十一月の友亮
十一月は友子が好きなJ・K・ローリング原作の映画を一緒に観に行ったくらいで、他は特に何も書くことがない。最近は日記を書くことよりも、小説を書いていることの方が多い。
そこで今月も投稿サイトで反応があった話を上げようと思う。というか、嘘くさいアクセスがあるくらいで、誰にも読まれていないので、好きにするって決めた。タイトルは、
別れ話
娘の結婚式が無事に終わり、わが家へと帰ってくると、和夫は自室へ行って、仕事で使うダイヤル式のアタッシュケースの中から、離婚届を取り出した。
妻の道代が食事の準備をしているので、リビングのソファに座り、支度が終わるまで待つことにした。その間、フォトフレームに収められた家族写真を見つめながら、これまでの半生を振り返るのだった。
生まれた家は、裕福ではなかったが、決して貧しいわけではなかった。家に風呂はなく、自家用車もなかったが、当時としては、特に珍しいことではなかった。
自営業で共働きしていた両親は健康そのもので、よく夫婦喧嘩はしていたが、一家団欒で過ごす時間があったので、どちらかというと、恵まれた両親の元で生を受けたといえるだろう。
それでも幼い頃の和夫に、その価値が分かるはずもなく、車で家族旅行に行けないことや、一人で留守番をしていることに不満を抱き、わがままに振る舞っては、両親を困らせていた。
友だちにも恵まれた幼少期だった。近所に二人の幼なじみがいて、その子たちと毎日楽しく遊ぶことができたからだ。公園での水遊び、かくれんぼにケイドロ、パッチやオハジキなど、そんなのが当時の遊びだった。
学年が上がるごとに友だちも増えてゆき、遊びも変わっていった。野球やサッカー、テレビゲームやミニ四駆、晴れの日だけではなく、雨が降っても楽しく遊ぶことができた。
そんな当たり前の日常が、かけがえのない日々だったと和夫が気づいたのは、その友人たちと遊ばなくなってからだ。感謝したいと思ったのはもっと遅く、大人になってからだった。
中学時代も恵まれていた。違う学区だった同級生ともすぐに打ち解け、教室には好きな人もいて、隣の席になることはなかったが、毎日楽しい気持ちで登校できたからだ。
学年が上がると、学級委員長を任された。先生からの信頼も厚く、クラスメイトから「委員長」と呼ばれては、嬉しい気持ちを隠して、クラスをまとめていくのだった。
片思いの子に告白できずに卒業したことを悔やむが、それよりも和夫を後悔させたのは、不登校になった同級生の力になれなかったことだ。そのことに思い至ったのは大人になってからなので、何もできないという事実だけが残った。
高校時代も恵まれていた。学業は優秀で、スポーツも得意としていたためか、学年で一番かわいい女の子とお付き合いすることができたからだ。入学した一月後には交際が始まっていた。
互いに携帯電話を持っていないため、会って話す時以外は何をしているかも分からないが、それで不満をぶつけ合う二人ではなかった。そういう時代だったからだ。
和夫が後悔しているのは、不況の煽りを受け、家が借金を抱えたことを、恥ずかしくて正直に言えず、他に好きな人ができたと嘘をついて、別れてしまったことだった。
卒業した後も恵まれていた。家計を助けるために就職した先で、現在の妻である道代と出会ったからだ。それでも家に借金があることを周囲に隠していたため、初めて口を利いたのは一年後のことだった。
道代は裕福な家の娘ではないので、付き合っても金持ちにはなれないが、和夫が幸運だったのは、貧乏が恥ではなく、貧しいと思う気持ちが恥ずかしいと言ってもらえたことだった。
和夫が後悔しているのは、人柄を見て好きになったにも関わらず、自分の気持ちを信じられずに、一年も声を掛けることができなかったことだ。もっと早くに打ち明けていれば、幸せな時間を増やすことができたからだ。
結婚生活も恵まれていた。暮らしは貧しかったけど、娘の由美を授かったからだ。身を粉にして働いて、身体には湿布の匂いが染み込んでしまったが、家族のためにと頑張り続けた。
親戚のおかげもあり、若いうちに借金を返し終わることができた。その後、家を建てて、自分の部屋まで持つことができ、家族でドライブまでできるようになった。
和夫が後悔しているのは、嫁いだ娘に、父親とちゃんと遊んだ思い出を残してあげられなかったことだ。いつの間にか、自分のことよりも、家族のことを考えられる自分になっていたが、それすら家族のおかげだと思うのだった。
道代がリビングに姿を見せたので、和夫がテーブル席に移動する。
「大事な話がある」
道代が正面の席に掛けた。
「話って?」
和夫が離婚届を差し出す。
「なあに、これ?」
道代が分からないまま笑った。
「真剣なんだ」
その言葉に、道代は笑うのを止めた。
しかし表情は微笑んだままだ。
和夫が真っ直ぐに妻を見つめる。
「離婚してほしい」
道代に動揺は見られなかった。
「理由は尋ねないのか?」
「だって、これ」
「うん、わけを話す」
そこで和夫が緊張を吐き出すように深呼吸した。
「俺は父親らしいことを、何一つしてこなかった。由美の服を買ったこともなければ、選んだこともない。足のサイズも分からず、どこで髪を切っていたのかも知らない。全部君に任せ切っていたからだ。学校に持って行く弁当を作ったこともなければ、弁当箱を洗うことすらしてこなかった。友だちの名前も知らなければ、学校の先生の名前も知らない。記憶にあっても、それが昔の担任の名前だったりする。それを君は全部知っていて、由美が悩んでいれば、無駄な質問をせずに、相談に乗ってあげることができた。式で由美から感謝の言葉をもらえたのは、君が親としての務めを果たしてくれたからなんだ。俺は君と同じだけの、感謝の気持ちを受け取ってはいけない。今日だって、俺だけが疲れているわけじゃないのに、君が夕飯の支度をしてくれた。父親どころか、夫らしいことすら、できていないんだ。だから、離婚してほしい」
そこで和夫が居ずまいを正す。
「どうして別れたいかっていうと、君にもう一度プロポーズしたいからだ。残りの人生を、君の夫として生きていきたい。だから俺、いや、僕と離婚してくれませんか?」
和夫が手書きで自作した離婚届を見て、道代が微笑みながら頷いた。
終
投稿サイトに上げた翌日、いつもの人から「よかったです」とお褒めの言葉をいただいた。『毒舌マダム』と名付けた途端に褒められたので、複雑な気分になった。
今回の話は、子どもの頃から聞かされていた、父親の断片的な話を、補完しながらまとめたものだ。取材だと分からないように質問して、なんとか一つの話に仕上げた。
ミニ四駆が父親の子ども時代からあったとは思わなかった。あと、男もオハジキで遊んでいたのも意外だし、そういうことを知ることができるので、取材をしてから本を書くのも悪くないと思った。
ただし、たった二千四百文字の話を書くのに、半月も時間を要したので、本当に興味のある題材じゃないと続かない気がする。しかも長編を書いたことがないので、完成を想像しただけで気が遠くなる。
小説を書き始めて半年以上が経過したけど、未だに無から有を創出したことはない。これまで書いてきた話も、ほとんどが現実に即したもので、書くに当たって少しだけ工夫を凝らしただけだ。
自分の気持ちだったり、人から聞いた話だったり、身近な問題を手当たり次第に書いている感がある。まだまだ初心者なので、自分でも最初はそれでいいと考えている次第だ。
余談だけど、毒舌マダムによると、俺の作品は短編ではなく、掌編とかショートショートと呼ばれるものらしい。短編だともう少し文字数が必要とのことだ。今度からは、そこら辺もきちんと使い分けて投稿したいと思う。
例によって、今回もマダムお気に入りの短編集を何冊かオススメされたわけだが、これは暗に「文字数を増やせ」と言っているように感じられたので、勉強はするけど、しばらくはショートショートで頑張りたいと思う。
身近に感じている題材しか書けないけど、やっぱり無から有を生み出す天才に憧れているので、俺も諦めずに挑戦だけは続けている。その中から反応があったSSを上げたいと思う。タイトルは、
未来の自動車
長年に渡って研究してきた未来型自動車がついに完成した。開発者がそのことを会社に伝えると、すぐに担当者が飛んできた。
「やりましたね」
「ああ、すぐに大量生産して、売り出してくれ」
担当者が自動車を見て、不安を口にする。
「しかし、わたしには普通の一人乗り自動車のように見えますが、どこが未来型なのでしょうか?」
「ナビ入力すれば自動で目的地に到着するのは従来のものと一緒だが、わたしはそこに新しい機能を加えたのだ」
「それはまた、どういった機能でしょう?」
「それは売り出せば分かることだ。機能を加えるだけなのだから、難しくはないだろう?」
「しかしですね」
「『あなたを幸せに導く車』というキャッチ・コピーと一緒に売り出せば、飛ぶように売れるさ」
担当者は懐疑的であったが、その未来型自動車は爆発的に売れた。それでも担当者にとっては、未だになぜ売れたのか分からないでいた。そこで開発者の家を訪ねて質問した。
「教えてください。どうして売れたのか、さっぱり分からないんです。発売当初は、むしろ不具合によるお客様からのクレームが山ほど送られてきたんです。休日になると、なぜか設定した目的地とは別の場所に到着すると。それが販売数の増加と反比例するように、感謝の言葉をいただけるようになりまして」
開発者の狙い通りの反応だった。
「わたしが君にお願いしたのは?」
「検索エンジンを持つ大手のインターネット・テクノロジー会社と業務提携をすることです」
「他には?」
「それだけです」
「うん、それで充分だからね」
「組み合わせることに、どんな意味があるのでしょう?」
開発者が秘訣を明かす。
「購入者の趣味や嗜好、好きな顔や体型、収入や生活環境など、好みのタイプを知ることが重要なんだ。それで不具合に見せ掛けて、好みが合いそうな人たちを、こちらで勝手に引き合わせたというわけさ。つまりわたしが開発したのは、未来型自動車ではなく、未来型のお見合いだったというわけだ」
担当者が納得したように頷きつつも、疑問を口にする。
「しかし、それは自動車である必要はあったのですか?」
開発者が確信を持って答える。
「ああ、いくらハイテク化が進んでも、偶然に惹かれるのが人間だからね」
終
投稿した翌日に、いつものように毒舌マダムから感想をいただいたが、人情味のない話は好みではないのか、あまりお気に召さなかったようだ。でも、読んでもらえただけでも有り難かった。
もう一人、「星新一が好きなので、これからも応援しています」という、読んで元気になる感想を書いてくれた人がいた。プロフを確認して、俺はその人のことを『甘口マダム』と名付けることにした。
甘口マダムとは趣味が合うので、俺としてもお礼の返信をしたくて仕方がなかったが、毒舌マダムに返信していないので、どうしても躊躇せずにはいられなかった。
甘口マダムだけに返信してしまうと、対応に差があるのが一目瞭然だし、両方に返信しても、熱量に差が出ると思うので、第三者から見ると、いやらしさを感じさせるだろうし、俺にとっては良い事がない。
別に会って話したいわけではないから、そこまで気にする必要はないんだけど、毒舌マダムの機嫌を損ねるのも嫌だし、甘口マダムを贔屓するのも嫌だしで、それで結局は返信しないと決めてしまった。
これだから感想欄の利用は難しい。星新一で語り合ってみたいけど、メッセージ機能を使うのも違うし、上手くいかないものだ。どちらか一方の好みに偏るわけにもいかないし、そこら辺は今も悩みが尽きない。




