エルフたちの事情
エルフの隠れ里に案内されたアタシたちは草木が生い茂る自然の道を歩き、大樹をくり抜いて作られた天然の住居に通される。
隠れて様子を伺っていた残り九人のエルフも余所者の監視の役目があるのか、一定の距離を保って付いて来る。
魔法の光を絶えることなく放つカンテラが壁にかけられ、全てが自然素材で形作られており、それでいて見事に飾り付けられた室内の家具に息を呑む。
まずは指定の場所に腰かけるようにと指示されたので、彼女の言う通りに全員が木の椅子に座る。
ちなみにここは会議室のようで中央に長い机が置かれており、一番奥には案内してくれたエルフの女性が、そして手前にはアタシたちが座っている。
残りの九人は一定の距離を開けて直立不動になり、目立たないように壁を背にしている。
「さて、まずは自己紹介しましょうか。私はこのエルフの隠れ里の族長よ。
貴女達のことはもう知っているわ。ええと森久保さんではなくて、沙紀と呼び捨てしてもいいかしら?」
「べっ…別にいいけど」
何とも凄い人が出てきたものだ。と言っても、同じぐらいの立場である人魚の女王とも、普通にファミレスで仲良く食事をする仲だし、それより上位の川の神とも同居しているので、そこまで大げさに驚きはしなかった。
だが一般人の自分よりも立場が上なのは変わりないので、族長が希望するならと呼び捨てを許可する。
「ありがとう。それで…」
「失礼します。お飲み物をお持ちしました」
「良いタイミングよ。入ってちょうだい」
外の者と短いやり取りを済ませると、大部屋の扉が開いて飲み物が運ばれて来た。それだけなら別段驚くことはないのだが、持ってきたのはエルフではなく人間の女性だった。
彼女と人間は親交が深いのだろうか。もしそうなら余所者のアタシたちに対しても、友好的な態度で接しても不思議ではない。
「それは違うわ。沙紀、この人間は森に危害を加えたの。
なので制約で縛って私たちエルフの奴隷にしたのよ」
「えっ? どういうこと? それにアタシ今、口に出したっけ?」
森に危害を加えたということは、お茶くみの使用人は救出を依頼された行方不明者の可能性が高い。それを制約で縛って奴隷にしたと。
さらにアタシの考えが読まれたかも知れない。
「心を読んだわけではないわ。エルフは霊気に敏感なの。
それに沙紀は表情がわかりやすいから、思考を予想するのが容易なのよ」
「アタシって、そんなにわかりやすいの?」
「ええ、とてもね」
試しに両手を頬を摘んで伸ばしてみても、自分の表情筋が仕事をしているかは不明だ。昔から顔に出やすいとは言われていたが、どうやら詳細を読めるほどらしい。
しかし今さらポーカーフェイスを貫くことは困難なので、このまま行くしかない。どうせ森久保除霊事務所の皆にも、アタシの思考はダダ漏れなのだ。
そこにエルフの族長が一人加わるだけなので、大した問題ではない。
「ごめんなさい。実はあと二人、沙紀の考えを読める者が居るのよ」
「はっ? えっ…誰なの?」
「ドリアードとアルラウネの族長よ。
この隠れ里は、エルフを含めた三種族が集まって作られたものなの」
別の種族とは住んでいる区画こそ違うものの、エルフと同じ隠れ里に居るらしい。それはまあ世界は広いのだから、読心術の心得がある者が他に居ても不思議ではない。
それにしても、アタシだけがやけにそういった人たちとの遭遇率が高すぎる気がする。
「それでは、失礼しました」
「また何かあれば呼び出すから、扉の外で待機していてちょうだい」
エルフの族長が人間の奴隷に命令し、彼女は黙ってそれに従う。一礼したあとに扉から外に出て行く。
あまりジロジロ見るのは失礼だと思ったので少しだけ覗き見したが、使用人の表情は複雑な感情が渦巻いているようで、正直よくわからなかった。
「ねえ、私は酷いエルフだと思う?」
「それは、……わからないよ」
「ふふっ、沙紀は正直ね」
時代を遡れば奴隷は合法だったこともあるし、国が違えば決まり事もガラリと変わる。彼女の姿を見て、アタシは心は締め付けられるぐらい苦しくなったが、エルフに怒りを感じることはなかった。
「でも自分の友達を奴隷扱いしたら、酷いエルフだって怒ると思うよ」
「そんなことはしないから大丈夫よ」
森久保除霊事務所に課せられた仕事は事件の解決はもちろん、行方不明者の救出も含まれている。
そのためにもやはりエルフの族長から詳しい事情を聞くべきだ。そうでなければ事態の進展は不可能だろう。
「もちろん全てを説明するつもりよ。
そう…あれはまだ、人間と妖精の仲が良かった神代の時代のことだったわ」
「その話、長くなるの? あまり時間をかけたくないから要点だけでいいんだけど」
何処か遠い目をして懐かしそうに語る族長を眺めながら、アタシは先程の使用人が机の上に置いてくれた温かな紅茶に口をつける。
だが自分がとっさに横やりを入れたことで彼女は不満気な表情に変わり、室内に待機している監視役たちにも緊張が走る。
深い考えもなしに口を挟んだなので、やってしまったと背筋に冷たい汗が流れる。
「ごっ……ごめんなさい」
「謝らなくていいわ。でも族長の私に馴れ馴れしく口を挟むのは、沙紀ぐらいよ」
それは遠回しに説明の邪魔をすると言っているのだろう。しかし族長はアタシが謝ったことで機嫌を直してくれたようで、心なしか嬉しそうにこちらを眺めている。
だが流れをぶった切ってしまったのは明白で、次に下手なことを言えば自分の身に何が起こるかわからない。
「もし気に障ったなら…」
「そのままでいいわ」
「でっ、でも…」
川の神や人魚の女王は平気だったが、この部屋には監視役が居る。彼らは直立不動のまま油断なくアタシを観察しており、何かあれば襲いかかってくるのは間違いない。
今さら口調を改めることは出来ないので、自分は貝のように口を閉ざして交渉役は他の人に任せる…と、そう言おうとした。
「沙紀はそのままでいてちょうだい。エルフの族長である私が許可するわ」
「わっ…わかりまし…。あー…わかったよ」
「ふふっ、それでいいのよ。やっぱり沙紀は、自然体が一番可愛いわ」
族長の許可が出たことで監視役の緊張が緩んだので、アタシは大きく息を吐いて了承を口にする。
そしてわざわざ可愛いとお世辞を言って場を和ませてくれたので、どうやら彼女に気を遣わせてしまったようだ。
「お世辞じゃないんだけど。…まあいいわ。
それじゃ沙紀の言う通り、簡潔に説明するわね」
「うん、お願い」
軽く頷いて続きを話すように促すと族長は一層嬉しそうに微笑み、アタシたちに事の顛末を教えてくれた。
元々この森は妖精、平野は人間とそのような盟約が結ばれていた。だが時代の移り変わりで人間たちはそれを忘れ、美しい森は驕り高ぶる人々に荒らされ続けた。
それでも三種族はいつか妖精と人間が交わした古の盟約を思い出し、自らの犯した過ちを正してくれると信じていた。
やがて時代は現代に移り変わり、この森は学術や自然遺産的に相当の価値があることがわかり、人間たちが森を荒らすことはなくなった。
過去と比べたら十分一以下の面積になってしまったが、三種族と人間の争いは回避されたのだ。
後日になって森を詳しく調べるためにイギリスの調査団が送り込まれた。彼らは最奥の祭壇に祀られていた人間と妖精の盟約の証である宝玉を発見した。
だがあろうことか、これを持ち去ってしまった。
宝玉は神話の時代に作られた遺物であり、学術的価値は計り知れない。自然遺産として保護されたあとでは手を加えるのは難しい。
その前に研究所に運び込み専用の機材で徹底的に調査すれば、どれだけの未知が明らかになることかわからない。
その日を境に三種族は人間を見限り、次は宝玉だけでなく祭壇ごと持ち帰って調査しようとする調査団を襲って奴隷にした。
異種族側の今後の方針としては、神話の時代の美しい森を取り戻すまで、自分たちの領域を広げ続ける。
既に各族長との意見交換は済ませており、賛成三、反対0、満場一致で決定している。
約束通りに簡潔にまとめてくれた族長にお礼を言ったあと、アタシは腕を組んで深く考える。これはもしかしなくても人間と妖精の全面戦争が始まるかも知れない。
場合によってはイギリスだけでなく世界中にも広がる可能性があるので、その前に何とか食い止めなければいけない。
だがこれはもう一般人の身の丈を軽々と飛び越えてしまっている。もっと外交に長けた大人の専門家に任せるべきだ。
そこまで考えて、今現在奴隷として使役されている調査団のことを思い出す。
「あのさ。調査団から意見は聞かなかったの?」
自分がエルフと接触する前に、最低でも三度は人間たちの集団が彼女と話し合う機会があった。それなのに三種族の徹底抗戦は全く変わっておらず、誰一人として帰って来ていないのだ。
「きちんと話し合ったわ。
でも私たちは人間の考えていることがわかってしまうのよ」
確かにアタシの思考を読んだことから、エルフの族長には嘘や誤魔化しは通用しない。もちろん自分は特別わかりやすいのもある。
だがいかに海千山千の交渉人でも、数百歳以上の彼女を前に全てを隠し通すのは難しい。そこまで聞いて、アタシは何だかとても嫌な予感がしてきた。
「彼らは宝玉や祭壇をどうにか確保し、私たちを排除または封印することを考えていたわ。
表情だけは始終笑顔で誤魔化してね」
「ブリカスううううう!!!」
思わず感情が押さえきれずに心の叫びが表に出てしまった。広い室内に自分の声が響いて監視役も驚いた表情するが、森久保除霊事務所のメンバーと族長は微塵も動揺せずに落ち着いたものだ。
最初から譲歩を考えずに相手を騙す気満々の交渉をして、しかもそれが全部エルフに筒抜けとは、もはや悪夢でしかない。
何度か深呼吸をして気を取り直し、アタシを面白そうに観察している族長に再び尋ねる。
「何で一人も森の外に帰さなかったの?
やっぱり人間のことを心底憎んでて、交渉に応じるつもりは最初からないとか?」
「私や他の族長や仲魔たちも、人間に対してはそこまで嫌悪感は持ってないわよ」
ならば話し合いで解決できる可能性も残されている。アタシもエルフの奴隷として一生を終えるつもりはない。
何とかして関係を修復する糸口を見つけて、その情報を持ち帰って次に訪れる外交団に伝えれば自分の役目は果たされる。
「帰さないのは、捕らえた全員が人間至上主義だったからよ」
「……はい?」
「私たちを常に人間種族よりも下に置いて、自分たちが好き勝手できる奴隷のような存在として扱う。…と言えば良いかしら?」
運が悪かったとしか言えない。調査団は基本的には最奥の遺跡にしか興味はないし、第二陣も同様だ。捜索隊も組まれていたので、一人ぐらい外に帰してくれても良いのに…とは思う。
そして三陣の霊能力者の集団に至っては人外を討伐する者たちの集まりだ。アタシも森久保除霊事務所のトップだが、妖怪や神様とお友達なので好き好んで事を構えようとは思わない。
「例外はなかったの?」
「ええ、例外なく皆が同じ人間主義だったわ」
「そっかー」
妖怪や宇宙人と友情を育む物語も世界にはたくさんあるが、今回はとてつもなく運が悪かったのだろう。
エルフの族長も気落ちしており、少し悲しそう見える。
「ええと、そんなに気を落とさないでよ。
次の外交団はきっとエルフに友好的な人を送ってくれるから。…多分」
「それは沙紀のような?」
「アタシに外交手腕はないから無理だよ!」
ブンブンと首を横に振って必死に否定するが、族長は気持ちが楽になって元気が出たようだ。何はともあれ良かった。
そこで思考を切り替えたアタシは捕まっている人たちの力が借りれないのなら、自分で何とかするしかないか…と、すっかり明るくなったエルフの族長と反比例して気持ちが重く沈む。
「沙紀は奴隷になっている人間たちを、助けたいのよね?」
「うん、それと森の拡大も止めて欲しいんだけど」
調査はほぼ終わった今、残るGBイギリス支部の要求はこの二点だ。それさえ達成すればあとは現場担当に丸投げで、アタシたちは特別報酬を受け取って日本に帰国できる。
「構わないわよ。でも、条件が二つあるわ」
「だと思ったよ。それで、その条件は何?」
きっと無理難題を言われるのだ。何しろ相手は隠れ里のエルフを率いている族長だ。一般人が簡単に達成できる条件なはずがない。
だがそれでも事件解決の糸口には違いない。アタシは彼女の次の言葉をじっと待つ。
「一つ目は、妖精と人間の盟約の証である宝玉を元の台座に戻し、今後森には踏み入らないこと」
「まあ、当然だよね」
イギリス政府と交渉するのは骨が折れそうだが、この森は太古の昔から三種族の領域だった。今回はそこに無遠慮に踏み入って最奥部の宝を奪った人間のほうに非があるのは明らかだ。
だがその理屈が大人の世界で通じるかはわからない。何とも気が重い交渉になりそうだ。
「二つ目は、最初の契約が成されるまでの間、森久保沙紀を隠れ里に残すこと」
「アタシがここに残るんだね。……は?」
まるで意味がわからない。族長が言っていることは人間たちが宝玉を最奥部に返して、二度と森に立ち入らないと確約するまで、アタシがエルフの隠れ里で暮らすのだ。
他の人間と同じように、自分も奴隷にするつもりなのかも知れない。
「その間は人間は返せないけど、森の拡大は行わないことを約束するわ。
そして沙紀は奴隷扱いではなく客人として歓迎するから、安心していいわよ」
「そっ…そうなんだ。交渉をまとめる間の人質みたいなものかな?」
「そう受け取ってもらって構わないわ」
つまりイギリス政府との交渉は他のメンバーに任せて、アタシは隠れ里に留まり成り行きを見守る。その程度の負担で事件が解決できるなら悪くはない。
問題は三種族の条件を飲ませるまでどれだけ時間がかかるかだが、こればかり自分の足りない頭では予想は難しい。
「それじゃ、政府との交渉役は誰に…」
「政府と交渉するのは、沙紀以外の全員よ」
「…えっ?」
「森久保沙紀はここに残すわ。それ以外の者には悪いけど交渉がまとまるまでは、隠れ里には出入り禁止でお願いするわ」
族長の言うことは一見すると滅茶苦茶に聞こえるが、実は理に適っていた。何の力も持たない一般人のアタシならば、契約で縛らずに隠れ里に残したところで何もできない。
そして森久保除霊事務所のメンバーは自分を一刻も早く解放するために、政府との交渉に尽力する。
三種族にとってもっとも効率の良いやり方を選択したのだ。
(沙紀、一人で大丈夫ですの?)
「ちょっと不安だけど族長も客人として歓迎するって言ってるし。それに皆なら無事にやり遂げるって信じてるから」
「はい、私たちが一刻も早く交渉をまとめます」
「ん…絶対に助ける」
「ふむっ、これは燃える展開じゃのう」
だがもし自分に明らかな危害を加えたら隠れ里はミズチの怒りを買い、大洪水に襲われて水底に沈む可能性がある。
こちらの情報をある程度掴んでいるなら川の神のことも知っているはずだ。それに子供の頃から待つのは慣れている。
今は友達と過ごすことが多かったので少し寂しく感じるが、きっと皆がすぐに迎えに来てくれる。アタシはそう信じている。




