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謎の紅白巫女との出会い

 次の日の早朝、眩しい光を受けて快適な目覚めを果たしたアタシは、目と鼻の先の距離で微笑みながらこちらを見つめているエルザに、思いっきり驚いてしまう。

 とっさに寝る前のことを思い出そうとしても、靄がかかったようにはっきりしない。


 ならば一番事情を知っていそうなエルザに直接尋ねると、今日はGBの試験を受けに行くと、そう決めたらしい。

 彼女に協力してもらってゴーストバスターズを目指すと、寝る前に話し合っていたのは間違いない。確かにその通りなのだが、何となく釈然としない。


 しかし今はとにかく時間が惜しいので早速行動を起こす。まずは公園の水道で顔を洗って目を覚ます。

 そして近くのコンビニを探して朝食を調達する。腹が減っては戦は出来ぬだ。


 その間、ずっとエルザがアタシのすぐ後ろを飛んで憑いてきたが、誰にも気付かれはしなかった。昨日と比べて明らかに透き通って見えるので、幽霊らしく実体化を解除しているのかも知れない。

 それよりも旅行鞄を持ち歩いているほうが注目されたので、あとで適当なコインロッカーに預けようと心に決める。




 目的の物を迷わずに調達し、コンビニの自動ドアを潜って外に出たアタシは、そのまま昨日一夜を明かしたベンチに戻る。

 公園でジョギングや体操をしている近隣住民を見かけたが、気にせずにコンビニ袋から弁当とペットボトル飲料を取り出す。

 すると空をフヨフヨと飛んでいたエルザがこちらに顔を近づけて、興味深そうに話しかけてくる。


「沙紀、私も食べてみたいですわ」

「エルザが? でも幽霊なんでしょう? 確かに触れられるけど、…どうなんだろう」


 今はあまりお金に余裕がない。食費が二人分に増えれば、あっという間に底をつきそうだ。

 味覚や消化器官があるのかとか、どんな仕組みで物を考えたり喋っているのかとか、疑問が尽きないが、エルザに食べさせるには経済的な事情もあり躊躇してしまう。


「その点は大丈夫ですわ。沙紀、少し体を借りますわよ」

「えっ? あっ…ちょっ…にょわっ!?」


 空を飛んでいたエルザが突然急降下してきて、アタシはぶつかると思って目を閉じるが、いつまで待っても衝撃を受けない。

 再び目を開けると、彼女の姿が影も形もなくなっていた。


 一体何処に行ったのか…と口を開こうとしても、何故か上手く喋れなかった。それどころか、自分の意志を無視して勝手に動き出す。


「うふふっ、これが沙紀の体ですのね。ふむふむ、胸はあまり大きくありませんわね」

(ちょっと! 急に変な所を触らないでよ! くっ、…くすぐったい!)


 両手で体のあちこちをペタペタと触るアタシは、今はエルザの意思で動かされている。そうとしか考えられなかった。

 幽霊に操られていると次は何処を触られるのか読めないので、何の心構えも何も出来ず、無防備に受けてしまうのだ。


「ですがそちらは後ほど、ゆっくりと。まずは腹ごしらえですわ」

(結局やるんだ…はぁ、エルザ。アタシの体で遊ぶの止めて欲しいんだけど)

「お断りしますわ。私は肉体を失っていますので協力の報酬として。少しの間、沙紀の体を使わせてもらいますわ」


 むむむ…と心の中で唸るが、彼女の言うことも一理ある。いくら昔の友人でも、無報酬で助力を頼むのは虫のいい話だ。

 少しの間アタシの体を自由にすること。それがエルザの望みならば、貸してあげてもいいかも知れない。

 何も必要ないと言われるよりも、ギブアンドテイクの関係のほうが信用しやすい。


(うん、やはり海苔弁当はコスパいいなぁ)

「ぎっしり詰まっている感じがしますものね。このサーモンフライも、なかなか美味ですわ」


 久しぶりに食事をしたのか、アタシの体を操っているエルザも楽しそうだ。しかしそうなると、亡くなってから自分に取り憑くまでの間は、どうやって過ごしていたのか気になってきた。


「自分の死後は世界各地を旅しながら、沙紀と会おうとしていましたわ」

(えっ…アタシ? 何で?)

「幽霊が見えるのは縁が深いか、霊力を持つ者ですのよ。私の知人は皆…」


 つまり知り合いは誰もエルザが見えなかったと、そう言うことだ。しかしアタシの縁はそこまで深くはない。子供の頃に一緒に遊んだだけだ。

 その程度の薄い関係で彼女の姿が見えたのは、何とも不思議だ。そこでふと、もう一つの幽霊が見える条件を思い出した。


(あとは、幽霊がその人物に対して何らかの強い感情を抱いている場合…だっけ)


 エルザのアタシへの強い思いは、今までの行動から考えれば、友情だろう。それ程の好意を直接向けられると恥ずかしいが、少なくとも嫌われてはいないので悪い気はしない。


「あら、照れてますの?」

(そりゃ、まあね。とっ…とにかく、早く食べて試験会場に行くよ!)

「うふふっ、わかりましたわ。では、しばらく体を借りますわよ」


 体を貸すのは仕方ないか…と諦める。エルザの力を借りなければ、GBの素質の欠片もないアタシには、試験を突破することは不可能だ。

 それに子供の頃に遊んだだけの仲だが、何だかんだで友人として信頼している。ただ一つ問題なのは、弁当を食べ終わったエルザが外から見えない茂みの中に身を隠し、アタシの体を弄りだしたことだ。


(だからアタシの体を、意味ありげに撫で回すのはやめっ! やめてーっ!)

「別に良いではありませんの。減るものではないですし」


 手付きが妙に慣れているというか妖艶なのだ。エルザは隅々まで調べなくては気が済まないという感じで、熱心に撫でたり擦ったりしている。

 今現在は感覚を共有しており、元々が自分の体だ。何ともくすぐったくてもどかしい刺激が伝わってくる。


 しかも彼女がそれを受け入れているので、今のアタシも同じく無抵抗だ。もう最初から最後まで白旗状態で刺激を受けているのだ。

 確かに三大欲求の一つである食欲を満たし、睡眠欲も達成済みだ。ならば最後の一つも解消しようと熱をあげる気持ちはわかる。…わかるのだが。


「ふう……沙紀が腰砕けになりましたし、そろそろ行きましょうか」


 今のアタシはタコのようにフニャフニャに蕩けさせられてしまい、体を返されても一歩も動けないどころか、立ちあがることすら不可能だ。

 何と言うか、エルザはそちらの行為が抜群に上手いのだ。こっちの考えが手に取るようにわかるにもそうだが、アタシでも気づかない弱点を探るのに余念がない。


 それとも自分が未経験で耐性がないせいか。だが今は考えることすら億劫なので、エルザはこちらの体を操り、簡単に身なりを整える。

 アタシは過去に一度として体験したことのない、何とも心地良い余韻に耽りながら、そう言えばこれからGBの試験だった。

 大丈夫かなぁ…でもまあ、エルザに任せておけば大丈夫だよねぇ…と、彼女の手管によって心も体もすっかり骨抜きにされ、しばらくの間まともに動けなくなってしまったのだった。






 電車やバスを乗り継いでGBの試験会場に到着した頃、アタシはようやくいつもの調子が戻って来た。まだ少し腑抜けているが、心の中で受け答えをするぶんには問題がない。

 コインロッカーを借りて荷物を預けたあと、GB試験会場と表記されている専用の巨大な建物の中に入ると、まだ朝が早いのに既に何百人という霊能力者が何組にもわかれて並んでいた。


(凄い人数だね。厳密な書類審査や身元確認はしないの?)

(そちらは必要最低限ですわね。まずは霊力の有る無しが重要ですのよ)


 エルザも口を開かずに心の中で思ったことをアタシに伝えてくるが、常に心の底までフルオープンの自分とは違い、彼女は伝えたいことだけだ。何というか理不尽だと思う。

 だがまずは試験を受けるために、適当な列に並ぶのが先決だ。


(大人が多いね)

(試験に年齢制限はありませんが、霊力を手に入れるには長い修行が必要になりますもの)


 アタシの前に並んでいる人は皆が大人だし、厳しい修行をして来ましたといった雰囲気を放つ人が大勢居るのだ。

 メガネをかけた十五歳の平凡な女性が、並んでいい列ではない気がする…と言うか。今回で一番年が若いのは多分アタシなので、場違い感が半端ではない。

 だがまあせっかくここまで来たんだし、昨日やると決めたのなら、試験に落ちるにしてもやるだけやってみよう。




 しばらく心の中でエルザとしりとりをしながら待つと、列はかなりの速度で進んで行き、すぐにアタシたちの番が来る。

 窓口のお姉さんから言われるままに、お金を支払って書類に必要事項を記入する。その後数字の書かれたバッジを受け取り、説明通りに控え目な胸元に貼り付ける。

 そして奥の部屋の前で順番を待つようにと言われたので、エルザがアタシの体を操って堂々と歩き出す。


(ああ、何だか緊張してきた)

(試験で演出を行うのは私ですのよ。沙紀はただいつも通りに振る舞えばいいのですわ)

(それでもGB試験は初めてだから、こればかりは何ともね)


 動かしているのはエルザだが、自分の体でもあるのだ。試験内容は不明なので、もし痛い目にあったらどうしようと今さらながら足が震えてくる。

 現在は彼女が操っているので、アタシが内心でどう思おうと表に影響が出ないのが幸いだった。




 試験の部屋の前には長椅子が何列も設置されており、自分以外にも順番待ちの人たちが大勢座っていた。関わり合いになる気はないので、空いている場所を探して腰かける。

 辺りを見回して観察すると、男性が少し多い気もする。だが女性もそれなりの数が試験を受けるようだ。

 全体的な年齢は二十代がもっとも多く、次に三十から四十、最後にそれ以上になる。


 やはり自分と同じ十五歳は居ないようで、そんな中で多くの男性に囲まれて、彼らから熱心に口説かれている、黒髪の清楚な美女と目が合った。

 彼女はこちらの視線に気づいて微笑むと人集りを真っ直ぐに、そして強引に間を突っ切ってこちらに歩いて来る。

 そのままアタシのすぐ近くで止まると、隣の席に腰をおろして突然話しかけてきた。


「こんにちは」

(沙紀、交代ですわ)

(えっ、何で?)

(普段は沙紀が体を動かしますのよ。口調や仕草で違和感を覚えたら、後々面倒なことになりますわ)


 守護霊の影響だと言い訳をすればいいが、エルザの存在を公にするのは彼女が望んでいない。それに霊能力者には代々の秘伝も存在する。

 わざわざ能力や正体を明かす気もないので、ここは言われた通りにする。


「…あの」

「えっ! あっ…うん! 何?」

「はぁ…良かった。聞こえていましたか。瞑想に入っているかと思いました」


 霊力を高めるための瞑想と言われても、アタシは一度もやったことはない。ちなみにすぐ隣に座っているお姉さんは、清潔な紅白の巫女服を着ており、白足袋に草鞋と上から下まで徹底している。多分神社かお寺か、そっち方面の人だろう。

 そしてアタシは昨日と同じTシャツとGパン、下着まで一緒だ。早く何処かで洗濯して着替えたい。あとお風呂に入りたい。

 一応臭い消しのスプレーをしているが所詮は応急処置だ。近くで嗅げばすぐにバレるだろう。


「私は寺下真理子てらしたまりこです。貴女は?」

「あっ…アタシは、森久保沙妃だよ」


 一瞬別の寺下と名乗る人の顔が思い浮かんだが、そちらはまだ少女だ。目の前の紅白巫女服を着た美女とは姉妹だとしても、年が離れ過ぎている。


「よろしくお願いします。森久保さん」

「うっ…うん」


 こちらの手をそっと両手で握る寺下さんが、徐々にだが顔を近づけてくるのがわかる。エルザもそうだが出会う女の人は皆グイグイ来る気がする。

 アタシは田舎育ちだからわからなかったが、都会の人はこんなに同性の距離が近いのだろうか。


 周囲の人たちも固唾を呑んで見守っているが、そんなことはどうでもいいので、今すぐ助けて欲しい。清楚系美人巫女の寺下さんと、地味系メガネ女子のアタシなんて一体何処に需要があるのか。

 そういった距離感に疎い生娘のアタシに、適切な対処方法が思いつくわけもなく、もはやこれまでか! …と諦めかけたとき、試験会場の扉が開いた。


「これより試験を開始します! 三百一番から三百二十番の方は入室してください!」


 試験官らしき人が扉を開けてアタシの番号を呼んだので慌てて立ち上がり、赤面しながら寺下さんに両手を離してもらい、逃げるように部屋の中へと駆け込む。

 あのまま誰の助けもなければ、どうなっていたのだろうか。広々とした室内は空調が効いているが、思わず背筋が寒くなってブルルッと身震いしてしまう。




 部屋の奥には一列に並べた長机と、パイプ椅子に腰かけた十人ほどの試験官。そして手前には二十のパイプ椅子が置かれていた。

 自分の番号は三百二十なので一番左に札が貼られており、そちらに迷いなく腰をおろす。

 災厄から逃れてホッと息を吐いていると何故か寺下さんも中に入ってきて、アタシの隣に座る。


「私の番号は三百十九番です。一緒に頑張りましょう。森久保さん」

「えっ? ……うん」


 アタシが戸惑っている間にも寺下さんは嬉しそうに語りかける。よく見ると巫女服の豊かな胸元には、三百十九と書かれたバッジが付けられていた。

 やがて二十人全員が室内に入り終わり、それぞれの席に座る。その後、入り口の扉が閉ざされ、いよいよGBになるための試験が始まるのだった。

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