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五月の友亮

 日記とは別に小説を書き始めていて、早速サイトに投稿してみたけど、驚くほど読まれなくてビックリしてしまった。事前に友子から「期待しすぎないように」と釘を刺されていたのでショックではないが、ただただ驚いた。


 そのことについて友子に相談することにした。未だに連絡先の交換はしていないけど、土曜日の夕方はショッピングモールにいるということで、そこで偶然会ったということにして、隠れ家に誘った。


 もちろん「隠れ家」というのは、俺が勝手に名付けた喫茶店の名前だ。個人経営の店なので本当の店名を書いてしまうと、確実に特定されてしまうからだ。俺は別にいいけど、友子が困ると思うので「隠れ家」と呼ばせてもらう。


 友子の小説教室に適した場所を探していて、カラオケボックスでも良かったけど、「隠れ家」にはカップルシートというのがあったので、ここにした。他のお客さんと顔を合わせずに会話ができるのが店のウリだからだ。


「コンビニとか自販機のコーヒーで充分なのに――」

 友子はあまり喜んでいない感じだ。

「お金を使わせるのも抵抗があるから――」

 そこで慌てる。

「ああ、自分の分は自分で払うからね」


 奢らせてもくれないということだ。


「ごめん、今度から気をつけるよ」

「うん。なんか、こっちこそ、ごめんなさい」


 いい方に考えると、俺のサイフのことまで考えてくれているということだけど、悪い方に考えるとお金の関係、つまり貸し借りの関係にはなりたくないということだ。


「それで、小説のことなんだけど――」

 友子から雑談が始まることはないので本題を切り出した。

「言っていた通り、まったくポイントがつかなかった」


「いや、私は予想したわけじゃないよ」

「ごめん、『そういうことがあるから』って話だっけ」


「うん――」

 コーヒーで喉を湿らせたので説明が長くなりそうだ。


「ネット小説で人気を得ている作家さんたちって、読者には気軽に読めるように配慮して、その工夫のために研究を重ねて、努力を惜しまないっていう、お気楽な作風とは違って、作家さん本人はみんな凄い努力家なんだよね。だから私自身はポイントが得られなくても納得できるの――」


 素人というだけで低く見られるのが現状だ。


「サイトによるかもしれないけど、人気ジャンルは偏るものだから、だったらそのジャンルに寄せて書けばいいわけで、ただ、それでも人気に火を点けるのが難しいっていうのが私の感想。やっぱり好きだっていうことと、得意だっていうことと、商才、閃き、話題性、宣伝の上手さ、そのどれかは必要なんだと思う――」


 俺には小説が好きっていう感情があるだけだ。


「そう考えると、ネット小説出身の人気作家さんたちって、もれなく凄い人たちだって分かるでしょう? ギャンブルにはビギナーズラックっていう言葉があるけど、ネット小説の世界って、書かないことには何も起こせないんだもん。誰かに託しているわけじゃないからね」


 実際に書いてみないと、その凄さは分からない。


「友子も評価ポイントのために小説を書いたことがあるんだ?」


 唇を噛んで、しかめ面をする。

「挑戦したことはあった。でも、本当に難しいんだよ。文章の塊は考えなくてもスラスラ書けるのに、いざ軽くしようとすると、手が止まるの、それも頻繁に。文章の足し算や引き算で計算が分からなくなる感じかな? 軽いものを広く行き渡らせるって、一番難しいことなのかもしれない――」


 それをネット作家は一人きりでやってしまうわけだ。


「それを私は、努力ではどうにもならない問題として頭を切り替えた。それに、決して軽いとはいえない文体のネット小説でもヒットはしてるし、そこは言い訳にできない部分だから、人気を得ることを目的に書くなら、軽さとは違った嗜好というか、方向性で書きたいと思うんだ」


 意外だった。


「友子も人気作家になりたいと思うんだ?」


 はっきりと頷く。

「そこは、どうしても、頭が勝手に想像してしまうことがある。でも、例えばだけど、人気作家になれるけど、それで好きな本を書けなくなるとしたら、私は迷わず好きな本を書くという選択をしてしまうんだよね。それが、たぶん、成功への足かせになっているんだろうけど――」


 友子も言葉とは裏腹に悩んでいる部分があるのかもしれない。


「成功を掴めない人って、私のように自分でブレーキを踏んでいるのかもしれない。プライドを捨てろとか、そういうことじゃないんだよね。捨てられるプライドは、そんなものは始めからプライド、つまりは自尊心と呼んではいけないんだから、まったく別の問題なの――」


 それで友子はブレーキという表現を使ったわけだ。


「私は自分でブレーキを踏んでいることに気づいているから、悩んだとしても、原因が分かっているから、不安になることはない。でも、中には自分でブレーキ・ペダルを踏んでいることに気がついていない人がいるかもしれないでしょう? そういう人の力になれたらって思うんだ」


 だから俺の相談に乗ってくれているわけだ。

 それから考え事をしているみたいなので、待つことにした。

 しばらくして、コーヒーに口をつけた。

 それから話し始める。


「人生は有限で、その中でも小説を書くために割ける時間はほんのわずかしかなくて、しかも人間はいつ死ぬか分からない。それなのに、私には書きたい本が百も二百もある。人気作家になりたいのは書く時間をお金で買えるからであって、目的はやっぱり、ただシンプルに『書きたい』だけなんだよね――」


 人生が有限であることを、俺たちは誰よりも実感している。


「だからっていうわけじゃないけど、小説の投稿サイトと出会えたのは本当に良かったと思ってるんだ。なぜかというと、作品の評価を読者のポイントに委ねることで、頭を素早く切り替えることができるから。私は自作の評価を完全にサイトの読者に任せることにしたの。ポイントが入らなかったら残念に思うけど、同時に『別の話を書こう』って、前向きに切り替えられるから――」


 裏を返せば、投稿サイトと出会う前は、切り替えが上手くできなかったということだ。


「ポイントが入らなかったら落ち込むかもしれないけど、それは『人気がないから好きにしなさい』という免罪符でもあるわけだから、ランキングに入らない作品ならば作者の自由にしていいと思う。頑張って完結させたところで読まれないものは読まれないし、報われる保証は一切ない。完結させれば読者から信用が得られるというのも幻想で、決して生命や生活を保障してくれるものではないからね。それに小説投稿サイトというのは臨床試験を行える貴重な実験場でもあるわけだから、どんどん実験すればいい――」


 自分のことを話しつつ、俺へのアドバイスも忘れないのが友子先生だ。しかも挑戦者に対して常に優しい。成功者だけを崇めるのではなく、挑戦者や実験者を決して笑わったりバカにしたりしないから、頑張る気になれる。


「つまりポイント機能も利用者によって様々な使い方があるということなんだ。私は自作の純粋な評価を知りたいから他者の作品にポイントを付けないけど、中には仲間同士でポイントを付け合う人もいる。それ自体は悪いことではないと思うんだ。なぜなら、それも投稿サイトの楽しみ方の一つだと思うから。人によってはコミュニケーション・ツールでもあるんだよ。それくらいネット小説の世界は進化しているんだよね。私は詳しくないけど、同人誌の歴史も含めないと、ちゃんとした考察はできないと思う――」


 出版社から読者への一方向時代が終わったのは実感としてある。


「そう、つまり、小説の投稿サイトには色んな楽しみ方があるっていうことなんだよ。感想欄の使い方も同じようにいえる。それも規約さえ守っていれば自由でいいと思うんだ。読者と話をしてもいいし、しなくてもいい。目を通すだけの人もいれば、受け付けているのに見ない人もいるんだから――」


 これも俺のために話してくれているのだろう。


「ただ、気をつけないといけないのが、感想欄の使い方で、作者の人格に言及してはいけないということ。友亮君のような人は正義感が強いから、特に注意しないといけないかもしれない。得てして、ネット上では、そういう人が私刑を執行しようとしちゃうから」


 SNSでやらかすタイプの人間だと見抜かれていたようだ。


「初歩的な質問なんだけど、友子の話を聞いていると、小説とネット小説が別物のように感じるんだけど、そういう認識でいいのかな? 単純に素人とプロの違いだけではないと思うんだ」


 友子が頷いて同意する。

「もしかしたらだけど、商業作品との違いを、いち早く感じ取った人から成功しているのかもしれない。それは多分どの業界にもいえることなんだろうけど、読者の感想で話が変わるんだもんね。しかも、その日のうちに。こんなことは絶対に有り得なかったんだもん――」


 俺にはできない芸当だ。


「読者の反応を感じ取る能力と、素早く対応できる能力、また、快感を満たしてあげられるだけの表現力が、ネット出身の人気作家には備わっているんだよ。そのスピード社会への対応は、今までになかった才能だと思う。速筆とはまた微妙に異なる能力だから――」


 やっぱり時代は変わった。


「私たちが生まれる前から、ハリウッドでは試写会のアンケートによって結末を変える手法があったみたい。エンタメの王様がそうしているんだから、産業として考えるなら、小説もアンケートによってストーリーをどんどん変えていいと思う――」


 マーケットが大きいマンガ誌もアンケートハガキを大事にしていたはずだ。


「私のようなオールドタイプが絶滅することはないけど、小説をエンタメとして考えた場合は、柔軟性のある、対応力に優れた、ニュータイプが求められるんだと思う。注目されるのは日間ランキングだし、商業作品の刊行スピードでは、ニーズに応えられていないような気がする――」


 動画も毎日アップしている人が強い印象だ。


「といっても、ニーズは一つじゃないから、期待に応えられなくても、自分にガッカリする必要はないと思う。私も好きな作家さんがいるけど、そういう人の新作はゆっくり待てるし、極端な話だけど、人生で一冊書き上げるだけでも、楽しみにしている人にとっては有り難いからね――」


 友子が俺のことを『がんばれ』って応援してくれている。


「ただ、ニーズばかりを意識して、振り回されると苦しくなるかもしれない。感想欄の言葉に耳を傾けるのは大事かもしれないけど、基本原則として、アンケートというのは百単位で集計しないと機能しないから、数十程度の感想だと、偏った意見を全体の意見だと誤認する恐れがある――」


 先回りして、俺に大事なことを教えてくれている。


「それでも、一人か二人の読者のために展開を変えてもいいのが、小説投稿サイトの素晴らしいところだと思う。小さなコミュニティーの方が楽しめる人もいるだろうし、圧倒的多数の意見を無視する人もいるし、本当にネット小説の世界って色んな人がいるから面白いんだよね」


 可能性を閉じないところも友子らしい。


「でも、いや、俺はいいんだけど、ネット作家ってバカにされすぎじゃない?」


 友子がニコッと笑った。

「それでいいんだよ。私たち世代だと実感が湧かないけど、マンガがものすごくバカにされていた時代があったらしいからね。今は外貨を獲得できる立派な産業だって知ってるから、悪く言う人はいないでしょう? いるかもしれないけど、反対に奇特な人だと思われるし――」


 今はマンガを引き合いに出して、小説をバカにする人が存在する時代だ。


「基本的にね、小説にしろ、マンガにしろ、エンタメ作家が産業として成り立つように支えてくれているから、末端にいる私も活動できていると思ってるんだ。小説投稿サイトだって、エンタメ作品を読む読者がいるから、広告として成り立つんだもん。そうじゃなきゃ、私は迷子の投稿者になってた」


 人気作家と、その人気作を読む読者に感謝しないといけないということだ。


「それでも、素人をバカにしすぎだと思う。いや、俺はいいけど、友子のことまでバカにされているようで、ものすごく腹が立つ。全体をひっくるめてバカにするってことは、そういうことだから」


 嬉しそうな顔をしてくれたので、少しだけ気が済んだ。


「今や文豪と呼ばれている人たちも、処女作だけはもれなくアマチュア作品なの。人類の歴史上、プロからプロデビューした人は一人もいない、ただの一人も。私はそのことを知っているから、アマチュアを蔑む言葉に対して、特に何も思わないんだ――」


 そこで難しい顔をする。


「ただね、さっきの話の続きになるけど、格式を高めようと努力してしまうと、エンタメから離れてしまって、お金の回りが悪くなる。だからバカにされるくらいが理想的な状況なんだよね。それに、そもそも、そういう人の言葉を真に受ける必要はないんだし」


 それが俺にはないネットリテラシーというヤツだろうか?

 そこで友子がコーヒーを飲み干した。

 帰らせて、という合図である。

 俺も急いで飲み干して、分かってるアピールをしておく。


「来週の土曜は体育祭か」

 友子が頷く。

「雨が降ったら順延だけどね」

「降らないだろう?」

「うん。北海道だからね」

「北海道だもんな」


 小説を書き始めた一年生の春が終わった。執筆活動を始めて良かったと思うことは、書けないということを経験できたことだ。応援してもらっているから続けるけど、友子がいなかったら止めていただろう。


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