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拡大する魔の森

 幽霊船団と人魚の事件の夏が過ぎ去り、季節は秋になったがまだまだ残暑は厳しい。その間に大きく変わったことは、森久保家の風呂場と人魚の隠れ里が繋がったことだ。


 アタシが帰ってから川の神のミズチが塞いだのだが、日を置かずに人魚の女王が再び開いた。元々開いていた穴を広げるだけなので楽だったらしい。

 その結果がどうなるかと言うと、美人魚姉妹が家の風呂場から客人としてやって来るのだ。




 初めての来訪はアタシが夜にのんびりと湯船に浸かっている最中だった。そこに突然水底から姉妹が現れたので大いに驚愕した。

 永遠の別れの次の日の夜には再会するとは、RTA走者のようなとんでもない疾走感だ。


 その後は色々あって、人魚姉妹が毎日の風呂掃除を担当することになった。家は全体的に古くて浴槽に溜めておく作りではないため、最後の人が使い終わったら毎回お湯を抜く。

 しかし水を張っていないと隠れ里とは自由に行き来出来ないらしく、彼女たちが使い終わったお湯を抜いて綺麗に掃除し、そのあと水を薄く張るのだ。

 温かい風呂に入りたくなったら、その上から直接お湯を足せばいい。水面を維持すれば次元の裂け目は繋がったままになる。


 あとは人魚の女王から娘の面倒を見てくれているお礼にと、大粒の真珠が送られたが別にお金には困っていないので丁寧に送り返した。

 と言っても何もなしでは示しがつかないので食べられる海産物を要求した。向こうの隠れ里では火や油等といった調理器具が使えないため、森久保家で食べる天ぷらやフライが美人魚姉妹の大好物になった。

 さらには娘の話を聞いてか女王も忙しい政務の合間を縫って、食事時に頻繁に顔を見せるようになった。

 海中では食べられる物が限られるので、タカリに来ても仕方ないか…と、諦める。


 なお時々外食したくなるので足の生えた美人魚も同行して、近所の料理屋かファミリーレストランに食べに行ったりする。

 日本の食文化のレベルは高いので、どれを注文しても好評なのはいい。だが毎回注目の的となり、周囲の好奇の視線がかなり気になる。


 GBには報告済みでアタシの保護観察の対象が増えることになったが、今さら気にすることはない。魔女と川の神が既に居るのだ。今さら人魚が三人増えたところで誤差…だとは思えなかった。

 相手は人魚の隠れ里を統べる王族であり、頂点に立つ王女とその娘姉妹なのだ。一般人のアタシとは種族だけではなく住んでいる世界や地位そのものが大違いだ。




 ファミレスの長いソファーに腰かけて、チーズインハンバーグを適当に切り分けて口に運びながら、アタシはここ半月の出来事を振り返っていた。

 しかし何とも常軌を逸しており、状況整理がまるで出来ない。


 人魚の姉がカルボナーラ、妹がリゾットを食べながら、こちらを物欲しそうに眺めていたので、ハンバーグの欠片をフォークで刺して二人に大きく口を開けさせて順番に突っ込む。

 王女も注文したカレーを食べながら羨ましそうな視線を向けてくるが、こちらは無視する。流石に見た目が親子ほども年の離れた女性にアーンを強要するのは、アタシも辛いものがある。




 今日はアタシと守護霊のエルザはいつも通りに自宅待機し、巫女の真理子と魔女のポーラ、そして川の神のミズチはGBの仕事をしている。

 自分は色々な意味で有名人なので、自分以外の三人は見た目は美女と美少女に見えるが絶対に普通ではないと、地元民なら当然理解している。

 そこで遠巻きに眺める目の保養だけで、わざわざ声をかけることはしない。


「お姉ちゃん! お昼ご飯食べたら何して遊ぼうか!」

「そもそも貴女たちは王族なんだから、将来のためにも勉強しなきゃいけないでしょう?」

「今日の分は終わったから、午後から沙紀お姉ちゃんは遊ぶの!」


 森久保家に毎日のように遊びに来るようになってから、美人魚姉妹は勉学に身が入るようになった。

 成績は右肩上がりらしく表情と性格が目に見えて明るくなり、周りの者や母親ともよく話をするようになった。

 カレーを美味しそうに食べている女王から前にそう感謝されたので事実なのだろう。やはり子供はよく学びよく遊べだ。


 午後からどうするかは実は何も考えていない。人間界には娯楽がたくさんあるので、子供の二人が好きに選べばいい。

 だが彼女たちは自分が近くに居ないと不安なのか。こちらが参加しなければ、二人揃ってアタシにべったりくっついたまま遊び出すのだ。

 ならば最初から皆で動いたほうが気が楽だ。


 取りあえず海水で駄目になって買い替えたスマートフォンを弄り、何か面白いことはないかと適当に探す。

 せっかく外出しているのだから、今流行りの映画を見に行くのもいいかも知れない。


「あれ? GBから出動要請が入ってる。んー…しかも外国からだ」


 GBの仕事は個人や会社や自治体からの霊や人外、超常現象に関する依頼が殆どだ。だが非常時には出動要請が入ることがある。

 それが国家公務員としての立場を保証するための条件になる。


 しかしまさか、本当に要請されるとは思わなかった。一生縁がないGBのほうが圧倒的多いのだ。

 おまけに何故か、イギリス支部から要請を日本支部が承諾する形での出動要請なので、はっきり言って嫌な予感しかしない。

 アタシは溜息を吐いてスマートフォンから目線をそらして、上手く人間に化けた美女と美少女に言葉をかける。


「と言うことで、アタシは午後からは用事が出来たから」

「えー! せっかく遊ぶのを楽しみにしてたのにー!」

「わっ…私たちも、沙紀お姉ちゃんと一緒に…」

「二人はGBじゃないから駄目だよ。出動要請がかかったのは森久保除霊事務所だからね」


 GB免許証を取っていない姉妹には今回の要請に応じる義務はない。彼女たちはいわば森久保除霊事務所に遊びに来ているお客さんなのだ。

 流石に命がけの仕事に連れ回す訳にはいかない。


「むうー! 私も次の出動要請までには絶対GB免許証を取る!」

「わっ…私も、沙紀お姉ちゃんを助けるの」


 子供をたしなめたつもりだったが俄然やる気になっている。そんな姉妹から顔をそらして、女王に娘の暴走を止めるようにと声をかける。


「あのさ、ちょっと母親として娘さんに何か言ってくれない?」

「二人共偉いわ。私も若い頃は夫の助けになりたくて、それはもう色々無茶をしたものよ。

 愛の力っていうのはね。この世で一番強いのよ」


 駄目だこれは。女王が遠い目をして過去の思い出を語り出してしまった。これは説得は無理だと諦めたほうが良さそうだ。

 一応必要最低限の霊能力があるかどうかは試験で判定されるので、落ちたらGBの資格なしということだ。


 もし姉妹が合格しても保護観察役の延長だと思って付き合えば、気持ち的に少しだけ楽になる。何にせよ今は出動要請のほうが重要だ。

 アタシは真面目な顔をしてスマートフォンの画面を確認し、詳しい内容を調べるのだった。







 出動要請の内容だが、イギリスのとある森の奥深くで調査団の全員が行方不明になる事件が起こった。

 第二陣の調査団件捜索隊も組織されたがその人たちも森の中に踏み込んだきり、一人も帰って来なかった。

 仕方なく周辺を立入禁止にして対策を練ることにしたが、今度は森に生えている草木が凄まじい速度で成長し続け、とうとう人間の領域を侵し始めた。


 そんな明らかな超常現象に、今度は各教会の神父や霊能力者たちの混合チームに調査を依頼した。

 その結果、森そのものが霊気を帯びており、中心部に近づくほどに濃くなっていた。さらにエルフや妖精の姿も確認された。

 だがその連絡を最後に、霊能力者チームも全員が行方不明となった。


 もはや人間がどれだけ賢くて霊能力を持っていたとしても対処不可能と判断したGBイギリス支部は、森を全てを焼き払うか、超常の存在の力を借りるしかない考えた。

 だが神の御使いは地上には滅多に姿を見せないうえに、人間のために力を貸してくれることはさらに稀だ。


 となると焼き払うしかないが、日夜異常な速度で成長し続ける森に火の力が効くのかといった疑問が残る。

 森の入口から持ち帰った落ち葉を分析した結果、乾燥しているにも関わらず一向に燃える気配がなかった。

 もはや普通の森ではなく、恐れを込めて魔の森と呼称することに決まった。


 今後の対策として頼みの綱の天使を降臨させるためには、不眠不休で何日も祈りを捧げる必要がある。だが彼らは気まぐれで、いつ地上に来てくれるかは誰にもわからない。

 それまで魔の森の拡大を指をくわえて見ていることしか出来ないのだ。


 もし天使の力でも解決出来なかったら、我々は次にどう動くべきか。今までの霊的事件と比べてもその厄介さは桁違いであり、まさか主神の御使いが負けるとは思わないが、苦戦は避けられないだろう。

 全てを倒しきる前に力が尽きてしまう可能性もある。となると残りは封印という形になり、今度は復活の危険性を抱え続けることになる。




 そんな頭を悩ませるGBイギリス支部に、日本支部から超常の存在たちと除霊活動をしている人間の情報が送られた。

 八百万神と呼ばれるほどに多数の神や妖怪が居る…いや、居た国だ。中には人間に力を貸してくれる神が居ても不思議ではない。


 最初は信じられなかったが調べてみると、森久保除霊事務所には一般人、守護霊、鞍馬天狗の子孫、魔女、川の神といった感じで、人間よりも人外の割合が多かった。

 こんな尖った編成でよくまともに除霊活動ができるものだなと思ったが、さらに森久保沙紀という一般人は河童や人魚とも親交が深い。

 彼女が助けを求めれば二つ返事で了承してくれるのは間違いなく、今でも頻繁に交流している間柄とのことだ。


 GBイギリス支部はこれしかないと思った。森久保除霊事務所に出動要請を行い事態の解決を図る。特に川の神の力を借りられるのは魅力的だ。上手く進めば魔の森の拡大はピタリと止まるか、悪くても次の手を打つまでの時間稼ぎが出来る。




 ファミレスから家に帰って皆が揃ってからの簡単なやり取りのあと、森久保家に送迎の車がやって来て最寄りの空港に直行した。そして飛行機のVIP席に座ってイギリスへ飛ぶ。

 到着したら日本語の話せるGBイギリス支部の職員に大歓迎されて、すぐにヘリに乗ってすぐさま離陸した。

 そのまま真っ直ぐに鬱蒼とした魔の森を目指して、あらかじめ森の入口近くに作ってあった野営地に着陸する。


「その謎を明らかにすべく、我々は魔の森の奥地に向かった…っと」

(急にどうしましたの?)

「いや、何となくね」


 色々あったが和気あいあいと喋りながらも移動だったので、特に振り返ることはない。戦力は森久保除霊事務所のフルメンバーで一般人のアタシ、守護霊のエルザ、巫女の真理子、魔女のポーラ。川の神のミズチである。

 そんな彼女たちとトランプやUNO、携帯ゲーム機等で楽しく遊んだか、中途半端に寝て疲れを取ったかの二択だ。


 現在前方には鬱蒼と茂る木々のせいで、昼なのに暗い魔の森が広がり、後方には調査のための簡易野営地から、期待の眼差しでアタシたちを見つめるGBイギリス支部の職員たちが居る。

 緊急出動要請なので仕方ないが、詳細を知らされた身としては何とも気が重く、そして絶望的な任務に思える。


「入り口で立ち止まっていても仕方ないし、…行こうか」

(ですわね)


 皆もいつもの正装で完全防備だが、アタシは日本の町中でよく見られる男っぽい雑な服装だ。一人だけ霊能力者ではない一般人が混じることになるが、気にしてはいけない。

 何でも魔の森は段々と成長速度が下がってくるらしいが、今は目に見える変化は感じられない。


 それでもエルザの力を借りて周囲を見回せば、植物どころか森の全てが霊気を帯びていることがわかる。運動靴で踏みしめる落ち葉までがそうだ。

 この件の厄介さを目視で確認して、どうやって解決したものかと頭を抱える。まずは行方不明者の救出と次に原因を突き止めるために、霊気が強くなる魔の森の中心部を目指して慎重に歩いて行く。


「昼間なのに暗いし霧が出てるね」

「この森はもう人間界と異界の狭間で、魔の領域に踏み込んだようなものです」


 試しにポーチからスマホを取り出してみると、電波状況が安定しないようでアンテナが立ったり消えたりだ。濃霧ではないが白い靄が広がって視界が悪くなっている。

 そして奥に向かうほどに外界との通信は困難になり、最後には全く繋がらなくなるのだろう。道なき道を進みながらそんなことを考える。

 方位磁石の針もグルグルと回っており、アタシたちの今居る空間そのものが乱れているとしか思えない。


「ふむ、見られておるのう」

「誰に? 探知には引っかからないけど?」

「近くにはおらぬよ。隠れ里の中から森に踏み込んだ我らを監視しておるのじゃろう」


 川の神はアタシたちよりも感覚が鋭いらしく、霊気を帯びた森の中でも遠見の術にしっかりと反応している。

 だがたとえ見られているにしても、自分たちのやることは変わらない。行方不明者の救助と森の拡大の原因の調査、可能ならばその解決もだ。

 なので霊気が強くなる方角を足元に気をつけながら真っ直ぐに目指す。


「どうやら動き出したようじゃな。数は…十人か」

「えっ? 何処?」

「正面に一人じゃ。残りは周囲に潜んで様子を見るつもりらしいぞ」


 もういっそ全部ミズチが解決すればいいのではないかと思うが、彼女はアタシが動かないと重い腰をあげないし、人間たちがどれだけ困っていても助けようとしない。

 だが少なくとも自分にとっては悪い神様ではない。守護霊と巫女と魔女も同じで、アタシとは皆仲のいい友達だ。

 取りあえず先に進んで比較的見晴らしの良い広場を見つけると、相手が現れるまでしばらく待つことにする。


(…来ましたわね)


 木の陰からこちらに真っ直ぐに歩いて来る人物を見て、アタシは思わず息を呑んだ。肩まで伸びる金髪と、深緑の瞳の美しい顔立ち、長く尖った耳、華奢だが女性的な均整の取れた体が人の目を惹きつける。

 そして見たこともないデザインの緑色の服装を着こなし、装飾の施された弓を背中に担いでいる。

 彼女はアタシたちと一定の距離を取って立ち止まり、親しそうに声をかけてきた。


「こんにちは」

「えっ? こっ、こんにちは。あっ…日本語」

「翻訳魔法を使っているだけよ。実際には喋れないわ」


 何処からどう見てもエルフだ。資料にもあったがそうとしか見えない。しかし今一番気になるのは、彼女がどうしてアタシたちに接触を図ったのかだ。

 友好的に近づいて罠に嵌めるのが目的だと考えたが、地の利は向こうにあるのでわざわざ危険を犯してまで姿を見せる意味はない。

 いつでもエルザに交代出来るように心構えをして、アタシは直接尋ねる。


「貴女はどうして…ええと、…あの」


 しかし知りたいことが多すぎるため、アタシは何を聞いたものかと悩んで直前になって言葉を詰まってしまう。

 そんな混乱する自分の様子をクスクスと笑いながら眺める彼女は、すぐに助け舟を出してくれた。


「そうよね。知りたいことはたくさんあるわね。

 でも森の中で長話も疲れるでしょう。エルフの隠れ里まで案内するわ」


 正直助かった。アタシはあまり頭が良くないので時々上手に喋れなくなるのだ。取りあえず目の前のエルフに感謝する。


「あっ…ありがとう」

「えっ? いいのよ感謝なんて!

 私も森久保沙紀さんに会えるのを、楽しみにしていたしね」


 またもや情報が漏洩していることに溜息を吐き、すぐ近くのミズチに顔を向けると、彼女はすぐに首を振って否定する。

 ならば誰がエルフに教えたのか。第二候補としては行方不明者の誰かだ。まだ無事なのか、何処に居て何をしているのか。

 アタシたちに背を向けて上機嫌で鼻歌を歌いながら森を歩くエルフに聞けば、全てが明らかになるのだろうか。


 何にせよそれを知るのはエルフの隠れ里に到着してからになる。今ところは歓迎はされているようだが、彼女たちにとっては人間は招かれざる客だ。

 こんなことになるならお土産を持参して来れば良かった。今後のためにも森から出る前にエルフの好む物を教えてもらおう…と、何処となく見当違いのことを考える。

 そんなああでもないこうでもないと考え込んでいる自分を、前方を歩くエルフが蠱惑的に見つめていることを、アタシは全く気づかなかったのだった。

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