一月の友亮
先月というより、去年、気持ちにケリをつけて、新年を迎えるに当たり、心を入れ替えるつもりで、心機一転、創作活動に集中することにした。そこで今回も反応があった作品を掲載したいと思う。タイトルは、
純粋
告白して振られた帰り道、コンビニに寄って、一冊のノートを購入した。その真っ白な平面世界に気持ちを全部吐き出すことで、心が整理できると考えたからだ。
大学ではノートパソコンを使うことが多いので、ノートを使い切った経験はほとんどなかった。そこで最後の一ページまで、びっしりと文字で埋めてしまおうと思った。
そうだ、僕はまだ諦めていなかった。願掛けのようなもので、思いのたけを綴ったら、彼女に気持ちが通じるのではないかと考えたわけだ。何もしないで諦めるより、何かをしてから諦めた方がいい。
おまじないの効果はなかった。それでも「一度きりの人生で、あなたを思うことができた、ただそれだけで幸せです」という言葉を書き残すことができたので、やってみて良かったと思った。
そこで次に、彼女の似顔絵を描こうと思った。といっても、モデルになってもらうようにお願いするわけにもいかないので、画像を見ながら描き移す作業になる。
素人の絵なんて、もらって嬉しいはずがないので、それも完全に恋のおまじないみたいなものだ。高校時代に使っていたスケッチブックの残りを、全部彼女の似顔絵でいっぱいにしようと考えた。
描きながらも、これほどまでに彼女のことを思える男は、世界中どこを探しても他にはいないと思った。そこまで思える人だからこそ、この恋を絶対に諦めてはいけないと考えた。
結果は、またしても何も起こらなかった。彼女に描いた絵を見てもらうことはできたけど、やっぱり受け取ってはもらえなかった。それでも自分を知ってもらうことができたので、やってみて良かった。
そこで次に、彼女に誕生日プレゼントを贈るためにアルバイトを始めた。べつに物で釣ろうとしているわけじゃない。純粋に贈り物をしたかっただけだ。お店で購入したプレゼントなら、もらって嬉しくない人はいないからだ。
初めての仕事で注意されることも多かったけど、彼女のためだと思うと何も苦にならなかった。愛の力があれば何だってできると思ったので、やっぱり、この恋を諦めてはいけないと強く思った。
プレゼントはちゃんと受け取ってもらえたけど、それをSNSで報告してくれなかったので、少しだけ残念に思った。画像の端にちょっとだけ映してくれるだけで良かったのに。
それでも気持ちを込めたプレゼントを受け取ってくれたということは、すなわち僕の気持ちを今も大事にしてくれているということなので、それだけで嬉しく感じた。
そんな時、彼女が住む女子寮の近くで物騒な噂が立った。通り魔や強姦魔のニュースが絶えないご時世なので、とても心配になり、夜の見回りを始めることにした。
彼女のことを守りたい、ただそれだけだった。そう思うだけで強くなれた。刃物を持った相手だろうと怖くはない。それが愛する人を守るということだからだ。
彼女の帰宅を見届けて、部屋に明かりが灯る、そこでやっと安心できた。それを何日も続けたが、きっと、彼女は僕に守られていることなど気がついてもいないだろう。それでも構わなかった。ヒーローとはそういうものだからだ。
それからしばらくして、いつものように彼女の帰りを見届けて、家に帰ろうとしたところで、パトカーのサイレンが聞こえてきた。念のために彼女の部屋の明かりを確認したが、無事であることが確かめられた。
帰宅しようとしたところで声を掛けられた。
「お話を伺いたいので、署までご同行願えませんでしょうか?」
警官に訊かれたが、不審者を目撃した記憶はなかった。
終
投稿した翌日、毒舌マダムから「オチが読めました」との感想をいただいた。それでも「よくある話ですが、矛盾した言動に怖さが感じられたので良かったです」と珍しく褒めてもらった。もう一本、タイトルは、
恋愛型ロボット
オー博士が開発した恋愛型ロボットが、いよいよ試験段階に入った。あとは実際に人間と恋愛をさせるテストを行うだけである。試験場となるマンションのリビングでエイチ氏に説明する。
「紹介しよう。彼女はユー子だ。聞いているとは思うが、君の仕事は、これから彼女と恋愛をすること、ただそれだけ。そのためにしばらくこのマンションに住んでもらうことになるが、構わないね?」
エイチ氏が頷く。
「はい、もちろんです。すべて承知しています」
オー博士が続ける。
「よろしい。すべての部屋にはカメラが設置してある。モニタリング・テストだからね。浴室だけではなく、トイレにもカメラがあるから、くれぐれも問題を起こさないように注意してくれたまえよ」
そこでエイチ氏が尋ねる。
「外出してもよろしいのでしょうか?」
「法律の関係で今のところ屋外へ連れ出すことは禁止されている。ただし、それも時間の問題だがね。つまり君のテストに懸かっているというわけだ」
「責任重大ですね」
「いやいや、問題を回避してばかりではテストにならんのだし、気負わずにやってもらいたい」
エイチ氏が不安を口にする。
「しかし、いきなり同棲生活から始める恋愛というのも、どうしたら良いものか」
オー博士が肩に手を置く。
「ユーザーの元に届けられた状態から恋愛が始まると想定して開発されたので、そこも踏まえてテストさせてほしい。説明ばかりではテストにならないので、それでは早速だが、始めることにしよう」
ということで、エイチ氏を残して、オー博士は別室へ移動した。
モニタリング・ルームでは博士の助手たちによって交代制で監視を行う態勢が整っていた。テストは長期間に及ぶが、その最初の一日目が始まったことで、誰もが緊張した顔をしていた。
「それで、二人の様子はどうかね?」
モニターの前に腰を下ろして、オー博士が助手の一人に尋ねた。
「はい。自己紹介を済ませたばかりですが、お世辞にも会話が弾んでいるとは言えませんね」
「いやいや、最初はこんなものだろう。始めから満足されては、飽きられるのも早いだろうからな」
翌日、一日目のテストを終えたところで、アンケートを行った。同マンション別室のリビングに呼び出しての質疑応答だ。オー博士が質問して、エイチ氏が答えて、それを助手が記録するといった形で行われる。
「それで、どうかね?」
「それが、何てお答えしていいのか」
「というと?」
「恋愛というのが、どういうものか、自問するばかりで」
「なるほど」
オー博士にとっては有益な解答だったようだ。
「いきなり恋愛をしろと言われましても、それで好意を抱くのが、果たして本当の恋愛といえるのか、まずはそこに疑問を抱いてしまうのです」
「うむ。しかし、未だにお見合いの慣習が残っているのだから、特段おかしなことをしているわけでもなかろう」
「言われてみれば、そうですね」
「続けられそうかね?」
「ご希望に沿えるかどうかは分かりませんが」
「結構」
一週間後、同じ形式でアンケートが行われた。
「それで、どうかね?」
「はい。自分でも戸惑っているのですが、好意らしきものは感じています」
そう言って、エイチ氏は頭をかいた。
「いやいや、何も照れることはなかろう」
「そうですね、そういうテストなんですものね」
「その通り」
「ですが、それが恋心と呼べるかどうかは、判然としないのです」
「どういうことかね?」
「はい。感じている好意が、例えば親であったり、兄弟であったり、そういった異なるケースでも抱いてしまうのではないかと思いまして」
「なるほど」
オー博士にとって参考になる感想だったようだ。
「現在のところ、友だちといえば友だちですし、むしろ恋人と呼ぶ方が不自然な関係といった方が良いかもしれませんね」
「うむ。テストはまだ始まったばかりなので、そこら辺も含めて、もう少し気長に経過を見ようではないか」
そこでエイチ氏が尋ねる。
「これといった恋愛感情を抱かなかった場合はどうなるのでしょうか?」
「それも経過を見る他あるまい」
「そうですね」
「続けられそうかね?」
「是非とも続けさせてください」
「結構」
それから三週間後、同じ形式でアンケートが行われた。しかし、助手に連れられてきたエイチ氏は、これまでの様子と異なり、ひどく落ち込んだ表情を見せていた。一方で、その姿を見てもオー博士は心配した素振りを見せなかった。
「それで、どうかね?」
「はい。それが……」
そこでエイチ氏は言い淀むのだった。
「どんなことでも構わんよ」
「はい。実は、恋愛というものが、まるで分からなくなってしまったのです」
「具体的に話してくれんかね?」
そう言って、オー博士がコーヒーに口をつけた。
「そう言われましても、何もかもが分からない状態なのです。よく話をするのですが、会話をしながらも、相槌が不自然ではないか、目を見過ぎてはいないか、退屈そうな表情になっていないか、そんなことばかり考えてしまうのです」
オー博士が興味深そうに頷く。
「なるほど」
「他にも、例えば無言の間ができた時、何を考えているのだろうと気になって仕方ありません。そんな時、話題を提供した方がいいのか、それともそっとしておいた方がいいのか、まるで答えが分からないのです」
そこで笑いながら頭をかいて、続ける。
「ロボットと人間の恋愛なのに、そこまで考えるって、やはりおかしいですよね」
「いやいや、それが恋というものじゃないのかね?」
博士の言葉に、エイチ氏がハッとした表情をした。
「つまり僕は彼女に恋をしていると?」
「君がどう思っているかによるが」
「まさか」
「ありえないと?」
「分かりません」
「続けられそうかね?」
「続けたいです」
「結構」
それから二か月後、同じ形式でアンケートが行われた。助手に連れられてきたエイチ氏は見るからに幸せそうで、笑みを絶やさないのだった。いつものようにオー博士が尋ねる。
「それで、どうかね?」
「はい。万事が順調で、これでテストになるのかと、そちらの方が心配で」
「ほほう、結構じゃないかね」
「そう言っていただけるのなら安心です」
「テストの結果など、君が気にすることではないのだから、気楽にやりたまえ」
エイチ氏が嬉しそうに報告する。
「毎日、彼女と暮らせていることに心から感謝しているんです。朝、目を覚ますと、彼女がそこにいる、ただそれだけで幸せな気持ちになります。それ以上、何も望むことはありません」
惚気話に、博士もニヤける。
「愛していると?」
「そうですね、彼女を愛しています」
エイチ氏が迷いなく言い切った。
「しかし、愛というのは言語化するのが難しい感情だとは思わんかね?」
エイチ氏が頷く。
「はい。僕もはっきりと表現できるわけではありません。ですが、彼女の嫌がることをせず、喜ばすことだけを考えて、また、それが自分でも楽しくて、そうして、ふとした瞬間、彼女のことを思っていたはずが、誰よりも自分が幸せであると気がつくんですね。僕はそれを愛だと思っています」
オー博士が唸った。
「何か問題は?」
「ありません」
「そうか、それは良かった」
そこでエイチ氏が慌てる。
「まさか、これでテストを終わらせるつもりじゃありませんよね?」
「いや、何も問題がないようであれば」
「それは、あまりに急な話ではありませんか」
オー博士が考える。
「ならば、もう少し続けてみよう」
「ありがとうございます」
それから三か月後、つまりテスト開始から半年、同じ形式でアンケートが行われた。しかし今回別室に呼ばれたのはエイチ氏ではなくユー子だった。オー博士がいつもの感じで尋ねる。
「それで、どうかね?」
「はい。何も言うことはありません。今回の恋愛ロボット・エイチ型ならば、安心して子どもを預けて仕事に行くことができるでしょう」
王博士が首を振る。
「それはまだテストを重ねてみなくては分からんよ」
「あと半年もロボットの振りをしなければいけないんですね」
そう言って、優子がコーヒーを口にした。
終
この話を投稿した後、「また星新一をパクったのか」との批判が寄せられた。投稿数は多いけど、まったく読まれていないのに、どうやって見つけてくるのか、こういう時だけアクセス数が跳ね上がるのだった。
他にも「オマージュにすらなっていない」とか、「パロディと呼ぶには失礼すぎます」とか、そういった感想が送られてきた。十件程度なので炎上とはいえないけど、流石に堪えた。
中には「星新一の足元にも及ばない」とか、「これだから素人は」などと、勝手に比較して批判された。批判するために先生の名前を利用する奴は、星新一のファンや読者ではないと、絶対に断言できる。
でも、そんなことをわざわざ返信しない。そういう時だけコメントを残すと、姿勢がブレるからだ。初志貫徹を決め込んだら、どんな批判も受け入れる、ではなく、適当に聞き流すことが大事だ。
感想欄でボヤ騒ぎがあった後、常連さんも姿を消してしまった。感想欄のマネジメントも含めて、作者は管理しなければいけないようだ。そして俺の投稿作には、嵐が去った後の静けさだけが残った。




