十二月の友子
クリスマス前に、カホリと友亮が別れてしまった。理由は聞いていないけど、自分を責めずにはいられなかった。なぜなら、嫌な予感がしたのは、自分の行いが原因だからだ。
悩みを聞くつもりで、相談に乗り、話を聞いてあげるだけで良かったのに、感情の動線を誘導してしまった。友だちの恋愛相談では、絶対にやってはいけない行為。それを私はやってしまった。
そんな私の思いなど知る由もないカホリが、二人でクリスマス・パーティーをしようと提案してきた。断る理由はないので応じたけど、それまでずっとモヤモヤした気持ちのまま過ごした。
ただ、パーティーの日はクリスマスを避けた。私たちはクリスチャンではないけれど、家族揃ってチキンとケーキを食べる、いわゆるどこにでもある普通の家庭だったからだ。
カホリが泊まりに来たのは、ホワイト・クリスマスの翌日だった。買い出しに出掛けたけど、二日連続でケーキを食べたにも係わらず、お菓子を買い込んでしまった。
一応はクリスマス・パーティーなので、コンビニのチキンも買ってきた。飲み物は、家にある栓を開けていないシャンメリーで済ませる。メインの食事は、お母さんが「ピザを注文してもいいよ」と言うので、甘えることにした。
食事をしながら、どんなクリスマスを過ごしたか話して、家は必ずケーキが余るということで、なぜか私の誕生日の次の日に遊びに来ると言い出して、残ったケーキを二人で食べる約束をした。
それからローソクの話になって、今まで燃え尽きた瞬間を見たことがないということで、お仏壇からローソクを取ってきて、火を灯して、部屋の明かりを消した。
なかなか燃え尽きないローソクを見つめながら、「夜は長いよ」なんて言いつつ、キャンドル・ライトにピッタリな音楽を探して、何度も曲を変えながら、昔の話をした。
ふと、互いに無口になり、しんみりした時、この瞬間しかないと思い、カホリに謝ることにした。ローソクの火が消えてしまってからでは、永遠に懺悔することができないと思ったからだ。
「ずっと謝りたいことがあったんだ」
「謝ってもらうようなこと、された覚えないけど?」
ローソクの明かりに照らされたカホリの顔は、室内灯に照らされた時よりもあたたかく感じられた。
「私にはあるんだよ」
「わたしが『ない』って言ってるのに」
懺悔する。
「ううん、あるの。私は間違っていた。すごく大切で、大事だと思っていて、どんなことがあっても友だちだし、カホリが誰かとケンカしたら、迷わずカホリの味方になるって決めてた――」
話すのが怖い。
「その気持ちは今も変わらない。だけど、カホリが友亮君と別れたと聞いた時、私は自分のせいだと思った。一度、相談されたことがあったよね? その時に、私が別れる方向に誘導してしまったんだと思う――」
最後まで語る必要がある。
「本当の友だちなら、カホリが大切にしている人も大切に思わないといけないのに、私は友亮君から話も聞かずに、一方的に悪者にした。その時は、それがカホリのためだと思ってたんだ――」
後悔している。
「でも、それはやっぱり間違いだった。嫌な予感というか、胸騒ぎというか、ずっと気掛かりで、本当はもっと早く告白しなくちゃいけなかったのに、手遅れになるまで何も言えなかったんだもん――」
赦しは求めない。
「カホリのことを本当の友だちだと思うなら、友亮君と上手く付き合っていけるように考えなきゃいけなかったんだよね。それなのに、カホリの大事な人を悪者にしちゃった――」
私は罪状のない他人を裁ける人間ではない。
「誰の目にも明らかな、分かりやすい被害に遭ったのなら、それで良かったかもしれない。でも、友亮君はそうじゃないもんね。本当に、お互い、思い合っていたんだもん」
それが私の告白だ。
赦しは必要ないので告解ではない。
裁かれたままでいい。
「謝るのは、わたしの方かもしれない」
カホリの告白だ。
「どういうこと?」
「友子に話していないことがあるから」
「すべてを話す必要はないんだよ?」
「秘密があるわけじゃないの」
「それでも、謝ることなんか」
「ううん――」
カホリが首を振る。
「友子が、わたしたちのことで、そんな気持ちを抱いていたなんて、知らなかったから。やっぱり話さなくちゃいけなかったんだ。だって、友子には苦しんでほしくないから」
カホリが大きく息を吐き出した。
ローソクの火が揺れる。
しかし、消えることはなかった。
「違うんだよ、そうじゃないの。わたしたち、友子の目には、とてもカッコよく映っていたと思う。友亮も、友子の前でカッコつけてたからね。わたしもヘンな目で見られないように頑張ってたし――」
すごくホッとした表情をしている。
「友亮が口だけとか、そういうんじゃないんだよ? 今でも、口にしてくれた言葉に嘘はなかったって信じてる。でも、いっぱいいっぱいだったんだよ。背伸びして、つま先立ちで歩いている感じ――」
過去形が、切ない。
「ごめん、またカッコつけちゃったね。すごい恥ずかしいんだけど、本当のことを言うと、わたし、全然サバサバしてないの。そういうのに憧れてるだけで、すごくジメジメした性格なんだ――」
言葉選びに苦労している感じだ。
「いや、友亮と付き合う前は、サバサバした感じで付き合えると思ってた。付き合ってからも、お互いの時間を大切にしたり、連絡がなくても別にって感じで、ずっと付き合えると思ってたんだ――」
そこで言いにくそうにする。
「それが、エッチしたらね、自分でも信じられないくらい、束縛したくなった。自分がそういうタイプだとは思わなかったから、本当にびっくりして、でも、イタイ女とは思われたくないから、ごまかして――」
束縛を嫌うのがカホリだと思っていた。
「テレビを観て、男に依存する女を軽蔑してたけど、まさか自分がそんなタイプだと思わなかったから、ほんとショックで、だって、テレビ観ながら自分のことを笑ってたんだもんね――」
私もカホリはカラッとした性格だと思っていた。
「何がダメだったかって、友亮も同じだったんだよね。心を広く持とうとしてくれていたんだけど、それで誰よりも苦しんでいるのが友亮なんだもん。それを見ているのもつらかった――」
カッコつけていたんじゃなくて、自分に言い聞かせていたのかもしれない。
「お互い、かなり不満があって、言い合って、実はケンカばかりしてた。人前では、それこそ友子がいる時は大丈夫なんだけど、二人きりになると、些細なことで言い争いになるんだよね――」
全然わからなかった。
「それで、このままだとヤバいと思って、嫌いにはなりたくないし、ほんと、醜い心の見せ合いみたいになってたから、思い出したくない経験にはしたくないと思って、別れることにした――」
ということは、今も好きっていうことだ。
「だから友子のせいじゃないよ」
そう言われても、気分が落ち着かなかった。カホリの説明の中に、何か引っかかるところがあったからだ。でも、その何かが分からなかったので、どうすることもできなかった。
「ほんとに?」
尋ねることしかできなかった。
「うん――」
笑顔で頷くも、すぐに真顔になる。
「ごめん、やっぱりわたしは友子と違って説明が下手だから、ちゃんと伝わったか不安になる。喋りながら『なんか違う』って思っちゃうんだもん。自分のことなのにね――」
気持ちを正確に伝えるのが一番難しい。
「さっきは友亮のことを『自分と同じ』って言ったけど、それってわたしが感じただけで、本当のところは分からないことだもんね。それを決めつけたかのように言うから、『なんか違う』って思っちゃうのかもしれない――」
彼女は今も友亮と向き合おうとしている。
「誤解してほしくないのは、エッチしたから態度が変わったとか、人前だと態度が豹変するとか、そういうんじゃないの。むしろ優しくなったくらい。そういうのは言葉じゃなくて、触れられた感じで分かるから――」
私には分からない部分だ。
「他の人には見せない顔を見せてくれるのも、本当の意味で裏表がない人なんだって思えたし、嬉しかった。だって、嫌いな先生に本音をぶつけるわけないもんね。だから裏表を見せてくれるって、特別なことなんだよ――」
特別な人と言いたかったのかもしれない。
「だから全部わたしが悪いんだ。『言い争っていた』って言ったけど、それは売り言葉に買い言葉みたいなもので、わたしが怒らせるようなことをわざと言っていたようなもんだし――」
後悔している様子だ。
「なんで試すような真似ばかりしちゃったんだろう。わたしの方から一方的にテストを受けさせていたようなものだもんね。なぜか、わざと気に障るようなことを言いたくなるの」
落ち込んでいるので、フォローする。
「それはカホリにとって大事なことだったからなんじゃない?」
「そうなのかな?」
「ケンカしなければ平和だけど、女はそれが怖いんだよ」
「男とは違う?」
「違う――」
はっきりと違う。
「男は妊娠させても、逃げることができるから。女はそういうわけにもいかないでしょう? 産むにしても、堕ろすにしても、女は責任から逃れられないんだもん――」
生まれた時から負わされている責任が違う。
「だから女が男を試すのは仕方がないんじゃないかな? そこで自分を責めるのは違うと思う。むしろ必要だったと考えてもいいくらい。それくらい女にとっては大切なことだから」
そこでカホリが慌てる。
「わたし妊娠はしてないからね?」
「分かってるよ」
「だって、いきなり妊娠とか言うから」
「カホリは悪くないって言いたかったの」
「友亮だって、妊娠させて逃げるような男じゃないからね?」
「分かってる」
カホリが驚く。
「え? 分かるの?」
今まで見たことのない、女の顔になった。いや、女だから当たり前だけど、少女とか、女子とか、女の子とか、そういうのとは違う顔だ。一瞬だけど、怖く感じたので謝ることにした。
「ごめん、分からない」
「だよね」
表情は元に戻ったけど、そこでなんとなく、友亮の窮屈さが分かった気がした。恋愛のことになると集中が高まり、言葉の使い方や、言葉尻を捕えてくるから、適当になれないわけだ。それだと男の人は疲れることだろう。
それが高校一年生の十二月の出来事です。本当はもっとエグくて、生々しい会話をしていたけど、下の名前だけ本名で始めた日記なので、念のために公開できる範囲内で書くに止めました。
ローソクの明かりはというと、火が消えるから寂しくなるのかと思ったら反対で、燃え尽きた瞬間、二人で「おぉ~」と歓声を上げて、拍手までしてしまいました。途中で火が消えてしまうことの方が切ないのかもしれないです。




