海沿いの町の除霊依頼
川の神であるミズチが森久保家にやって来てからしばらく経ち、八月の下旬になった。相変わらず厳しい暑さが続き、まだまだ涼しくなる気配はない。
そして同居人が増えてもアタシの生活リズムは変わらず、自堕落な引き篭もりの合間を縫うようにGBの仕事を続けていた。
指名依頼の基準を引き上げたので仕事量は一時期と比べてかなり減ったが、その分報酬も難易度もあがったので、出勤日が少なくてもやり遂げた感は高まっている。
今も自宅の居間で、皆と一緒に京都のゲームメーカーが作ったレースゲームを遊んでおり、なかなかに白熱した戦いを繰り広げている。
少し前のアタシはお小遣いに余裕がなかったため、最新のゲーム機を購入できるとは思いもしなかった。
参加メンバーは一般人のアタシ、守護霊のエルザ、巫女の真理子、魔女のポーラ、川の神のミズチ、この五人だ。
あくまでも身内でワイワイ楽しく遊んでおり、知らない人と話すのは疲れるので基本的には他所からは入れない。
結果的に身近な女友達同士でも十分に楽しいので、何の問題もない。
そして十時になったのでお茶とお菓子で小休止するついでに、ちゃぶ台の上に置かれたノートパソコンを起動して森久保除霊事務所のページを見てみると、指名依頼が一件入っていた。
アタシはガラスのコップに注がれた冷えた麦茶を口に運びながら、迷うことなくクリックして詳細を調べる。
「海水浴場に幽霊かぁ。夏も終わりだっていうのに、何で今頃指名が来たんだろう」
「最初から森久保除霊事務所ではなく、もっと低額で依頼していたと思いますわよ」
実体化したエルザの意見は最初は安く済ませようと地元の霊能力者に依頼したが、それでは誰も受けてくれなかった。
結局夏の終わりにずれ込み、仕方なく森久保除霊事務所という形とのことらしい。確かに十分に考えられる事態だ。
「うーん、質はともかく幽霊の数は相当多いみたいだね」
「私と沙紀だけでも問題はありませんけど、日帰りは難しそうですわね」
「となると、そっちの町に泊まりになるのかな。
幽霊騒ぎで観光客が寄りつかないだろうから、宿には困らないね」
そのままエルザと二人で指名依頼の打ち合わせを行う。余程怪しい依頼でない限りは基本的には引き受けているので、海水浴場の除霊は行う予定だ。
しかし付近の海で亡くなった者が手当たり次第に化けて出るので、海岸線に沿ってかなりの広範囲を除霊しなければいけない。苦戦はしないが時間はかかる。
あとは気になることが一つあったので、ポツリと口から漏らす。
「これって苦労の割に依頼料安くない?」
「合計金額は高いですけど、仕事量は膨大ですものね。
他の霊能力者が誰も受けたがらないわけですわ」
一応森久保除霊事務所に指名依頼を申し込む際には、様々な条件が設けられており、満たしていない場合は自動的に弾かれる。
だがGB公式サイトの基準に左右されるので、通過してくるもの全てが優良だとは限らない。
次回はすり抜けて来ないように、エルザに聞きながら少し設定を変更する。
「ふう…終わりっと。…海に行くのも久しぶりだし、たまにはいいかな」
小さい頃に何度か両親に連れられて行ったが、基本は海のない田舎暮らしだ。さらにインドア派も重なり、仕事でもないとわざわざ海岸線まで遠出しようとは思わない。
依頼主が除霊中の宿泊先を手配するそうなので、依頼料が少ないことを気にしているのかも知れない。
アタシはお金には全く不自由してないし今回は観光も兼ねているので、長期の滞在以外は何の問題ない。
あとは依頼主の連絡先と依頼内容を一通り携帯に入力し、ノートパソコンの電源を落とす。
「それじゃ、アタシたちは出かけてくるから」
「お供します」
「ワタシも、海楽しみ」
「当然我も行くぞ」
居間の座布団から立ち上がって皆に声をかけたところで、習ったかのようにアタシ以外にも全員が席を立つ。付き合いもそこそこ長くなり、何となくそんな気はしていたので動揺はしない。
自分が森久保家に引き篭もっている間はそれぞれが別の依頼を受けるが、アタシが除霊の仕事を受けると全員が同行する。
今回も一人の欠席もなく皆が同行することになり、きっと友達と一緒に海で遊びたいんだろうな…と、何の気なしに考えるのだった。
依頼主は海沿いの町で有名な旅館を経営しており、アタシたちは仕事中はそこでお世話になることになった。一応無期限に泊まることが出来るが無料なのは十日だけだ。
既に直接の打ち合わせは終わっており、海岸線の地図を受け取って丸で囲まれた場所の霊を全て祓えば依頼達成となる。
何でもそこが地脈の関係で霊が集まりやすい地点とのことだ。それ以外にも道路沿を歩いて、見かけた場合は除霊をして欲しいと頼まれている。
なので今は五人揃って管轄内の海岸線の端から歩き、夏の日差しが照りつける堤防道路から見える景色を楽しんでいる。
エルザは実体化はせずにアタシに宿っているので、外から見えるのは四人だけだ。霊気感知は常に行っているので見逃しはない。
だがそろそろ別の意味で限界が近くなってきたので、息を吐きながら自分のお腹を押さえる。
「はぁ…お腹空いた。何処かでお昼ご飯食べたいなぁ」
「早朝に出発してから何も食べませんですしね」
自分と同意見の真理子も軽く頷く。紅白巫女服と黒髪が潮風を受けて揺らめいて、美女と海の構図はなかなか絵になるなと感じた。
「沙紀、ワタシもお腹空いた」
「だよねー。そろそろ十二時だし、何処か適当なお店に入っちゃおうか」
銀髪の可愛い魔女っ子も不機嫌そうに頬を膨らませているので、やはり早急に料理店を探すべきだろう。八月の終わりでも相当な暑さなので、そろそろ涼しい場所で一休みしたい。
「我も沙紀の意見に賛成じゃ。この辺りはやはり魚料理かのう?」
「海沿いだから、やっぱり魚じゃないかな?
そう考えると何だか急にアジフライが食べたくなってきたよ」
長く青い髪を後ろで丁寧に結い、振り袖ではなく涼し気な浴衣を着た川の神が名指しで話しかけてきたので、どんな魚料理が食べられるかを想像する。
黄金色のアジフライが脳裏にちらつき、つい生唾を飲み込んでしまう。
(私は沙紀が好む料理なら、何でも美味しくいただけますわ)
「遠慮せずに何か食べたい物があったら言ってよ。
…っと、あと十分ほど歩くと料理店があるね」
守護霊は友人兼相棒なので上手くやっていきたい。携帯をポーチから取り出して霊的スポットと一緒に付近の情報を検索すると、十分ほど歩いた先に一軒の料理屋があることに気づく。
海岸沿いの町らしく魚料理をメインに出すお店らしい。皆にもお昼ご飯はそこで食べようか…と聞くと、反対意見はないようなのですんなりと決定する。
十分ほど歩いて料理店に到着したアタシたちは迷っていた。丁度お昼時なので店内は大変混雑しており、外にも人が並んでいる程だ。
付近に他の飲食店はないので次の飯屋までは倍の二十分は歩く必要があるし、その店が空いているとは限らない。
このまま列に並ぶかそれとも次の店を目指すか。どうしようか? …とアタシが口を開く前に、店内から大声で呼び止められた。
「そこに居るのは、森久保除霊事務所の人たちだよな!」
「えっ? ああうん、確かにアタシたちがそうだけど」
「いやぁ! 会えて良かった! 急いで席を用意するから、ちょっと待っててくれよ!」
男性用の割烹着を着た中年の店主らしき人が、窓の外に見えるアタシたちに気づいたらしく、カウンター席に座ったお客さんに奥に詰めるように荒っぽく言い放ち、予備の椅子を用意している。
アタシ以外の全員が美少女及び美女であり、巫女、魔女、川の神ととても目立つ。堤防道路を歩いている間も、何度声をかけられたかわからない。
中にはしつこく話しかけて強引に付いて来ようとする者も居たが、言っても聞かない輩には力尽くでわからせた。
もちろん手加減はしたので怪我はさせていない。気づかれないように上手に意識を刈り取って、日陰に寝かせただけだ。
そもそもやってることは業務妨害なので、それでも付きまとうようなら、最終手段として川の神を使わせてもらう。
神に逆らう愚か者には天罰が下るのは、昔からよくあることだ。
話がそれたが他に並んでいる人たちを差し置いて、アタシたちを先に入店するのは助かるが何だか申し訳ない。
どうやら家族で営業しているらしく、カウンターの向こうの調理場で忙しくしている奥さんが店主に変わって声をかけてくる。
「気にしないでいいのよ。それより報酬が少なくてごめんなさいね」
「あっ…えっと、その…どういうこと?」
何となくこのまま店で食べる雰囲気になってしまったので、アタシたちは奥さんに案内されて、カウンターの前に置かれた予備の椅子に並んで腰かける。
小さなお店らしく机も椅子も少ないが客は皆は美味そうに料理を食べているので、味は期待できそうだ。
「貴女たちへの依頼料は町の役所で話し合って決めたものなの。
例年よりも少ないとは感じてたけど、…それがまさかこんなことになるなんて」
「ああ…なるほど」
奥さんから聞かされたのは町の税金から毎年定期的に割り当てられているのだが、今年は大幅に削減して別の部署に回した。
そのため去年まで受けてくれていた霊能力者がお断りして、他所を訪ねて回ったが結局頼れる者も見つからずに、藁にもすがる思いで森久保除霊事務所に依頼を出したとのことだ。
まあアタシは、夏が終わる前に今まで行く機会がなかった海を見てみたい…と、そんな軽い気持ちで受けたのだが。
「だからね。貴女たちがこの町に来てくれて、本当に助かってるのよ。
私たちにはこんなことしか出来ないけど、応援してるわ」
「それは、あっ…ありがとう」
奥さんだけでなく店主も嬉しそうな顔をしており、アタシはそんな重い事情があったとは思わなかったので居たたまれなくなり、手元のメニューを眺めてやり過ごす。
肉もあるがやはり魚料理が多いようで、歩きながら食べたいと思っていた物を見つけたので、それを注文する。
「アタシはアジフライ定食ね」
「私はちらし寿司を」
「ワタシは海老フライにする」
「我は寿司セットじゃ」
揚げ物と生魚が半々にわかれた。店主の気合の入った掛け声と共に調理が始まったので、待っている間に何気なく店内を見回す。
ポーチの携帯電話を弄って暇を潰してもいいのだが、せっかくなので観光気分で色々と観察したい。その結果、やはりと言うか客層は漁師か地元民が多く、全員がアタシたちに注目していた。
次に高い位置に置かれたテレビを眺めると、生放送中のようで地元のテレビ局の若い女性リポーターが、とある飲食店の前に立って元気良く取材を行っていた。
「現在このお店の中では、森久保除霊事務所の皆さんがお食事中とのことです。
メンバー全員が若くて綺麗な女性であり、少し前に川の神様の説得を行ったことは全国的に知られています」
その元気のいい声を聞いて、アタシただけなく真理子、ポーラ、ミズチの全員がテレビを見て、次に店の外に顔を向ける。
すると入り口の自動ドアが開き、画面と全く同じ女性リポーターが、マイクを片手に申し訳なさそうな顔で入店してきた。
「テレビ局の者ですが、今お時間よろしいでしょうか?」
「アタシは駄目。真理子にパス」
「私もお断りします。ポーラに任せます」
「取材は嫌い。ミズチ…お願い」
「何故神である我が人間の取材を受けねばならんのじゃ。断るに決まっておろうが」
あっという間に四人揃って拒否と決定した。そしてアタシは無言で店主に視線を送るとこちらの考えが伝わったのか、軽く頷いて女性リポーターに顔を向けてはっきりと言葉を投げかける。
「うちは飲食店で、アンタたちに取材の許可は出してない。
何よりこの人たちは大切なお客さんだ。これ以上は営業妨害として訴えるぞ」
元々通路が狭いのでリポーターを入れるだけでも窮屈になり、昼時で店内が満席なので他のスタッフが入る余裕はない。
テレビカメラは自動ドアの外から撮影しているが、それでも十分に迷惑行為だ。
「たっ…短時間だけでいいんです! お願いします!」
リポーターが今にも泣きそうな顔で頭を下げて頼み込むので、アタシは迷ってしまう。この人はもしかして上司に無茶振りされた被害者なのかも知れない。
そう思うとどうにも放って置けなくなってしまった。
「うーん、…料理ができるまでならいいよ」
「あっ、ありがとうございます!」
(相変わらずお人好しですわね。でも、沙紀らしいですわ)
心の中でエルザがクスクスと笑っているのがわかる。アタシは自己満足で取材を受けるので断じてお人好しではない。ただ何となく放って置けなくなっただけだ。
ともかく時間は限られているし他の客の迷惑になる。さっさと済ませるようにとリポーターを促す。
「はっ、はい! それでは、いくつか質問させていただきますね!
何故、森久保除霊事務所を設立したのですか?」
「深い理由はなくて、何となくだよ」
元々アタシ一人…ではなく、エルザと一緒に活動する予定だった。なので霊能力者、森久保沙紀として個人名で登録したままだった。
それが真理子が同居人になったので、そちらに変更しただけだ。
「あー…いえ、もっ…もう少し詳しく。
何故数ある職業のなかでGBを選んだのか、その理由を教えていただけませんか?」
「素質さえあれば中卒のアタシでもすぐ働けて、実入りの良い職業だからだよ」
GBは免許証さえ発行してもらえばすぐに活動できる。才能がものを言う職業で命の危険もあるため、収入はピンキリだが殆どの場合は高額だ。
公園で黄昏れていた頃はとにかくお金が欲しかったが、今の森久保家に住むようになってからは自堕落な生活に戻り、無理せずに程々に稼ぐことに切り替えた。
「なるほど。では、他の方は…」
そこでリポーターがは続いて真理子にマイクを向けると、彼女は張り付いたような微笑を浮かべたままで、一言も喋らない。
その様子を見てアタシは何となくだが察した。
「真理子は寺下家、現当主の方針だったよね。
次期当主にするために、子供の頃から山奥で厳しい修行を受けさせられてたんだっけ?」
「はい、GB試験でたまたま知り合った沙紀との縁を大切にし、活動を共にしているのです」
この回答でリポーターは納得してくれたようで、次にポーラにマイクを向けるがやはり彼女も口を閉ざしたままだ。どうやら三人は取材を受けたくないらしい。
アタシが受けることに決めたのだから、せめて代わりに何か喋るべきだろう。我ながら難儀な性格だが今さら変えられない。
「ポーラは魔女の一族で、世界中を旅してまわってたんだっけ? それでアタシが除霊依頼を受けたときに知り合ったんだよね」
「普通なら迫害か最悪退治される。
でも沙紀はワタシを許しただけでなく、面倒まで見てくれている」
魔女として五十年生きたらしいが、いつまでも子供のままの姿のポーラは行く先々で酷い目に遭ってきた。
だが彼女自身はそれでも性格はねじ曲がらずに善寄りで、もし暴走したらアタシが何とかすることを条件に名目上は保護観察処分になっている。
今はGBのマスコット的立場を確立しているので、多少力加減を誤ったところでお咎めはないだろう。
最後にリポーターはミズチにマイクを向けたのでアタシは口を開こうとしたが、特に何も思い浮かばなかった。
「ミズチは、まあ色々あって森久保家に引っ越してきてね」
「沙紀よ。我の説明が雑ではないか? これでも何千年も生きる由緒ある川の神じゃぞ?」
「だってミズチは、もう全国的に知られてるじゃない。出会いの記録もノーカット放送されたし」
プールの事件は大勢の目撃者とテレビカメラもあったので、アタシがわざわざ説明するまでもない。
リポーターもどうしたものかと迷っているが、これ以上追求されることはなかった。ミズチは蛇に見えても水竜らしいので、深く突っ込んだことを聞いて逆鱗に触れるのは嫌らしい。
質問が一周したところで料理が運ばれてきたので取材は終了となった。最初に交わした約束は守ってもらう。
リポーターは上司の無茶振りを達成したので、ホッとした顔でアタシたちと店内の客や店主、奥さんにお礼を言い、深く頭を下げたあとに店の外に出て行く。
何はともあれ生放送は無事に終わったので、あとは注文したアジフライ定食を美味しく食べるのみだ。
「我のことも真面目に紹介して欲しかったぞ」
「でもミズチは、取材受けたくなかったんじゃないの?」
「親友の口から語られる思い出話は別なのじゃ。沙紀が我をどのように見ておるかがわかるしのう」
そんなものだろうか。アタシは設置されている箸入れから自分の分を取り出し、いただきますをしながら、ミズチに言われたことを考える。
だが今は揚げたてで湯気を放っている黄金色のアジフライのほうが気になる。
「まあ出会いの思い出なんていつでも話せるし、また別の機会にね」
「本当じゃな? では仕事が終わり家に帰ったら、夜が明けるまで語り明かそうぞ」
「まっ…まあ、ミズチがそれていいなら別にいいけど。でも、次の日が休みの夜にしてね」
一晩中となるとミズチとの出会いだけでは足りないので、他愛もない日常も含めることになるが、それで彼女は満足するのだろうか。
こんがりと揚げられたアジフライにソースを垂らして食欲を満たすべく、柔らかな白身にそっと箸を入れるのだった。




