魔女の箱庭
依頼を受けて古びたホテルに入ってエルザに交代しようとしたところで、突然青白い無数の手に襲われた。
驚きで一歩も動けず、瞬く間に四肢を拘束されて全身のありとあらゆる箇所をくすぐられ、アタシは意識を失ってしまった。
青白い手には殺気や敵意のようなものは感じなかったので、エルザもアタシの身を案じて強引に制御を奪うことはしなかった。
最悪、体を動かす命令が反発しあい、怪我をしてしまう。
「しかし、ここは何処なんだろ?」
今のアタシの周囲一帯には白い霧が広がっており、手を伸ばした先も見えない状態だ。無闇に歩き回って足元につまずいたら困るので、晴れるまでその場でじっと待つことにする。
どれだけの時間が経ったのか、段々と周りが見えるようになってきた。そして自分は青々とした牧草が茂る平原の真ん中に、ポツンと立っていることに理解する。
見渡す限りの草原が地平線の向こうまで続き、真上の太陽が明るく照らす。まるでテレビで見た北海道のようだ。
キョロキョロと他に何かないかと見回していると、何故今まで気づかなかったのか。すぐ目の前にはレンガ造りの二階建ての家があり、煙突からは白い煙が立ちのぼっていた。
どう考えても普通ではないが、この妙な場所から脱出する重要な手がかりのはずだ。アタシは意を決して踏み込むことに決める。
少なくとも地平線が見える程の広い平原を、当てもなく彷徨うよりはマシだ。
煙突の煙から中に人が居ると判断して、ゆっくりと目の前の家に近づき、少し緊張しながら深呼吸を行い、入り口の扉を軽くコンコンとノックする。
すると数秒もかからずに扉が開き、三角帽子と魔女のローブを身にまとった銀髪の美少女が顔を覗かせて、アタシをじっと見つめる。
「…いらっしゃい」
「えっと、アタシは…」
「ん…取りあえず、中にどうぞ」
「あ…うん」
どう考えてもホテルに現れる幽霊だ。証拠写真や映像が出回っているので間違いない。しかしたとえそうだとしても、霊力を持たないアタシにはどうすることも出来ないし、彼女の体は透き通ってない生身に見える。
エルザと同じように実体化出来る幽霊なのだろうか。だが今は、五歳児ぐらいの少女の言う通り、家の中にあがらせてもらう。
自分に危害を加えるつもりはなさそうだと判断する。ホテルの入口で見せた力を使えば、一般人のアタシはどうとでも処理できるからだ。
家の中は簡素で、いくつもの戸棚や本棚、そして二階に続く階段と暖炉と、壁紙も張られてなく、代わりにドライフラワーのリースがいくつもかけられている。映画に出てくる古い洋風の家という感じだ。
小さな傷がいくつもついた木製の大机の前に案内され、背もたれつきの椅子に座るように勧められたので素直に従う。
彼女もすぐあとに腰かけてアタシを興味深そうに観察し、足をブラブラさせながら楽しそうに口を開く。
「ワタシはポーラ=クルーガー。ポーラと呼んで」
「…えっ?」
「貴女の名前は?」
自己紹介をするより、この変な空間の脱出方法を知りたいのだが、作り出したのは彼女本人なので黙って質問に答える。ここで無駄に意地を張ってへそを曲げられたら困る。
それに見た感じは、少なくとも悪人には見えなかった。
「えっと、森久保沙紀…だけど」
「沙紀って呼んでいい?」
「別に…いいけど」
「ん…よろしく。沙紀」
何が何だかわからない。いつの間にか大机の中央にはお皿に山盛りのクッキーと、アタシとポーラの側には、綺麗な花柄のカップに注がれた紅茶が現れていた。
だがのんきに自己紹介をしている場合ではない。今は不思議な空間からの脱出方法を聞くべきだと、アタシは気持ちを引き締める。
「ええと、ポーラ」
「沙紀は一ヶ月と少し前に、GBになったの?」
「あー…確かにそうだけど、何でそのことを?」
ネット上ではアタシの情報を調べようと思えば可能だが、目の前の少女が知っているとは思えない。では誰かから聞いたのかと考えたが、それも違う気がする。
脱出方法を尋ねるはずが明後日の方向に進み、アタシは大いに混乱してしまう。
「今は沙紀の魂に直接干渉しているから、貴女のことは全部お見通し」
「おおう、…マジか」
つまり自分が知っているエルザと真理子の情報も、目の前のポーラは知っているということだ。得意なことも苦手なこともだ。
だがアタシは苦手分野が多数あるが、彼女たちはどれもそつなくこなすので、自分の知る限り弱点は特になかった気がする。
とすれば脱出方法を知りたいこともお見通しということになるが、心を読まなくても容易に推測可能なので別に問題はなかった。
「何でこんなことをするの?」
「沙紀のことを知りたくなったから」
「……それだけ?」
「うん」
それっきりポーラが黙って紅茶を口につけるので、アタシも何だか真面目に考えるのが馬鹿らしくなり、大皿のクッキーに手を伸ばす。
魂に直接干渉して知りたいことを全て知ったのなら、もう自分に用はないはずだ。今すぐ解放してもいいのではないか。
「それは嫌」
「もうっ、勝手に心読まないでよ」
「それも嫌」
クッキーをモグモグと咀嚼しながらポーラとお話するが、魂だけのなのにちゃんと味覚があるのは凄いと思う。
冷たいと熱いも感じるので、五感はしっかり再現されているようだ。
「ちなみに、理由は?」
「沙紀はワタシが別の場所に逃げるための、大切な人質」
「捕まっちゃったし、仕方ないか」
青白い無数の手で捕まったので、今のアタシはポーラのモノだ。その前に彼女の与えた被害も、脅かして人を遠ざけただけなので、直接怪我を負わせることはなかった。
代わりに社長の新事業計画も止まっていたが、自分から他の場所に引っ越してくれるなら、こちらが何もしなくても依頼達成だ。
そのあとでアタシも自由の身になるので、事が終わるまで不思議な空間に居ても問題はない。
「沙紀は自由にしない」
「……はい?」
「魔女と親友になれる人間は貴重。霊能力者は使い魔にしようとするし、一般人も打算まみれ」
何だかとっても嫌な予感がする。しかも知り合いや友達を飛び越えて、親友とまで言い放った。ポーラのことは嫌いではないが、流石にそこまで親密には思っていない。
だが友達と親友のラインはあやふやなので、彼女の言っていることも否定しきれない。
「つまり?」
「沙紀は永遠にワタシのモノ」
「マジかー」
「マジ」
ポーラとの会話は淀みなく、打てば響くツーカーの仲だ。だがこのままではいけない。出会って間もない魔女にここまで心を許すのは、何か異常に思えた。
アタシは何とか彼女の気持ちを変えようと説得を開始する。
「アタシも打算まみれの、薄汚い人間だからね」
「守護霊とは良い関係を築いていた。ワタシともきっと上手くいく」
「でも……にょわっ!?」
いきなり目の前の椅子に座っていたポーラの姿が消えて、次の瞬間アタシの膝が重くなった。
視線を下げるまでもなく魔女の三角帽子が、自分の鼻先を右へ左へとユラユラと揺れている。
「沙紀、頭撫でて」
「いやでも…」
「お願い」
「……うん」
躊躇はしたが、何故かそうしなければいけない気がして、少女の三角帽子をそっと持ち上げて大机の上におろし、魔女の言われた通りに優しく銀色の艷やかな髪を撫でる。
ポーラが喜んでくれるのを堪らなく嬉しく感じて彼女に強請られるまま、アタシはしばらくの間、柔らかくて枝毛が一つない美しい髪を梳かし続けた。
「ん…満足。次は一緒にお風呂」
「待って…待って!」
「沙紀はワタシのお願い、聞いてくれないの?」
「そんなこと、…ないよ」
このままでは何かが不味い気がするが、具体的に何がどうなるのかはわからないため、どうにも逆らえなかった。
ウキウキ気分のポーラに手を引かれながら一階の脱衣所に案内される。そのまま魔女の衣装を脱がすところからやらされ、なし崩し的にアタシも自分の服を脱いで籠に入れる。
どうにも彼女にお願いされると弱い。十中八九何かの能力を使っているのだろうが、一般人のアタシには抗う術がないのだ。
「それじゃポーラ、髪を洗うよ。目を瞑っててね」
「わかった。一思いにやって」
「すぐ終わるし、そんなに緊張しなくてもいいよ」
壁にかけられたシャワーの温度を確認し、銀色の髪を軽く洗い流す。続いて近くのシャンプーを手のひらに落とす。
よく見たらこれは、森久保家で使っている物と瓜二つなので、きっとアタシの記憶から読み取ったのだろう。
そのまま綺麗な銀髪をワシャワシャと洗っていると、突然ポーラが身震いした。
「くすぐったい」
「もうすぐ終わるから我慢してよ。それとも自分で洗う?」
「ううん、沙紀に洗って欲しい」
即決だったので美しい銀髪をかき分けるように洗うと、今度は我慢できたのか。彼女は震えなかった。
リンスも終わったので、ようやく一息つく。
「それじゃ、シャワーで流しちゃうね」
「うん」
ポーラの髪についた泡を一通り流し終わり、次は…と考えたとき、アタシは疑問に思う。何故今、自分は彼女の髪を洗ったのか。
そもそもお風呂に一緒に入るだけで、そこまでやる必要はなかったはずだ。
だが、目の前の魔女への奉仕を行うことで、言いようのない多幸感が心身を満たすのだ。その喜びを得たいがために、つい甲斐甲斐しく世話を焼いてしまっていた。
「沙紀、どうしたの?」
「えっ? なっ…何でもないよ」
「あっ…ふーん、気づいたんだ」
そこでアタシは思い出した。元々自分は隠し事が出来ない性格たが、口に出すまでもなくポーラには全てがお見通しなのだ。
今自分が考えていることも手に取るようにわかる。となると、当然逃げ道を封じるために別の策を打ってくる。
「ワタシ、沙紀と体の洗いっこがしたい」
「絶対に、だっ…駄目だからね! とにかくお風呂から出なきゃ!」
本当は今すぐポーラのお願いを叶えてあげたい。それこそがアタシの心の底からの望み…のはずだが、何かが間違っている気がする。
「どうしても駄目?」
「…しっ、…仕方ないなぁ」
そもそも何故アタシは、目の前の可愛い魔女に必死に逆らっているのか。ポーラに嫌われたり逃げ出そうと、少し前までは頑張っていた気がする。
だが今は、彼女の頼みを聞いて体を洗ってあげるほうが重要だ。
アタシは仕方ないか…と大きく息を吐いて、何故か二人分置かれていたスポンジを軽くお湯で湿らせて、ボディソープを垂らす。
そして自分がお願い聞いたことが嬉しいのか、キャッキャと喜ぶポーラに渋々と片方を手渡す。
「沙紀は小さいね」
「余計なお世話だよ。それにポーラだって小さいじゃないの」
今はお互いに向かい合った状態でスポンジを持って、体の隅々まで念入りに洗い合っているのだが。
何だかポーラに擦られるたびに、アタシはどんどん目の前の魔女のことが好きになっていく気がする。
「ワタシは将来に期待できる。すぐに沙紀を追い越す」
「ぐぬぬっ! 勝ったと思うなよ…!」
今では本当の妹のように思えて、嫌われない程度に程々に抵抗すればいいや…と、何とも能天気な思考に耽ってしまう。
そこまで考えたところで手が止まり、アタシはおもむろに口を開く。
「アタシって、何でここに居るんだっけ?」
「沙紀はワタシと二人で、ずっとこの家で暮らしてる」
「ああうん、そうだったね」
目の前の魔女の言葉は明確な答えになっていないが、アタシの心に瞬時に染み渡り、何ら疑問に思うことなく、それを受け入れてしまう。
言われてみればそうだった。アタシはポーラと二人でこの家でずっと暮らしてたんだ。おかしなところは何もない。
「体が冷えるといけないから、そろそろシャワーで流すよ」
「うん、お願い」
「それじゃ、念の為に目を瞑っててね」
ポーラにお願いされると心がポカポカ温かくなる。言うなれば全身をぬるま湯に浸けたまま、幸せな夢を見ながらウトウトとまどろんでいるかのような。
そんな心地良くて恍惚とした気分になれる。なのでアタシは銀髪の少女のお願いを、せっせと叶えるのだ。
「ちょっと固い」
「贅沢言うならおりてよね」
「それは嫌」
小さなバスタブの中に、アタシが正面からポーラを抱えながら入浴する。多少はあるが比較的平坦なので、彼女の頭を受け止めるには足りない。
しかし固いとは言い過ぎだ。表情は満面の笑みなのでポーラのからかいだろうが、アタシは深く傷ついた。なので反撃を行う。
「あれれー? ポーラも固いけど?」
「しょっ…将来育つ!」
「将来と言わずに、アタシが今すぐ育ててあげるよ! それそれー!」
彼女のまだ控え目なモノを軽くマッサージすると、ポーラは両手足を振り回してお湯をこぼしながら、キャッキャと楽しそうに笑いはしゃぐ。
そのまましばらくお湯に浸かり、何故か置いてあったアヒルちゃんを浮かべたりして、二人で仲良くお風呂を満喫する。
入浴を終えて脱衣所に向かい、備え付けられていたバスタオルで体を拭く。そして籠を見ると、そこに入れたはずの普段着がなくなっており、代わりに寝間着が入れられていた。
取りあえず持ち上げて広げてみると、サイズはピッタリだった。今さらそんな小さなことは疑問に思わず、黙ってそれ着用する。
ポーラも子供サイズでお揃いの寝間着を着ており、沙紀と一緒…と、大喜びしている。
「次は一番のお楽しみ。沙紀、二階の寝室に行く」
「ああ、まだ日が高いからお昼寝ね」
「違う。二人で抱き合って気持ち良くなるほう」
その言葉を聞いた瞬間、アタシは完全に硬直する。絶対にR18的なアレだ。道徳的にあまりにも不味い展開に、思わず頭を抱える。
流石にこれはお断り案件なので、何とか説得しようと口を開いたところで突然視界が歪む。
そしてたった今まで脱衣所に居たはずが、とある個室の木製のベッドの上で、ポーラとアタシが向かい合って座っていたのだ。
これには驚いて小さな悲鳴をあげるが、彼女はお構いなしにお願いしてくる。
「…へ? ……にょわっ!?」
「でも、二人で抱き合った記憶はなかった。沙紀、やり方を教えて」
何故か一人遊びの知識や経験は豊富だが、共同作業はアタシも初めてなので教えようがない。
そして彼女は、実践形式でアタシとの組んず解れつを楽しみたいと、そう口にしているのだ。魔女とはいえ見た目だけは子供を相手に、これは流石に不味い。
「あのね。そういった行為は普通、好きな異性とやるもので…」
「ワタシは沙紀とやりたい。ううん、沙紀でないと駄目なの。…お願い」
今まででもっとも強烈なお願いを受けて、アタシはポーラの望みを叶えてあげたくなってしまう。
異性や見た目、道徳観念はどうでもよくなり、ただ可愛い魔女を喜ばせるためだけに少女にゆっくりと近づき、子供サイズの寝間着のボタンを上から順番に外そうとする。
「沙紀、…脱がすの下手」
「うるさいよ! アタシだって初めてだから緊張してるの!
それにメガネをかける前に、ベッドルームに飛ばしたのが悪いの!」
まだ髪も半乾きでメガネもかけていないのに、転移させるのが悪い。しかしまさかポーラを相手に純潔を散らすことになるとは思わなかった。
初めての相手なので緊張して手先が震える。
「でも、沙紀らしい。お互い初めて同士。とても嬉しい」
ポーラが喜んでくれてアタシも嬉しいが、たどたどしい手つきで上から順番に一つずつボタンを外していくが上手く行かず、途中で面倒臭くなる。
「ああもう、ポーラ! バンザイして!
全部のボタン外すの面倒だし、そっちのほうが手っ取り早いよ!」
「うん! わかった! バンザーイ!」
自分は考え方が子供っぽいところがあるがポーラも同じだったらしく。そういった大人な雰囲気を楽しむよりも、早くアタシと気持ち良いことがしたいらしく、素直に両手をあげてバンザイする。
そのまま目の前の少女の左右の袖を掴んで、よいしょっと引っ張ろうとしたところで、足元のベッドが突然消失して視界も暗闇に閉ざされる。
次に目覚めたのは何処かの地下室だった。周囲には用途不明な道具が散乱しており、割れたフラスコやガラス容器、壊れた棚などで足の踏み場もなく、それはもう酷い有様だ。
隣には真理子が立っており、アタシの体は今はエルザが操っている状態だ。
二人は激しく怒りに打ち震えており、部屋の一番奥には何処かで見た覚えのある五歳児ほどの銀髪の魔女っ子が崩れ落ちていた。
元は高級感で溢れていただろうが、今はボロボロのローブと三角帽子身にまとい、誰もが可愛らしいと認める顔を恐怖で歪めていた。
状況の確認が終わったところで、さっそく質問に移る。
(エルザ、今どういう状況なの?)
心の中で彼女に伝えようと強く思い描くと、アタシが目覚めたことに気づいてエルザが言葉を返してくれた。
「今は二人で沙紀の魂を取り返しましたの。
そしてイタズラしようとしていた魔女を、懲らしめているのですわ」
「イタズラじゃない。…本気だった」
小さな子供のやるイタズラと言えば、額に肉という字とかそんなところだろう。だがそれは体があってこそ出来ることで、魂の状態では不可能だ。
しかし相手は魔女なのでそれ以外の特殊なイタズラを仕掛ける気だったのか。だが一般人のアタシには、結局よくわからいままなかった。
「はぁ…本当に危機一髪でしたわね」
「もう一度、沙紀の魂を手に入れる!」
魔女の言葉が終わるや否や、部屋中から青白い手が現れ、アタシを目指して一斉に襲いかかってくる。
「やらせません!」
それと合わせるように真理子が両手を勢いよくパンッと拍手を行うと、彼女の白色の霊気が津波のように部屋中に広がっていき、それに触れた手が瞬く間に消滅してしまう。
「さあ、観念するのですわ」
「そろそろ年貢の納め時ですよ」
今のが最後の手段だった一斉攻撃を完封したエルザと真理子は、魔女との距離を油断なくジリジリと詰めていく。
「うぅ、沙紀。…助けて」
顔を青くして小さな体を震わせ、か細い声で助けを求める目の前の魔女が、何故アタシの名前を知っているのは覚えていない。
そして子供がいたぶられる姿を見るのは、精神的にキツいものがある。
(あのさー…)
「まさか助ける気ですの? 沙紀は魔女に堕とされる寸前でしたのよ?」
子供に堕とされる姿は想像できないので、きっと魔法を使ったのだろう。指先から電撃を出してビビビとか、そんな痛くて苦しい拷問的な感じだ。
と言ってもアタシは何も覚えていないので、全ては想像でしかない。
(ちなみに堕とされると、どうなるの?)
「魔女の従順な奴隷になりますのよ。主が死を望めば喜んで命を絶ち、使い捨ての操り人形ですわ」
「沙紀にそんな酷い命令はしない」
これはエルザの説明が正しいと魔女が肯定した。しかしアタシには絶対しないと言い切ったので、取りあえずは彼女を信じてみることに決める。
守護霊は心が読めるのですぐに伝わり、呆れたように言葉を吐く。
(エルザ、交代して。万が一に備えて霊気は展開したままでいいから)
「構いませんけど、本当に助けますの?」
(彼女はいつでも人を奴隷に出来たのに、今まで使わなかったようだしね)
自分より前に除霊を引き受けた霊能力者が四人、そして古びたホテルやって来た多くの者たちは、驚かされたか強引に外に追い出されただけだ。
堕として使役したほうが便利なのに、何故か今回のアタシが初使用だった。特別な条件があるのか、ただの気まぐれかはわからない。
だが深刻な被害に遭ったという報告は、一件も入っていないのは事実だ
(GBと依頼主への報告は、きちんとするのですわよ)
「うん、それは当然だよ。真理子もそれでいい?」
「はい…ですが。もしそこの魔女が沙紀に危害を加えるようなら」
「むっ…そんなことしない」
隣の真理子が頷いてくれたのでアタシは目の前の魔女に視線を向けると、不満気に頬をプクーっと膨らませていた。
何にせよこれで依頼は達成ということになる。古びたホテルが駄目になったので、少女の次の引越し先を探すのがなかなか苦労しそうだが、そこはのんびりやればいい。
「それじゃ行こうか。ポーラ。えっとっ…あれ?」
「うん、沙紀!」
一瞬、彼女の名前が脳裏をよぎって口から漏れる。そしてアタシが差し出した手を握り返して、そのまま勢いよく抱きついてきた魔女っ子は、満面の笑みを浮かべている。
否定しなかったので自分が呟いたポーラが、少女の名前だろう。
アタシが魔女に何をされたのかは欠片も思い出せない。だが無理に引き上げようとすると、自分とポーラの肌色面積が多い百合展開ばかりが脳裏にちらつくので、この記憶はずっと眠らせておいたほうが良さそうだ…と、密かに封印を決意するのだった。




