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河童との交渉

 七月になり、季節は春から夏に変わる。梅雨に入っているので毎日のようにシトシトと雨が降り続く。

 怠惰なアタシは体が濡れるからという理由で、ここ数日はずっと森久保家に引き篭もって、テレビゲームの合間にポーラに読み書きを教えていた。

 新たに開設した銀行口座は十を越えており、貯金がたんまりだ。税金として納めても、もう一生働かなくても暮らしていける分は稼いでいる。


 だが世の中何があるかわからないので、お金は多めに溜めておくに越したことはない。次はスイス銀行辺りに口座を作ろうかと、皆と話し合ったりしている。

 最近は森久保除霊事務所の名前が売れてきたので、こっちが依頼を探すのではなく、向こうから好条件でお願いしてくる。

 つまり仕事を選り好み出来る立場になったのだ。


 昼食後に居間の窓から外を眺めると、曇り空から小雨が降って庭木を濡らしている。現在ちゃぶ台を囲んでいるのは、一般人のアタシと実体化済みの守護霊エルザ、巫女の真理子に魔女っ子のポーラの四人だ。自分以外は美の化身が揃っている。

 皆は特に何をすることもなく、適当につけたテレビの番組を各々くつろぎながら眺めている。


 ご飯を食べて、すぐにテレビゲームか勉強に戻るのもどうかと思ったので、たまにはお昼のワイドショーでも見ようかと、特に意味もなくリア充っぽいことをしてみた。

 面白いか面白くないかと聞かれれば、そこそこ楽しい…が、やっぱりアタシ個人としてはアニメや特撮、映画とかを見たほうがハラハラドキドキ出来るかも…と、渋めの緑茶を飲みながらそう思った。


「沙紀、今日も雨降ってる」

「そうだね。退屈ならGBの依頼でも受けたら?」


 相変わらずアタシの膝の上がお気に入りのポーラと一緒に、テレビのワイドショーを見ながら他愛もない雑談をする。


「沙紀も一緒?」

「アタシはパス。指名依頼でも入ってれば別だけど」


 膝の上に腰かけていた魔女っ子はテレビに背を向けて、アタシの背中に両手足を回してコアラのようにギュッと抱きついてくる。


「じゃあ、ワタシも沙紀と一緒に居たい」

「そっか。でもポーラ、あんまり変なところは触らないでよ」


 彼女は五十歳でも心身共に未成熟な子供であり、母親代わりのアタシにやたらと甘えてくるのだ。

 今の自分は眼の前の少女の保護者件監視役、そして義理の母なのでくっつきたがるのは仕方ない。

 しかし控え目な胸に正面から顔を擦りつけられると、落ち着かないので止めて欲しい。


 それでも赤ん坊のように直接揉まれたり吸われたりしないだけマシか…と、溜息を吐きながらポーラの綺麗な銀髪をそっと撫でてあげる。


 実際には極めて作為的であり、アタシの同性に対する貞操観念の防衛ラインを三人がかりでグイグイと押している。

 しかしそんな策略に気づくことなく、時々妙なくすぐったさを感じて体に痺れが走るものの、子供のやることだから…と、受け入れてポーラの好きにさせる。


「あっ…そうだ。今日も一応確認だけしてみようか」

「では、私が見ておきますわ」

「うん、お願いするよ。今ちょっと動けそうにないし」


 今は小さな魔女っ子がベッタリ張り付いている状態なので、この場からは動けない。代わりにエルザがノートパソコンを起動して、GBの公式サイトに開設した森久保除霊事務所のページを確認する。


「急ぎの指名依頼が入っていますわね」

「依頼内容は?」

「開発予定の区画に河童が住んでいたため工事が出来ないので

 妖怪への理解があり、交渉出来る者を早急に送って欲しい…と、そんな内容ですわ」


 一般的な河童は頭にお皿を乗せた体色が緑色で、手足に水かきがついた人間のイメージだ。これはアニメや漫画知識なので実際には違うかも知れないが、アタシはそちらを想像した。

 だが交渉の依頼は今まで一度も受けていないのに、何故森久保除霊事務所が指名されたのだろうか。

 そこでアタシはふと夏場のセミのようにしがみついている、魔女のポーラを見つめる。


「そっか。魔女っ子の面倒を見てるからだ」

「その通りです。寺下家は大きいですが、人間の門下生しか居ません。

 人外の存在を受け入れて共に歩むのは、一筋縄ではいきませんので」


 真理子が難しい顔をしながら教えてくれるが、アタシも人ならざる者を受け入れるのは、決して楽ではないと思っている。

 それでも何とかやっているのはポーラが人に近い姿形と性格をしており、守護霊のエルザを相棒としているからだ。

 だが河童は二人と同じようにはいかないだろう。


「それで沙紀、この依頼は受けますの? …それとも」

「受けるよ。たとえ失敗しても良い経験になるし。

 あと、単純に河童をこの目で直接見たいから」


 昔から人間の友達として描かれていたので、本物の河童には興味があった。失敗したら今回は縁がなかったと判断してさっさと撤収し、次の霊能力者にバトンタッチする。

 直接姿を見られれば、それでアタシの目的は達成なのだ。


 何より数ある霊能力者たちの中から森久保除霊事務所を指名したのだ。たとえ駄目でもやるだけはやってみたい。

 至急らしいのでアタシはさっそく依頼主と連絡を取り、現場まで移動に必要な交通機関も、一緒に調べるのだった。




 そしてアタシ、エルザ、真理子、ポーラの四人は、別の県にある山中の奥深くにやって来た。

 依頼内容は河童たちと交渉して、立ち退き要求を飲ませること。

 この辺り山々を管理していた地主が代替わりした。だが息子がお金に困り、土地の権利証を企業に売った。そして始まる開発計画、…とまあここまではよくある話だ。


 問題なのはこの先で、山奥には河童たちの集落がひっそりと存在していた。昔は人間との交流も頻繁にあったが、現代になって廃れてしまい、おまけに人間の地主が河童たちの土地もいつの間にか自分の物にしてしまった。

 さらにそれを外部の企業に売ったので、余計にややこしくなったというわけだ。


 当代の地主と企業はスズメの涙ほどの立ち退き料と、今より不便な引越し先は用意した。しかしそんなもので先祖代々の土地を手放すような河童は一人も居らず、徹底抗戦の構えを崩さない。

 お互いに譲る気が全くないのが、はっきりとわかる。




 そこでアタシはリュックサックを背負い、開発計画を進める人間側の代理人として、渓流に沿って昔に作られたか細い山道を、河童たちの集落を目指してえっちらおっちら歩いて進むのだ。

 幸いにも今日は晴れていたのでぬかるみに足を取られることもなく、エルザの力を借りれば長時間歩いても疲れない。


 なお現在はアタシたちの案内役として、一人の河童の少女が同行している。彼女は髪の色が緑で、帽子をかぶってお皿を隠しており、年は自分よりも少し下で容姿は可愛い系だ。

 肌の色や体格もアタシたち日本人と瓜二つだ。

 ここまでそっくりなら昔の人間と友好関係を結べても不思議ではない。


 だが問題なのが、河童の少女は事務的なこと以外は何も喋られないことだ。双方の歩み寄りが必要なのにこれは辛い。

 他の河童に会っても重苦しい空気のままでは、とてもではないが交渉をまとめられる気がしない。


「ええと、あのさ」

「なっ…何でしょうか?」

「貴女って、人間のことが嫌いなの?」

「好きだと思いますか?」


 先祖代々の土地を取りあげるための立ち退き要求を突きつけられ、不便で窮屈な引越し先と立ち退き料もスズメの涙。これでは人間のことを嫌いになるというものだ。

 この期に及んでは四の五の言ってられないので、最終手段を使わせてもらう。アタシは不機嫌そうな河童の少女に、ちょっと待って…と声をかけ、一旦足を止めて自分のリュックサックの中に手を突っ込んである物を取り出す。


「これあげるよ」

「ばっ…買収ですか!?」

「いやいや、普通にお詫びの印。そもそも悪いのは完全にこっちだからね」


 用意したのはビニール袋に入れられた数本のキュウリだ。事前に河童の好物を調べて、森久保家の冷蔵庫から持ってきた。

 真理子が浅漬けにするつもりで買ったらしいが、お土産として使うための許可はちゃんと取ってある。


「でもアタシには、それだけしか出来ないの。ごめんね」

「…沙紀さん」


 出会ったときに自己紹介は済ませておいたので、目の前の案内役の子はアタシたち全員の名前を知っている。

 頭をかきながら彼女にキュウリの入った袋を手渡し、何となく小っ恥ずかしくなったので再び先に進むために、河童の少女から背を向けて足を踏み出す。


「沙紀さん! ごっ…ごめんなさい!」

「え? ……にょわっ!?」


 お尻の辺りに妙な違和感を感じたアタシは、何かが吸い取られるような感覚と同時に全身の力が入らなくなり、ヘナヘナと地面にへたり込んでしまう。

 そんなアタシはすかさず河童の女の子に抱きかかえられ、真理子とポーラから一足飛びで距離を取ってしまう。

 流石は妖怪。少女の姿をしていてもとんでもない力と速さだ。


「にゃっ…にゃにすりゅ…にょぉ」


 何だが足腰の力が入らず、心も体も妙にポカポカと温かい。まるで春の木漏れ日に包まれているようだ。

 このまま布団に入って眠れば最高に気持ち良いだろうなと、そう思えてしまう。


「ごめんなさい! 貴女が善人なのはわかりました!

 でももう、私たち河童には手段を選んでいる余裕はないんです!」


 先ほど臀部に違和感を感じたので、これは多分だが尻子玉を抜かれた。事前に調べた情報とも一致するので間違いない。

 だがそれが、まさかここまでフニャフニャにされるとは思わなかった。


「ちっ…ちからがぁ、じぇんじぇん…はいらにゃいん…にゃけどぉ」

(はぁ…困りましたわね。肉体そのものが骨抜きにされてしまっては、制御がおぼつきませんわ)


 エルザはアタシに憑依することで力を発揮する。実体化しても飛んだり跳ねたり殴ったり蹴ったりと色々出来る。だが正体を公にしたくないので、そちらは封印している。

 そして今、体を正常に動かすために必要なモノが抜き取られてしまい、守護霊の力を十全に振るうのが難しくなっている。


「沙紀さん、貴女は人質にさせてもらいます!」


 そんな絶好の機会を逃すはずもなく、他の三人が手を打つ前に河童の少女が大声を出す。つまりアタシを人質にした脅しだ。


「もし人間たちが河童に危害を加えるようなら、沙紀さんに酷いことをします!」


 彼女とは短い時間しか行動を共にしていないが、そこまで悪い河童ではない。アタシを人質にする決断も、きっと断腸の思いだったのだろう。

 言葉に出しても実行するわけではなく、あくまでも人間たちを退かせるための嘘だ。…と、アタシはそう思っていた。


「例えば…こうです!」

「……にょわっ!?」


 見せしめとして河童の少女は何故かアタシの控え目な胸を鷲掴みにする。尻子玉を抜かれて腑抜けきった状態では、我慢というものが出来ずに正直に反応してしまい、妙な喘ぎ声を漏らしてしまった。

 しかも真理子もポーラの二人は、明らかに期待に満ちた表情で身を乗り出してガン見している。ここは必死に止めるところではないのか。

 さらにエルザまでもが心の中でのコメントを差し控え、完全に沈黙してしまう。


「それでも私たちが阻止に動いた場合は、貴女はどうするのですか?」

「ん…実演形式でお願い」


 河童の少女に弄ばれるアタシを嬉しそうに観察していた二人が、またとんでもないことを言い出す。


「えっ? ええとっ…そうですね。その場合は、こうでしょうか?」


 河童少女は若干戸惑いながらも、片方だけでなく左右を交互に揉みほぐす。これには堪らず、腑抜けきったアタシの顔が徐々に朱に染まっていく。

 何よりも今の自分は全身の力がまるで入らずに無抵抗なので、反応が大変わかりやすい。


「あっ、沙紀さん。今とても可愛い声が漏れましたよ」

「はい、今のは体もゾクリと震えましたね」

「うん、勉強になる」


 服の上からでも色んな意味で危険が危ないので、これ以上酷いことをされると、本当に取り返しのつかないことになる。

 二人もいくら人質にされて迂闊に動けないとは言え、河童の少女に弄ばれるアタシを興味津々といった表情で見守るのは止めて欲しい。


「いっ…いいかげん、やめっ…やめれえー…」

「ふふふっ、口では強がっていても、体は正直ですねぇ」


 河童の女の子も興奮が高まってきたのか、当初の目的を忘れてアタシを可愛がるのが楽しくなり、手つきも段々と巧みになっていく。

 真理子とポーラの二人も完全に見物する姿勢に入り、少女のイタズラを無抵抗で受け入れるアタシの姿を、実況を交えて一挙手一投足も見逃すまいとしっかり観察するのだった。




 結局アタシが解放されたのは、人質にされてから三十分以上が経過してからだった。その後は尻子玉を返してもらったものの、草地の上ででビクンッビクンッと小刻みに体を震わせるアタシと、何かをやり遂げたように満足そうに微笑む河童の少女。そしてスッキリした表情を浮かべる真理子とポーラの四人と、何かと対照的だ。

 エルザは肉体の奥底に引き篭もったままで、呼びかけても返事がない。彼女の存在は感じるし、人質にされる前よりも元気そうだが何故か出てこない。




 やがて使いに出した少女がいつまでも戻って来ないのを心配して、他の河童たちがやって来たが、フニャフニャに蕩けきった状態で草地に伸びているアタシでは何も出来ない。

 なので交渉は、真理子とポーラのの二人に任せることになった。


 結論から言えば企業の開発計画は無事にまとまり、双方ともに満足の行く内容で締結された。


 真理子とポーラの二人が今回は良いモノを見せてもらったお礼として、河童たちに多額の立ち退き料と、先祖代々の土地よりも魅力的な引越し先を確約した。

 結局世の中、金であった。


(ふぅ……沙紀、もし良ければ変わりますわよ)

(おかえり。それじゃエルザ、帰りはよろしく頼むよ)


 心の中で艶っぽい声を漏らすエルザに体を貸して、アタシはゆっくり立ちあがる。精神的に骨抜きになっていても尻子玉は戻ってきたので、守護霊に任せれば動くのには問題ない。


 今は人間と河童の種族を越えた盟友の証として、案内役の少女と真理子とポーラの二人が固く握手をしている。

 そこにアタシの体を操るエルザも嬉々として混ざり、少女と握手を行ったあとに肩まで組んでいる。もう何処から突っ込んでいいのかわからない。


 アタシにイタズラするのがそんなに楽しいのか…と、激しい怒りを感じる。森久保家に帰ったら皆に外食をおごらせて、お腹いっぱいになるまでやけ食いしてやると、アタシは固く心に決めたのだった。

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