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楽しい海水浴

 海沿いの町に来てから五日目の朝になった。全ての沿岸部の霊的スポットの除霊が終わったので、半日遊んで午後には家に帰る予定だ。

 依頼主や町の人たちからは十日とは言わずに一ヶ月、一年でも無料でいいので泊まってくれと言われたが、きっぱり断った。


 アタシたちが宿泊している情報が知られた途端、旅館は即日で全部屋が埋まった。幽霊騒ぎで客足が遠のいているにも関わらずだ。つまりは客寄せパンダとして利用されたことになる。

 巫女、魔女っ子、川の神の三人組に鼻の下を伸ばしながらやって来たお客さんが、依頼主の経営する旅館だけでは到底足りずに、周りの観光施設にもせっせとお金を落としてくれるのだ。


 そう考えると森久保家の周辺も人が集まっているのかも知れないが、そちらは便利な結界を展開しているので周りを飛び回るハエは近寄れない。

 ついでにアタシたちに手を出すとタダでは済まないと地元民は理解してくれている。なお外から来る人も事前情報ぐらいは入っている。

 それでも話しかけてくる愚か者はいるが、巡回の警察も大増員されているのでそこまで大きな問題にはなっていない。




 だがしかし、ここ数日で何となく理解したが、地元を離れると途端に面倒に巻き込まれるな…と感じながら、海水浴場に固定したパラソルの下にビーチマットを敷いて、アタシはその上にチョコンと体育座りをしていた。


 除霊済みの砂浜で遊ぶ大勢の海水浴客と寄せては返す青い波をぼんやりと眺める。日陰に入っているとはいえ夏の終わりでも太陽は元気いっぱいで、日焼け止めを塗っているが照り返しで肌が焼けそうだ。


「てっ…寺下さん! 俺と一緒に泳ぎませんか!」

「クルーガーちゃん! お菓子をあげるから、お兄さん楽しく遊ぼうよ!」

「あのっ! ミズチ様! 貴女のためにお祈りをさせていただきたいのですが!」


 今回の除霊を行う前に地元の服屋で水着を購入してきた三人は、当然それを着用しており、現在は大勢の海水浴客に囲まれて一歩も動けない状態だ。

 ちなみにインドア派のアタシは海を見られれば満足だ。泳ぐつもりは一切ないのでのんびりと荷物番をしている。


 ここに来る前から、気を遣わず自由に遊んでいいよ…と、背中を押したのだ。そんな見目麗しい三人の美女と美少女は、アタシが磁石のN極でその他全員がS極のように、いつもピッタリとくっついてくる。


 だが自分が絡まなければ彼女たちは殆どの場合は単独行動を取る。その結果、ある程度距離が離れて一人っきりになったのを見計らい、様子を窺っていた海水浴客たちに囲まれてしまう。

 仕事着ではなく今日のために用意した刺激的な衣装なので、いつも以上に人目を引いてしまったことも、災いしたのかも知れない。


 真理子は女性用下着のような白色のバンドゥ水着で、実際の年齢以上に肉感的に成長しているお尻と胸元を辛うじて支えていた。油断すると隙間から溢れてしまいそうだ。

 何というか普段は紅白巫女服で露出が少ないので、その反動もあってか女の色気を四方八方にばらまいている感じがする。

 鼻の下を伸ばしたり前かがみになっている男も数多く確認できるが、武士の情けで視線は合わせずに気づかないふりをする。


 ポーラはピンク色のフリル付きのワンピース水着で、上下が一体型になっている。普段の三角帽子と魔女のローブと同じように露出は控え目だが、それでも腕や太股、肩や脇が何かと視界に入り、子供特有の健康的な色気が感じられる。

 さらに銀色の髪も太陽の光を浴びて眩しく輝いており、日本の海水浴場に舞い降りた可愛らしい天使を彷彿とさせる。

 その姿に男性も女性も息をするのも忘れて、ただただ見惚れているのがわかる。きっと皆叶うことなら、彼女のことを自分の妹か娘にしたいと考えていることだろう。


 ミズチは水色の三角ビキニで、布面積が少ないながらも恥じることなく堂々と振る舞っており、何処となく気品すら漂っている。

 いつもは後ろで結いあげている青の長髪も垂らしており、普段とは違った印象を抱かせる。年齢は数千歳でも少女の外見をしているためどう扱っていいのか困るが、肉体的には二十近い女性そのものなので、やはり彼女は大人なのだろう。

 一つ一つに威厳のある立ち振る舞いから両手を合わせて崇めたくなるのか、頬を朱に染めた熱心な信者に囲まれているのがわかる。


「皆大変そうだね」

(沙紀は泳ぎませんの?)

「アタシはいいよ。海はここ数日で堪能したからね。泳ぎたければ体を貸すけど?」


 指示された海岸線を歩きながら四日に渡って除霊し続けたので、泳いでこそいないがもう十分だ。

 今すぐ家に帰ってもいいが、せっかくなので一度ぐらいは海水浴客として参加してみようと思い、パラソルとビーチマットと借りてやって来たのだ。

 なので服装はいつも通りのTシャツとGパンのままであり、メガネも着用している。守護霊のエルザは海にはあまり興味がないらしく、アタシと一緒に雑談をしながらペットボトルのスポーツ飲料に口をつける。

 そしてもう一度、青い空と白い海を眺めて大きく深呼吸を行う。


「皆、おかえり。早かったね」


 やがて真理子、ポーラ、ミズチの三人は、何だか疲れたような顔をして戻って来た。流石に皆が揃っているところで声をかける猛者は居ないのか、海水浴客たちは遠巻きにチラチラと様子を伺っているだけだ。


「結局泳げませんでした」

「誘ってくれた男の人と一緒に泳いでくれば?」

「残念ですが、私の好みではありません」

「そっかー。それなら仕方ないね」


 御眼鏡に適わなかったのならば仕方がない。真理子を誘った男の人が誰だったかは覚えてないが、この世の女性は紅白巫女だけではないので、どうか強く生きて欲しい。

 続いてポーラが不機嫌そうな顔で、ブツブツと愚痴を言ってくる。


「お菓子で釣れると思われた。屈辱」

「まあポーラは五十歳児でも見た目は完全に子供だし。それとも、大人として見られたいの?」

「…ううん、それより沙紀。頭撫でて」

「はいはい、おいで。ポーラ」


 普段は子供扱いされたくないと口に出しているのに、アタシにだけはベタベタに甘えてくるポーラを、柔らかな膝と控え目な胸でしっかり受け止める。

 そして言われた通りに軽く頭を撫でると、たちまち機嫌が治って口元が緩む。


 こういう姿を見るとまだまだ子供だと感じるが、アタシにしなだれかかるときに蠱惑的な表情を覗かせるときがある。だがすぐに元に戻るので気のせいだとは思うが、何とも不思議な魔女っ子だ。

 次は自分の番だとばかりに、川の神は豊かな胸を張って堂々と不満を口にする。


「海じゃと言うのに、川の神が崇められたのじゃぞ」

「ミズチは神様だから仕方ないね。でもまあ多分この国ぐらいだよ」

「そうじゃな。外国の祭りも取り入れて、ありがたがる国じゃしのう」

「ハロウィンとか、バレンタインデーやクリスマスもそうだね」


 日本人的には楽しく騒げれば、元になった理由は割りとどうでもいいのだろう。取りあえず皆を労い、鞄の中にからアタシが飲んでいるのと同じスポーツ飲料を取り出して、三人に手渡す。

 そのままポーラだけでなく真理子とミズチもすぐ近くに腰をおろすと、キャップを開けて各々が飲み物を口にする。

 海で遊べないならそろそろ帰ろうか…と、口を開く前に、聞き覚えのある声が海水浴場に響いた。


「森久保除霊事務所の皆さん! 大変だ!」

「あれは料理屋の店主かな? 何か焦ってるみたいだけど」


 初日にお世話になった飯屋の店主で、それ以外の日にもちょくちょく食べに行っているのでよく覚えている。

 彼はこっちの宿泊先しか知らないだろうが、海水浴場でアタシたちはかなり目立っているので見つけるのは簡単だ。

 おじさんは割烹着ではなく動きやすいトレーナー姿で炎天下の砂浜を走ってきたのか、全身汗だくで息を切らしている。


「何だかわからないけど落ち着いてよ。アタシの飲みかけで悪いけど。…はい」

「はぁ…はぁ! あっ…ありがたい!」


 汗びっしょりで辛そうだったので、アタシは半分以下に減ったスポーツ飲料をおじさんに渡そうとした。だが突然横から伸びてきた手に、ペットボトルを奪われてしまった。


「私の物を渡します。まだ量もかなり残っていますので、水分補給には最適です」

「ワタシの飲み物を全部あげる。だから沙紀のモノはもらう」

「沙紀の残りは我がいただこう。代わりに神が清めた水で心身を癒やすがよい」


 状況の整理が追いつかないが、三人がアタシの飲み残しを奪い合っていることだけはわかる。

 そして自分は百合の花を咲かせる気はない。容姿だけでなく性癖も平凡なのだ。だが今は料理屋の店主のほうを優先すべきだと考えて、慌てて鞄をさばくる。


「三人分の飲み物をどうぞ」

「おっ、おう…何か、色々と悪かったな」

「気にしないでいいよ。それと三人共、アタシにそっちの趣味はないからね!」


 相変わらず飲みかけを取り合っている三人にも後半を少し強めて伝えると、十分にわかっている…と、そんな答えが返ってきた。

 だがアタシの飲み残しをじゃんけんで勝利したミズチが、嬉しそう両手で抱えているのを見ると、本当にわかっているのかとツッコミを入れたくなる。


 それでも三人が恋人でなく友達の関係を受け入れているなら、アタシからは何も言うことはない。これまで通りに仲良くやっていくだけだ。


「ところで、アタシたちに何か用があるんじゃないの?」

「おっとっ! そうだった! 実は大変なことが起こったんだ!」

「大変なこと?」

「幽霊が出たんだよ!」


 彼の言葉にアタシたちは一同に驚く。指示された通りの全て浄化が完了して、今日中に森久保家に帰る予定だった。

 それ以外にも広域探知を行い目についた悪霊を除霊して回ったので、当分の間は何も起こらないはずだ。むしろ依頼主の期待以上の仕事を完遂したと、自信を持って言い切れる。


「…マジで?」

「嘘じゃない! 今朝がた港に帰ってきた奴が船幽霊を見かけたらしい!」

「あー……なるほど。沖のほうなら確かに。そっちは管轄外だなぁ」

「えっ? そっ…そうなのか?」


 依頼は海岸線に沿った霊的スポットの浄化だ。陸地に近い場所には現れないが遠く離れた海上には悪霊が出ても不思議はない。

 店主が驚いたような顔をしているが、掃除が終わってない場所も当然ある。そもそも依頼されていないことまで面倒は見きれない。


「何とかならないのか?」

「アタシたちは陸の除霊専門で管轄が違うし、依頼内容にも含まれてないからね」

「そっ…そうか。…そうだよな。騒がせて悪かった。お詫びに今度店に来たときには一品奢るよ」


 海上を専門にする霊能力者も居るらしいので、そちらに依頼したほうが面倒がなくいい。だが店主は明らかに気落ちしたような表情で、頭を下げて謝罪を口にする。

 これでは何だかこっちが悪いことをしている気分だ。アタシはどうにも落ち着かなくなり、自分の癖っ毛を指でかきながら彼から視線をそらしてボソボソと小声で喋る。


「あのさ。その幽霊ってどの辺りで見たの? 近い? それとも遠い?」

「えっ? …そうだな。沖に出てすぐと聞いたから、一時間もかからない距離だ」


 除霊を含めても往復で二時間もかからない。午後の電車には多分間に合うだろう。あとは幽霊の情報がないのが不安だが、その辺は目撃者から話を聞けばいい。


「沖で幽霊を見た人から詳しい情報を集めて、あとは漁船の手配も頼みたいんだけど」

「まさか、除霊してくれるのか!?」

「正直割りに合わないどころか、赤字にしかならないけどね」


 本当にアタシは何をやっているのか。こんな自分が森久保除霊事務所のトップなのが今さらながら恐ろしく感じる。倒産しないで済んでいるのは、お金には不自由していないのと仲間がとんでもなく優秀だからだ。


 森久保除霊事務所では他とは違い、御札や破魔矢、施餓鬼米等の霊的な道具を一切消費せずに除霊が行えるのが最大の特徴だ。

 代わりに安全管理には常に気をつけないと、いつ霊力が枯渇して命を失うかわからない。まさにハイリスク・ハイリターンなのだ。

 とは言えこのような理由もあり、通常の除霊事務所なら大赤字の仕事も気軽に請け負うことが出来る。


「それと一品じゃ少ないから、今日のお昼は店主の奢りね」

「ああ、わかった! とびっきりの料理を出してやる!」

「じゃあ時間がないから、車の手配をよろしくね」

「それなら俺が出そう。帰りは別の者に店まで送るように、ついでに頼んでおこう」


 一食分の昼飯を報酬としてアタシは仕事を受けることを決める。店主がやる気になっているのを横目に他の三人に顔を向けると、いつも通りに付いて来る気満々だ。

 過去に何度も説得したが彼女たちの意思は固く、決して離れようとしなかった。なのでそう言うものだと受け入れている。

 何より今は時間が惜しいので、皆の意見を聞かずに黙って歩き出す。だがそれは人的被害の拡大を抑えるためではなく、昼食に間に合わせたい一心でアタシはとにかく急ぐのだった。

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