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プールに住む神様

 河童の少女に尻子玉を抜かれたままイタズラをされる事件の次の日。いくら命の危険がないからと言っても、これに懲りたら今度からは黙って見てないですぐに助けに入ること! …と強く言ったものの、皆は善処する…と、玉虫色の返答だった。


 だがアタシでも怒る時は怒るので、もし次に同じことをしたら奢りに食後のデザートも追加注文する! …と釘を刺しておいた。

 これなら皆も反省してくれるだろう。そう考えながら近所のファミレスでミートソースパスタをせっせと口に運ぶ。


 三人はもっと高いのを頼んでもいいと言ってくれるが、助けなかった罰でも友人に出費を強制しているのだ。なので、なるべく安いメニューを注文する。

 中学まで住んでいた実家の片田舎と比べれば、低価格で美味しい料理店が多いので十分幸せなのだ。




 そして季節は夏真っ盛りの八月の上旬、前の家の猛暑は扇風機で凌いでいたのだが、今の森久保家にはエアコンがある。おかげで引き篭もり生活がとても捗る。

 これでは雨が降っていなくても、外に出たくなくなるというものだ。しかし指名依頼が入っている場合、高額報酬なのでお断りするのも勿体ない。


 何より数ある霊能力者の中から、森久保除霊事務所を選んでくれたのだ。もし拒否したら最悪次の候補が見つからずに、依頼主は首を吊るかも知れない。

 そう考えると雨が降ろうが槍が降ろうが、指名された以上はとにかく受けて次に繋げてあげたい。


 そんな個人的な理由により、エアコンをガンガンに効かせた中でアイスクリームを食べたい欲望を押し殺し、泣く泣く指名依頼を受けることになった。

 場所は他県の市に建設された大規模プール施設で、オープン予定ではなく既に営業しており、連日多くのお客さんで大盛況らしい。




 今は混雑する時間帯を避けて依頼現場に向かう電車に乗っており、空調が効いているので涼しいが、一歩でも外に出たらアスファルトの照り返しを受けて、炎天下なので滅茶苦茶熱くなる。

 向かい合って座る形式の四人席に腰かけ、窓のカーテンを閉めても、差し込む光で容赦なく熱されてしまう。インドア派のアタシには辛い季節だと、改めて実感する。

 そして本日も全員でのお出かけてあり、アタシは泳ぐつもりは一切ないので持って来なかったが、皆はプールバッグを持参しており遊ぶ気満々だ。


「ん…沙紀は泳がない?」

「アタシはいいよ。遠くから見てるだけで十分」

「今回のプール施設には、水着の貸し出しもやっているようですよ」

「いや、だから泳がないよ!」


 子供の頃は地元の川で服を着たまま泳いだこともあったが、今は家でのんびりゴロゴロしているほうが魅力を感じる。

 そしてプールで泳ぐのは楽しみではあったが、すぐに考え直した。アタシの貧相な容姿が目の前の美女と美少女に比較され、惨めな思いをすることになると予想したのだ。


(それに今回は仕事で行くんだし。泳ぐんだったら周りに誰も居ない場所がいいな)

(それでしたら、河童の少女も沙紀が来るのを楽しみにしていますわよ)

(うえぇ、そっちは遠慮したいなぁ)


 自然豊かな山奥に引っ越した河童たちは、元気でやっているらしい。この間、感謝の手紙が送られてきたので、今の内容は心当たりがある。

 近くに涼しくて水の綺麗な渓流があるので、流れの緩やかなところを教えてもらい、夏の間は人目を気にせず水遊びするのも楽しそうだ。…そう思っていた。


 だがアタシは気づいた。河童たちと交渉を詰めている間中、例の少女の視線が自分のお尻に集中していたことをだ。

 どうやら彼女は尻子玉を抜いて腑抜けになったアタシにイタズラをし、喘がせる喜びを知り、隙あらばもう一度心身共にフニャフニャに蕩けさせるつもりだ。

 なので依頼を達成して森久保家に帰るまでは、始終気が休まることはなかった。


 今さらそんな危険地帯にわざわざ出向こうとは思わない。河童の少女にも止むに止まれぬ事情もあったので嫌ってはいない。

 だがお尻と全身の弱いトコロが酷いことになるので、絶対にお近づきにはなりたくないと苦手意識を持っている。

 小さく身震いしたところで色々と怖くなり、アタシは意識を現実に戻す。


「ん…うん、一応言っておくけど。遊ぶのは仕事が終わってからだからね」

「はい、理解しています」

「ん…大丈夫」


 泳がなくても久しぶりのプールが楽しみなのはアタシも同じだ。念のために釘を刺すと、二人は深く頷く。

 やがて、間もなく駅に停車します…と放送が流れたので、アタシたちは忘れ物がないかの確認を済ませて、ゆっくり座席から立ちあがるのだった。




 今回の依頼内容は、プール施設に住み着いた川の神の立ち退きだ。しかし幽霊より遥かに格上の神様なので除霊は最初から不可能。関係が悪化するのも困る。なるべく穏便に済ませたいがそう簡単にはいかない。

 一応素人知識でお神酒は持ってきたが、神様によって好みがガラリと変わるらしい。なので河童にキュウリ程の効果は期待できない。


 現在は屋内の流れるプールに住み着いているが、温厚な性格でお客さんに手を出さないが縄張りに入られることを嫌うため、立入禁止のポールと黄色いテープが張られている。

 普通はこんな状態では営業を見合わせるものだが、オープン初日に急に引っ越してきて、近くのドブ川が工事で埋め立てられたため、場所を借りる…と、そう堂々と言い放った。


 昔の人間が慣れ親しんでいた川の神様だったので、近づかなければ敵意を向けることはない。おかげで遊泳スペースが減った状態でも、何とか営業を行うことが出来た。

 それでも事故が起こってからでは遅いため、専門の霊能力者に依頼を出したが説得は失敗して、誰もが川の神を怒らせるだけの結果になった。


 そんな途方に暮れた依頼主の耳に入ってきたのが、神ではないが妖怪の交渉を成功させた森久保除霊事務所の噂だ。

 まだ開設されたばかりで霊能力者としての経験や日も浅く、女性四人で運営されている小さな事務所だが、過去に受けた依頼は全て達成されている。

 もしかしたら川の神との交渉も上手く行くかも知れない…と、藁をもすがる思いで指名依頼を出したのだ。




 屋内プールには、川の神が住み着いたドーナツ状に流れるプールと、立体型の滑り台付きのプール、海のように定期的に波が押し寄せるプール、競泳用のコースが設置されたプールと、様々な施設がずらりと揃っていた。

 そして今日はこの夏一番の猛暑を記録しており、避暑地を求める人々が大勢押しかけている。


 アタシは夏用の生地の薄いTシャツとGパンという、いつも通りの格好で酒屋さんで購入したお神酒をビニール袋に入れて担ぎ、屋内のプールサイドを歩いていた。

 そして紅白巫女服の真理子と三角帽子と魔女のローブのポーラは自分のすぐ隣を歩き、四方八方からの好奇の視線に晒されていた。

 駄目押しとばかりに依頼主が複数のテレビ局に情報を売ったらしく、新進気鋭の森久保除霊事務所の美女と美少女が、川の神を相手にどのような交渉をするのか。

 その全てをカメラに収めようと、大勢の取材陣が集まっていた。


「あのさ、交代して欲しいんだけど」

(沙紀、守護霊の役目は戦闘行動が主ですわよ)

「あー…うん、駄目元で聞いてみただけだよ」


 流石に仕事の邪魔だけはしないように話しかけては来ないが、これが終わったら取材を受けるんだと考えると、今から憂鬱になる。

 施設の一部が使えなくなるのは痛手だし、川の神に襲われる危険性もあるので客足が遠のくのはわかる。

 それを跳ね除けるために、誰もが見惚れるほどの美女と美少女、さらにテレビ局を使って営業利益をあげようとする気持ちも、まあわからなくもない。


「でも何か今日は、アタシも結構見られてる気がするんだよね」


 今日も普段と同じで、ファッションセンスも女性らしさもない格好だ。唯一の違いは、プールの施設内ではメガネが禁止されている。そのため今は外しており、エルザに視力を強化してもらっていることだ。

 だが別に着用しなければ劇的に美人になるわけではない。真理子とポーラ、そしてエルザと比べれば月とスッポンなのは変わらない。


「アタシなんて映しても、視聴者は喜ばないと思うんだけど」

「そんなことありませんよ。沙紀は素敵な女性です」

「ワタシも沙紀のこと、大好き」

「ありがとう。二人とも」


 二人の気遣いに感謝して、アタシは川の神が住んでいる流れるプールに視線を向ける。こっちにも視線が集まっている原因は、アタシを除外して二人の間に入りたい。つまり存在自体が邪魔だ…とか、どうせそんな理由だろう。

 心の中で溜息を吐き、周りの見物人は皆カボチャだと強引に割り切りって流れるプールを目指す。

 その際にプールサイドを転ばないよう気をつけて歩いて向かうと、すぐに目的地に到着したので、神事に詳しい巫女の真理子に尋ねる。


「真理子、お神酒を川の神にあげるには、どうすればいいの?」

「はい、それは…」


 流れるプールの前で抱えたお神酒を、タイルの上に割らないように気をつけて置く。そして巫女である真理子が正しい儀式を説明しようとしたところで、目の前の水面が突然大きく波打つ。


「おおっ! 我のために酒を捧げてくれるのか! まだ若いのに感心な娘じゃのう!」


 次の瞬間、大きな水音と共に半透明に透き通った巨大な蛇が天に登る。それは三階建てのビルほどの高さで、大樹と同じぐらい太いので人間なんて丸呑みに出来そうだ。

 すぐ後ろの大勢の見物人も驚いているので、幽霊とは違って川の神は霊力を持たない者の目にもはっきりと見える、強大な存在だと理解する。


「む…しかし、お前たちは霊能力者じゃな。我はその者らは好かん。

 捧げ物を置いて、さっさと立ち去るがいい」


 交渉すら始めさせてもらえないとは何という塩対応か。しかしまあ、今まで川の神を相手にしてきたことを考えれば、邪険にする気持ちもわかる。

 ご機嫌を取りつつの説得を聞き入れなければ、力に物を言わせて強制的に立ち退かせる。依頼主が雇った霊能力者たちは、程度の差はあっても皆この手段を取った。

 だが結果は青く透き通った大蛇には傷一つつけられずに、尻尾を巻いて逃げ帰るしかなかった。

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