち、周囲を明るく照らしている。
「アタシは何処までいっても一般人なんだけど」
「それは人間たちから見た貴女でしょう?」
族長は早足で歩きながらアタシに語りかけてくる。そして遠い昔を懐かしむように、嬉しそうに微笑んでいるのがわかる。
「私たちにとっての沙紀は、神代の頃に出会った妖精の友人そのものなのよ。
うふふっ、本当に懐かしいわね」
自分はその時代には生きていないので、彼女の語りを聞いて想像することしかできない。妖精と人間の仲がよかった頃には、アタシのような人がきっと大勢居たのだろう。
「えっと…ごめんなさい。そんなに大勢は居なかったわ。
まあ、だからこそ友人を巡って毎回取り合いになったんだけど」
「取り合い? 何でまたそんなことをしたの?」
何だか背筋が寒くなってきた。つまり今のアタシも貴重な友人枠として、妙な争いに巻き込まれる可能性があるのではないか。
面倒事を回避するために昔を知っていそうな族長に質問する。
「私たちは人間に惹かれるの。理屈では説明できないし本能とでも言うのかしら?」
本能なら仕方ないしアタシが回避するのも不可能に近い。そう言えば妖怪や妖精は人間を襲うけど、仲良くなったという伝承も世界各地に残っている。
対処法も様々なので今すぐどうこう出来そうにない。
「それで沙紀は感情表現が直接的なのよ。
相手が人外でも関係なく心に響くぐらいに強烈よ」
小動物のようにコロコロ表情が変わるが、心を読まれても家でのんびりしたいとしか考えていない。
そこまで強烈に訴えているわけではないので、族長に聞かされても半信半疑だ。
「神代の時代を知る者ほど、あの頃に出会った友人か。
それ以上に親しみやすくて、可愛い沙紀を求めてしまうのよ」
「ふーん、そんなものなのかな?」
「うふふっ、そんなものよ」
取りあえずエルフの族長はアタシに好意的なので、友人の立場に収まっている。だが他の二種族が彼女と同じとは限らない。
今の言葉を信じるのならいきなり攻撃しては来ないだろうが、ある意味では余計に不安が増してしまうのだった。




