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八月の友子

 夏休みだからといって休めるはずもなく、夏期講習があるので毎日登校しなければならなかった。それでも勉強だけしていればいいので、私にとっては最高の環境だった。


 月初めに、勉強会と称してカホリがお泊りしにきた。男兄弟がいると意外と危険だっていうけど、私は一人っ子なので安心して泊めることができた。こういうのは人から嫌われても、警戒した者勝ちだと思っている。


 お家に泊めるような友だちはカホリしかいないので、おもてなしできるような準備は整っていない。部屋も狭いから、私が勉強机で、カホリが小さな床テーブルで、それぞれ別々に勉強しなければならなかった。


 はっきり言って、こんなことなら一人で勉強した方が集中できるけど、たまにしかないことなので黙ってることにした。せっかくだし、開き直って、どんな環境でも集中できるようにと心掛けて勉強した。


「晩ご飯、何かな?」


 勉強を始めて三十分しか経っていないのに、カホリが話し掛けてきた。


「たいしたものは用意してないよ?」

「分かってるって、期待しないでってことでしょ?」


 そう言いつつ、楽しみにしてそうな顔を見せるのだった。


「カレーだから」

「嘘でしょ?」

「嘘じゃないよ」

「男子じゃなくて、女の子だよ?」

「分かってるよ」

「しかも夏だよ?」

「分かってるって」

「じゃあ、なんでカレー?」


 怒ってる。


「カホリが泊まりにくるからって、お母さんと話し合ったんだけど、あまりに豪勢にしちゃうと、申し訳ない気持ちにさせると思って、でも、いつも通りだと、うちはお父さんに合わせてるから質素すぎるんだよね。それでカレーにしようって決めたの」


 完全にガッカリしている。


「申し訳ない気持ちになんないよ」

「気軽に泊まりに来てほしいっていう意味でもあるからね」

「そうなの?」

「うん。豪勢な食事はお祝いの時だけにしようって」

「そっか」


 お母さんの気持ちが伝わったようだ。

 いや、まだ納得していない。


「でも、そこからカレーになる?」

「なったんだよ」

「最終的に面倒臭くなったよね?」

「部屋で食べやすい物にしたの」

「絶対、嘘だ」

「食べなくてもいいんだからね」


 それからPCで動画を観ながらカレーを食べた。散々文句を言っていたクセに、お腹をいっぱいにするのだから、何の抗議だったのかと思う。といっても、北海道の夏のアスパラ・カレーなのだから美味しいに決まってる。


 今年の夏は六月くらいからおかしな暑さだったけど、過去の平均気温の推移を調べると、六十年以上前にも異常に気温が高い年が連続していたので、本当に異常気象なのか分からなくなってしまう。


 データだけ眺めていると、高くなったり低くなったりするのが正常な気象のように思える。それでも専門家やメディアが異常認定しているので、私の所感の方が間違っているのだろう。


 そんなことを話しながら、お風呂上りに部屋でアイスを食べている最中だ。


「普段は入浴後にアイスとか食べないからね」

「友子って、よく『○○しない』自慢してくるよね」

「自慢じゃなくて、事実だもん」

「わざわざアピールしなくていいことだから」


 部屋に音楽を流しながら、ベッドの上で壁に背を預けて、物を食べているけど、これも普段ならしない行動だ。だけど、またアピールがうざいと思われると嫌なので黙っていることにした。


「それは自分を知ってもらうためだと思うから、いいんだけど――」

 カホリが思い出したように話を変える。


「わたしが昔から理解できないのは、人の物を盗る女ね。女に限らないかもしれないけど、なんでだろうって思う。小学生の時点で、盗む子は盗むよね。しかも服装や小物とか見ると、充分に与えられている子なのにさ」


 たぶん、同じ子を思い浮かべているはずだ。


「そういうのって、盗む行為が止められないって聞くよ? 動機は人それぞれ異なるんだろうけど、スリルと興奮を覚えてしまうと、その人にとっては娯楽になってしまうから、逮捕されたって、止めさせるのは難しいんだよ。絶対に無理とは言わないけどね」


 カホリが溜息をつく。


「娯楽は納得できないな」

「納得しなくていいよ、ただの犯罪行為だから」


 もう少し説明することにした。

「娯楽について調べることが多いんだけど、やっぱり犯罪行為と快感って切り離せないものなんだって思ってしまう。いい歳をした大人が、昔の犯罪自慢をしたがるのも、痛快だったと感じてしまっているからなんだと思う。きっと本人の中では、作戦を成功させたって感じで思ってるんじゃないかな」


 カホリが頷く。

「テレビでもいるね、炎上するけど」


 説明を続ける。

「いじめがなくならないのも、スリルと興奮や快感が理由だと思う。いじめることで、相手の反応を見て楽しんでしまうんだよね。普通の人は気分が悪くなるはずの行為が、特殊性癖を持ってしまうと、悪いことをしているという状況こそ、興奮を覚える最高のステージになってしまうんだよ」


 カホリが尋ねる。

「そんな子がいたら、どうしたらいいの?」


 難しい問題だ。


「高校生の私ですら分かっているんだから、大人だって、そういう子が問題を起こしやすいことくらいは把握していると思う。それでも排除できないのは、そういう人って、普通に社会的な成功を収めてしまうからなんだろうね。苦しんで思い悩むタイプじゃないから、きっと社会に出た方が楽なんだよ――」


 それでは問題の解決にならない。


「人を人と思わない経営者の方が成功するに決まっているけど、そういう企業体質が、これからはどんどん暴かれてしまう時代だから、労働者を大切にする方が、長期的には得をする時代になる気がする。違う、そうなるように、私たちでしていかないといけないんだ――」


 競争力のことも考えないといけないからバランスが難しい。


「結局は、大人社会の体質が変わらない限り、子ども社会の体質だけ変化するなんてことは有り得ないからね。『社会はもっと厳しい』とか、そんなアドバイスはいらなくて、自分たちより下の子どもたちに対して、『一緒に変えていきましょう』って言える大人になりたいな」


 なぜか、そこでカホリが抱きついてきた。

 自分でも分からないけど、友亮のことを思い出した。

 どうしてかは分からないけど。

 満足したのか、パッと離れる。


「友子って、すごい考えてるよね?」

「考えない、っていうことができないから」

「そういうことじゃなくて、わたしが使わないワードをよく知ってる」

「それはネットのおかげだよ――」


 本当にそう思っている。


「興味のある話題には必ず多くの意見がついていて、それでコレだと思う言葉を拾ってくるんだよ。それで呟く感覚で言葉を並べているうちに、気がつくと文章を書けるようになっていた。それが他者に読みやすい文章になっているかは別だけどね」


 カホリが感心する。

「やっぱり投稿を続けるって大事なんだね」


 難しい問題が、もう一つあった。


「そういえば、文章も盗みとは関係ない話ではないんだった」

「ああ、コピペとかの問題ね」


 他者と認識をすり合わせるのが難しい問題だ。


「今は簡単に文章を盗める時代だから、自分に厳しめのルールを課さないと大変なことになると思う。私は絶対に写し書きしない、っていうマイ・ルールがあって、何も見ないで書いた文章以外は書き残さないようにしてるんだ。あくまで自分は、っていう話だけど――」


 参考図書を明示できない場合は、そうするしかないからだ。


「文章を書いていると、語尾だけを変えたり、別の単語に置き換えたり、そうすることでオリジナルっぽく見せることができるって知ってるんだ。でも、そうしてしまうと盗んでいることも自覚できてしまうから、やっぱりできないってなる――」


 それでも悪質な場合以外は問題化しないというのが現実だ。


「学校では手本を用意して学習させるし、『学び』は『真似び』でもあるし、職人の世界では『見て盗め』という言葉があるし、伝統芸能では型を大事にしなければいけないしで、文章の剽窃以外ではダメだと言い切れないの。発見者や発明者が報われないから悔しくなるけどね――」


 産業の発展にも関わる問題だから扱いが難しいという話だ。


「でも、ダメなものはダメって言い続けないと、基準が緩くなってしまうもんね。いつか社会的責任を問われるかもしれないし、一度でも盗んで成功してしまうと、今度は成功を維持させるために盗み続けなくちゃいけなくなるから、やっぱり盗みによる成功体験はおそろしいんだよ」


 流石に話が長かったのか、眠そうな顔にさせてしまった。


「分かる分かる」


 適当な相槌でも嬉しかった。

 そこでカホリが思い出したかのように話を変える。


「でもさ、真似するのが好きな子っているよね?」

「いるね」


 カホリが居ずまいを正す。

「芸能人の真似をするのは憧れだろうから理解できるんだ。でも、友だちの真似をしたがる子っているでしょ? アレが不思議。『え? その子と同じ服着て、何がしたいの?』って思う。目的は何? 相手からしたら絶対に迷惑だって分かるのに、やめないの」


 たぶん、それも同じ子のことを思い浮かべてるはずだ。


「好意的に考えると、すべての人が芸能人に関心を持つわけじゃないから、その子にとっては、友だちが憧れの対象なんだと思う。髪型や服装を真似するって、嫌いだったり憎んでいたりすると出来ないもんね」


 カホリが同意しつつ、尋ねる。

「じゃあ、悪いように考えると?」


 答えにくい話だ。


「それって、つまり、同意のないペア・ルックみたいなものだから、相手のことが好きは好きだけど、自分本位の偏った好意にすぎないと思う。相談して私服を揃えるなら分かるけど、勝手にやっちゃうということは、相手の個性を盗むのと一緒だから、普通はやらないよね」


 カホリが同意する。


「ああ、偶然被ることがあるけど、申し訳なく思っちゃう」

「うん。その感覚が普通だと思うよ」

「個性の泥棒だから、悪いと思っちゃうんだ」

「真似したい心理が流行を生むから、紙一重だけどね」


 カホリが同意しつつ、またしても話を変える。

「友子って、友亮のこと好きにならないの?」


 そんな質問をされるとは思わなかった。


「ならないよ」

「気持ちを隠してない?」

「してないって」

「そうだよね」

「気になることでもあった?」


「ない――」

 即答だ。


「ないけど、世の中には、男女問わず、好きになっちゃいけない人を好きになる人たちがいるから、友子はどうなんだろうなって、それで聞いてみたんだ。疑ってるわけじゃなくて、友子が悩んでいるとしたら、ちゃんと話し合いたいと思って」


 すごく嬉しい。


「私がカホリのカレを好きになることはない。絶対にない。むしろ、カホリを傷つけるようなら、全力で嫌いになる。もしもだけど、仮に別れたとしても、カホリが嫌な思いをすると思うから、私は絶対に好きにならないって決めている。基本的に、されて嫌なことはしたくないから」


 またしても抱きつかれた。

 好意的な行為だから、暑苦しいとは言えなかった。

 しばらく、ギュッとされてから、解放してくれた。


「でも、友亮はどうかな?」


 質問の意味が分からない。


「どうって?」

「友子のことを好きにならないかな?」

「それは他人のことだから、私には答えられない」

「そうだよね……」

「不安なの?」


 カホリが吐露する。

「二人とも、わたしを好きになってくれたっていう、共通の思いというか、趣味が似通ってるから、実は、わたしよりも気が合うんじゃないかって、一人になると考えちゃうんだ」


 気休めでも、否定してあげた方がいいのだろうか?


「友亮君は、浮気するような人ではないと思うよ。言葉に責任を持つタイプに見えるし、嘘をつくのが辛そうだから、嘘をつかなければいけない状況を回避する人だと思う。カホリがいるのに、他の人を本気で好きになる男の人ではないだろうし、心配しなくていいと思う」


 それが高校一年生の八月の出来事です。その後、カホリはおじいちゃんが手術を受けるため、お母さんの実家がある本州へ渡りました。三人で夏祭りに行く約束をしてたけど、こればっかりは仕方ありません。


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