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幽霊船団の除霊(無報酬)

 報酬に昼食を奢ってもらう約束をして海の幽霊を除霊しようと行動を開始する。実際に目撃した漁師が運転する年季の入った漁船を借りたアタシたちは、真っ直ぐに沖へと向かっていた。


 幸いなことに天気は快晴で風も穏やかなので揺れもそこまで大きくはなかった。それでもアタシは今にも吐きそうなぐらい気持ち悪くなっている。

 全長十メートル足らずの漁船なのでゆったりと休める個室もない。そのため外に出て潮風を受けながら、海の様子をグラグラと揺れる視界に収める。

 吐き気と戦いながらも何とか前を見据えて感覚を研ぎ澄ます。


「あうぅ、依頼を受けるんじゃなかった」

(辛いのなら、いつでも変わりますわよ?)

「交代すれば船酔いは解消するの?」

(私が操っても沙紀の感覚器官はそのままですし。漁船に乗っている限りは酔いが続きますわね)


 守護霊と交代しても救いはなかった。これはさっさと除霊を終わらせて陸に戻るのが一番の解決方法だとアタシは確信する。

 そしてエルザと話している間に周りの漁船から連絡が入った。


「お嬢ちゃん方! 仲間が幽霊を見つけたらしい! 今から指定の海域に向かうが大丈夫か!」

「沙紀、どうしますか?」

「おっ…お願い」


 アタシからの返事がなかったので真理子が尋ねてきたため、か細い声で何とか一言だけ答えを返す。ちなみに漁船は自分たちが乗っている一隻だけではない。

 森久保除霊事務所が無報酬で除霊を請け負ったことを知った漁師の組合が、義理や人情で協力を申し出たのだ。

 なので手の空いている漁船は全て幽霊探索を行うことになった。


「やはり人間は素晴らしいのう。沙紀のおかげで良いものを見られたわ」

「うっ…嬉しそうだね」

「ああ、嬉しいとも! 我の愛しい沙紀が人の絆も捨てたものではないと、ここに証明してくれたのじゃからな!」


 我の愛しいと言われると恥ずかしいんだけど…と、大声で突っ込みたいが、気持ち悪くて口を開くのも一苦労だ。

 とにかく連絡を受けた全ての漁船は指定の海域に集まりつつある。ここからが本番だ。漁師は霊能力者ではないので除霊は出来ないが、情報収集は行える。

 ならば相手を刺激しない距離まで近づいて、詳しく教えてもらうのだ。


「お嬢ちゃん方、何でも幽霊は一体ではないようだぞ」

「そっそりゃまあ、船に乗ってるんだし一体だけのほうが、め…珍しいと思うよ」


 正直船長とお話する役目も誰かと変わって欲しいが、元々アタシが独断で受けた依頼なので途中で丸投げするのは良心が痛む。やはり最後まで責任を持ってやり遂げないと。


「仲間の話では、幽霊の船団というのか。そんなモノが見えるらしい」

「えっ…はぁ? えっ? …冗談?」


 漁船に乗る前にGBの公式サイトで簡単に調べたが、海に現れる悪霊が船に乗って活動するのは珍しくない。

 一隻の船に複数人、大抵このパターンになる。


「それが本当らしい。他に駆けつけた仲間からも同様の報告を受けている。

 濃い霧が立ち込めているため遠くまでは見通せないが、それでも軽く十隻を越えている」

「ええぇ、幽霊船のバーゲンセールじゃないんだから」


 こんな厄介な報告を聞かされて酔っている場合ではない。アタシはフラフラと立ちあがると周囲を見回す。

 船長が連絡を受けた通り、いつの間にか濃い霧が立ち込めて先が殆ど見えない。エルザの力を借りて観察すると、微かに霊力を帯びている。

 この中心部に幽霊船団が待ち構えているのは間違いない。


「とっ…とにかく、幽霊船団との交戦は絶対に避けてよね」

「そうしたいのは山々だが相手のほうが船足が早い! 徐々に距離が詰められているらしい!」


 相当絶望的な状況らしく無線から聞こえる声も切迫している。悪霊が数隻なら撹乱すれば逃げ切れるだろうが、まさか十以上で船団を組んでいたとは予想だにしなかった。

 これでは一時的に気をそらしたところで、後続がすぐに追いついてきて海の藻屑にされてしまう。


「ちくしょう! 一隻や二隻ならまだしも十隻を越える船団だと! 本当に悪い夢だ!」


 船長も相当苛立っている。アタシたちの乗る漁船が到着すれば好転するが、その前に味方が何隻沈められるかわかったものではない。

 正直この技は使いたくはなかったが覚悟を決める。いつかは使う日が来るのなら、今日がその日だ。


「取りあえずアタシたちが先行するから、船長はあとからゆっくり来てよ」

「はっ? 先行? 一体何を言って…」

「皆もいいよね。でもまあ、駄目って言ってもアタシは行くよ。それじゃ、あとのことは任せたよ!」

(ええ、任されましたわ!)


 戸惑う船長を放置してエルザと交代する。いつかこんな日が来るだろうと練習を続けていたので、龍の玉を集める漫画のような舞空術もどきはきちんと修得している。

 元々幽霊は地に足がついておらず、空を飛ぶことに慣れているのが幸いした。


 ともかく濃い霧のなかで空に舞い上がったアタシは、研ぎ澄まされた感覚で悪霊の船団を探知する。そして他の三人も自分のあとに続く。

 真理子は遠い先祖に鞍馬山の鴉天狗が居たらしく、霊力で作り出した黒い翼が謎の浮力を生み出して華麗に飛びあがる。

 ポーラは言うまでもなくサドル付きの竹箒にまたがり、顔色一つ変えずにスイスイと空を飛んでいる。

 ミズチは人の体のままアタシと同じように霊的な力場を作り、慣れているのかフワリと浮かびあがる。


 本当にアタシ以外はとんでもない天才集団だと思うが、高所からの落下や水難事故防止のためにも空を飛ぶ術は覚えておくべきだ。そう考えると、ここで使うのは間違ってはいない。

 だがやはり、霊力が尽きたり制御に失敗した途端に水ぽちゃになるので、出来ればこんなところで使いたくはなかった。

 それでも贅沢を言っていられる余裕はない。


 アタシの知らないところでお亡くなりになるならまだしも、今回の件は自分が引き起こした責任があるのだ。

 心の中で守護霊と会話し、自分の命を最優先で、なるべく犠牲者も出さないで欲しい…と、エルザに強く頼み込む。


「無茶な頼みですわね! ですが、沙紀のためとあらば、必ず叶えて見せますわ!」

(うん、お願い! エルザだけが…じゃなくて! 皆のこと、信じてるから!)


 心の声なのでエルザ以外には聞こえないが、それでも皆のことは信頼している。だがまるで聞こえているかのように、三人からはすぐに反応が返ってきた。


「はい、沙紀の信頼の声は確かに届きました」

「心配しなくても大丈夫。ワタシが必ず助ける」

「ふむ、信頼しれてくるのは嬉しい…が。全力を出すまでもないじゃろう」


 明らかにアタシの心の声が漏れている。そんなわけないとは言い切れないぐらい、核心を突いた返答だ。

 今の自分の体はエルザが操っているので声も顔にも出ていないはずだ。悪霊船団に向かって空を飛びながら考えても、結論は出ない。


(もしかして、アタシの心の声って漏れてる?)

「いえ、別に漏れていませんよ。

 沙紀の感情の揺らぎは、微かですがエルザとは別の霊気に表れています。それを日頃の行動や性格を照らし合わせて予測しているだけです」


 川の神であるミズチは感情が高ぶると外部に影響を与えるぐらい強く表に出てくる。あれが霊気だとすれば、一般人である自分の僅かな漏れを感じ取れば思考を読むことも可能かも知れない。

 特に三人共日常的な付き合いが長いので、裏表のない自分の心はさぞ読みやすいだろう。


(霊気を読むのって、そんな簡単に出来るの?)

「それが可能なのは、余程の達人だけだと言われています。

 私たちにはきっと才能があったのでしょう」


 それもそうかと納得する。並の霊能力者は力を操り、自由自在に空を飛ぶことは無理だ。ならば三人は達人と言っても差し支えないだろう。

 それにエルザに体を貸しているときにも意思疎通が可能になれば、不測の事態にも安心できる。


(ん……でも、待てよ?)


 だがそこでふと気づいてしまった。もしかしてこれは、アタシが表に出ても同様に心の中を読まれているのではないか。

 元々嘘も隠し事は出来ない馬鹿正直な性格だが、それでも心の壁まで取っ払いたいわけではない。

 気になったときには知っていそうな人に、直接聞いてみるに限る。


(あのさ。これって普段のアタシの心の声も…)

「沙紀、幽霊船団が見えてきましたよ!」

「うん! 頑張って皆を助ける!」

「川の神の力、思い知らせてやろうぞ!」


 アタシが疑問を心に思い浮かべた瞬間、三人は急に早口になり、影も形も見えない幽霊船団を霊気探知で目星をつけて一直線に突っ込んでいく。

 これは確実に心を読まれている。…と言っても、普段はエルザを宿らせていて彼女にはダダ漏れ状態なので、その辺りは慣れたものだ。


(これからは迂闊に、隠し事や嘘はつけないね)

「沙紀は今まで、隠し事や嘘をついたことはありますの?」

(うーん、……最近の記憶にはないね)

「ならばそのままでも、何の問題もありませんわ」


 昔から両親は家を留守にしがち一人暮らしが長かったせいか、田舎での人付き合いは殆どなかった。そして引き篭もりで学校でも友達は少なかった。なので隠し事や嘘をつく機会には恵まれなかったのだ。

 だがこれからは人と接する機会も増えるため、いつかは友人や他人を騙すこともあるかも知れない。


(そうだね。アタシも今の性格を変える気はないから、このままでもいいかな)

「私も今の沙紀を好ましく思っていますわ。では、…そろそろ!」

(うん、アタシもエルザのことは好きだよ。じゃあ、…よろしくね!)


 もちろん友人としてだが、そこまで心の声にしなくてもエルザならわかってくれる。殆ど離れることなく一緒に居るので、森久保除霊事務所の中ではアタシの一番の理解者だ。

 そんなエルザが飛行速度をあげて濃霧の中の幽霊船団に近づいたとき、そこに広がるあまりにも無残な光景に唖然とする。


(うわぁ…ミンチよりひでぇや)

「あの三人が自重なしで暴れれば、まあ…こうなりますわよね」


 周囲を見回すと沈みかけの幽霊船が数隻が海の藻屑になりいる、そこに数少ない悪霊たちが必死にしがみついている。

 遅れてきた身としては船体に空いた無数の穴や、へし折れたり潰れた無残な操縦室に目を覆いたくなる。

 元からボロボロだったのか、それとも仲間が破壊したのか、どちらが正解なのか判断が難しい。


 服を着ておらず足も半透明で姿形もおぼろげな幽霊たちは、消えかけている木の板や幽霊船にすがりついており、恐怖に顔を歪めて助けを求めているように見える。

 三人が除霊して回っているのは間違いはないが、ここまで怯えさせる程の圧倒的な力で蹂躙したのだろう。

 周辺の被害を考えなくてもいい海戦なのが自重を取り払う大きな後押しになった。


(取りあえず、取りこぼしを除霊しようか)

「ですわね。数だけは多いようですし」


 三人もほぼ浄化が完了したようで取りこぼしを処理しながらこちに向かっている。アタシも近くに居る怯えきった悪霊と漁船に向けて、次に生まれ変わるときは幸せになれますように…と、心の中で願いながらあの世に送る。


 とっくに戦意を喪失しているので、悪霊とはいえ無抵抗な相手を消すのは躊躇してしまうし、アタシたちには情けをかける余裕がある。

 ならば少しぐらい手心を加えてもいいだろう。だが面倒を見るのは除霊するまでだ。その先で天国に行くか地獄に落ちるかは彼ら次第だ。


 ともかくこれで依頼は終了だ。付近の悪霊はあらかた除霊したし濃霧も少しずつ晴れてきた。

 あとは三方からこちらに向かっている真理子、ポーラ、ミズチと合流し、それよりも少し遅れて合流する漁船に乗り、陸までも戻れば達成だ。

 依頼の報酬である今日の昼食をあれこれ想像し、アタシは空に浮かびながらのんびりと皆を待つのだった。

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