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師範代との試合

 そして場所は変わって、一ヶ月ぶりのGB二次試験会場にやって来た。今回の中心人物である黒髪の美人巫女も、見届人として一緒に付いて来た。

 多分だが万が一でもこちらが敗北した場合、真理子はアタシを攫って地の果てまで逃げるつもりだ。

 大泣きしたせいか目が少し赤くなった彼女から、会場につくまで仲良く手を繋ぐことを強要されたので、いよいよとなれば形振り構わないだろう。


 他には一般人のアタシと守護霊のエルザ。そして寺下家当主と大勢の門下生。さらには会場上部の観客席には多くの見物人が、試験会場の試験官たちと合わせて、かなりの人数が集まっている。

 皆暇なのだろうか。使わせてもらってる身なのであまり文句を言いたくはないが、四方八方から視線が集まり、少し気が散る。


「契約書類にも記入したし、そろそろ試合をしようよ。

 戦うのは誰でもいいけど、負けたあとで見苦しい言い訳だけはしないでね」

「ああ、そこまで言うなら、こちらも全力で相手をしよう」


 試合の勝敗に関する契約書類はエルザに確認してもらったので不備はない。あとは勝利するだけだが、負けたあとでごちゃごちゃ言われると面倒なので一応釘を刺しておく。

 アタシは既に白線の内側に入っており、現在柔軟体操中だ。勝負が始まったら見ていることしか出来ないが、それまではエルザが少しでも戦いやすいように適当に体をほぐしておく。




 やがて挑戦者が白線の結界を越えて入って来たので、そちらに視線を向ける。相手は修験者の服装と長い棒を持った、逞しい体つきの男性だ。

 一体どんな人だろうと疑問に思うと、すぐ近くでアタシを応援してくれている真理子が、大きな声で教えてくれた。


「その人は当主に継ぐ力を持つ師範代です。寺下家では上から三番目の実力者です。

 くれぐれも油断はしないでくださいね」


 当主が一番でないのは哀愁を誘うが、それだけ真理子が天才的な霊能力者なのだろう。向こうの逞しい男性が開始位置についたので、私もエルザに交代する。

 幽霊との戦いはそれなりの数をこなしてきたが、人間相手は今回が初めてだ。


 しかも向こうは大きな道場の門下生であり、こういった人間同士の試合形式は慣れている。彼女の言った通り、油断すれば痛い目に遭うことは間違いない。


(任せたからね。エルザ!)

「ええ、勝利の栄光を沙紀に!」

(それはフラグだからね!)

「うふふっ、冗談ですわ」


 子供の頃に一緒に見たアニメの影響か、エルザとは馬が合う。気を使わないでいいのは楽だが、たまに冗談か本音かわからなくなる。

 何とも掴み所がない。アタシのことを大切に思ってくれているのは嫌というほど伝わってくるので良いのだが、真理子と同じように愛がかなり重い。

 もっと軽めな関係でも一向に構わないどころが、むしろ望むところだ。しかし世の中上手くいかないものである。


「双方配置についたが、準備はいいか?」

「私はいいですわよ」

「こちらも問題ない」


 試合のルールはあらかじめ説明されているので、今さら口に出すことはない。急所攻撃や、殺害は禁止、霊力をまとっていない攻撃は通らない。

 時間無制限だが、試験官が戦闘不能と判断するか、どちらかが降参すれば決着だ。観戦者が多すぎる気もするが、その分試合の結果を覆すことは難しい。


「森久保さん、…だったか?」

「ちが…ああいえ、今は多分そう…ですわね」


 試験官が試合開始を告げたところで、正面の屈強な修験者が長い棒を構えたまま、油断なくこちらに話しかけてきた。

 エルザは一瞬口ごもったが、今はアタシの体を借りているので本人確認は難しい状況だ。


「森久保さん、降参してくれないか?」

「それは、戦えば貴方が勝つと思っていますの?」

「そうだ。キミには悪いが、実力の差は歴然だ。戦う前から俺の勝利は確定している」


 確かに実力の差は歴然だろう。戦わなくてもどちらが勝つかはわかりきっている。アタシにも、彼の発する霊気がしっかりと見えている。

 そしてこっちは相変わらず、殆ど外に漏れ出ていない。


「お断りしますわ。それに貴方には残念でしょうけど、勝つのは私ですわ」

「そうか、残念だ。なるべく怪我をさせないように気をつけるが、悪く思わないでくれ!」


 これで話は終わりだと判断したのか、師範代が厳しい修行で培った足腰を使い、真正面から突っ込んでくる。長く苦しませないように、一撃で終わらせるつもりだろう。

 気遣いは嬉しいのだが、アタシもエルザも負けるつもりはない。十分に勢いの乗った棒の一突きが腹部に向かってきたので、余裕を持って右に飛んで避ける。


「なっ…! 素人が俺の初撃を避けただと!?」


 油断している彼の軌道を読んで反撃で意識を刈り取ることも出来るが、それでは真理子の父親や師範代、そして門下生たちに不満が残る。

 なので相手の心が折れ、自らが敗北を認めるまで戦う予定らしい。


「なるほど! 実際に見るのは初めてだが、これが守護霊の憑依か!」

(エルザ、守護霊の憑依ってそんなに珍しいの?)

「使役者の霊力を用いた仮初の体と違い、生前に近い力を振るえるのが憑依ですわね。

 それを珍しいかと聞かれれば、好んで使う霊能力者は殆ど居ませんわ」


 毎日のように憑依されているので守護霊としてはそれが普通だと思ったが、使い魔として戦わせるやり方もあるらしい。

 だがそれはエルザの正体を表に出すことになるので、彼女の望みを叶えるためには必然的に憑依縛りを続けることになる。

 アタシたちの呑気なやり取りに、試合中の師範代が呆れ顔で補足してくれた。


「憑依は一見強力だが、相応の危険もある。

 まず、肉体の怪我は全て自分に返って来る」


 エルザが操っている体はアタシのモノだ。つまりその状態で怪我をすれば普通に痛みを感じるし、最悪死ぬこともあり得る。

 それでもここ一ヶ月は、一度たりともそんな事態に陥ったことはなく、かすり傷さえ彼女は許さなかった。


「もう一つが、霊に肉体の自由を奪われることだ。

 守護霊を使役できるだけの霊力があれば問題ないが、…キミの場合は」


 霊力があれば緊急時には肉体の支配権を奪い返すことが出来るが、アタシには不可能だ。

 彼女は夜に自室に戻るとアタシに憑依して問答無用でおっ始めるので、場合によっては朝日が登るまでノンストップになることもある。


 普段ならこちらの言うことを素直に聞いてくれるが、ことがR18方面になると、何だかんだ理由をつけて拒否してくる。どうしてもアタシをアンアン鳴かせたいらしい。

 体の制御を奪い返そうにも、すぐにフニャフニャの骨抜き状態にさせられるため、そんなことを考えることも出来ないのだ。


「霊とは強い思いが形になった存在だ。

 それが自由に使える肉体を得れば宿主の魂を喰らい、生前の野望を叶えるために暴走を続ける。

 場合によっては、俺はキミを消さなければいけない」


 それはエルザを悪霊として祓うと言うことだ。彼女は毎日のようにアタシにベタベタしてくるが、それ以外は善良な幽霊だ。

 何を力に変えているのか不明だが、自分の魂は食べられていないので断じて悪霊ではない。

 しかし自分は今、エルザに体を貸しているので弁明することが出来ない。

 そんなアタシの体に霊木を削って作られた棒をこちらに真っ直ぐに突きつけ、師範代は強く言葉を投げかける。


「さあ、キミの野望は何だ! 何故、森久保さんに取り憑いている!」


 屈強な修験者の有無を言わさぬ迫力に驚くが、エルザが悪霊にされている感が半端ない。彼女は友達であり、相棒であり、同居人だ。それ以外にも色々あるかも知れないが、断じて悪い幽霊ではない。

 それに対して恥ずべきことは一切ないかのように、エルザは平坦な胸に手をかざしながら、堂々と答える。


「私の望みは沙紀を幸せにすること! そして、彼女と一緒に暮らすことですわ!」


 師範代だけでなく試合の成り行きを見守っていた人たちも、一斉に押し黙る。アタシも今は喋れない状態だが、あまりの展開に口を開けない。

 何だか妙にこっ恥ずかしい。まるで告白大会みたいだ。と言うか、自分とエルザは同性のはずだし、アタシは百合の花を咲かせる趣味はない。


(あー…エルザ、あのさぁ)

「ええ、沙紀の戸惑う気持ちはわかりますわ。

 ですが私は、そちらの趣味はありませんわよ。純粋に貴女の身を案じていますの」

(ああ、そっかー。冷静に考えればそうだよね。…良かったぁ)


 つまりはエルザは女の子同士の友人関係であり、アタシを守るために幽霊になったのだ。これこそまさに守護霊の鑑だ。

 やっぱり彼女は良い幽霊で悪霊などでは断じてない。師範代もようやく納得したのか険しい表情を若干崩すが、霊気の勢いは一向に衰えない。


「中には狡猾な悪霊も居るが、キミなら放置しても問題ないだろう。

 だが、それと試合で手を抜くつもりはない。…行くぞ!」

「ええ、いつでもどうぞですわ」


 エルザが何かの拍子に悪霊になったところで、綺麗な百合の花が咲くだけだ。アタシの純潔を犠牲にすれば全てが丸く収まると考えれば、むしろ安く済んだほうなのでなかろうか。

 と言っても、自分的にはそっちの趣味はないので、R18展開は絶対にごめんだ。


 アタシが人知れず覚悟を決めて何かを諦めたような心境とは別に、試合は師範代が有利に進んでいる。

 彼の棒術は変幻自在で、初撃の突くだけでなく、払う、叩く、上段、中段、下段と。あらゆる角度からエルザを攻撃してくる。

 しかも霊木を削って作られているのでわざわざ霊力を込めなくても、叩きつけるだけでも試合の勝敗を決める強力な武器になる。


「どうした! 逃げているだけでは勝てんぞ!

 それにこの程度で息切れするような、やわな鍛え方はしていない!」


 全てを避けきって相手が疲れるまで待つのもいいが、師範代の言う通りでかなり時間がかかりそうだ。彼の霊気の放出は全く乱れておらずに安定していることからも、明らかだ。

 しかし一次試験で見た真理子のモノと違い、全体的な総量はかなり少なく感じる。


「そろそろ避けるのも、飽きてきましたわね」

「…来るか!」


 警戒を強める師範代とは違い、エルザはピタリとその場で棒立ちになる。最初から構えをとってはいなかったが、今は完全に無防備になり、好きに攻めてくださいと言っているように見える。

 彼も最初は何をするのかわからない不気味さに距離を取っていたが、やがて埒が明かないと思ったのか、呼吸を整えたあとに勢いをつけて飛び込み、先手必勝で鋭い突きを放つ。


「……なっ!?」

「あら、どうかしましたの?」


 小ぶりな胸をめがけて全力で突いたはずの棒が、体に触れる前で何故か止まっていた。今のアタシはエルザと一心同体なので、おぼろげながら何をしたのかはわかる。

 彼女は攻撃が当たる瞬間、その軌道に何十もの霊力の薄い膜を展開して、勢いを殺したのだ。


「ならば! これならどうだ!」


 突いた棒を引いて、またもや変幻自在な攻撃を息つく暇もなく続ける。だがその全ては棒立ちのエルザに届くことなく、何もない空中で静止してしまう。

 そんな棒が空を切る音だけが聞こえる試合が数分ほど続くと、師範代は攻め方を変える気なのか、一旦大きく飛び退いて距離を取った。


「もう終わりですの?」

「そうだな。キミの言う通り、次で終わらせてもらう!」


 師範代の霊力の全てが武器である棒に集まっていくのがわかる。彼は次で勝負を決める気らしい。必殺の一撃ならば避けるか潰せばいいが、それでは相手は負けを認めないかも知れない。

 下手をすると、最後の攻撃が当たれば俺が勝っていた…と、往生際の悪いことを言い出しかねない。なので師範代の心をへし折るために真正面から受けて立つ。


 そしてこの試合中の最速であり、もっとも霊力の込めた突き技が今、エルザに向かって放たれた。…が、それでも彼女には届かなかった。


「私の勝ちでよろしいかしら?」

「ああ、俺の負けだ。…参った」


 霊力を持たない者でも見えるほどの密度で空中に展開された。六角形の青白い壁が彼の突きを真正面から受け止め、師範代が何をしても絶対に勝てないと心の底から認めさせる。

 この試合中に表に出した霊力の総量は彼のほうが圧倒的に上だ。エルザが本気を出せば簡単にねじ伏せられるが、あえて技術勝負を行った。


(これ以上目立って、私の正体を探られたくありませんもの)

(そうなの? でも、その努力は実らなかったようだけど)


 結局師範代や真理子の父親、そして門下生たちを黙らせるためには、圧倒的な実力差を見せる必要があった。

 桁外れの霊力を披露することこそなかったが、並の霊能力者では到底真似できない卓越した技術を見せつけた。

 この試合を受けた時点で、注目を浴びることは確定していると言ってもいい。


(ごめんね。アタシのせいで)

「沙紀が謝ることはありませんわ!

 とにかく、試合は私たちの勝利ですもの! むしろ胸を張って誇るべきですわ!」


 そう言ってエルザは誇らし気にアタシの控え目な胸を張る。友人に気を使われてしまった以上、今は少しでも前向きに考えよう。

 どうせGBの仕事を続けていれば注目を集めることになる。それがほんの僅かに早まっただけだ。

 ともかくやるべきことは済んだので、この場に留まる理由はもうない。


「では、私たちは森久保家に帰らせてもらいますわね」

「まっ…待ってくれ!」

「契約書に記載されたことを、もう忘れましたの? 呆れた鳥頭ですわね」

「うぐっ! …それは!」


 寺下家の当主が二次試験会場から立ち去ろうとしているエルザを引き止めるが、契約書の内容を思い出したのか、寸前で踏み止まる。

 こちらが試合に勝った今、彼らはもうアタシたちには関わらない。そういう契約だ。


「では皆さま、ご機嫌よう」

「あっ! 沙紀! 私も一緒に行きます!」


 優雅に一礼してから背を向けるエルザに、真理子が小走りに近寄る。そして一瞬手を繋ごうか迷ったが今の体を主はアタシではないので、少し離れて付いて来る。

 何にせよ、これでもう寺下家が干渉してくることはない。今後も止む気配がない夜のR18的な発散方法に目を瞑れば、概ね平穏な日常が戻って来るのだ…と、アタシは心の中で肩の荷が下ろすのだった。

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