一月の友子
お正月は神社にお参りしてから祖父母の家に遊びに行って、集まった親戚のおじさんやおばさんからお年玉をもらって帰ってくるだけなので、特に書くことはない。
問題は、友亮と別れてから、勉強会と称して、カホリが私の部屋に入り浸るようになってしまったことだ。私は一人で勉強したいので、ベッドでお昼寝をしている彼女がジャマでジャマで仕方なかった。
ただ、私が嫌な顔を見せると、カホリは察知して、今度は極端に距離を置くだろうから、そうなると私も困るわけで、だから迷惑だと感じさせないように努めなければならなかった。
世の中にはベストな距離感というものがあると思う。お父さんとはまったく会話がないし、家族だけど苦手に感じて、でも、そこで踏み込んで来ないから、私にとっては最高のお父さんだったりする。
友だちも同じだと思う。心地良く感じる距離感がそれぞれ違うのだから、「友だちとは何か?」という定義付けはまったくの無意味だ。ベッタリがいい人もいれば、あっさりがいい人もいる。
他人と友情を競い合う必要はないということだ。薄情だと思われても、自分で距離感をコントロールすることの方が大事だから。そうすれば孤独でいる人を見ても、変わった人だと思わなくなる。
私はカホリと違って、本当に性格がサバサバしているので、いや、もっと正確に表現すると、無機質なので、彼女を受け止めることができる人に預けてしまいたいと考えた。
それには友亮とヨリを戻してもらうのが一番だ。そうすれば依存体質のカホリも幸せだし、私も散らかった部屋を清潔に保つことができるから幸せだし、友亮も、たぶん、幸せだと思う。
お昼寝した後だったので、歯を磨きに行かせて、それから勉強しつつ、話をすることにした。といっても、自発的にヨリを戻してもらわないといけないので、ミッションを遂行していることは、カホリには内緒だ。
「お家に帰らなくて平気なの?」
カホリは話し掛けると、すぐに手を止める子だ。
「うん、平気。わたしって、今すぐにでもお嫁に行ける子だから」
「相手はいないけどね」
「はぁ? いま何か言った?」
失恋中だということを忘れていた。
「なんでもない」
「だったら、いいけど」
聞こえない振りをしてくれるところが、カホリちゃんの優しさ。
「でも、家族は心配してないの?」
「心配って?」
「私は友だちの家でも外泊は禁止されてるから」
「ウチはね、友子ん家に泊まりに行くって言うと、お母さんが喜ぶくらいだから」
そう言われても、あまり嬉しくはなかった。
「でも、お父さんは心配してるでしょう?」
「待って――」
ジロり目で私を見る。
「わたしのこと、追い出そうとしてない?」
勘が鋭いから困る。
「してないよ――」
それだけだと、嘘になる。
「だけど、カホリも泊まりに来たくて来ているわけじゃないような、友亮君と別れて、それでやることがないから、仕方なく来ているような気がして」
「ほら、やっぱり追い出そうとしてる」
そう言って、テーブルに突っ伏して、泣き出してしまった。といっても、泣いているように見せているだけだけど。これだから女子は面倒くさい。私も女だけど、男子と話している方がよっぽど楽だったりする。
「カホリ――」
側に行って慰めてあげないといけないから、やっぱり面倒くさい。
「カホリがいたいなら、いたいだけ、いてもいいから――」
そう言っても、反応がなかった。
丸めた背中に手を置いてみる。
「友亮君から連絡ないの?」
「あったら、こんなとこいないよ」
こんなところって言われた。
でも、気にしたらダメ。
「連絡してみたら?」
「もう、わたしのことなんて、どうでもいいんだよ」
このところ頻繁に起こる自虐モードに入ってしまった。
こうなると一日中グチグチしてしまう。
「友亮に嫌われて、友子まで追い出そうとして、わたしは町の嫌われ者なんだ」
いい加減、ウザく感じる。
だけど、突き離してはいけない。
「私は友亮君のように振ったりしないからね。それが友だちだから」
その言葉を受けて、ガバッと起き上がった。
「わたしフラれてないから。別れたのはわたしの方からだし――」
言葉の選択を間違えたようだ。
「もう、いい」
と言って、ベッドに横になり、ふて寝を始めてしまった。
本当に面倒くさい。
しかも、やっぱり泣いてなかったし。
「カホリ?」
声を掛けても、壁におでこをくっつけて、小さく丸まったまま、身動き一つしないのだった。こういう子と一年中一緒にいなくちゃならないのだから、男に生まれなくて本当に良かったって思う。
といっても、このまま放っておくわけにもいかないし、仕方がないので、一緒に添い寝してあげることにした。背中から抱きしめるように腕を回したのは、小説ならそういうことをすると思ったからだ。
「カホリは嫌われ者じゃないよ」
「一度も連絡してこないのに?」
「向こうも同じこと思ってるかもよ?」
それには何も答えなかった。
その代わり、回した手を握られた。
ほんと、どうしようもないくらいの寂しがり屋。
「本当はヨリを戻したいんでしょ?」
「もう、他に好きな子がいるかもしれないし」
だから連絡できないんだ。
「そんな、すぐに乗り換えられる人じゃないでしょ」
「分かんないよ」
そう言われると、私としても何も言えなかった。
しかし、それからすぐ状況に変化が起こった。
「あれ、友亮君じゃない?」
始業式の日、カホリと一緒に表玄関を出たところ、背の高い彼が校門で立っているのを見つけた。辺りはすっかり雪景色に変わったけど、道路はアイスバーンなので、この日も自転車と一緒だ。
「うん」
カホリの方が先に見つけていたみたいだ。
「待ってるんじゃないの?」
「わたしじゃないよ」
そう言って、私の手を握ってきた。
下校中に手を繋いだことは一度もない。
「行こう」
と手を引かれて、友亮の待つ校門へと向かった。
校門までの長い道、彼女は無言だった。
私には彼がカホリのことを見つめているのが分かった。
だけど彼女は下を向いているので、それを分かっていない。
繋いだ手が震えている。
寒さではなく、緊張しているのだろう。
「カホリ」
友亮が声を掛けた。
カホリが足を止める。
声を掛けられたのが、彼女で良かった。
自分のことじゃないのに、ホッとした。
「話があるんだ」
「ここじゃ迷惑になるから、どこか、別の場所でしよう」
「あっ、うん」
「友子も一緒でいい?」
「うん。構わないよ」
なぜか私まで付き合わされることとなった。
二人きりになるのが怖かったのかもしれない。
移動した先は馴染の公園。そこに濡れていないベンチがあるから、三人でそこに腰掛けた。私とカホリが並んで座って、友亮は隣のベンチ。園内は雪が降り積もった状態で残っているので、誰もいない。
「私、邪魔だよね?」
二人が気まずそうにしてるので尋ねてみた。
「そんなことない」
カホリがすぐに否定した。
「でも、私がいたんじゃ話をしづらいんじゃないかと思って」
「いや、話すよ――」
今度は友亮が否定した。
「カホリに謝りたいだけだから」
もう、黙っていることにした。
「ずっと、この二か月近く、謝りたいと思っていて、頭の中で、伝える言葉を考えていた。それは、カホリに『別れよう』って言われた時、どうして別れたくもないのに、『だったら別れよう』って言ったのかって――」
たどたどしく、ひどく棒読みだけど、真剣だった。
「どうして、『別れたくない』って言えなかったのか、すごく後悔して、取り返しのつかないことをしてしまったって、毎日そのことを繰り返し考えていたんだ。それで、俺は、もう一度、カホリと付き合いたいと思って――」
声が震えている。
「もう一度だけ、告白させてほしい」
そう言って、立ち上がった。
カホリもゆっくりと立ち上がった。
友亮が私の友だちを真っ直ぐに見つめる。
「俺はカホリと別れたくない。『別れよう』なんて言って、ごめん。もし許してくれるなら、もう一度、俺と付き合ってくれないか?」
カホリは焦らさなかった。
「わたしも別れたくなかったよ」
「本当に?」
「『別れる』って言われるなんて、思わなかったんだもん」
「ごめん」
「わたしも、ごめんなさい」
「じゃあ、もう一度付き合えるってこと?」
「別れられないんだから、当たり前でしょ」
そう言って、抱き合うのだった。
この場に私がいることの滑稽さを、私だけが感じていた。
だから自分のことを雪の妖精だと思うことにした。
「今だから言えるけど――」
友亮がカノジョの手を取る。
「一度別れたことで、分かったことがたくさんあるんだ。俺はカホリ以外の女を好きにならないし、一日足りともカホリのことを考えなかった日はないし、こうして二度目のチャンスをもらえたなら、もう二度と手放さないって決めたんだ――」
別れる前も、そんなことを言っていた気がする。
「そんな風に再確認できたのは、カホリが『別れよう』って言ってくれたおかげだから、やっぱり俺たち二人の将来のことを、ちゃんと考えてくれていたのはカホリなんだって、今、そう思っている。もう一度付き合ってくれて、ありがとう」
恋愛体質になってしまったカホリが嬉しそうだ。
「わたしこそ、告白してくれて、ありがとう」
「また、カッコつけてんじゃないの?」
妖精のつもりでいたのに、つい口を挟んでしまった。
「カッコはつけるよ――」
友亮が言い切った。
「俺はカホリのことが好きなんだし、これからも好きであり続けるんだから、ずっと好きでいてもらうために、これからもカッコをつけて生きていく。口だけだって思われることがあるかもしれないけど、他の誰でもなく、カホリにだけはカッコイイと思われていたいから、やっぱりカッコはつける――」
そこで憂いた表情を見せる。
「ただ、俺も嫉妬はするし、イラッとすることはあるし、人間ができてないから、またケンカをすることがあるかもしれない。でも、今の俺は反省できるから、後悔も知っているし、カホリを失う怖さも分かっている。だから、どんなことがあってもカホリを大切にするって決めたんだ」
カホリがカレシを真っ直ぐ見つめる。
「わたしね、気づいたんだけど、束縛されるのって、そこまで嫌じゃないんだ。だって友亮の場合は、そこまで縛られてる感じがしないんだもん。たぶんね、好き勝手に生きている人たちを基準にして、そういう人と比べるから、自分たちの方がおかしく感じてたけど、やきもちを焼くって、そこまで異常なことではないんだって思うから」
友亮が同意する。
「うん。距離を置いてみて分かったけど、俺も一度にはカホリを理解できない。しかも、まだ成長しきってないし、全部を理解するなんて不可能なんだ。だからこそ、カホリのことをもっと知りたいと思った。これからも幼稚な言い争いをするかもしれないけど、その度に話し合って、二人で一緒に大人になろう」
もう充分、私よりも大人に感じられた。
そこでカホリが照れる。
「わがままなわたしを見捨てないでくれて、ありがとう」
友亮が照れ臭そうにする。
「そんなんじゃないよ。ほら、来月バレンタインだろう? 義理チョコはいらないけど、カホリのチョコは欲しいから、それで早く仲直りしたいと思って」
ちゃんと話にオチをつけるところが友亮らしい。
それが高校一年生の一月の出来事です。二人の交際は順調で、私としても平穏無事な日曜日を取り戻すことができたので良かったと思っています。友だちの不幸を願うと自分も不幸に陥りがちなので、やっぱり幸せを願った方がいい。




