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三月の友亮

 今月でカホリが死んでから八年が経った。友子と再会してから、もうすぐ一年になろうとしている。俺と友子は二十四歳になったけど、カホリだけが十六歳のまま。


 不謹慎だと思われようと、ひどいと言われようと、俺は書く。誰も助けてくれず、救ってくれないのだから、書くことで、自分を救うしかない。それを同じ気持ちを抱える、たった一人に、届いたらいい。


   トモカレ


 彼女が亡くなって、卒業するまでの二年間、僕たちは一度も会話をすることはなかった。君は僕を避けるように、僕も君を避けた。時々見掛けることもあったけど、まともに見ることはできなかった。

 卒業後、別々の大学に進学した後も、虚しい日々は続いた。あの日以来、心の底から笑うことも、泣くこともできなくなった。恋愛だって、彼女以外の人を好きになることなんてできるはずがない。


 でも、進学先の札幌から帰ってくるたびに、三人で過ごした日々を思い出して、君と会って話したいと思うようになった。君となら慰め合えると思ったのかもしれない。

 だけど同時に彼女のことを思い出して、申し訳ない気持ちになり、むかし言ったカッコつけた言葉を思い出して、それが嘘にならないように、またカッコつけて、一人で老いて死んでいくって誓うんだ。


 そんな自分を誤魔化すように、君との偶然の再会を求めた。地元で就職した僕は、時間があるたびにショッピングモールへ行って、君を探し続けた。家を訪ねずに、偶然の再会ならば、彼女も許してくれると思ったからだ。

 一年後、母校の教員として採用された君と、ようやく再会できた。それなのに君は、まるで一緒に過ごした日々がなかったかのように、言葉を交わさず立ち去ってしまった。


 日記には正直に書けなかったけど、僕はもう君のことを好きになっていた。自分が薄情な男であることも自覚していたし、亡くなった彼女を裏切る行為だということも、全部自覚した上で、君を好きになった。

 しかし君は僕と同じようには思ってくれていなかった。亡くなった彼女を思って、連絡先の交換すら拒否された。そこで僕は君と会う口実に、小説を利用することにした。小説を書き始めた動機は、不純そのものだ。


 君から夏祭りに誘われた時、ひょっとしたら、好意を抱いてくれているんじゃないかと期待した。僕は君への好意を隠していなかったから、誘われたことで理解してもらったと思ったんだ。

 でも、それは僕の勝手な勘違いだった。君はあの頃と何も変わらず、死んだ彼女が、まるでまだ生きているみたいに、僕まで死んでいるかのように扱い、拒むんだ。


 九月に北海道で地震が起きた。君に会いたくて探しても見つからず、家に行こうと思ったけど、震災で亡くなった彼女のことばかり考えて、どうしても会いに行くことができなかった。

 僕たちは、いつ死ぬか分からないということを、誰よりも実感している。その気持ちを『初恋』というSSに忍ばせて、次に会ったら連絡先を交換するって強く思った。


 夏祭り以来、気まずさから疎遠になっていたけど、再会した君は意外にもあっさりと連絡先を交換してくれた。だけど、それがいかにも事務的で、好意のようなものは感じられなかった。

 彼女を亡くしたのに、なぜか二股のような目で見られている自分を自虐的に綴ったのが『浮気』というSSだ。『片思い』の方は、その時の君への思いをストレートに書き切った。


 思いが通じたわけではないけれど、君が映画への誘いを受けてくれたのは嬉しかった。といっても、君がJ・K・ローリングを好きだと知っていたので、単純に観たかっただけだろうけど。

 八年前に観た『ハリー・ポッター』と、その時に観た『ファンタスティック・ビースト』はどちらも続編で、僕には意味が分からなかったけど、君と一緒に映画を観られただけで幸せだった。


 それから『別れ話』というSSだけど、それは父親の半生を借りつつ、本当のところは、亡くなった彼女への気持ちを終わらせるために書いた。幸せの形にしたのは、生きていたら、そんな人生を送ってもらいたいと思ったからだ。

 同時期に『未来の自動車』を書いたけど、こちらは彼女と付き合っていた時に自転車のカギを落としたことがあって、そのことを思い出して、笑い話にしようと思って書いた。


 他にも『告白』は君にフラれた事実をそのまま書いたし、『クリスマス・プレゼント』も、告白を受け入れてほしいという願望をそのまま書いた。日記ではもっともらしく自作解説を行っていたけど、本当は、何もかも君のためだ。

 フラれた後、ストーカー行為をしないようにと『純粋』を書いて、感情らしい感情を見せてくれない君への当てつけのように『恋愛型ロボット』を書いた。僕が小説を書く理由は、君へ思いを届けたいからなんだ。


 告白した時、君は「友だちのカレシだから付き合えない」と言った。そう言われたら、無理に付き合えるわけがないんだ。そんなことをしたら、生きていた彼女の存在を、全部否定することになる。

 僕は僕で、君のことが好きだから、思えば思うほど、君の望む関係を続けてあげたくなってしまう。それはつまり、トモダチのカレシ、それ以上でも、それ以下でもない存在。


   終


 書き上げた直後、結末を変えたくなった。

 気に入らなかったからだ。

 変えたければ、変えられる。

 それは俺が作者だからだ。

 俺の本は、俺にしか変えられない。

 人生だって、同じだろう。

 何かをしなければならない日がある。


 それは今日だ。

 三月十一日、月曜日の午後。

 日没まで日がある。

 友子が務める母校を尋ねた。

 呼び出してもらう。

 駐車場で待つようにとの返事をもらった。

 車の中で待つ。


 三人で過ごした学校。

 どうしたって、カホリのことを思い出す。

 カホリに似ている子もいるだろう。

 そんなんじゃ、忘れられるはずがない。

 まずは彼女をここから連れ出すことだ。

 俺はそのために来た。


 友子が姿を見せたので車から降りる。

 何を考えているか分からない顔。

 いつもの友子だ。

 それが俺の好きな女。

 笑顔にさせたい人。

 幸せにしたい女。


「どうしたの?」


 無表情だが、不安そうな声だ。


「話があるんだ」

「今じゃなきゃダメなの?」


 怒っているように聞こえるけど、そうじゃないと信じたい。


「今日じゃなきゃダメなんだ」

「お墓参り?」


 カホリの命日であることは、言わなくても分かる。


「そうだな」

「お墓にカホリはいない」


 それで多くの人が今も、俺たちのように苦しんでいる。


「海に行こう」

「いやだよ」


 即答だった。


「一緒に行こう」

 腕を掴むと、嫌がった。

「離して」

 従うことにした。


「一緒に行きたいんだ」

「いやなの――」


 本気で嫌がっている。


「海はもう、見たくない。三月の灰色の海を見ただけで、今でも気分が悪くなる。想像しただけで、昨日のことのように思い出してしまうんだよ」


 それは俺も同じだ。


「それでも一緒に来てくれ」

「どうして?」


「カホリと別れるからだ――」

 もう、決めたことだ。


「友子と付き合うために――」

 それも、決めたことだ。


「別れたら、もう、友だちの彼氏じゃない」

「そんな酷いこと、できない」

「酷くても、俺はもう、友子のことが好きだから」


 そこで、もう一度、腕を掴んでみた。

 今度は振り払おうとはしなかった。

 そこで、手を離すことにした。


「俺は掴んだ腕を引っ張って、痛がる女性を無理に連れ出すようなことはしたくないから、友子の意思で踏み出してほしい。俺たちにとっての最初の一歩は、二人同時に踏み出さないといけないんだ」


 そこで友子が考え事を始めた。

 いつまでも待てる。

 ずっと彼女の側にいたいから。

 しばらくして、頷いてくれた。

 それからボソッと呟いた。


「……ちょうやく」


 その意味は、よく分からなかった。


 海へ行く前に、友子の家に寄った。

 それは捨てなければならないものがあるからだ。

 カホリに渡せなかったホワイトデーのお返し。

 俺も持ってきた。

 それをカホリが眠る海に贈るためだ。

 瓶詰のクッキーは、カビることなく、八年前のままだった。


 海岸線には誰もいなかった。

 冬の海は誰も寄せ付けない。

 そこで俺たちは海岸線を見つめた。

 灰色の海。

 カホリの命を奪った海。

 見ているだけで、胸が苦しくなる。


 カホリに今の気持ちを伝えることにした。


「俺は

 今

 友子のことが好きだ

 だから

 俺と別れてくれ

 約束を守れなくて

 すまない

 カッコつけて

 口ばっかりで

 また

 裏切ってしまった

 本当に

 ごめん

 許してくれなくてもいい

 恨んでも構わない

 俺は友子と一緒になりたいんだ

 だから俺は

 お前と別れる」


 友子がカホリに気持ちを伝える。


「私はカホリとの約束を守ってきた

 この八年間

 それだけを大事にしてきた

 友亮と再会しても

 好きになったらいけないと思って

 がんばってきた

 告白されても

 好きだったのに

 ちゃんと断った

 全部

 カホリとの約束を守るため

 でも

 もう無理なんだよ

 友亮のことが好きなんだもん

 私たち

 付き合うことにした

 ごめんね

 約束は守れない

 カホリの分までは生きられないよ

 二人分の人生を生きるなんてムリなの

 自分の人生だけでも大変なんだもん

 クリスマス・ケーキを食べても

 カホリのことを思い出すと

 美味しくないの

 地震のたびに

 カホリは怖かったろうって

 想像して

 それが

 つらいんだよ

 ひどいことを言ってるって

 分かってる

 だけど

 ちょっとずつでいい

 お願いだから

 少しずつ忘れさせて

 忘れさせてくれないと

 毎日が苦しいんだもん

 八年も経ったのに

 今も苦しいまま

 時間は何も解決してくれなかった

 だから

 あなたを忘れたい

 私だけ笑っていると

 カホリに悪いと思ってしまう

 私はこれからも

 美味しい物を食べたいし

 欲しい物を買う

 映画も楽しく観たいし

 カホリは好きだったテレビも観たいの

 誰かと話をして

 笑い合いたい

 友亮と付き合ったら

 キスをすると思う

 それだけじゃなく

 セックスをしたら

 きっと気持ちいいと感じてしまう

 そんなとき

 カホリのことは考えてあげられない

 それでも

 酷い人間と思わないでほしい

 いや

 思ってもいい

 私だけ生きてるんだもんね

 私だけ生きてて

 本当にごめんなさい

 自分勝手だけど

 今日から

 あなたのことを

 少しずつ

 忘れます」


 カホリにはすまないけど、気持ちを全部吐き出して、すっきりすることができた。友子は相変わらずの無表情だったので、彼女の気持ちは分からない。分からない時は、後でゆっくり話をすればいい。


 暗くなる前に、渡せなかったホワイトデーのお返しを海に投げ込むことにした。どうしたって、いつかは捨てなければならないものだからだ。ところが、友子が躊躇するのだった。


「どうした?」

「……うん」

「処分することに抵抗がある?」

「そうじゃなくて……」


 友子が言いにくそうにするのだった。


「気になることがあるなら、言ってごらん」

「うん。海に物を投げ捨てるのは、よくないと思って」


 それを真顔で言うものだから、思わず笑ってしまった。


「そんなオチ、ある?」

「だって、環境破壊に繋がるから」

「先生、まじめ」

「冗談を言ったわけじゃないから」

 と言いつつ、笑うのだった。


 海を見て、二人で笑い合える日がくるとは思わなかった。


 そこで俺らしく今日という一日を終わらせることにした。


「貸してごらん」


 友子が差し出す。

 彼女から瓶詰のクッキーを受け取る。


「友子が捨てたくても捨てられないものは、俺が捨てるから

 友子が忘れたいと思うものは、俺が忘れさせるから

 これから一緒に幸せになろう」


 始まったばかりの二人の人生にオチはいらない。


   完


 時間誤認トリックについて


 なぜトリックを用いる必要があったのかというと、九年前(執筆時)に失われた命を生々しく感じさせるにはどうしたらいいのだろうと、それで時間を誤認させるトリックにしようと思いついたのですが、いま考えると、衝撃の押しつけだったかなと、反省しております。風化する寂しさに抗うように書き上げましたが、それもまた、押し付けだったように思います。


 作者自身、読み返すことができない作品ですので、いつか、その時がきたら、もう少し詳しい解説を書きたいと思います。読んで頂きまして、ありがとうございました。

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